ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

平和を強く願った人

2019年04月03日 | 通信-社会・生活

 父の姉弟で唯一残っていたT伯母が亡くなった。新元号が発表される1週間前だった。伯母は昭和元年生まれ、昭和と平成のほぼ全部を生き抜いたことになる。合掌。
 4月になる前からラジオのニュースは「新しい元号がどーのこーの」と語っていた。なので、世情に疎い私も「元号が代わる」ということはだいぶ前から知っていた。「元号は不要、西暦の方が便利でよい」という意見もあるようだが、元号はあった方が良いと私は思っている。元号は日本の文化の象徴であるとまで思っている。文化は大事。
 私はしかし、自分の人生の中で、何か公共の書類などで自身の生年月日を記入する以外にあまり元号を使わない。昭和の何年が西暦の何年、平成の何年は西暦の何年などという計算が面倒臭いからという理由。例えば、A嬢の生年月日は1979年4月なので、そうか、彼女ももうすぐ40才か、などと西暦は計算がしやすい。今は平成30年で、1979年は昭和何年だから平成にすると、などと元号は計算がややこしくなる。

 昭和についていえば覚えていることがいくつかある。父、母の生まれた年、自分の生まれた年、高校を卒業した年などは昭和で覚えている。平成になってからは「平成何年に何があった」という記憶は1つも無い。調べると、平成が始まったのが1989年、前年に祖母が亡くなり、私はそれまで勤めていた仕事を辞め、アメリカへ行って、そこで仕事に就こうかと思ったこともあり、私にとっても昭和から平成に変わった頃は人生の岐路であった。しかし、東日本大震災も父母の亡くなった年も西暦でしか記憶していない。平成で最も印象に深いのは、「あっという間の30年であった」ということになる。
     

 さて、4月1日のお昼前、ラジオのニュースで「新しい元号は令和である」ということを聞いた。そうですか、令和となりましたかというだけで私としては特に感想は無い。ただ、ラジオでは「命令の令」と漢字を紹介していたが、それには少し抵抗を感じた。「何だよー命令の令って、令嬢の令でいいじゃないか、その方が聞こえがいいじゃないか」と思ったくらい。いずれにせよ、新しい元号も私はきっとあまり使わないと思う。
 元号については、あった方が良いと思っているが、さほど関心はない。元号よりも今上(平成)天皇の退位に私は大いに関心がある。先日(2月だったか)の天皇陛下御在位30年の記念式典で、「沖縄出身で歌手の三浦大知さんは、陛下が作詞され、皇后さまが作曲された楽曲『歌声の響』を熱唱した」というニュースを聞いた。その時私は、そのニュースを聞いただけで涙が出そうになった。私の涙腺が緩んでいるせいもあるが。

 第二次世界大戦が終了した1945年8月以降、沖縄はいろいろ辛いこともあったが、日本全体としては概ね平和な時代を過ごしてきた、と思う。それは、敗戦国という大きな反省から二度と過ちは犯さないという強い決意を持ったことによるところが大きいと思われる。少なくとも、悲惨な目にあった庶民は「二度と・・・」と思っただろう。
 終戦から73年余、日本は概ね平和であり続けた。日本をそう舵取りしてきた政治、優秀な官僚たち、日本国民全体のそう願う気分がそうさせてきたと思う。そして、事あるごとに沖縄、長崎、広島に想いを寄せる今上天皇及び皇后は日本の平和に最も貢献した人なんだなぁと思った。楽曲『歌声の響』は琉歌形式の歌であった。ニフェーデービル。
     

 記:2019.4.3 島乃ガジ丸