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頭の中は魑魅魍魎

いつの間にやらブックレビューばかり

『無垢の領域』桜木紫乃

2013-09-04 | books
秋津、42歳、書道家、釧路在住。書道教室からあがる利益では暮らしていけない。北京に留学していたこともかえって重荷に感じている。秋津の妻は怜子。高校の養護教諭をしている。介護の必要な秋津の母と三人暮らし。図書館の館長は林原。民営化されたばかりで忙しい。祖母と二人で暮らしていた妹の純香と暮らすことになった。祖母が亡くなり、純香は25歳にもかかわらず一人では暮らす能力がないからだ。書道教室を手伝っていた純香と秋津との出会い。林原と怜子の出会い。この二つがもたらすものは…

嗚呼。やっぱり桜木紫乃はいい。直木賞を受賞しても何も変わらない。淡々としているのに熱い。この何とも言えないバランスがすごく好きだ。

あちこちにある言葉もいい。

映画になった「シェルタリング・スカイ」の原作の「極地の空」からの引用は、

観光客(ツーリスト)というものは、おおむね数週間ないし数ヶ月ののちに家へ戻るのに対して、旅行者(トラヴェラー)は、いずれの土地にも属しておらず、何年もの期間をかけて、地球上の一部分から他の部分へと、ゆっくりと動いてゆく。

自分が、あるいは誰かが、ツーリストなのかトラヴェラーなのか。この小説を読むまで、私は自分は間違いなく、トラヴェラーなのだと思っていた。しかし、もしかするとツーリストなのかも知れないと思い至った。その自覚が出て来たことがいいことなのか、悪いことなのか読後時間が経っても判断に苦しむ。

誠実と不実のあいだを行ったりきたりしながら、曖昧に漂っている。季節外れの雪のように、積もればいいのか溶けたらいいのか着地するまで迷っている。結局、この曖昧さが楽にしてくれている時間に甘えていた。少しも動いてはいない。旅行者ではなかった。行っては戻る。観光客だ。

自分の収入のなさと、妻に養ってもらっている引け目と、母の介護疲れに苛まれる秋津の心の景色は、道東の景色以上に、痛いほど突き刺さる。それに加え、林原の釧路に越してくるまで付き合っていた里奈とのつかず離れずの関係。純香は里奈になついているのだから、結婚してしまえばいいという打算と、それではいけないという正論。林原の心の景色も、鈍く疼くような鈍痛を引き起こす。

純香は、和久井映見のドラマ「ピュア」や、香里奈の「だいすき!!」を連想させる。しかし、読めばそこは桜木紫乃なのだから、安易に癒されるような分かりやすい物語にするわけもなく、またタイトルの無垢の領域についても大いに考えさせられる。

シンプルなメッセージ(例えば、がんばれば救われるとか、愛は地球を救うとか)を伝える小説ではなく、読んだ者が様々なことを考える、考えて終わりじゃなく、その先に何かが見えてくる、そんな小説だった。

では、また。

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『奇貨』松浦理英子

2013-09-03 | books
「犬身」「親指Pの修業時代」の作者。同性愛が話の軸になっているという印象があるけれど、男性が主人公でしかもヘテロ・セクシュアルという表題作「奇貨」

45歳本田は小説家。同じ勤め先にいたOL七島と同居している。あくまでもルームシェアしてるだけ。なぜから彼女はレズビアンだから。そんな本田の日常をセックスの話を大きく含めながら進む、私小説のような小説。

本田の「女っぽい」あるいは「女々しい」部分が妙に読ませる。七島に、自分より仲の良い友達ができると嫉妬してしまうというこの感覚。「あー分かる分かるー。俺にもそーゆー部分あるもんー」と読む男性読者や「あーあたしその気持ちすごく分かるよー」と読む女性読者もいると思う。(いや、たくさんいるに違いない)

七島が電話で何を話しているか知りたくて、盗聴してしまう。そこまでくると、「あー分かる分かる」という人は少なくなる…のかな?

私は本田の行動の全てに対して、個人的に共有できる部分を感じたわけではないのだけれど、自分にはない(自分ではないと思っているだけ?)「女性っぽいメンタルの男性」部分を読むと、まるで深海の世界に誘われたような感じがする(大げさか?)

男らしい、女らしいと男と女を差別化して考えることもよいけれど、男も女も同じだよなーと考えることもまたよかったりして、そんなことを「奇貨」が教えてくれた。レズビアンの世界や本田が糖尿病で勃たないという悲哀だけじゃなく、人に共通するある部分とか。

もう一編は「変態月」タイトルがすごい。

主人公は女子高生。子供の頃に知り合いだった年下の女の子が殺される。容疑者は同じ中学に通っていた暗い女。ということから主人公は妄想を膨らませる、という不思議な小説。

若干レズビアンの芽生えのような描写もある。残念ながら私はレズビアンにはなれないけれど、描写される世界は充分理解可能(奇貨の世界よりもさらに理解可能だったりする。なぜ?)でもあるし、もし微分がレズだったとしたらこういうことに胸を痛め、こういうことに萌えを感じるだろうと思う。

自分がもし女子高生だったらというのを、かなり深い部分で疑似体験させてくれる。短い話だったのに、味わい深かった。

今日の一曲

奇貨はキカ
キカと言えば吉川晃司
吉川晃司と言えばCOMPLEX
Be My Baby



では、また。

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