♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■日本の近代教育制度を完成させた森有礼 /岩井基雄

2021年01月18日 | Weblog

2020/7/27放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。

 第四月曜日は、歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいます。少し時代は遡りますが、今日は日本の近代教育制度を完成させた森有礼(もり・ありのり)について学んでみましょう。

 明治に生きた六大教育家の内、三名はクリスチャンでした。既に新島襄(にいじま・じょう)は学びましたので、今月は森有礼、そして来月は中村正直(なかむら・まさなお)について学びましょう。

 森有礼は1847年、薩摩藩士の五男として生まれました。彼は幕末に薩摩藩が幕府の禁を犯してイギリスに派遣した15人の留学生の一人でした。イギリスの大学で学ぶ中、彼は聖書を基盤とした国際感覚を学び、軍事や技術だけではなく、聖書による人格教育の重要さを確信します。アメリカからキリスト者トーマス・ハリスがロンドンに来た時、有礼は感化を受けました。そして5人の仲間と共にハリスが主催するニューヨーク郊外のキリスト者共同体に移り、聖書を学び、キリスト者となります。ハリスの勧めで3年ぶりに帰国した有礼は新政府の岩倉具視(いわくら・ともみ)らに西洋の実態を伝え西洋教育の導入を訴えますが受け入れられず失意を覚えます。
 しかし明治3年、有礼は能力を買われ、23歳で初代の駐米公使に任ぜられたのです。渡米した有礼を薩摩の先輩で開拓使次官の黒田清隆(くろだ・きよたか)が訪ねました。そして有礼は黒田に人格教育、特に聖書による女子教育の重要性を説きます。そして黒田は帰国後、津田梅子(つだ・うめこ)たち5人の女子留学生をアメリカに送り、有礼は彼女たちの教育を助けます。帰国すると有礼は、福沢諭吉(ふくざわ・ゆきち)や中村正直らと共に明六社を結成します。さらに明治8年には一橋大学の前身となる学校を開設し、次世代を担う学生たちの人格を育んだのです。明治22年に命を落とすまで、有礼は命懸けで、人格を重んじた教育を日本に根付かせる努力を重ねていったのです。

 
 聖書のことば
   「兄弟愛をもって互いに愛し合い、互いに相手をすぐれた者として尊敬し合いなさい。」
      新約聖書 ローマ人への手紙 12章10節


  (PBA制作「世の光」 2020.7.27放送でのお話より ) 
 
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