ようやく、東福寺通天橋です
朝一番に拝観希望で並んでいた人々の列も少し落ち着き、雪だるまが向かった時には並ぶことなく拝観券を購入できました
拝観入口から、通天橋へ向う歩廊が続いています
訪れたのは11月18日でしたが、今年は紅葉するのが遅いです
下の写真は昨年の同日に撮影したものです
違いは一目瞭然ですね
そのまま通天橋の中央、張出展望から臥雲橋を望みます
下の写真も昨年のものです
ちょっとガッカリでした
この通天橋は、1380年に春屋妙葩が、谷を渡る労苦を少しでも無くそうと架けられたと伝えられています
歩廊入口には同国師の筆と伝えられている「通天橋」の扁額があります
南宋径山の橋を模して、聖一国師が通天と名付けたそうです
その後幾度か架け替えられていますが、現在のものは台風により倒壊したものを1961年に再建
歩廊から推測するともっと古いもののような気がしますが、橋を支える柱はコンクリート製であり、なるほどと納得する面もあります
通天橋の奥には、開山堂があります
別名は常楽庵
もとの建物は文政2年に焼失し、4年後に一条忠良によって再建されました
屋上に閣を持つ類例を見ない建築様式です
もどって、庭園を散策しましたが紅葉には早く掲載するほどの写真はとれませんでしたので、昨年の撮影分を掲載します
東福寺を辞し、法然院へ向いました
朝一番に拝観希望で並んでいた人々の列も少し落ち着き、雪だるまが向かった時には並ぶことなく拝観券を購入できました
拝観入口から、通天橋へ向う歩廊が続いています
訪れたのは11月18日でしたが、今年は紅葉するのが遅いです
下の写真は昨年の同日に撮影したものです
違いは一目瞭然ですね
そのまま通天橋の中央、張出展望から臥雲橋を望みます
下の写真も昨年のものです
ちょっとガッカリでした
この通天橋は、1380年に春屋妙葩が、谷を渡る労苦を少しでも無くそうと架けられたと伝えられています
歩廊入口には同国師の筆と伝えられている「通天橋」の扁額があります
南宋径山の橋を模して、聖一国師が通天と名付けたそうです
その後幾度か架け替えられていますが、現在のものは台風により倒壊したものを1961年に再建
歩廊から推測するともっと古いもののような気がしますが、橋を支える柱はコンクリート製であり、なるほどと納得する面もあります
通天橋の奥には、開山堂があります
別名は常楽庵
もとの建物は文政2年に焼失し、4年後に一条忠良によって再建されました
屋上に閣を持つ類例を見ない建築様式です
もどって、庭園を散策しましたが紅葉には早く掲載するほどの写真はとれませんでしたので、昨年の撮影分を掲載します
東福寺を辞し、法然院へ向いました