ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

老いても達人

2019年04月22日 | ガジ丸のお話

 畑の大先輩N爺様は御年90歳。家から畑までの片道約30分をほぼ毎日歩いて通っている。背筋はしゃんと伸びて杖も使わず大股で歩く。時折耳鳴りがするそうで少々聞こえ辛いこともあるようだが、声は大きくはっきりしていて、「はっ、はっ、はっ」と口を大きく開け高らかに笑う。話すことも理路整然としていて頭の良さも窺える。

 ある日、N爺様に案内され爺様の畑を一緒に歩いている時、虫が飛んできた。爺様の畑にはシークヮーサー(ミカン科の植物でウチナーンチュの愛する果物)の木が多く植えられている。飛んできた虫はシークヮーサーの木に卵を産み付け、孵化した幼虫は木の幹に潜り、内部を齧り、幹を穴だらけにして、しばしば木そのものを枯らしてしまうゴマダラカミキリ。シークヮーサーを主生産品としている爺様にとっては不倶戴天の敵。
 飛んできたゴマダラカミキリは私の傍を通って、私の前を行くH爺様に近付いた。おそらく、その羽音に気付いたであろう爺様は振り向きざま右手を素早く伸ばしゴマカミ(略称)を捕まえ、その手を胸の前に持って行き、左手の親指と人差し指で彼の首を摘まみ、音もしない素早さでその首を胴体と引き剥がし、そのまま両方を地面に投げ捨てた。
 「何ちゅう90歳!」と私は驚き、うしろから爺様に声をかける。
     

 「Nさん、Nさんはホントに90歳ですか?」と。
 「90って、言ったか?・・・それは間違い。正確には来年の5月で90歳だ。」
 いやいや、89歳でもその素早い動きはないよ、と私は思いつつ、
 「Nさんは若い頃何か運動でもしていましたか?空手か何か?」
 「私が若い頃はまだ戦争中だ、兵隊に取られ銃は担いでいた。」とNさんは言いつつ、どこか遠くを見つめるような、何か懐かしむような表情になって、
 「ただ、昔のウチナーンチュの多くがそうだったように空手はやっていたよ。」
 「達人だったんですか?段位は?何段だったんですか?」
 「私がやっていた頃は段位なんてあったか、近所の達人に教わっていただけだよ。」
 「でも、さっきの動き、反射神経と運動能力は凄いですよ。」
 「さっきって、あー、カラジクェー(カミキリムシの沖縄名)のことか、あれはトロいから、年寄りの私にも捕まえられたんだよ。たいしたことないよ。」

 「たいしたことないよ」がそれから数週間後、謙遜であったことが判明する。

 N爺様が自分の畑へ向かう少し手前に私の畑がある。その日、Nさんは畑へ向かう途中で私に声を掛けた。「白いデイゴが咲いているから見に来なさい」と。前に訪れた時にその白い(花が咲く)デイゴにたくさんの蕾が着いているのを見せて貰っていた。「はい、後で、昼飯食った後にでも伺います」と私は答え、そしてその通り出向いた。
 Nさんの畑は道路から15mほどは奥まったところにあり、細い道を15mほど歩く。その間にはウージ(サトウキビ)が茂り、他の雑木が茂り外からは見通せない。
 Nさん畑の入り口に着いて、ウージや雑木の茂った細い道に足を踏み入れようとしたまさにその時、犬のけたたましく吠える声が聞こえた。爺様の畑から聞こえる。さては、野犬が爺様の畑に侵入して、爺様に向かって吠えているのか、助けなきゃと急ぐ。
 ところが、そう思って駆けようとした時、「キャイーン」とひときわ大きな鳴き声が響いたかと思うと、その後はシーンと静かになった。爺様ではなく犬に何かあった。さては空手の達人、襲ってくる野犬を一撃で仕留めたかと思い、先を急ぐ。
     

 中に入って爺様がいつも作業している場所に着くと、裏山の境界辺りからこっちへ向かって歩いてくる爺様の姿が見えた。爺様は右手に鋤を持っていた。近くまで来て、
 「犬の叫び声が聞こえましたが、何かありましたか?」と訊くと、
 「ん、いや、そこで野良犬が吠えていたので何ごとかと見に行ったら、ハブと睨み合っていたんだ。私に気付いた臨戦態勢(トグロ巻いている状態)のハブが犬に飛び掛った。そしたら、犬が驚いて大声あげて山に逃げて行った。残ったハブは私がこれ(鋤)でチブル(頭)をちょん切った。まだそこに残っているよ。見るか?」とのことであった。
 さすが達人である。野犬を見てもハブを見ても冷静に対処できるんだ、と感心する。きっと、両者と対峙しても勝てるという自信があるのだろう。なお、「見るか?」については、興味はあったのだが、怖さもあったので遠慮させて頂いた。
     

    ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆ 

 つい最近のこと、友人Hがハブ退治をして、その際ハブの牙に少し引っ掻かれて救急車で運ばれた事件があった。Hの傷はたいしたこと無く、入院することも無くすぐに帰されたのだが、一応は元気かどうかその顔を見に行った。彼は元気だった。傷は1点(ハブの牙は2本あるので普通は2点となる)だけで、ハブも突然の敵におそらく牙を立てる間が無かったのだと思われる。牙を立てられなければその毒も注入できない。Hの体内にハブの猛毒は入っていなかったとのこと。牙1つだけの引っ掻き傷で済んだとのこと。
 Hも中学高校の頃は柔道の猛者で、大学では空手もやっていた。彼の肉体には少年の頃から青年の頃にかけて培った反射神経と運動能力が備わっているのだろう。ハブが襲い掛かった時もその能力で、とっさに身をかわすことができたのだと思われる。
 なお、上のN爺様の話は、ゴマダラカミキリの件は事実だが、野犬とハブの件は創作。Hのハブ騒動の話を聞き、H爺様が90歳とはとても思えぬ俊敏な動きをしていたことを思い出して、H爺様は空手の達人ではなかっただろうかと思っての空想物語。
     

 さて、若い頃に肉体を鍛えていない私はというと、友人Hを見舞って、公園の散歩、買い物など終えて家に帰って、晩飯食った後、Hを見舞ってから4時間程経った夜8時頃、急に右耳の下が腫れ出した。その辺りはリンパ腺というのか、みるみる膨らんで行き、1時間もするとソフトボールを半分に切って張り付けたみたいにパンパンに腫れた。
 「何じゃ、何じゃ、ハブに噛まれそうになった話を聞いただけで、ハブの毒が体に回ったか?」と不安を感じつつ寝る。腫れは、翌朝には概ね引いていたが、その日から2日間は久々の連続休肝日となった。アルコールは肝臓に負担を掛ける、肝臓に元気が無いとリンパによる排毒作用も弱る(医学的に正しいかどうかは不明)と考えての事。
 なお、リンパの腫れは4日後には親指大になり1週間後には消えた。ただ、私の肉体の弱さをつくづく知らされ、ヨボヨボ爺さんという将来が見えて、とても残念に思った。

 記:2019.4.19 島乃ガジ丸 →ガジ丸の生活目次