ついてるついてる ハッピーライフ! ~どんな時も笑顔といっしょ~

ハッピー介護トッシーのブログ。Webは「ハッピー介護みいつけた!」 https://happykaigo.jp/

努力家だったね!

2020年09月29日 | 両親に感謝

トッシーです。今日もご訪問いただき、ありがとうございます。

・・・とのラインの会話です。

 

ー今日撮った、父の尺八の写真ー

 

「いいね」

 

ー青空のきれいな写真ー

「今日は、清雄さんの命日でした」

 

ー今日の写真(尺八)ー

 

「清雄さんの尺八を出して、ジュニアが一曲ご披露」

ージュニアが吹いている写真ー

「しかし・・・、音が鳴らない」

 

「清雄さんを忍んで、大笑いをしました」

 

「これっ、今日のブログにするわ!

 

10日前から、毎日更新することを目指しています。

更新時刻は、午後10時目標。

ブログ執筆に要する時間は1時間以内。(目標)

2か月近く遠ざかっていたことで、トップページの訪問者数が激減しました。

それで毎日更新に目覚め、今日で10日目。

昨夜更新したトップページの訪問者数が、倍増しました。

お陰様です。感謝しています。

でも、まだ元には戻っていません。

 

ということで、簡単に早く書けるようにしながら、毎日更新しています。

ウェブサイト「認知症介護の見方を変えよう!」は、毎週金曜日にお知らせコーナーを更新する予定です。

どちらも、覗いていただければ嬉しいです。

清雄さんは、私の父で、なかなかの努力家でした。

写真に書いたKMは、私物なら何にでも貼っていた、テプラで作る父のイニシャルです。

真面目過ぎ?で努力家だった父。

そんな父が定年退職後の楽しみにしていた尺八を出して、ちょっと吹いてみました。

と書きましたが、まったく音が出ませんでした。(笑)

「家でみんなが見てると上手く吹けん!」と言いながらスースーやっていた日を思い出します。(笑)

今日の私のスースーは、同じスースーでも、まったくレベルの違うスースー。(笑)

今日は、すべてに努力していた、父の命日でした。

 

今日も、ありがとうございました。トッシーで~す。元気で~す。

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「助けて!」と「救急車!」

2017年10月17日 | 両親に感謝

トッシーです。今日もありがとうございます。

前回のブログで紹介した動画、いかがでしたか? トッシーは、何度も見てしまいました。そして、見ているうちに、また別のことを考えていました。

この動画は、空港という大勢の人が行き交う場所でのシーンですね。ここでは、空港には珍しく二人の若者がピアノを弾いて、美しいメロディーを奏でています。
注目したいのは、その場を通り過ぎる人々の反応です。時間もあるのか、じっくり聞いている人。急いでいるのか、振り向いたものの直ぐに前に進む人。聞きたいけれども時間がないのか、二人を見ながら通過する人。まったく関係なく、そばにいてもただ立って他を見ている人など、実に様々だということが分かります。
つまり、同じ光景を目にしても、その反応は人それぞれいくつかのパターンに分かれるということですね。

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 たとえば、あなたが野外コンサートに行って夏の午後を過ごしていると想像してください。コンサートが終わり、人々が帰りはじめたとき、あなたは腕に少し痺れを感じますが、大したことはないだろうと、気にも留めません。しかし、人の流れに沿って、少し離れたところにある駐車場の方に歩いて行くとき、痺れの範囲が手先や顔の片側にまで広がっていくのを感じます。どうしたらいいか分からなくなって、とにかく少し休もうと、木によりかかって座ることにします。すぐに、あなたは、自分の身体の具合が急激に悪くなっていることに気づきます。座ってみても、全然よくならないのです。それどころか、筋肉のコントロールや調節がうまくできなくなっており、口と舌を動かして喋るのも難しくなりはじめています。立ち上がろうとしますが、それもできません。恐ろしい考えが、頭のなかを駆け巡ります。「大変だ、発作が起きたんだ!」。何人もの人がそばを通り過ぎて行きますが、こちらに注意を向ける人はほとんどいません。ごくまれに、あなたが変な様子で木にもたれてへたりこんでいることや、表情がおかしいことに気づく人もいますが、そうした人も、周囲の人の反応を確かめ、誰も何の関心も示していないことを見て取ると、問題はないのだろうと納得してしまい、立ち止まってくれません。
 このような苦境に陥ったとしたら、援助が受けられそうもない状況を打開するために、あなたに何ができるでしょうか。

    ロバート・B・チャルディーニ著「影響力の武器 第3版 説得の秘訣」より

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この本には、人の態度や行動を変化させる心理的な力について、科学的知識に基づいて書かれています。ここには、大都市で大勢の通行人が通る中で、30分間暴行を受け死亡するという事件がなぜ起こるのか、それも通行人が少数の場合には助ける人が出て来るのに、大勢の場合には傍観されるという、なかなか理解されにくいことも実際に起こることが、実験等で証明されていると書かれています。

で、つい先日この部分を読んだ時に、脳出血で倒れた時のことを思い出していました。そして、あの動画を今日改めて見て、大勢の人が通る場所での人の取る行動について、面白いな~と思って見ていたのです。
もしあの時、トッシーを見ても、誰からも助けを求めている人だと思われなかったら・・・と思うと、小さな叫び声に応えて声をかけていただいたトッシーは、本当にラッキーでした。


「助けて!」 と「救急車!」

大勢の人が傍を通っていても、この人は助ける人ではない、または誰かが助けるだろうと思われてしまえば、いつまでも放っておかれる・・・。
そんなことが説明されていたこの本には、それを防ぐ対策が紹介されていますが、実はこれ、トッシーがあの時にやっていたことと同じようなことだったんです。
トッシーがやったことは・・・。
「助けて」と叫んで、緊急に援助を求めていることを明確に伝えたこと。そして、
「救急車」と言って、自分が何をして欲しいかをハッキリ伝えたことの二つでした。 
意識も薄れる中、かろうじて絞り出したこの二つの言葉で、トッシーの命が救われたといえそうです。

 

経験したことがない、恐ろしさいっぱいの不安の中で口にした、「助けて!」と「救急車!」の二つの言葉。
この本を読んで、今更ながら、両親はじめ、多くの方に護られていることを感じずにはおられません。
本当に、感謝ですね~。ついてますね~。

トッシーで~す。今日もありがとうございま~す。

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toshiは、「じい~」から「じい~じい~」になりましたぁ~!

2015年08月11日 | 両親に感謝

toshiです。いつもありがとうございます。

 

「じい~」になって、もう40日。

すっかり、「じい」~になっちゃったぁ~?(笑)

 

で、昨夜、今度は長女が可愛い可愛い女の子を無事出産。

この2か月で、toshiは、2人の孫に恵まれました。

 

孫が出来るなんて全く考えていなかったので、いざ出来てみると、やっぱり嬉しい。

66歳のオッサンが、あっという間に二人のおじいさんに・・・。

じい~が、じい~じい~になりましたぁ~。(笑)

 

両親には、改めて感謝ですねぇ~

 

今回、二人の娘の出産を体験し、改めて思ったことがあります。

それは、両親に対して、改めて感謝の思いが強く湧いてきたことです。

特に、母親にはその思いが大きいですね・・・。

 

「お母さんは、死ぬ気で子供を産んでくれます」

これは、トッシーのハッピー介護のお話の中で必ず話している言葉ですが、今回、二人の娘の出産を体験し、その思いがますます強くなりましたねぇ~。

 

toshiは、二人の孫のじい~じい~になりました。

お母さんは生む前も大変ですが、生んだ後からも、ほんとうに大変ですね、

二人の娘を産んで育てたmasa。

改めて、masaにも感謝の気持ちが強くなりましたね

サンキューベリマッチ・マサ

サンキューベリマッチ・トミスケ。

 

今日もご訪問いただき、ありがとうございます。toshiで~す。

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父のことを思い出すことが多いこの頃で~す!

2011年08月17日 | 両親に感謝

 いつもありがとうございます。toshiで~す。元気で~す。(笑)

 またまた更新に間が空いてしまいました。

 書きたいことはいっぱいあるんですけどねェ~・・・。

 

 最近、父や母のことを思うことがとっても多くありました。

 特にこの時期、父のことが多かったですね。

 何せ暑い今、草との戦い?がありますからね。草を刈る度いつも思うんです。

 「よくもこれだけの畑を、ちゃんときれいに管理していたもんだなあ。」って・・・。

 私は今、畑では野菜を全く栽培していません。

 草が大きくなったらその草を刈るだけです。

 ですから、畑では、野草を栽培してるってことになっています。(笑)

 

 一昨日は、終戦記念日でしたね。

 この日だけは、特別な思いで父のことを思い出します。

 軍人だった父は、この日を満州で迎えました。

 日本が敗戦したことから、危険な場面を経験しながら、無事祖国へ帰ることができたようです。そのお蔭で、今の私がいるわけですね・・・。

 その当時の父は、31歳か32歳。

 同じ年齢の自分を考えた場合、あらゆる意味で違いの大きさに気が付きます。

 そんな違いが、その後の父の生活と私の生活との差として表れているのかなあ・・・と、これを書きながら今思っています。

 まっ、一つ言えることは、父は、とにかく一生懸命というか、必死になって全てのことをやっていたんだろと思います。

 そうでなければ、この畑仕事ひとつとっても、あんなふうにはきれいに出来るはずがない・・・。

 裏を返せば、私は必死になっていない…ということになります。

 父の場合、農作業だけでなく、会社の仕事も趣味も、全てがそうであったように思います。

 残念ながら私の場合、父に自慢できることは見つかりません。(笑)

 とにかく、凄い父でしたね。

 その思いは、年と共にますます強くなっています・・・。

 

 写真は、壁にかけてある父の写真です。

 父が病気で動けなくなり、3か月間ほど入院していた際、ベッドで横になっている時に写したものです。

 厳しかった父が、この入院生活の中で、徐々に変わっていきました。

 とにかく、優しくなっていったんです。

 それは、ベッドでの生活となった父が、看護婦さんをはじめいろんな方のお世話を必要とする自分になり、何でも一人で出来た今までとは全く違うんだという、そんな自分の現実を本当に受け入れることができるようになった・・・。そんな心境の変化が、父を優しく変身させたように思えます。

 まさにそれは、驚くべき変化でした。

 先日もmasaとそのことを話しましたが、そんな時いつも出るのが、「お父さんは仏になったね!」という言葉です。

 かつて、田圃の中で父と私が立ち往生し口論したことがありましたが、その時に発した父の言葉は、「俺の眼の黒い内は、俺のやり方でやる! それに従えんのならここから出ていけ!」というものでした。

 こんなことを口にしていた父を知ってる私からすると、まさに父は「仏」になりましたね。

 その時の父の言葉に対してtoshiはどうしたの?ですが・・・。

 「分かった・・・」と言って、父に従った記憶があります。(笑)

 

 

 この写真は、すでに心境の変化が起きた後の大変身した父なんでしょうね。

 晩年の父に見られる、とってもやさしい表情をしていますから・・・。

 この写真を見る度、いつも「ほっ!」っとするんですよ。

 大好きです。この写真。

 

 親のことを考えていると、全てが感謝に思えます。

 お読みいただき、ありがとうございま~す!(toshi)

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masa の涙につられて涙! 久し振りに買った母の為のパン!

2010年08月12日 | 両親に感謝

 いつもありがとうございます。toshiです。

 今日は、突然、母のことで涙したお話をさせていただきます。

 涙・・・と言っても、悲しい涙とはちょっと違うんですよ。

 どちらかと言ったら、楽しかったことへの感謝の涙かも知れません。

 私たちに幸せをいっぱいくれていた、母に対して・・・ですね。

 

 涙するきっかけというか原因となったのは、写真にあるパンです。

 エッ!? なんでこれが涙の原因なの?

 普通は、そう思いますよね・・・。

 まっ、100人いれば、100通りの人生・思い出がありますからね。

 今回の masa の突然の涙は、いつも行くスーパーで買ってきたこのパンが原因なんですよ。

 面白いでしょ?(笑)

 

 このパンですが、本当に久し振りに買いました。多分、母が他界してから初めてだと思います。

 私が、昨晩、買ってきたものです。

 買う時は、心の中に、ある思いがよぎったことを今も覚えています。

 実はこのパン、母と暮らしていた頃は、結構頻繁に買っていたものなんです。買ってきては冷凍していました・・・。

 そうなんです。このパンは、母のためのパンだったんですね。

 勿論、私もチョイチョイいただきましたが・・・。(笑)

 何もない時のために・・・。ちょっとしたおやつに・・・。

 そんな思いで、母に食べてもらう為に、このパンを買っていました。

 ですから、母がいなくなってからは、買わなかったんですね。

 それがなぜか、昨晩は買って来たんです・・・。

 

 近くのスーパーで買い物を終え家に帰って来たら、何と、思いもしなかったこと、masa の車があるではあ~りませんか。

 「ただいまぁ~、早かったね!エライエライ!」(笑)

 そんなことを言いながら台所に入り、買って来たものを冷蔵庫などに入れていた時です。

 masa がこのパンを見るなり、突然涙を流し、目を赤くして泣きだしたんですよ~。

 私がこのパンを買う時、ある思いが脳裏をよぎったように、masa もやはり同じ思いだったんですね・・・。

 そうなんです。

 このパンは、母と一緒に暮らしていた時の象徴だったんですね。

 このパンが無くなったら買ってくる。無くなったら、また買う・・・。

 このパンは、母と一緒に暮らしていた時の思い出がいっぱい詰まったパンだったんですね。

 

 パンを見るなり、すぐに涙を流し始めた masa。

 私の顔を見ながら、「エ~ッ・ヘンヘンヘン~・・・・」とか言って泣き出した masa。目は赤く、本当に感極まったように泣いていました。

 「おいおい、そんなに泣くなよ! こっちまで・・・」

 そう言った私も、その声はスムーズには出ませんでしたね・・・。

 「本当に幸せやったね。お母さんは幸せをいっぱいくれたね・・・」

 「本当に楽しかったね・・・」

 そう言いながら目を赤くし、私の目をじっと見つめた masa。

 そういえばこの真剣な眼差し、どっかで見たような気がするなぁ。

 う~ん・・・。

 

 思い出しましたぁ~!

 定年退職ツアーで見せた目だぁ~!

 あの時は、かなり照れながらでしたが、やっぱり真剣でした。(笑)

 あの時は、なんか子供のような可愛さを感じましたが、今回の場合は、母と暮らしたことが本当に楽しかったね。しあわせだったね。有難かったね・・・という、母に感謝する嫁としての目を感じました。

 私は、本当に幸せ者だなぁ~。

 そんなことをつくずく感じた、つくずく感じた昨晩の出来事でした。

 

 サンキューベリマッチ・トミスケ!

 ワンス・モアー、(笑) サンキュウ・ベリマッチ・トミスケ!

 

 サンキューベリマッチ・お読みいただいた皆様!  (toshi)

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