雪だるま倶楽部

日々を離れ
日常から脱却した世界
そんな風景を切り取っています

高山市街

2007年01月31日 | 岐阜散策


陣屋前では朝市が催されています

朝市の歴史は江戸時代にまで遡ります

米市、桑市、花市などの市として発達しました
明治時代に入り、農家の奥さんたちによって野菜が並べられるようになったのです
その頃から朝市と呼ばれるようになりました

雪だるまが訪れた時も、観光客の方々が買い物をしていました
お店の方もお客さんがいない時を見計らって朝食を摂りながらの販売です
ちょっと長閑な風景が広がっていました

こういう日本の何気ない風景が心を和ませますよねぇ
雪だるまはやっぱり日本人でした



朝市の広場片隅で面白い郵便ポストを見つけました
「書状集箱」
英語の当て字みたいじゃないですか
意味は判るのですが、何とも妙な気がします



こうやって写真を撮ってみると、唐辛子の写真が多い事に気が付きました
このブログだけでも、数度登場しています

何故かはよく判りませんが、いつも注目してしまうのです

特に何も購入しませんでしたが(ごめんなさい、ひやかしだけでした)雰囲気を堪能しました

続く...
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高山陣屋3

2007年01月30日 | 岐阜散策
居宅より、大広間へ移動しました

儀式や会議などに使用した場所でだそうです
畳は、48畳に床棚の下の1畳を加えて49畳
高山陣屋では一番大きな部屋です

縁側には手洗いがありました



寒々しいです

雪だるまが訪れた当日は、丁度中国人観光客の方々が訪れており、ぞろぞろとお歩きになっていましたので撮影には一苦労しました
ガイドの説明を聞きながら、思い思いに記念撮影しながら
中々雪だるまのシャッターチャンスが訪れず、ちょっと欲求不満な状態での撮影でした

縁側に立ち、冬景色の庭園を眺めました



わざと御簾にピントを合わせてみました

とか何とかやっている内に、大広間のシャッターチャンスです



その後、さらに進むと土蔵を改造した展示室に至ります

全国でも、最古の土蔵だそうです
規模として最大の土蔵であり、昔は年貢米の貯蔵に利用されていたそうです



これは、米俵の展示です



あっと、肝心なことを忘れていました
この土蔵撮影禁止です
何故、米俵の写真があるかって
それは内緒です
っていうか単なるマナー違反です
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高山陣屋2

2007年01月29日 | 岐阜散策
高山陣屋の続きです

陣屋は政治の場所でもありましたが、同時に江戸から幕府直轄地を支配するために派遣された郡代の居室でもあったわけです



奥へとすすむとその居宅部分に至ります



庭園のメインは雪つりですねぇ
雪だるまは子供の頃、親の勤務の関係で新潟に住んでいたことがあります
その頃は、雪つりは当たり前で冬になると必ず行う(行われる)ものと思い込んでいました



今年は雪がとても少ないので、雪つりの必要があるのかないのか
でも、冬の景色の風物詩ですよね
少し残っていた雪と雪つり
いい感じです



居宅から庭園を眺めてみました
アンダーで撮ってみたのですが、ちょっと(というかかなり)暗すぎました
でも、雪国のどんよりした感じがでてませんか?
っえ、でてない



じゃあ、これならどうですか?


感想は聞きません......

この居宅部分には江戸時代の建築物としては珍しく三階建構造の部分があります
っで、っでも撮り忘れました
また今度行った時に撮り直すことにします

続きます
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高山陣屋

2007年01月28日 | 岐阜散策
高山陣屋です



残念ながら、うちのワンコたんは外で待機です

高山陣屋は、元々高山城主金森家の下屋敷として使われていました
しかし、幕府の直轄領となってからは陣屋として代官や郡代がここで飛騨の政治を行うこととなった場所です

幕府が使用したということで、造りも構造も大変立派な建築物です
拝観料は420円
見学には30分以上の時間がかかるので余裕を持って見学しましょう



玄関は、2間半の大床です
これは10万石の格式であると言われており高山が幕府の直轄地であったことを示唆しています

玄関床の壁には「青海波」が描かれています
これは幕府が好んで用いた紋様で、大名は遠慮して使わなかったとも言われています



これも直轄地の名残でしょう

入口右となりには御役所があります
江戸から派遣された郡代(代官)、手付け、手代といった役職の人たちが勤務していた執務室です

ここの囲炉裏にも青海波が文様で描かれていました
ちょっと綺麗だったので一枚



建築様式はあくまで実用



機能的に行政が行われていた様子を推測してみました



その奥には、休憩場だったのでしょうか囲炉裏がありました
この囲炉裏の畳は、縁がありませんでした
ちょっと変な感じに見えました



続きます...
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高山

2007年01月27日 | 岐阜散策
今年は本当に暖冬です

スキー場の積雪も寂しい限りです
積雪情報でも、例年なら3mを越える積雪を記録するスキー場でも、今年は1mと少し程度
地球温暖化がヒシヒシと足元まで迫ってきているのでしょう
改めて環境問題を考えさせられます
このままでは、近い将来雪を見ることが出来なくなってしまうのでは?
ちょっと不安です

諸事情が重なって、しばらくスキーへ出かけることが出来なかったので中毒症状が出そうな雪だるまです
せめて...雪を見たい

という訳で、高山まで出掛けました



高山の魅力として、古い町並みが上げられます
さすが観光地
町並みにはずいぶん気を使っています
雪だるまが車を停めた駐車場の脇にあった「ファミリーマート」の看板も、あの白・青・緑のストライプではなく、こげ茶色でデザインされています
こんな所まで気を使っています
京都ももっと気を使ってほしいと思いました



朝8時頃に高山に到着
まだぎりぎり早朝の時間帯ですが、もう土産物屋は営業していました
他の観光地では余り見かけないです



高山でも人力車が営業しています
京都とは違って数は少ないですが
古い町並みと人力車
シュールですねぇ



何とも言えないまさに冬景色です
この後、陣屋へ向いました
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夫婦岩

2007年01月26日 | 三重散策
伊勢の名所の一つ
夫婦岩にもやってきました

二見興玉神社の境内の磯合にあるのが夫婦岩です

この二見興玉神社は、猿田彦命の化身とされる「興玉神石」が神体です
奈良県の大神神社と同様に、海を背後にする拝殿があるだけで本殿はありません



参道に「さざれ石」があります
この「さざれ石」はあちこちで目にします
下鴨神社や諏訪神社などで見た事がありますが、どうしてもただコンクリートで固め損なった塊にしか見えません



少し進むと夫婦岩が見えてきました
夫岩は9m、婦岩は4m
遠くから見るとそんなに大きな岩に見えません



波が立っています
風がすごく、体感温度はかなり低かったです



二見興玉神社には「輪注連縄」というものがあります
体の悪いところを撫でてから奉納すると治るというものです

雪だるまは当然、頭か?



二見興玉神社の境内を抜けると、夫婦岩が俄然良く見えるようになります



ここまで近づくと、夫婦岩の大きさを感じることが出来ました

この二見興玉神社の守り神は「蛙」です
だから、こうなります

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伊雑宮

2007年01月25日 | 三重散策
せっかく伊勢に来たのですから、どこかには詣でようと伊雑宮に行きました



この伊雑宮は、皇大神宮別宮です
祭神は天照大御神御魂で、古くから皇大神宮の遙宮と称され尊ばれています

牡蠣で有名な的矢からほんの少し内陸に入った場所にあります
その立地条件もあるのでしょう
磯部の大神宮さんとも呼ばれ、志摩一円の漁業関係者の信仰が厚い神宮です
特に漁師や海女さんは「磯守(海幸木守)」を受け、身につけて海に入るのが風習となっているそうです

この伊勢には125社参りというのがありますがその内の一つとしてこの伊雑宮があります



正面より入ると、内宮の規模をそのまま小さくしたような参道があります
規模からすると30分の1もないのですが壮大な感じがします



樹齢も相当あります



神殿に着きました



健康を祈願します



この伊雑宮も25年ごとに神宮式年遷宮が行われます
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海の博物館3

2007年01月24日 | 三重散策
別館2へ進みます

ここは、日本人と漁業の関わりをテーマにしています
学芸員のみなさんが製作した、さまざまな模型を中心に展示されていました



入口を入るとまず、鰹漁のオブジェが眼前にどお~んと現れます
威勢のいい掛声が聞こえてくるようです



海洋資源が問題になる前の漁業と日本人の関わりが展示してあります



錨です
現在のものと比べてちょっと粗野ですが
まあ、昔の木製舟だとこの程度の錨で十分だったのでしょう



海女の生活が模型になっていました
最初に視聴したビデオにあった休憩所の模型でしょうか



これなんかは、「捕ったど~」って声が聞こえてきそうです(笑)



近年の海洋調査船の模型もありました

海の博物館、期待していなかったのですが入ってみるとなかなかです
皆さんも一度どうでしょう?

最後に博物館の外に展示してあった牡蠣養殖に使われていた船です

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海の博物館2

2007年01月23日 | 三重散策
別館には、小船の歴史がありました
なんと、百を越える(?)過去の小船が収集してありました



こんな感じです

ちょっと薄暗い建物の中に所狭しと世界各国(メインはやはり日本)の古来よりの小型船舶が、ずら~りと並んでいました
木製の舟を端から順に見ていきました



アイヌ地方の丸太をくり抜いて造られた丸太舟です
昔子供の頃に一度作ってみたかったのは、まさにこの舟
なんか持って帰りたくなりました



ぐっと近代に近づいた船もありました
これなんかは、木製かFRP製かの違いでだけで、形の差あんまり無いような気がしました

最後は、ミャンマーの舟です



舟と言う感じではないですねぇ

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海の博物館

2007年01月22日 | 三重散策
海の博物館にやってきました



パールロードから、400mほど下った所にあります
入場料は800円



「海と人間の長くて深いかかわり」というテーマを元に、海に関する5万5千点以上に及ぶ実物資料を保存・展示している博物館です



なかなかに見所がある博物館です

入ってすぐに、「海女」の歴史を収めた10分間のビデオを視聴しました
過酷な作業でありながら、海洋資源にも注意しながら漁を続けている海女の仕事が描かれていました
なんと、漁期間中に10キロも痩せるほどの労働なんだそうです

最初の資料館には漁師が作った潜水艇が展示してありました



この潜水艇は中に入ってみることが出来ます
中に入ってみると、なるほど狭い空間でした
閉所恐怖症の人だとかなり引いてしまうほどの狭さです

また、木製の帆舟が展示されていました



舟の形はぜんぜん違うのですが、何となく「ラスカル」を連想してします

続いて本館2階にアート作品がありました

なんと、牡蠣の貝殻で作成した龍です
7千枚の貝殻を利用して造られていました



ちょっと感動です
牡蠣の貝殻は産業廃棄物となってしまい廃棄場所が問題になっている昨今
こんな再利用の方法があったとは...

次回別館1へ続きます
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生浦湾

2007年01月21日 | 三重散策
世間では、ノロウィルスが猛威を振るっています
感染経路の一つとして二枚貝からの感染があるという世評が定着してしまい、今シーズンの牡蠣の出荷が激減しているという記事を目にしました

雪だるまは基本的に海産物が大好きです

肉類を好きな順番に並べると
1.魚介類
2.豚肉
3.鶏肉
4.牛肉
と、なります

世間では二枚貝が敬遠ムードですが、それでも雪だるまは「牡蠣が好きなのだ~」

というわけで、伊勢志摩へ出かけました



当日は天候はよかったのですが、風が強く肌寒い一日でした



伊勢自動車道を最終・二見JCTまで走り、一路的矢湾を目指します

パールロードまで走ると、ビューポイントから生浦湾が一望できました



この辺りの海辺では、磯の香りよりも牡蠣の香りがします
あの独特の何ともいえない香りが強く漂ってきます
もう、この匂いを嗅いだだけでお腹が「グゥ」って鳴ってしまいました

パールロードには牡蠣を食べさせてくれる店が点在しています
我慢が出来なくなったところで、一軒のお店に入りました
「牡蠣くださ~いなっと」
焼牡蠣を注文しました

今シーズンはどの店も焼牡蠣でした
いつもは生牡蠣も扱っているのですが...
残念です



生牡蠣を求めて、何件かハシゴしましたが生牡蠣は食べることが出来ませんでした
焼牡蠣を都合15コほど食した時点でギブアップ

腹ごなしにと、パールロードにあった「海の博物館」へ行くことにしました

続く...
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香嵐渓2

2007年01月19日 | 愛知散策
三州足助屋敷の中には、昭和年間を記念した展示があります(萬々館)

昭和の庶民の暮らしを再現したものです



長屋の生活を再現しているようです
ちゃぶ台が何ともいい味を出しているではありませんか

ここを見ていると、雪だるまは亡くなった祖母が暮らしていた借家を思い出します

もう何年も前に亡くなり、遺品の整理も終え借家を返したのですが...祖母の姿を思わず探してしまいそうになります





昭和時代っていいなぁ  と思います
時間の流れが、今と違って少し遅く
人情も残っていて
今ほど、瀬地がなく無く

みんなで、またあの時代に戻りませんか?
ってなことを考えてしまいました


家族で行った銭湯の帰りに...大衆食堂に出掛け



お父さんは、鯖の味噌煮とキリンビール
娘は、カキ氷とニッキ水



「おとうちゃん、もう一本飲んでもえぇ」
「あかんでぇ 母ちゃんに叱られるどぉ」
「おかんにはないしょで ねぇ ええやろぉ」

昭和という時代には、関西弁が似合います
(雪だるまの思い込み)

機会があれば、大正村にも行ってみたいと思いました
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香嵐渓

2007年01月17日 | 愛知散策
冬なのに、なぜか香嵐渓に行きました

っと言うか、ハイシーズンにここを訪れるのは大変だったので、せめて名残だけでも...という気持ちで行ったのです

国道153号を進むと、香嵐渓の入口が見えてきます

巴橋から上流約1.2kmが香嵐渓です
渓谷と、ご飯を盛ったような山容をみせる飯盛山が香嵐渓の見所

香嵐渓の始まりは、江戸時代のはじめ
当時の香積寺住職であった三栄本秀和尚が、般若心経を唱えながら、住民の幸せと修行の環境を整えるために楓を植えたそうです

香嵐渓に足を踏み入れると



香嵐渓には二つの有名な橋があります「待月橋」と「香嵐橋」です





この二つの橋の間を散策するのが一般的でしょう

今日は、三州足助屋敷が目的です

香嵐渓の中心に昭和55年に開館した民俗資料館です
1千坪の敷地に明治期のこの地方の豪農屋敷を再現しています



門松が飾ってあり、正月気分も出ています





館内は、茅葺屋根の建物が立ち並びノスタルジックな雰囲気です


続く....
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季節

2007年01月16日 | 静岡散策


こちがら、今回の撮影分



そしてこちらは、昨年の夏に撮影した分

ちょっとアングルが違いますが、季節感を感じますね
(もちろん、天候にもよるのでしょうが)
冬の曇天が表現出来たと思います



冬の海は荒れていて日差しが弱く、っていうのが表現しやすいです
それに反して夏の海は、やっぱり強い日差しと積乱雲



同じ場所へ季節を替えて行ってみる
毎日毎日、違う表情を見せてくれる風景
いいものです

今回の静岡紀行は以上です
最後は弁天島浮見堂から見た牡蠣棚の風景です





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浜名湖

2007年01月15日 | 静岡散策
浜名湖の弁天島に行ってみました
海水浴と潮干狩りで有名な場所です

弁天島海浜公園から、今切口の大鳥居と浜名バイパス橋を眺めます



少しノスタルジックな感じになりました
冬の空はどことなく、哀愁が漂いモノクロです
もう一枚は夏場のもので、その違いはご覧の通りです
皆さんはどちらの風景の方が好きですか?



縦でも撮ってみました
同じくその下は夏場のものです





雪だるまは冬の風景の方が好きですねぇ
夏の風景って、何となく想像できてしまうので冬の風景の方が好きなのです

最後にもう一度、今切口の大鳥居と浜名バイパス橋です

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