高山氏の「変見自在」シリーズは意外な視点で、特に白人の悪辣さをえぐり出しているのが面白い。この本は比較的おとなしいのだが、その中ではアウンサン・スーチー女史の話は白眉ものである。目についた話をいくつか書いてみる。
アメリカのO.J.シンプソンの白人妻殺人事件は、刑事裁判で無罪、民事で有罪と言う捻れ判決で有名なのだが、彼の高校時代までは米国には「異人種間結婚禁止法」があった(P50)。この法律が廃止されていなければ、事件は起きなかったから皮肉である。自由の国アメリカなどという標語がいかに空疎なものかが分かる。自由と民主主義は常に白人間にだけしか適用されないと分かれば納得できるのである。
米国が昔は油を採るためにだけ鯨を捕獲していたのに、必要なくなると鯨は人間に近いから、捕鯨は禁止すべきだと日本を非難し始めた。米国流の捕鯨は「のたうつ抹香鯨の頭をかち割り、中から脂を汲み出し、胴体は吊るして『オレンジの皮を剥ぐように』皮下脂肪層をはぎ取り、赤裸の胴体はそのまま海に捨てた(P67)」という無残なものだった。
ところが石油が利用できるようになると捕鯨を止めたと思っていたのだが、実は量は大きく減ったのだが、「・・・酷寒でも凍らない潤滑油として一九六〇年代まで」捕鯨は続けられていたのである。白人の自己都合による反捕鯨がいかにインチキなものか。
生協は「今でこそ『配達するスーパー』のふりをしているが、本性は共産党系の資金集め組織だ(P84)。」小生は何の根拠もなく直観的にそう考えてきたのだが、高山氏のつっこみがそこで終わってしまっているのが残念だ。もっと真相を知りたい。昔官公労系の労働組合員から、選挙があるたびに組合費の特別徴収がある、と愚痴ったのを聞いた。
当時これは社会党と共産党の選挙資金になったと思っている。今でも共産党は政党交付金に反対し、受け取りを拒否している。その癖選挙のたびに落選確実でも多数の候補を擁立している。何故か共産党だけには潤沢な政治資金がある。それは新聞赤旗の売り上げだけではあるまいと思うのである。
当時、奥さんが近所付き合いで赤旗の日曜版を一年ばかり購読した。そこには、ソ連とその「衛星国」を薔薇色に描いていたのを覚えている、奥さんに赤旗を勧めた女性は記事を読んで、是非素晴らしいブルガリアに行ってみたい、と言っていた。五年ほどして、ソ連が崩壊して衛星国の悲惨な国情が明らかとなった。ブルガリアに憧れていた女性は何を思ったのだろうか。
米西戦争の発端となったメイン号事件は、米国の陰謀説が消えない。米西戦争の開戦は「・・・一万キロも離れたマニラ湾で米艦隊とスペインの極東艦隊」が戦って始まった(P110)。メイン号沈没から二か月後に米国は宣戦布告した。そのわずか十二日後にマニラ湾で戦争が始まった。
それはおかしい、と高山氏は言う。米国からマニラ湾に攻撃に行く準備だけでも、最低一か月はかかり、補給などを考えれば最低三か月前にはマニラ湾攻撃計画を策定開始しなければならない。メイン号爆沈は、その間に起ったと言う奇妙なことになるというのである。
ある本の紹介で、戦前の米国人のブロンソン・レー氏が書いた「満洲国出現の合理性」という本を読んだが、そこに興味深い記述がある。「・・・米国はメイン号爆沈の際に、スペインが共同調査を求めたのを拒絶して「『メーン』号を記憶せよ」(P208)と叫んで戦った。その後本著を書いている時期までメイン号爆沈の原因は不明だそうである。著者はなんとメイン号が燃えている際に乗船して、発火する可能性がある、特殊なヒューズが入った箱を発見し、スペインの友人が高額で買いたいと言ったのに断ったのだそうである。この話はレー氏はメイン号爆沈が米国の仕業に違いないと断定できる物証を発見しながら、米国のために隠した、ということであろう。つまりメイン号爆沈が米国のやらせだという物証はあったのである。
レー氏は著書で満洲国の建国の正義を説いている。しかし決して日本の味方をするためではないことは、通読して分かった。レー氏が満洲国の誕生を擁護するのは、建国以来の米国の理想に合致しており、反対に満洲国を否定する米国政府は理想に反すると考えているからである。
レー氏がメイン号爆沈の真相を明らかにする物証を隠したのは、メイン号爆沈がただちにスペインの仕業だと報道された時点で、米国の謀略を明らかにするのは、たとえそれが正義であれ、米国の国益に適さないと考えたからである。つまり戦争に反対する立場であっても、戦争が始まれば祖国の勝利を願うのが正しい、というのと同根である。レー氏は単なる偽善者ではなく現実家で愛国者であり、その立場から満洲国を擁護していることは明白であった。
閑話休題。朝日新聞は奇妙な新聞である。「ひと」欄で関西空港建設の理由について伊丹の周辺の住民問題だと書いたそうである(P134)。それは、「ここの住民は『戦前、空港拡張のため朝鮮半島から集められた人々』で『戦後一転して不法占拠者にされた』と」書き、伊丹周辺の朝鮮系住民は、いかにも強制連行(徴用)の朝鮮人のように書くが「それは嘘だ。現に朝日自身が徴用朝鮮人はほぼ全員が半島に帰ったと書いている。」コメントはいるまい。
かのダグラス・マッカーサーの父、アーサー・マッカーサーは米国からの独立の約束を反故にされて反抗したアギナルド軍の討伐司令官である。米軍はアギナルド軍一万八千人と家族など二十万人を殺害した(P172)。戦中マッカーサーは、パトロール中の米軍に被害が出た報復としてサマール島とレイテ島の島民の皆殺しを命じた。
「ただし十歳以下は除けと。・・・作戦終了が伝えられた。『十歳以下は一人もいなかった』と報告している。」何というブラック・ユーモア。ある精神科医は「苛めは反発を呼ぶが、徹底した残忍な殺戮や拷問の恐怖は逆に従順さを生む」(P173)と書いたそうだ。
「原爆や東京空襲、戦犯処刑と、これでもかというほどの無慈悲を見せつけた米国に対し、朝日新聞が見せる恭順の姿勢『マッカーサーさんのおかげです』はその典型だろう。フィリピン人もこの一連の米軍の無差別殺戮で反発から服従に転換していく。」
フィリピン討伐の先頭に立たされた、黒人米兵の脱走者の一人はフィリピン人に首を切られ米軍基地に送り届けられた。その時のフィリピン人は「裏切り者を処刑しました」と米軍に言ったそうである。西欧の植民地だった世界中の国々が、未だに欧米の植民地支配の非をならさないのは、裏に白人の無慈悲な殺戮に対する恐怖の記憶があるのであろう。
ただし、朝日がマッカーサー様と言ったのはもっと低俗な話であるのは有名である。朝日新聞は米軍による戦後の強姦事件や原爆投下などを、批判する記事を書いた。すると二日間の発刊停止を命ぜられ、逆らうと廃刊にすると脅されたのだ。命を賭しても言論の自由を守るなどと言うマスコミの言葉は信じるものではない。
何回でも書く。有名な朝日の緒方竹虎副社長は、戦時中軍に抵抗しなかった理由として「何か一文を草して投げ出すか、辞めるということは、痛快は痛快だが、朝日新聞の中におってはそういうことも出来ない。それよりも何とかひとつ朝日新聞が生きていかなければならない」(五十人の新聞人)と書いて左翼の人士からも痛烈な侮蔑の批評を受けた。
さて苛酷な支配に対して、戦後非をならした例外の国が「ビルマ」なのだそうである(P189)。「まず大英連邦から脱退し、英国式の左側通行も、英語教育もやめた。・・・英国がビルマから奪ったものの返還を訴えた。英国は奪った国王の玉座や宝石を渋々返したが、ビルマは英国の植民地統治の責任も国連の場で糾弾を始めた。その中にはアウンサンの暗殺もあった。表向き彼は元首相ウ・ソーに殺されたことになっているが、国民の多くは英国が仕組んだことを知っていた。」
ちなみにウ・ソーはアウンサン殺害の罪で処刑されている。つまり英国に都合の悪い者二人をまとめて処分できたのである。英国に逆らったビルマつまりミャンマーのその後は悲惨である。アウンサンの娘、有名なアウンサン・スーチーは十五歳の時に英国に連れ出され、英国式教育を受け、英国人と結婚した。外見以外は心根まで英国人になったのである。スーチー女史が見事なクイーンズイングリッシュを話すのをテレビで見たことがあるだろう。
何と彼女は「植民地支配の糾弾」事業を潰した。米英はミャンマーを軍事政権と非難して、世界中から経済制裁させた。スーチー女史は軍事政権非難の先鋒に起ち、軍事政権への抵抗と民主化のシンボルとなったのを我々は知っている。
経済制裁により、ミャンマーは貧困にあえぎ、中国に助けを求めた。悪魔に救いを求めたのである。ミャンマー経済は中国のカモにされ、政治は腐敗し賄賂が蔓延する。中国化したのである。この後欧米植民地支配を糾弾する国はあらわれないだろう。スーチー女史の役割は終えたのだそうである。
小生は何故ミャンマーが突然軍事政権と欧米の非難を浴び、日本まで経済制裁に加わり、ろくに自国のことも政治も知らないはずのスーチー女史が、ミャンマー民主化の英雄となったのか、納得できなかったが、高山氏の説で充分に腑に落ちた。日本の敢闘にもかかわらず、白人の世界支配はまだ終えていないのである。