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はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

亡き母の味思い出す

2019-03-25 22:43:42 | 岩国エッセイサロンより
   岩国市   会 員   横山恵子

 先日、近所の人に手作りこんにゃくを差し上げたら「あんたのお母さんによくいただきました。こんにゃくを見ると思い出すわ」と言ってくれた。
 叔母から毎年コンニャク芋をもらうので、母は生前手作りしては知人にあげていた。晩年の20年余り、私とは同居していた。母が作るのをそばで見て、覚えたのは幸せだった。
 始めて1人で作った時、少し硬かったが、「初めてにしては上出来よ」と言ってくれた。すし、シソジュース、かしわ餅なども教えてもらった。すしは亡くなった父の好物だったので、母はよく作っていた。その味には到底かなわない。
 親類に「おばさんの岩国ずしの味は忘れられんよ」と言われる。あの世で母も喜んでいるだろう。
 ノートに母のレシピを書き留めて居たのでそれを見て作り、「おふくろの味」を思い出している。私が働いていた時、両親には随分支えてもらった。母が亡くなって1年余り。思い出すと目頭が熱くなる。
   (2019.03.23  中国新聞「広場」掲載)

妹からの入退院連絡メール

2019-03-20 21:09:26 | 岩国エッセイサロンより
2019年3月18日 (月)
 山陽小野田市 会 員   河村 仁美

 

「突然ですが、今日から1カ月あまり入院します。来てもらっても対応できません。先の事はまだわかりませんが、治療に専念しようと思ってます」というメールをよこし、妹が入院した。

 今は便利な世の中。メールを送れば、こちらの聞きたいことに返事が来るし、フェイスブックでは画像で様子を知ることもできる。妹に応援メールを送ったら「私の事は気にしなくて大丈夫。長期戦になることは問違いないから……。インフルエンザ大流行の時だからこそ、見舞いは来ない方がいいと思う。私の場合は、風邪や発熱でも要注意だから」とダメだしメール。

 そうこうしているうちに「今日、退院します。今回の入院は娘や同級生も駆けつけてくれて有り難かったです」と退院。すぐにも駆けつけたかったが、姉妹でも苫しんでいる姿は見せたくないのだろうと遠慮してしまった私。3日の本紙仲畑流万能川柳の「お見舞いに行くも行かぬも思いやり」に救われた気がした。
(2019.03.18 毎日新聞「みんなの広場」掲載)

投稿者 花水木 時刻 08時42分

春の苦み

2019-03-17 14:34:17 | 岩国エッセイサロンより
2019年3月15日 (金)
岩国市  会 員   稲本 康代

 庭に立っていると、落ち葉の下にみどり色のふくらみが見えた。フキノトウ? 急いで落ち葉をかき分け、摘んだフキノトウ5個を手のひらに乗せて眺める。心が暖かくなり「春だ!」とひとり叫んでいた。

 春の野菜には苦みがある。「春の皿には苦みを盛れ」ということわざがあるが、冬から春へ体を目覚めさせるには苦みという刺激が必要なのかもしれない。冬眠明けの熊が最初に口にするのもフキノトウだという。
 しかし私自身を振り返ると体も心も甘い物ばかり求めては強くなれないと知りつつ苦みより甘みの誘惑に負けるのである。
  (2019.03.15 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

投稿者 花水木 時刻 10時37分

「小豆作り」

2019-03-09 16:16:20 | 岩国エッセイサロンより
2019年2月 1日 (金)
「小豆作り」
    岩国市    会 員         吉岡 賢一

 娘の嫁ぎ先から毎年末、大量の小豆と黒大豆が届けられる。楽しみであり、感謝に堪えない。大粒で赤く輝く小豆は、餅に入れるあんこやぜんざいに変身する。
 粒ぞろいの立派な黒大豆は、おせち料理に欠かせない煮豆となる。
 手にとって、ありがたいことだとしみじみ考えるうち、自分の手で一度、小豆を作ってみたくなった。昨年のことである。それで初夏が来て、借りた狭い畑に一握りの種をまいた。間もなく畑一面に見事な芽が吹き出た。「わりと簡単にできるんじゃなかろうか」と喜んだのが、大間違いだった。
 昨夏は記録的な暑さが続いた。水やりだけでへとへとになった。それでもわれながらよく頑張った。
 だが、秋口に差し掛かる頃、目に見えて勢いが弱ってきた。「けっこう実を付けているので大丈夫」と自分に言い聞かせた。安心したかった。
 やがて虫が付くようになった。無農薬が取りえの家庭菜園である。消毒は控えた。結局、種まきに使った量の3倍程度、1合にも満たないささやかな収穫となった。「赤いダイヤ」と呼ばれる小豆は、素人の手で簡単に作れるほど甘くなかった。
 収穫した全部を使ってぜんざいを炊いた。おわんにして3、4杯分しかなくても、食感は紛れもなく大粒の小豆である。
 さて今年はどうするか。種にするより、おなかに入れる方が賢明か。

          (2019、2、1、 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

どちらが長生き?

2019-03-09 16:15:32 | 岩国エッセイサロンより
2019年2月 4日 (月)
どちらが長生き?
岩国市  会 員   上田 孝


冬本番となり、海沿いの散歩コースにも渡り鳥が増えた。いずれも住む人の少ない北方から渡ってきたはずだが、警戒心は種類によって差がある。ヒドリガモは、こちらとの距離がかなりあっても一斉に岸から遠ざかるが、カルガモはほとんど逃げない。マガモはその中間ぐらいである。

 どちらが生き残りに有利か。用心深いと襲われる確率は減るが、いつも周りを伺って緊張している。人が通るたびに遠ざかっては戻るという無駄なエネルギーも消耗している。あれ?これ、どこかの夫婦のようだ。さてどちらが長生きするか。
   (2019.02.04 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

散 歩

2019-03-09 16:14:40 | 岩国エッセイサロンより
2019年2月22日 (金)
散 歩
   岩国市   会 員   片山清勝

 散歩中、たまに立ち話をする人がいる。「じいちゃん、散歩よりウォーキングと言った方がカッコいい」と孫に言われるらしい。若々しい人だから、その通りかもしれない。
 私は定年後に歩き始めたから、今年で19年目だ。最初から10年近くは朝4時に起き、6㌔ほど歩いた。ブログにも会話でもちょっと自慢げに「ウォーキング」としていた。退職してからの健康維持のため、手足を大きく動かすことと歩数、時間を意識した。
 少し体調を崩してから、医師の指導もあって早朝ウオーキングを止め、昼間に歩くことにした。そして表現を「散歩」に変えた。健康のために歩くという点は共通しているが、ウオーキングほどにはノルマ感のない歩き方になったからだ。     
 歩くことの重要性を再認識したのは、初めての入院だった。
 がんの手術前、「しっかり歩くことが回復への近道」と主治医から説明かあった。手術の翌日から院内の廊下を指導受けながら歩いた。続けることで退院への自信がつき、おかげで普通の生活にすぐ戻れた。
 先日、親戚の一人が脳梗塞で入院した。症状が安定すると、時を置かず歩行などのリハビリが始まった。退院後を考えれば苦しくても欠かせない。
 「歩いていける」 「歩いて帰れる」。こうしたごく普通のことができることを幸せに思う。年は足からくる。人生も一歩一歩が大切、散歩もそれに通じる。だから今日も出掛ける。

    (2019.02.22 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

仲間がいる

2019-03-09 16:13:50 | 岩国エッセイサロンより
2019年2月26日 (火)
 仲間がいる
岩国市  会 員   安西 詩代

 見上げると、あちこちから集ってきた数十羽のカラスの異様な声。グルグル回り、おのおのが何かを叫んでいる。 

近くの電柱の電線が輪になっている部分に1羽のカラスが足を挟まれて羽をバタバタさせている。その上段で2羽が心配そうに下を眺めている。空では集った仲間が「こうしたら良いよ」「頑張れ!」と言って飛び回っている。

折しも競泳の選手の病気発表にいろいろな方面の方々の温かいエールが届いている。どこでも仲間がいる。そしてカラスは人に助けられ、鳴き声を残して青空に消えた。

 (2019.02.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

稀勢の里お疲れさま

2019-03-09 16:12:40 | 岩国エッセイサロンより
稀勢の里お疲れさま
   岩国市   会 員   吉岡賢一
 19年ぶり日本出身の横綱稀勢の里関。体の大きさ、風格、柔和な笑顔、どれをとっても大向こうをうならせるスター性を持っていた。相撲界を背負って立つ看板力士になれると、多くの相撲ファンが期待し、応援した。
 信じられない勝負強さで優勝した。勝負の世界に付きものの、天運を呼び込んだのかなと思わせた。大横綱になることを期待した。しかし、天運と背中合わせに潜む大きな不運に取りつかれた。2年前の左胸と左肩の大けがである。
 治療に専念する傍ら、土俵に立てない無念さや「勝って当たり前」の重圧と闘ってきたのだと思う。
 なりふり構わず「張り倒してでも勝てばいい」というタイプではない。むしろ受けて立つ貫禄を示す、良い伝統を受け継いだ優美な横綱であった。
 涙の引退会見。お疲れさまと見送りたい。今後は指導者として「優しさと強さ」を併せ持つ若手の育成に期待したい。 
       (2019.01.19 中国新聞「広場」掲載)

友のおかげ

2019-03-09 16:11:47 | 岩国エッセイサロンより
2019年1月19日 (土)
友のおかげ
      岩国市  会 員   村岡 美智子

 互いに連絡先は知っていたが、長い間、音信の途絶えていた高校時代の親友との交流が復活している。彼女は東京在住、帰省の度に他の友達も加わり、ランチをする。家族のこと、昔話で話は尽きず、しゃべりまくり、解散は夕暮れ時。  
 私が出掛けに、干してよと言わんばかりに洗濯物をドスンと置くと「また、ワシが干さにゃいけんのか」と言う夫。彼女の方は、バタバタしていると「干しとくよ。早く行きな」と言うそうだ。さすが都会シニアのお言葉。帰って、その話をして以来、私かやりますとばかりに進んで干してくれる夫に変身。
      (2019.01.19 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

優しかった父

2019-03-09 16:10:37 | 岩国エッセイサロンより
2019年1月25日 (金)
優しかった父
   岩国市  会 員   樽本 久美
 
 元旦から、書道展に出品する作品を書いていた。全紙に「愚直」の2文字を書く。大筆も先生からお借りし、私なりに頑張って書いてみた。なかなかOKが出ない。私には無理な課題だったのかと悩みながらも書いた。
 書く場所は、今は使っていない実家の仏壇のある部屋である。ここなら、雑音も入らないし、書きっぱなしで後片付けをしなくても大丈夫。2年前に亡くなった父も見守ってくれている。
 ふと、庭を見ると小鳥がやってきた。父が鳥になって頑張れと言っているような気がした。「自分のできる範囲でいいのだよ」と。  
     (2019.01.25 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

弟の干し柿

2019-03-09 16:09:49 | 岩国エッセイサロンより
2019年1月26日 (土)
弟の干し柿
岩国市  会 員   山本 一


9歳下の弟から干し柿が届いた。買ったのかと思ったら、島根の古里から持ち帰り、広島の自宅で約500個作ったという。

父母が他界したのを機に親戚づきあいも含め、古里の管理を弟にバトンタッチした。親戚はみんな独居か老老介護。父母が世話になった分を子供で返す心構えだ。今回の干し柿も約半分はこの親戚に届けたとのこと。他人が口にするものは、それなりの覚悟で作る。皮をむいた後、熱湯で1分間消毒して干す。梱包前には食料消毒用アルコールで処理。私にはとてもできない。心を込めてやっている弟を、今になって見直す。
(2019.01.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

山の土産

2019-03-09 16:08:04 | 岩国エッセイサロンより
2018年12月 1日 (土)
山の土産
岩国市  会員   貝 良枝

 雑木林の紅葉が色あせだすと「健康のため」と渋々しているウオーキングが楽しくなる。
 キョロキョロと、クリスマスのリースに程良い太さのつるや、赤い実を探す。今年はサンキライの実が見当たらない。夏の酷暑のせいだろうか。代わりに小さいが、ノイバラの実を使おう。マツカサやドングリも拾う。ヤシャブシの実を近くの公園で見つけた時は、思わず「ラッキー」と声が出た。こんなに近くにあったとは。
 日々持ち帰る山の土産がたくさん集まった。リースを作って、部屋にはツリーを飾ろう。もう12月だ。
  (2018.12.01 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

我が家のタマネギ

2019-03-09 16:07:13 | 岩国エッセイサロンより
2018年12月 3日 (月)
我が家のタマネギ
岩国市  会 員   角 智之 

 今年もタマネギを植えた。苗は9月に種をまいて育てた自前で、理由があって生育途中で定植しなければならなくなった。 
 本来、寒さには強い野菜だが強風を避けるため、保育器の中の新生児をイメージしながら畝を高めに掘り、株間も狭くして線香よりも小さな苗を丁寧に並べて覆土した。
 植え終えて見ると畝幅を狭くしたため畑が余り近くのホームセンターで苗を買い追加した。プロの仕立てた立派な苗で生育は間違いないものの、やはり自前の苗の成長が気掛かりだ。
 追肥など管理を上手にやり、来年5月の結果を待とう。
  (2018.12.03 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

「生きた化石」守ろう

2019-03-09 16:06:16 | 岩国エッセイサロンより
2018年12月14日 (金)
「生きた化石」守ろう
   岩国市   会 員   角 智之

 8日付岩柳版で「オオサンショウウオ公開」の記事を読んだ。世界最大級の両生類で「生きた化石」ともいわれる国の特別天然記念物は、山口県の錦川支流の宇佐川が本州最西端の生息地とされる。
 現在、生息域で砂防ダムエ事があるのに伴い、来春まで74匹が保護施設で飼育、一般公開されている。
 錦川本流での発見例は聞いたことはなかったが、1975年夏、当時住んでいたわが家の前の錦川でウナギ釣りをしていてオオサンショウウオが釣れた。すぐ家に持ち帰り、やっとの思いでつり針を外し、大きさを測り、写真に撮って釣れた場所に放した。
 さかのぼること2年、そこから約50㍍上流でイモリを見た。その時は不思議とは思わなかったが、今になって思えば渓流にイモリはいない。もしや幼生だったのか、そうだとしたら大発見だったであろう。
 日本や中国など限られた国にしか生息しない貴重な生き物だ。手厚い保護が必要である。

       (2018.12.14 中国新聞「広場」掲載)

身近な風景に新発見

2019-03-09 16:05:22 | 岩国エッセイサロンより
2018年12月18日 (火)
身近な風景に新発見
   岩国市   会 員   片山清勝

 15日付セレクト5面「小瀬川にエッフェル塔」の写真に見入った。塔のような設備は、60年前、国内で初めて石油化学コンビナートが操業した地に立つフレアスタック。余剰なガスを燃焼処理するためのものだ。私は定年までこの塔を見ながら勤務した。
 フレアの炎の大きさが石油化学産業の象徴のような時代もあった。環境に対する社会の意識変化と技術の進歩などで、そうした時代は遠く過ぎ去った。
 長年、塔を見ていたのは小瀬川に架かる国道2号の栄橋からだった。写真のように下流の、それも河口に降りて眺めたことは一度もなく、「エッフェル塔」を捉えたカメラ目線の素晴らしさを知った。
 塔の下を横切るのは連絡橋で、川の両岸の工場が原材料などをやりとりする重要な役を担う。その塔と橋は一体の設備であり、背景の深い青色の空に映える姿に、長年の風雪によく耐えたものと感動した。
 各地でコンビナートの夜景を巡るツアーがある。季節や時間、場所をうまく調整すれば、新しい風景の発見があると思う。観光化されていないさまざまな風景の発掘を期待している。

    (2018.12.18 中国新聞「広場」掲載)