頭の中は魑魅魍魎

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『死の島』小池真理子

2018-05-05 | books
澤登志夫は、出版社で編集に携わった後、カルチャースクールで小説講座の講師をしていた。69歳。しかし、3年前に体調が悪くなった。腎臓がんになってしまった。仕事を続けられなくなったので、講師の仕事は辞めてしまった。家族はいない。離婚し、娘がいるが、全く行き来がない。孤独に死んでいくしかないか・・・小説講座を辞める日に、若い女性の生徒、宮島樹里から、話があると言われた。自分を崇拝してくれる生徒から打ち明けられた話。との関わり。登志夫の凍りついた心は、柔らかく溶けてゆくのか・・・

何の期待も予想もしないでただ読んだ。これが意外と面白かった。

登志夫の内面と、樹里の内面が交互に描かれる。病を得た69歳の男。少し人生に対してやる気を失ってしまっているのが彼女との出会いでどう変わるのか。女性に対してどういう気持ちで(過去に)接してきたのか、(現在)接しているのか。女性作家がこんなにも、おじさんの内面を抉るように描いてくれるとは。

そうだよ、人生は常に、祭りのあとなんだよ、と彼は思う。祭りの華やぎは花火のように消え失せて、そのあとにはいつも、さびしいような、いたたまれない虚しさのようなものが押し寄せてくる。その繰り返しが死ぬまで続けられる。

別れた妻について。

結婚し、娘が生まれ、妻が母親の顔をするようになったころ、彼は自分が大きな失敗をしでかしたことに気づいた。典子の頭のよさは女性週刊誌やワイドショー的な通俗の枠内でしか発揮できず、感受性の強さは猜疑心にしか通じない、ということを認めざるを得なくなったからだ。

そして樹里。あまり気の合わない友人の美香が彼氏の話ばかりする。

「ああ、煙草が吸いたい。でもやめとく。今から喫煙室に行ったりしたら、ばんばん、吸っちゃいそう。私、今、ストレスの固まりだからね」
そうこうするうちに、やがて話題は、再び美香自身の話に戻っていった。公園の噴水が、吹き上がってはまた循環して集められ、再び吹き上がることを飽きず繰り返すように、美香の話はそこにしか戻っていかない。自分と、そして、自分を悩ませている男。美香の世界は、その対立構造だけで出来上がっている。


巧い。樹里のことを直接描かずに、友人のことを描写する。自分本位で、狭量な女。そういう女性を描くことで、その逆のタイプの樹里を浮かび上がらせる。

小池真理子らしいというより、宮本輝や白石一文っぽいと思いながら読んだ。もうちょっとねちっこくラストを描いて欲しかったけれど、この辺は彼女らしいのか。

タイトルとなっているのはベックリンの絵。内容とも大いに関係があった。

死の島

今日の一曲

小袋成彬で、"Selfish"



では、また。
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