褒めまくる映画伝道師のブログ

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映画 小間使の日記(1964) 上流階級を皮肉る

2023年08月29日 | 映画(か行)
 かつてのヨーロッパでは貴族社会が存在していた名残りか、映画でも召使いが雇われているシーンを多く見かける。今では余程の金持ちでも、召使いさんを雇うような余裕なんかない。そもそもそのような映画を見ていると、そんな事ぐらい召使いにやらせないで自分でやれ、とついついツッコミを入れたくなってしまう。
 さて召使いを雇っている上流階級に対して皮肉的な映画を多く撮っているのがルイス・ブニュエル監督。本作でも上流階級に属すると思われる一家の者を変人扱いしているのが笑える。そんな社会でこき使われる召使いの女主人公であるジャンヌ・モローが何かと理不尽な要求や嫌がらせを受けるのだが、なかなかこの主人公が一筋縄ではいかないメンタルを持ち合わせている。

 上流社会一家のアホさに最初の方はコメディかと思ってたら、途中からはミステリーに変わるようなストーリーの紹介を。
 パリから田舎に出てきて、モンテユウ家に小間使い(召使い)として雇われたセレスチーヌ(ジャンヌ・モロー)。ところがその一家に着くと夫人は嫌がらせをするし、夫のモンテユウ(ミシェル・ピコリ)は女遊びと狩りばっかりやっていて、やっぱりと言うべきかセレスチーヌにも迫ってくる。そして、夫人の老父は婦人靴に妙に執着しており、セレスチーヌにお気に入りの婦人靴を履かして嬉嬉としている。同じく召使いとして仕えているジョゼフ(ジョルジュ・ジェレ)も屋敷の近くに住んでいる少女に対する目付きが何となく汚らわしい。そして隣人である退役した軍人であるモージェ氏が恋人と住んでいるのだが、両家は非常に仲が悪く、モージェ氏はモンテユウ家の庭にゴミなどを投棄してくる。
 ある日のこと、老父はセレスチーヌに履かせた靴を抱きながら死んでしまったり、セレスチーヌが可愛がっていた少女が1週間行方不明になったりで、セレスチーヌはパリに戻ることを決心する。しかし、少女が近くの森で惨殺されて発見されたことを耳にし、少女殺しの犯人を探し出すためにモンテユウ家に戻ってくるのだが・・・

 セレスチーヌはパワハラ、セクハラだけでなくジョゼフからは行動を監視されたりで嫌な目に遭うが、そんなことでは挫けない。時には冷笑を浮かべているような余裕すら感じさせる。これは浮世離れした言動をする上流階級の人々に対する嘲りの態度のように見えなくもない。
 そして、この映画の本領を発揮するのがセレスチーヌが再度モンテユウ家に帰ってから。自分の美貌を武器に少女殺しの犯人らしき人物をあの手この手で陥れようとする手段が笑えた。しかし、本作の結末は意外過ぎるし、何となく嫌な感じがしたりで監督らしさが表れている。
 他にも葉の上に止まった小さな蝶々がデカいライフル銃で撃たれたり、外で斧で薪割りをしていた男がその斧を持って家の中に入って来て扉をぶち破ろうとしたり・・・等など、シュールな場面が多いのも監督らしさが出ていて俺は笑えた。
 ルイス・ブニュエル監督作品と聴いて心が躍る人に、今回は小間使いの日記をお勧めに挙げておこう

 監督は前述している通りルイス・ブニュエル。この人は無宗教なので上流階級と同じように宗教も皮肉るのでよく物議を醸しだした監督です。お勧めは皆殺しの天使ブルジョワジーの密かな愉しみ自由の幻想欲望のあいまいな対象この庭に死す等。真面目な作品も撮りますが、ふざけた作品の方が個人的には気に入っています








  
 


  

 



 

 

 

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