EEKの紀行 春夏秋冬

紀行&散策を画像を交えた紹介です

秋山好古揮毫石碑紀行 41 今治市宮窪町中村の碑

2016年01月28日 | 伊予松山歴史散策


平成13年3月24日、15時28分に発生した芸予地震、震度6弱、今治市宮窪町は震度5弱であった。その時の影響で忠魂碑がすこし傾いた。
画像は、再建立をする前の忠魂碑。
撮影は、平成18年9月27日、今治市宮窪町余所国の忠魂碑取材時には未だこの忠魂碑は発見されていなかった。

1.碑  文 :  忠魂碑
2.所 在 地: 今治市宮窪町宮窪甲4、654番地 中村祝詞場  
3.揮 毫 者: 陸軍大将 秋山好古
4.建 立 者: 記載無し
5.建立年月日: 昭和 3年 11月 
6.碑石大きさ: 高さ・3m00㎝  幅・ 1m5㎝  
参考資料:尾形八幡大神の祝詞場である。
    お祭りに神輿の鉢合わせや神社の祭礼緒行事に使う広場。


芸予地震で石碑が傾き平成21年9月、石碑の台座を修復し再建立した忠魂碑。
撮影は、平成21年11月23日。


平成21年9月14日、秋山兄弟生誕地の研修会に今治市立村上博物館に行った時に今治市宮窪町宮窪甲4654番地、中村祝詞場にある秋山好古が揮毫した忠魂碑を見聞に行ってみると忠魂碑は倒してあり、工事をしていた。


工事をしていた責任者から説明を受ける秋山兄弟生誕地の研究員。
石碑建立の作業を見るのは初めてでいい現場に立ち会えたものだ!!


忠魂碑の下部を水平に削り、中心に穴を開け、それに鉄筋を入れ込み再建立する。
秋山兄弟生誕地の石碑「両将遺邸の碑・揮毫は、南次郎陸軍大将」は、芸予地震の時倒壊し、忠魂碑の再建立をしている石材会社が工事をしていた。説明をする技師も親しみを抱きながらの話をしていた。


忠魂碑の台座で、石碑の下部が均一にセット出来る様に仕上げる。


再建立された石碑と台座。


平成21年11月23日、日本100名城巡りで山口県萩市城(第75番)に行った帰りに立ち寄ってみると再建立は完成していた。


忠魂碑の裏面には、昭和三年十一月建之と書かれていた。昭和天皇の即位の記念に建立したのであろう。


平成21年9月14日、秋山兄弟生誕地の研修会を今治市立村上博物館にて実施その時の記念写真、於・村上博物館。
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