ほんとに毎回同じパタンで恐縮です。
今回はトーマス・エジソンを引用しておられます。
『私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまくいかない
方法を見つけただけだ』
これは鷲田センセが言われる、失敗を糊塗する言い訳なのでしょうか。
(失敗ということはないのだ。)という正当な意見なのでは。
まあいろいろ読めますからね。
続く鷲田先生の文は
「専門家は失敗の山のむこうに発明があると知っている」と
エジソンなどをイメージした内容です。
これは良い。
ただ例によってここから話が違う世界に飛びます。
論理的には、まったくねじれてゆきます。
「画期的な革新が起こりにくいのは・・小心な人ばかりの社会
・・になっているからではないか。」
ここだけ抜き書けば、納得できます。
ただし、本文には、小心な人を形容した部分があり、そこが問題。
「失敗しなかったからこういう生活があるのだ、とみずからに
言い聞かす」→小心な人・・・となっています。
この部分の「失敗」は明らかに人生の選択に関わる失敗であって
エジソンがやってみた試行とは話が違うのです。
あえて申し上げますが失敗が許されないことは沢山あります。
原子力発電所で失敗は許されますか。
フクシマは小心でない人が起した失敗なのか・・
些細なことでは、家の生活のために失敗はできなかった、などと
いう人も大勢いらっしゃるでしょう。
センセの仰る「小心者」「社会革新のじゃま」
○
他にも論理的でない部分がありますが、今回はケチが長すぎました。
最後に付け加えますが、トライと違って、非論理的な話は
いくら積み重ねても成功への道は開きません。
珍しい、ラッキーな偶然に出会わない限り。
今回はトーマス・エジソンを引用しておられます。
『私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまくいかない
方法を見つけただけだ』
これは鷲田センセが言われる、失敗を糊塗する言い訳なのでしょうか。
(失敗ということはないのだ。)という正当な意見なのでは。
まあいろいろ読めますからね。
続く鷲田先生の文は
「専門家は失敗の山のむこうに発明があると知っている」と
エジソンなどをイメージした内容です。
これは良い。
ただ例によってここから話が違う世界に飛びます。
論理的には、まったくねじれてゆきます。
「画期的な革新が起こりにくいのは・・小心な人ばかりの社会
・・になっているからではないか。」
ここだけ抜き書けば、納得できます。
ただし、本文には、小心な人を形容した部分があり、そこが問題。
「失敗しなかったからこういう生活があるのだ、とみずからに
言い聞かす」→小心な人・・・となっています。
この部分の「失敗」は明らかに人生の選択に関わる失敗であって
エジソンがやってみた試行とは話が違うのです。
あえて申し上げますが失敗が許されないことは沢山あります。
原子力発電所で失敗は許されますか。
フクシマは小心でない人が起した失敗なのか・・
些細なことでは、家の生活のために失敗はできなかった、などと
いう人も大勢いらっしゃるでしょう。
センセの仰る「小心者」「社会革新のじゃま」
○
他にも論理的でない部分がありますが、今回はケチが長すぎました。
最後に付け加えますが、トライと違って、非論理的な話は
いくら積み重ねても成功への道は開きません。
珍しい、ラッキーな偶然に出会わない限り。
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