ついてるついてる ハッピーライフ! ~どんな時も笑顔といっしょ~

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育たないパプリカ

2021年01月15日 | 我が家の泣き笑いストーリー

こんにちは、masa💕です。\(^o^)/

令和3年になって、toshiから『我が家の泣き笑いストーリー』の未公開分を早くまとめて欲しいなぁ~と依頼を受けて、masaも頑張っています。(笑)😂

未公開分3話目の今回は、野菜作りに熱心だった母だけあって、さすがは昔取った杵柄。認知症になった今でも家族の役に立ちたい強い思いがあるよう・・・? 

ということで、今回の〝我が家の泣き笑いストーリーは、私が育てているパプリカが〝なぜか育たない〟という、これまたちょっと笑えるお話です。\(^o^)/

 

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我が家の泣き笑いストーリー 

第22話 育たないパプリカ

ある日、職場でパプリカの話で盛り上がりました。😊💓

今までは、ピザ・ピクルス・サラダなどにほんの少しだけ使っていたパプリカでしたが、ナント! アンチエイジングに効果があるらしい・・・。そんな話に花が咲きます。

パプリカの色の鮮やかさは、「カロテノイド」と呼ばれる色素が多く含まれているからで、体の老化を食い止める抗酸化作用や燃焼力アップなどが期待できる、美容にもうれしい成分であるとのこと。

そんなこともあってか、若々しさをサポートするパプリカのパワーが、みんなの話題になったのです。😂

「カロテノイド」は緑黄色野菜に多いことで知られていますが、とりわけパプリカには豊富なことが分かってきた、という話でした。😊💓

 

友人から、「パプリカはピーマンと比べると作るのが難しくてね、収穫までには時間がかかるのでしっかり面倒をみないといけないわよ。しかし、難しいだけあって収穫した時は嬉しいものよ😊💓」と言われ、ワクワクしながら苗を買って、日当たりのいい畑で一番目立つ場所に植えました。😆

ようし、これでOK! 

毎日水やりをしっかりして支柱を立てたり、カラフルな色のパプリカをイメージしながら、まさに手塩にかけて育てていました。😊💓

そして、丸々としたまだ緑色のパプリカが、いっぱいいっぱいなりました~!\(^o^)/

 

ピーマンとパプリカの違いは収穫時期にあり、ピーマンは1ヶ月もすれば収穫できますが、パプリカは完熟させてから収穫するのでもっと長く、2ヶ月半くらいかかります。

私が手塩にかけて育てたパプリカは、ピーマンの3~4倍ほどの大きさに成長して、あとは完熟してカラフルな色に変色するのを待つばかりとなっていました。

 

そんなある日、母が丸々と太った大きなパプリカを手に持ってニコニコと、

「まさちゃん😆、大きなピーマンがなっとったよ!」

「こんなのが、ホレッ!」

と、艶やかな緑色のパプリカを持ってきて、嬉しそうに見せてくれたのです。😱

私は一瞬、自分の目を疑いました。

・・・・・・!

ガーン!( ̄□ ̄;)!! 母はまた、

「まさちゃん、ピーマンはこんなに大きくしたら木が弱くなるであかんよ! もっと早く採らんとあかんよ!」と・・・。

私はあまりのショックで言葉も出ませんでしたが、母と一緒に畑へ行き、パプリカが一番目立つ場所で、

「お母さん。これはね、ピーマンじゃなくて、パプリカというとても栄養のある野菜だからね。もう少しすると黄色や赤色やオレンジ色に変わるので、それまで採ってはいけないからね😊」と説明しました。

すると母は、

「え~ホ~カ~」

「誰が採ったんやろう?」

「お母さんがピーマンだと思って、取ってくれたんだよ」

「え~ホ~カ~」(笑)

「誰があ~?」(笑)

「・・・・・・」

こんな会話をしてからも、母は毎日毎日嬉しそうに採り続け、太ったピーマンたちが徐々になくなっていったのです。(笑)😱

このままではイケナイ。何とかしなければ・・・。

 

そこで、パプリカは完熟すると甘みが増すため、害虫から守るために防虫ネットなどをかけるのですが、私のパプリカは完熟する前に収穫されてしまうため、袋には「まだ採ってはダメですよ~!」と大きく書いてパプリカに被せることにしたのです。

ナント! 早く採られないための、『トミスケ早採り対策ぶくろ』の登場です。(笑)

しかし、その甲斐もなく、私のパプリカは育たないまま、とうとう全滅。(笑)😱

カラフルなパプリカを楽しみにしていた私には、これはとても大きなショックとなりました。

でも、パプリカの栽培を教えてくれた友人は、そんな私から『育たないパプリカ』の話し聴くのを毎日楽しみにしていたようで、「それで昨日はどうだった?」と聞いては、私の話しに大笑いしてくれていたのです。(笑)

育たないパプリカにも、人を楽しませるお役目がちゃんとあったのですね。(笑)

さすがはお百姓さんのトミスケ!

え~、ホ~カ~! 

誰があ~? 

ですね。(笑)

 

「育たないパプリカ」から学んだこと

一番目立ついい場所に苗を植えたことが、まさかこんな結果を生むとは思いもしませんでしたが、その他にもこんなことを学んだように思います。

認知症になる前は夫婦でお百姓をしていたこともあって、母は少しでも野菜の世話をしたり収穫をしたりして、私たちを助けたい!という気持ちがあったこと。これは感謝ですね。

◎我が家で作るパプリカは、簡単に収穫されるような目立つ場所で作ってはいけないこと。

◎パプリカのように長い間育てて完熟させる野菜は、我が家では難しいかな? ということ。(笑)

今から思えば、こんな母との生活で立派に育てられたのは、実はこのmasaでした~。(笑) 

(2021年1月15日更新)masa

 

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母が他界して10年経った今でも、私はスーパーでパプリカを見る度、我が家で栽培した『育たないパプリカ』のことを思い出して、つい笑ってしまいます。

我が家の泣き笑いストーリー、「育たないパプリカ」、いかがでしたか?

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。😊💕 masa

 

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今日の写真はパプリカではありませんが、母トミスケと妻のmasaが畑仕事を頑張っている懐かしい写真ですね~。
↓ こち
らの歌は、「パプリカ」。(笑) トッシー

<NHK>2020応援ソング「プリカ」『Foorin楽団』ミュージックビデオ

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コロナ禍だから実現できた? 我が家の泣き笑いストーリー新作!

2021年01月13日 | 我が家の泣き笑いストーリー

いつもありがとうございます。トッシーです。

いよいよ岐阜県でも、2回目の緊急事態宣言が発令されました。

このことで大きな影響を受ける方も多いことを考えると、う~ん、大変だなぁ~・・・。

今の私が外出するのは、食料品などの生活必需品の購入と、医療機関へ行くことだけ。

おまけにこの寒い中、言われなくても外出自粛の優等生のようです。

 

そんな新しい生活様式を強いられる令和3年1月になって、もっぱら増えたのが、ZOOMの利用。

とは言え、まだまだ覚えることが多く、今も勉強テスト中。

そんな段階でもハッキリわかったのが、お互いの顔を見ながら話ができる有難さ、楽しさ。

そして確信したことが、人は一人で生きるに非ず。人と人が触れ合って生きることが如何に大切なことか、心身共に有効なことであるのか、ということでした。

分かっちゃいるけど、改めて強く感じた次第です。

 

そんなコロナ禍だからこそ実現しているのが、妻のmasaしか書けない、「我が家の泣き笑いストーリー」未公開分の執筆です。

「ゴキブリ団子、スプーンで完食!」

「『おばあちゃん』ではなく『お母さん』と呼ぶワケ」

この2つを、最近更新することができました。

「我が家の泣き笑いストーリー」がまだ残っている・・・と分かって以来、ずっとお願いしてきましたが、忙しいmasaとしてはなかなか実現できなかったことなのです。

今年は丑年、私は年男。(笑)

そのお蔭ではないでしょうが、新作2話が実現でき、masaには、感謝、感謝ですね。

 

新作の3話目となる、我が家の泣き笑いストーリー「育たないパプリカ」が、いよいよ次回には更新できそうです。

また、覗いていただければ嬉しいです。

今日もありがとうございます。トッシー

 

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 Good Night (Remastered 2009)

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「おばあちゃん」ではなく「お母さん」と呼ぶワケ

2021年01月10日 | 我が家の泣き笑いストーリー

皆さんこんにちは。masaです。💕

今回は、「おばあちゃん」ではなく、「お母さん」と呼ぶワケ、についてお届けします。

 

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我が家の泣き笑いストーリー

第21話「おばあちゃん」ではなく「お母さん」と呼ぶワケ

この話に入る前に、縁あってtoshiと結婚することになり、toshiの家に遊びに行った時に義父から言われた言葉をお伝えしたいと思います。もう、40年以上も前の話ですね。

その時の義父は、改まって、

「まさちゃん、白無垢の意味を知っているか?」

「白無垢の『白』にはな、『純潔』『嫁いだ家の家風に染まります』という意味があって、これから新しい家に嫁として入る覚悟を表したものと言われているんだよ」

「まさちゃん、角隠しの意味を知ってるか?」

「角隠しの意味はな、『角を隠して夫に従う』という意味が込められているんだよ」

と、威厳をもった表情で、静かに話してくださいました。

義父の風貌は威厳があり、眼光が鋭く、一見怖い感じの人でした。しかしその反面、軍人として誠実な振る舞いだったことから、戦友からの信頼が厚かった、とも聞いています。

そのような義父は、近所の方からも怖い人と思われているようでした。(笑) 近所の方が朝の挨拶をした時も、義父の厳しい顔に、続く言葉が出てこなかったとか・・・。😢😢😢

また、私が勤めていた病院に父が晩年になって入院したことがありましたが、その時に配膳をした看護師さんが義父の眼光の鋭さに驚き、思わずお膳を落としてしまった! という笑えないエピソードまであります。(笑)

 

そんな義父でしたが、我が家ではこんなことも・・・。

台所で義父のお酒の肴を作りながら、「お父さん、新聞を読んで😊💓」と、音読をして貰ったりしたことがよくありました。そこで分からないことがあったりすると、「その略語は何?」「それはどういうこと?」などと質問して、その説明を受けては、「エ~そうなんだ~」「じゃあ~次のページをお願いします❤」などと、楽しく新聞を読んで貰ったりしていたのです。(笑)

そうした生活を送るなかで、私は義父に対しての思いが、威厳があって、今まで頑張ってきて、何でもよく知っていて親切でやさしい人、と思うようになってきたのです。

そんな義父に対しての呼び方は、子供が生まれた後もそれまでと同じように、私からは「お父さん」

両親にとって孫となる子供が生まれた後も、私は今までと同じように「お父さん」「お母さん」と呼んでいました。 

そうした思いは、実家の両親に対しても、まったく同じです。

このような状況をお話ししただけでも、私が義理の父母を「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼ばないで、「お父さん」「お母さん」と呼んでいたことが、少しはお分かりいただけたのではないでしょうか?

 

ある日、私が「お父さん」や「お母さん」と読んでいることがとても喜ばれていることを知った、こんなエピソードがあります。(^_^)

それは、義父がまだ元気だった頃、偶然ホームセンターの買い物中に義父に会った(見つけた)ことがあり、私は遠くから手を振りながら、「お父さ~ん!」「お父さ~ん!」と大きな声で呼びました。(笑)

義父は驚いた様子でしたが、「何や! まさちゃんか😊💓」と、とても嬉しそう。お互いのカゴを見せ合っては、二人で買い物をして帰ったことがありました。\(^o^)/

その日の夕食の時、義父がtoshiに、「今日、ホームセンターで買い物をしていたら、まさちゃんが遠くから手を振りながら『お父さ~ん!』と呼んだんだぞ!😂」「どの家でも、孫が生まれたら『おじいさん』『おばあさん』になるのが普通なのになぁ~」と、嬉しそうに話されたことがあったのです。

私は、子どもが生まれても、お父さんやお母さんには敬意を払っていることをtoshiに伝えました。

特に大正・昭和・平成を生き抜いた方々は、少なからず戦争を経験して、ひと言では言い尽くせない貧しさや苦しみ、絶望感を体験していらっしゃいます。

私は、もうそれだけでも、尊敬に値します。

これが、義父はもちろんのこと、認知症になった義母トミスケに対しても、敬意を表して「おばあちゃん」ではなく「お母さん」と呼び続けたワケということです。

 

母がまだ元気だったある日、toshiに「おばあちゃん」じゃなくて「お母さん」と呼んだら? と話したことがあります。5年ほど前にtoshiがその時のことを書いたブログでも、toshiの気持ちが大きく変わったことが分かります。

「おばあちゃんからお母さんへ」(2016年1月26日更新)

もう一つ、こちらはmasaが更新したブログを始めた当時のブログで、認知症で入所されたお母様への面会に来られる息子さんとのやり取りを書いたものです。今回のストーリーのように、お母様への思い、気持ちの持ち方で、微笑ましい面会に変わった様子を書いています。

「ハッピー?  ハッピー!」(2009年8月7日更新)

ぜひご覧ください。\(^o^)/

 

私たちは、知らず知らずの内に発している言葉や態度によって、親から受けた『無償の愛』や『恩』などの大切なものを見失い、忘れてしまったように感じることがあります。

呼び方を変えるだけで、産み育ててくれた親のことや大切な思い出が蘇ることがあります。そのことによって、目の前の介護は、全く違う感情に変わっていくように思います。

そのことが、まさしく、ハッピー介護ですね。\(^o^)/

お読みいただき、ありがとうございます。masaで~す。

 

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追伸で~す。トッシーです。

今回のmasaの記事、いかがでしたか?

文中では私のことをtoshiと書いています。これは、ブログを始めた頃がtoshiでしたので、toshi&masaのブログとして書いていました。その後定年退職してすぐに笑いヨガを始めたのですが、そこには「トシ」さんがおられることがわかり、それ以来トッシーになり、〝笑いヨガのトッシー〟「トッシーのハッピー介護」として活動して来たものです。ちなみに今日の写真は、「ハッピー介護講演会」で使用しているパワーポイントのスライドです。

今回のmasaの話は、まだtoshiと呼んでいた頃だったということで、tishiと書いています。

現在は何と呼び合っているのか? となると、トッシーだったり、toshiさんだったり・・。

自分で書く時も、トッシーだったりtoshiだったりでゴチャゴチャで~す。(笑)

今日もありがとうございま~す。トッシー、toshi?

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笑って笑って幸せに

2021年01月06日 | 心配するな! 楽しめ!

いつもありがとうございます。トッシーです。

前回更新した「ゴキブリ団子、スプーンで完食!」は、久しぶりに心が躍る更新に。そして、このブログを始めた頃はmasaも頑張って、toshi&masaのブログとして夫婦で書いていたことを思い出しました。

あれからもう10年・・・。

時代は大きく変わりましたね。

更には、新型コロナウイルスの大感染で自粛生活が続く今、これからの生活に暗い影が・・・。

それでも、明るく笑って生きていきたいものですね。

 

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光を求めて太陽を見上げても目が眩んで見えません。足下に目をやると自分の黒い影がそこに落ちている。影があるのは、自分を背後から照らしている光があるから

五木寛之(作家)

致知出版社メルマガ「致知一日一言」今日の言葉より

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masaの「我が家の泣き笑いストーリー」の新作も、コロナ禍の今だからこそ実現しました。

いいこと探せばいっぱいあるはず・・・。

やっぱり前を向いて、明るくいきましょう!

笑って、笑って、いきましょう!

♪ 笑って笑って幸せに  ハナ肇とクレイジーキャッツ

 

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ウェブサイト「認知症介護の見方を変えよう!」

ちょっとだけイメチェンしました。

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ゴキブリ団子、スプーンで完食!

2021年01月05日 | 我が家の泣き笑いストーリー

皆さんこんにちは。お久し振りです。masaです。

今日は、我が家で繰り広げられた認知症の母トミスケとの愉快な生活をご紹介する〝我が家の泣き笑いストーリー〟で、まだ未公開だった愉快な話をお届けいたします。

認知症の症状の一つ、『異食』についての、それはそれは愉快なお話ですよ。

 

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我が家の泣き笑いストーリー

第20話 ゴキブリ団子、スプーンで完食!

ある日、病院での勤務中に、中学生の娘から連絡が入りました。

その内容は「外の倉庫にあったゴキブリ団子をおばあちゃんが食べちゃったの!」「お母さんどうしたらいい?」という悲壮な電話でした👀👀👀

エ~~~!

ゴキブリ団子って、何を食べたの!?

何処にあったの!?

その時の私は既に勤務時間は終えていたので、すぐに家に戻ることにしました。

 

家に戻り母が食べたものを見てみると、それはそれは美味しそうな、まるでチョコレートのようなゼリー状のもので、スプーンですくって食べられるような軟らかいものでした。

箱の中を見ると、ゴキブリ団子を全部、キレイにスプーンで完食してありました~。(笑)(笑)(笑)

「これは美味しそうに見えるから食べたかっただろうね」と笑って娘に伝えると、「またそんな吞気なこと言って、こっちは大変だったんだから・・・」と呆れ顔。

よく考えてみれば、中学生の娘一人で心細かっただろうに、本当に申し訳なかったと平謝りに謝りました。

胃洗浄が必要と思い早速病院に連絡したところ、すぐに受診するようにとのこと。何事か全く訳が分かっていない(笑)母を連れて病院へ行ったのです。

 

それから珍道中「我が家の泣き笑いストーリー」の始まりで~す。

 

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病院に着くと、

「まさちゃんどこ行くの?」とニコニコして嬉しそうに尋ねる母トミスケ・・・。

「お母さんがネ、ゴキブリ団子を食べちゃったので病院で診てもらうよ😊」

「え~ホ~カ~」(相槌を打つ母の言葉)

「誰が~」

「お母さんがゴキブリ団子食べちゃったの😊」

「え~ホ~カ~」

「誰が~」(笑)

と・・・、こんな会話を10回ほど繰り返しながら、母の診察を待ちました。(笑)

 

診察室に入ると、ドクターが「認知症って大変やね」と言いながら、早速、胃洗浄の準備です。

ドクターが一番心配されたことは、意思の疎通が難しい場合、胃洗浄の太い管を上手く飲み込むことができるかどうかということでした。

しかし、母は胃管を飲みこむことが今まで見たことがないほど上手にできて、私も驚きました。(笑)

普段、胃洗浄の患者さまには、「うどんを飲み込むようにゴックンと飲んでくださいね~」「そうそう上手ですね~」と言いながらするのですが、ほとんどの方が咽頭刺激で「オエッ!」となります。

しかし母は、10mmの太さの胃管をうどんのように飲み込み、拍手喝采でした!

そして、胃洗浄をしている時も、「まさちゃん、いま何しているの?」と苦痛もなく喋り続けたのです。(笑)

「お母さんがゴキブリ団子を食べちゃったので、胃の中をキレイに洗っているからね。もう少し頑張っていてね😊」

「え~ホ~カ~」

「誰が~」

10秒もたたないうちにまた・・・。

「まさちゃん何しているの?」

「お母さんがゴキブリ団子を食べちゃったので、胃の中をキレイに洗っているからね。もう少し頑張っていてね😊」

「え~ホ~カ~」(笑)

「誰が~」(笑)

「お母さんがゴキブリ団子食べちゃったのよ😊」

・・・・・・。

こんな問答が、何回も続きます(笑)

この会話を耳にしていたドクターが、「大変ですね~」「しかし、丁寧に対応していますね~」

と感心されるやら、呆れられるやら(笑)

 

お陰様で、胃の洗浄がスムーズに終わり、点滴注射で補液をすることになりました。

点滴注射が始まると、母は今度は家に帰りたい気持ちが高まり、注射を抜こうとしてしまいます。

私は母をなだめたり握手をしたりするのですがなかなか難しく、最後は、シーネ(腕を伸ばして固定する板)をあてて一件落着。(笑)

すると

「まさちゃん、私は手の骨が折れたの?」

という言葉が。点滴注射のためにシーネで固定された手を見ての言葉でした。(笑)

「お母さんがね、ゴキブリ団子を食べちゃったのでね、胃の中を洗って点滴注射をしているからね。もう少し頑張っていてね。😊」

「え~ホ~カ~」(笑)

・・・・・・。

「まさちゃん、私は手の骨が折れたの?」

「手の骨は折れていないよ。お母さんがゴキブリ団子食べちゃったので、胃の中をキレイに洗って点滴の注射をしているからね。もう少し頑張っていてね。😊」

「え~ホ~カ~」

・・・・・・。

「誰が~」

「お母さんがゴキブリ団子食べちゃったのよ😊」

「え~ホ~カ~」

 

こんな会話を何十回と繰り返していると、カーテン越しの救急外来で嘔吐をしていた男性が、声をかけてくださいました。

「大変ですね。お二人の会話を聴いていたら、申し訳ありませんが可笑しくて、笑えてきて笑いを我慢することが大変で・・・ハハハ」

私は、「気持ちが悪く大変な時に申し訳ありません」

とお伝えすると、

「なんのなんの、笑いをこらえていたら吐き気がなくなりました!」と・・・。(笑)

救急外来の職員さんや患者さまにもご迷惑をおかけしましたが、母は何もなかったように清々しい顔をして帰宅することに。(笑)

 

さすがトミスケです。

我が家の泣き笑いストーリー、「ゴキブリ団子、スプーンで完食!」の巻。

トミスケ! アッパレの結末でした~。❤😊

お読みいただき、ありがとうございま~す。masa

 

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ウェブサイト「認知症介護の見方を変えよう!」https://happykaigo.jp

追伸で~す。トッシーです。

78年ぶりに記事を書いてくれた、masaの「我が家の泣き笑いストーリー」でした。

masaに感謝です。

まだ20話近くありますので、また書いてくれるのを楽しみにしています。

このストーリーに出てくる、母が異食したゴキブリ団子の商品は、残念ながら現在は販売されていないようです。masaが言うには、スプーンで食べれられるゼリー状で、まるでチョコレートと見間違えるようだったとか・・・。

認知症の母なら、美味しいと思って食べてしまったのも頷けますね~。

 

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