もうブログを書き始めて12年が経つが、最初の頃に書いた記事を今読むと本当に恥ずかしい限り。書き始めた頃はそれほどブログを書く人も居なくて、けっこう知人から褒められたりもしたが、今改めて読むと超ダメダメ。最近は書き始めた頃のブログにコメントを書いてくれる人もいるのだが、今回紹介する映画欲望も最近コメントが多い記事。この映画を初めて見たのは10年以上前になるが、実は何が面白いのかわからなかったし、最後の方は主人公の妄想が酷くなってきたのを見せられて、何が何だかサッパリわからん映画だと思っていたのだが、本作に関する最近頂いたコメントを読んでみると、面白かっただの、本作について色々と情報を教えてくれる人がいたりで、そんなエンタメで奥が深い映画だったっけ?なんて思い今回改めて観直した。
今さら、もう一度観る価値があるのか?なんて思ったりしたが、こりゃ~びっくり!オープニングから格好良くて、こんな冒頭から惹きつけられる映画だったことに我ながら驚いた。10年以上ぶりに観る本作だが、つまらなく思っていた映画が今回観直してみると面白く感じるとは、長い年月が俺を成長させてくれていることを実感した。
さて、映画の方だが邦題は欲望だが、原題はBlowupで意味は『写真の引き延ばし』。えらい邦題と原題がかけ離れているように思える。しかし、前半のイケメンのカメラマンのやりたい放題の行動が邦題を表している。何かと傲慢な主人公だが、特に女性モデルを撮るシーンのドエスっぷりは笑えた。しかし、あるカップルを盗撮した写真をBlowupされるシーンから、サスペンスフルになって楽しめる。しかも、イケメンのカメラマンが段々イタイ人間になっていく展開の面白さが、今回再鑑賞してやっとわかった。
イケメンのカメラマンと同様に、観ている者も何が何だかわからなくなってきそうなストーリーの内容を簡単に。
1960年代のイギリス、ロンドンが舞台。若くてハンサムなカメラマンであるトーマス(デヴィッド・ヘミングス)は若い女の子の方から写真を撮ってよ~と迫られる人気者。トーマスはちょっと気晴らしに自慢の愛車を飛ばして公園へ散歩しに行くと、紳士風の男と若い女性がキスしていた。その場面を次々に写真に撮っていたのだが、若い女性が盗撮されていることに気付き、トーマスの方に近寄ってフィルムを返せと迫ってくる。しかし、彼女の方が恋人と思われる男性がいつの間にかその場を去っていることに気付き、どこかへ去って行った。
トーマスが仕事場であるスタジオに帰ると、先ほどの彼女であるジェーン(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)がフィルムを返してもらおうと突然現れた。トーマスはフィルムを返す代わりに、ヌード写真を撮らせろとジェーンに要求。ジェーンはあっさり裸になってさっさとフィルムを返してもらい去って行った。しかし、トーマスが返したのは彼女が欲していたのとは別のフィルム。裸になってまで返して欲しがるフィルムに好奇心が沸き起こったトーマスはフィルムをプリントすると、違和感のある場面を発見。そして更に写真を引き延ばしてみると、そこには草陰から銃を向けている男、そしてジェーンが逢っていた男性の死体が写り込んでいたのだ・・・
よせばいいのに、盗撮してしまったために奇妙な出来事に巻き込まれてしまう自業自得なイケメンのカメラマン。それにしても最初の方は傲慢なぐらい自信満々だったのに、途中からは急に汗をびっしょりかきだしたり、何が現実なのか自分でも理解できないぐらいの狼狽ぶり。それにしてもこの主人公を通して作り手は観ている者に何を問いかけたかったのか?しかし、本作については色々な人がブログや様々な媒体でその謎を解き明かすことに挑戦している。本作が製作された時代のイギリスの若者文化に照らし合わせて解決しようとする人がいたり、原題の意味する写真を引き延ばすことによる現象から本作を解き明かそうとしたり、色々な意見がある。ちなみに俺なりにこの映画を解釈すると『本作を撮った監督自身も次第に何が何だかわからなくなってきた』というのが俺の一発回答。本作については公開当時から現在に至るまで世界中で多くの人が議論しているようだが、世界中で一番無責任な説明をしている人間はきっと俺だ。
なんせ意味深な数々の描写が本作を難解に感じさせる。顔をペイントして奇声を発している集団がいたり、ロックファンには嬉しくなるようなヤードバーズ(ジェフ・ベックとジミー・ペイジがギターを演奏していた時代)がライブハウスで演奏している時の観客の表情だったり、ラケットもボールも無いのにテニスをしていたり、主人公の行動が適当過ぎるところ等、細かい部分まで挙げたらキリがないぐらい不思議なシーンが多い。それでいて音楽が格好良かったり、風景が印象画のように綺麗だったりするから惹きつけられたりする。
何はともあれ俺のブログを見て興味が湧いた人に今回は映画欲望をお勧めに挙げておこう
本作を撮った監督はド素人かと思いきやミケランジェロ・アントニオーニ。超有名で巨匠として名を馳せるイタリアの名監督。情事に代表される愛の不毛三部作が有名だが、個人的なお勧めはさすらいです。
今さら、もう一度観る価値があるのか?なんて思ったりしたが、こりゃ~びっくり!オープニングから格好良くて、こんな冒頭から惹きつけられる映画だったことに我ながら驚いた。10年以上ぶりに観る本作だが、つまらなく思っていた映画が今回観直してみると面白く感じるとは、長い年月が俺を成長させてくれていることを実感した。
さて、映画の方だが邦題は欲望だが、原題はBlowupで意味は『写真の引き延ばし』。えらい邦題と原題がかけ離れているように思える。しかし、前半のイケメンのカメラマンのやりたい放題の行動が邦題を表している。何かと傲慢な主人公だが、特に女性モデルを撮るシーンのドエスっぷりは笑えた。しかし、あるカップルを盗撮した写真をBlowupされるシーンから、サスペンスフルになって楽しめる。しかも、イケメンのカメラマンが段々イタイ人間になっていく展開の面白さが、今回再鑑賞してやっとわかった。
イケメンのカメラマンと同様に、観ている者も何が何だかわからなくなってきそうなストーリーの内容を簡単に。
1960年代のイギリス、ロンドンが舞台。若くてハンサムなカメラマンであるトーマス(デヴィッド・ヘミングス)は若い女の子の方から写真を撮ってよ~と迫られる人気者。トーマスはちょっと気晴らしに自慢の愛車を飛ばして公園へ散歩しに行くと、紳士風の男と若い女性がキスしていた。その場面を次々に写真に撮っていたのだが、若い女性が盗撮されていることに気付き、トーマスの方に近寄ってフィルムを返せと迫ってくる。しかし、彼女の方が恋人と思われる男性がいつの間にかその場を去っていることに気付き、どこかへ去って行った。
トーマスが仕事場であるスタジオに帰ると、先ほどの彼女であるジェーン(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)がフィルムを返してもらおうと突然現れた。トーマスはフィルムを返す代わりに、ヌード写真を撮らせろとジェーンに要求。ジェーンはあっさり裸になってさっさとフィルムを返してもらい去って行った。しかし、トーマスが返したのは彼女が欲していたのとは別のフィルム。裸になってまで返して欲しがるフィルムに好奇心が沸き起こったトーマスはフィルムをプリントすると、違和感のある場面を発見。そして更に写真を引き延ばしてみると、そこには草陰から銃を向けている男、そしてジェーンが逢っていた男性の死体が写り込んでいたのだ・・・
よせばいいのに、盗撮してしまったために奇妙な出来事に巻き込まれてしまう自業自得なイケメンのカメラマン。それにしても最初の方は傲慢なぐらい自信満々だったのに、途中からは急に汗をびっしょりかきだしたり、何が現実なのか自分でも理解できないぐらいの狼狽ぶり。それにしてもこの主人公を通して作り手は観ている者に何を問いかけたかったのか?しかし、本作については色々な人がブログや様々な媒体でその謎を解き明かすことに挑戦している。本作が製作された時代のイギリスの若者文化に照らし合わせて解決しようとする人がいたり、原題の意味する写真を引き延ばすことによる現象から本作を解き明かそうとしたり、色々な意見がある。ちなみに俺なりにこの映画を解釈すると『本作を撮った監督自身も次第に何が何だかわからなくなってきた』というのが俺の一発回答。本作については公開当時から現在に至るまで世界中で多くの人が議論しているようだが、世界中で一番無責任な説明をしている人間はきっと俺だ。
なんせ意味深な数々の描写が本作を難解に感じさせる。顔をペイントして奇声を発している集団がいたり、ロックファンには嬉しくなるようなヤードバーズ(ジェフ・ベックとジミー・ペイジがギターを演奏していた時代)がライブハウスで演奏している時の観客の表情だったり、ラケットもボールも無いのにテニスをしていたり、主人公の行動が適当過ぎるところ等、細かい部分まで挙げたらキリがないぐらい不思議なシーンが多い。それでいて音楽が格好良かったり、風景が印象画のように綺麗だったりするから惹きつけられたりする。
何はともあれ俺のブログを見て興味が湧いた人に今回は映画欲望をお勧めに挙げておこう
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バネッサ・レッドグレイヴ,デビッド・ヘミングス,サラ・マイルズ | |
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本作を撮った監督はド素人かと思いきやミケランジェロ・アントニオーニ。超有名で巨匠として名を馳せるイタリアの名監督。情事に代表される愛の不毛三部作が有名だが、個人的なお勧めはさすらいです。
現代の娯楽そのものを描いてると思いますよ。とてもエンタメだと思います。
ネガをみると男が死んでいるように見える、ネガをブロウアップしてみるとぼやけてかえってよくわからず確証がもてない、現場を確認すると確かに死体があった、が、ニュースにならない、そのうちネガがなくなってる、死体を確認したにもかかわらず確証が持てなくなって、もう一度現場に行くともう死体はない、果たして自分が死体を見たというのは本当だったのか?
自分がなにげなく日ごろから見ているものは本当にそれは存在するものなのか、錯覚ではないかと。
ヤードバーズなんか全く興味ないのに壊れたギターを手にし、それを求める人々が寄ってくるのを見てそのギターが価値あるものと思い必死に守るが、冷静になるとなんでこんなものをと捨ててしまう様子は、他人の動向に流されている様子が描かれています。
そうしてすっかり自信を無くしてしまっていたラスト、エアーテニスをする集団に出会い、とうとう存在しないはずのテニスボールを拾おうとしてしまう。
自分にはボールが見えてないが、もはや自信がない、この人らが自信をもってテニスをしているんだからきっとボールはあるんだろう・・・ともとれますし、実際にボールはあるがこの映画を見ている観衆にみえないのかもしれないと・・・・・・日本の「私小説」のような感じの映画ですね。
ちなみに現代ではこういう精神疾患、現に今でも一人暮らしをしていて外出の際に火を消したのか、ドアの戸締りをしたのか、車を運転してる最中に人を撥ねてないか気になって日常生活に支障をきたすというのが増えているそうです。
二次大戦で荒廃したヨーロッパは10年遅れて1960年代にアメリカの影響を受け享楽的な消費文化がうまれビートルズなどが支持されました。この時代です。
ですから現在のわたしたちはそういうのが当然の時代に生まれ育っているのであまりピンとこないと思いますが、この監督のアントニオーニなんかの世代だと1960年代は悪い意味でものすごい変革の時代だと感じたんでしょね。
なおアントニオーニの他の作品も、豊かなのに満たされず、怠惰が行動に出るがやっぱり満たされない現代人のさみしい心を描くという共通点があります。
「情事」や「砂丘」もそんなのが根底にあります。
では失礼いたします。
ストーリーはあってないようなものなんですよね。
撮っているうちに監督が何が何だかわからなくなった
というのではない…多分(笑)。巨匠やし。
当時のロンドンの退廃的な文化に対する
批判的なものを感じましたよ。
価値観の儚さとか。
そういったものが白日夢的に描かれているのでは
ないのかな…
だから何ひとつ解決せず終わった(笑)
でも…画面は今見てもハイセンスで
さすがにファッションは古いけど
むしろインテリアなんて
代官山あたりのショップとそんなに変わらない気が。
主人公のロールスのオープンカーも
良いなー。
それにしても売れっ子カメラマンは
やりまくりで高慢で酷い奴ですよまったく…
うちの夫も実は同業なのですが
今こんなことモデルにやったら大変だよ〜
と言ってます。