すごいですね。オリンピック。
私はライブをほぼ見られませんがニュースなどでも
真剣勝負のすごさが伝わります。
今、中3だったらオリンピックは見たいし
受験勉強もしなきゃならないし
つらい時でしょう。
○
それにしてもちょっと騒々しくありませんか?
○
本日は風が冷たい広島でした。
『早春賦』そのままですね。
TVではバンクーバーからライブ中継をしているであろう頃
いつもより早めでしたが、八幡川に散歩しますと
初めて見る野鳥の群れがいました。
映画『オーシャンズ』のCMでイワシか何かが水中で縦に渦を
巻くように泳いでいるシーンがありました。
それと良く似た光景を鳥が空中で繰り広げているのです。
ものすごい勢いで渦をまいたり、散らばったり
上下に波をつくるように飛ぶさまは、長崎の龍踊りを
ハイスピードにしたような爽快さです。
なんだろう?
鋭そうな羽、カモメくらいの大きさで
鳴き声はせず、羽が空気をきる音がササーと聞こえるばかり
五輪のフィギュアもすごいけれど、後刻TVで何度でも
見られます。
この百羽ほどの鳥のフィギュアは広島ではそうは見られない
ものではないでしょうか。
早めの散歩にでかけて良かった。
(五輪LIVEも本当は楽しみたい・・)
○
タイトルの川柳もどきは、別に金メダルでなくてはならぬ
というつもりではありません。
何位だろうと素晴らしい結果を出したという人もおられる
でしょうし、力が全く出せなかった人、
あと一歩!惜しかった人
さまざまでしょう。
良く頑張った、というコメントばかりTVから聞こえますが
それと同じくらい「やるからには金メダルをとれ!」があっても
よいと思うのですが、どうなんでしょう。
すべての選手がオンリーワンで楽しめたらよいわけ?
(出るだけでスッゴイとは思いますけれど。 でもね。)
○
ナンバーワンとオンリーワンと
語呂がよいので二者択一のように扱われます。
私はこの選択自体に問題があると思います。
もともと世界が違うもの、次元が違うもの、なんです。
したがって二つは同居もできるのです。
オンリーワンの自分を大切にしながら、オリンピックでは
ナンバーワンを目指す、それの何が悪いのでしょう?
ナンバーワンを目指していながら、結果が叶わなければ
オンリーワンって旗を持ち出してきたりすると・・
○
勉強でも同様です。
勉強ができない子も現実には居るでしょう。
勉強だけが人生ではありません。
自分らしさ、オンリーワンで生きることが大切です。
でもだからといって大勢の生徒が自分にとっての上を
目指して、ナンバーワンになろうかという勢いで勉強する
そのことも大切なことなのです。
「都合良く手抜き云い訳オンリーワン」・・字余り
オンリーワンを持ち出しては甘くなる、というのは
そういう意味です。
勝てる相手には力を発揮できるが、対等以上になると
もどかしい試合しかできないどこかの国のサッカー
なども似てやしないかなあ?
ナンバーワンへのガッツが何より優先する世界なのに
2流の大会、本番への準備と思い込んでる情けなさ。
(それを見抜けないから二流監督なんだけど
彼にいま以上を求めるのは無理でしょう。)
○
個々人をいうのではなく、全体をとらえて
日本の学力って大丈夫と思われますか?
私はライブをほぼ見られませんがニュースなどでも
真剣勝負のすごさが伝わります。
今、中3だったらオリンピックは見たいし
受験勉強もしなきゃならないし
つらい時でしょう。
○
それにしてもちょっと騒々しくありませんか?
○
本日は風が冷たい広島でした。
『早春賦』そのままですね。
TVではバンクーバーからライブ中継をしているであろう頃
いつもより早めでしたが、八幡川に散歩しますと
初めて見る野鳥の群れがいました。
映画『オーシャンズ』のCMでイワシか何かが水中で縦に渦を
巻くように泳いでいるシーンがありました。
それと良く似た光景を鳥が空中で繰り広げているのです。
ものすごい勢いで渦をまいたり、散らばったり
上下に波をつくるように飛ぶさまは、長崎の龍踊りを
ハイスピードにしたような爽快さです。
なんだろう?
鋭そうな羽、カモメくらいの大きさで
鳴き声はせず、羽が空気をきる音がササーと聞こえるばかり
五輪のフィギュアもすごいけれど、後刻TVで何度でも
見られます。
この百羽ほどの鳥のフィギュアは広島ではそうは見られない
ものではないでしょうか。
早めの散歩にでかけて良かった。
(五輪LIVEも本当は楽しみたい・・)
○
タイトルの川柳もどきは、別に金メダルでなくてはならぬ
というつもりではありません。
何位だろうと素晴らしい結果を出したという人もおられる
でしょうし、力が全く出せなかった人、
あと一歩!惜しかった人
さまざまでしょう。
良く頑張った、というコメントばかりTVから聞こえますが
それと同じくらい「やるからには金メダルをとれ!」があっても
よいと思うのですが、どうなんでしょう。
すべての選手がオンリーワンで楽しめたらよいわけ?
(出るだけでスッゴイとは思いますけれど。 でもね。)
○
ナンバーワンとオンリーワンと
語呂がよいので二者択一のように扱われます。
私はこの選択自体に問題があると思います。
もともと世界が違うもの、次元が違うもの、なんです。
したがって二つは同居もできるのです。
オンリーワンの自分を大切にしながら、オリンピックでは
ナンバーワンを目指す、それの何が悪いのでしょう?
ナンバーワンを目指していながら、結果が叶わなければ
オンリーワンって旗を持ち出してきたりすると・・
○
勉強でも同様です。
勉強ができない子も現実には居るでしょう。
勉強だけが人生ではありません。
自分らしさ、オンリーワンで生きることが大切です。
でもだからといって大勢の生徒が自分にとっての上を
目指して、ナンバーワンになろうかという勢いで勉強する
そのことも大切なことなのです。
「都合良く手抜き云い訳オンリーワン」・・字余り
オンリーワンを持ち出しては甘くなる、というのは
そういう意味です。
勝てる相手には力を発揮できるが、対等以上になると
もどかしい試合しかできないどこかの国のサッカー
なども似てやしないかなあ?
ナンバーワンへのガッツが何より優先する世界なのに
2流の大会、本番への準備と思い込んでる情けなさ。
(それを見抜けないから二流監督なんだけど
彼にいま以上を求めるのは無理でしょう。)
○
個々人をいうのではなく、全体をとらえて
日本の学力って大丈夫と思われますか?