シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

別離

2012-04-19 | シネマ は行

ベルリン国際映画祭金熊賞、アカデミー賞外国語映画賞を始め数々の賞に輝いている作品です。

そのためワタクシの期待値がちょっと上がり過ぎたかな~という感想になってしまいました。

舞台はイラン。11歳の娘テルメーサリナファルハディのために外国に移住することを決心した妻シミンレイラハタミだが、夫ナデルペイマンモアディはアルツハイマーの父の介護を放り出して外国に行くわけにはいかないと夫婦は離婚の危機にあった。シミンはとりあえず実家に帰ることになり、仕事中に父の介護をしてもらうためナデルはラジエーサレーバヤトという女性をシミンの紹介で雇う。

ある日、目を離すと勝手に外に行ってしまうおじいさん(ナデルの父)のことをラジエーはおじいさんが昼寝中にベッドにくくりつけて外出してしまう。ナデルとテルメーが帰宅するとおじいさんはベッドに腕を縛られたままベッドから落ちていて気を失っていた。そこへ帰宅するラジエー。この件と引き出しからお金が抜かれていたことでラジエーを泥棒扱いしたナデルはラジエーを追い出そうとするがお金を取っていないと主張するラジエーと玄関で押し問答になり無理やり玄関から押し出した。

その後、ラジエーは病院に行ったとナデルは知り、シミンとともに病院へ行く。そこでラジエーが流産したことを知らされ、ラジエーの夫ホッジャトシャハブホセイニと揉めてしまう。

ナデルはラジエーを突き飛ばして流産させたことになり、殺人罪に問われるのだが…

警察だか裁判所だかよく分からないところで被害者と加害者が言い合いをしていて、裁判官らしき人が双方の意見を聞いて裁定をしているのだけど、弁護士もいないし、ただの小さい部屋でお互いの主張を言い合っているだけでどういう制度なのかよく分からない。一応、証人とかも来るんだけど、欧米や日本で見慣れた裁判所とは全然違う。

シミンが出て行ったことでラジエーを雇わざるを得なくなったナデルはシミンを責めたり、ラジエーが妊娠していたことをナデルが知っていたかどうかが争点になったり、ラジエーの夫ホッジャトが証人を脅しに行ったり、そもそも玄関から押しただけで階段に倒れるということが物理的に可能だったかという話になったりと、様々な争点があって見ているほうとしては飽きることはないんだけど、中途半端な言い合いが多くてだんだんイライラしてきちゃったんですよねー。

夫婦、介護、親子、格差、宗教、嘘とか色々なテーマが含まれていて、様々な角度から考えるとこのできる物語だと思うし、だからこその数々の賞なんだと思うけど、ゴメン、最後のほうはちょっと飽きてしまった。

ただ、だんだん飽きてきたかなぁと思っていたところに最後の示談のところでナダルがラジエーに「僕が原因で流産したとコーランに誓ってくれ」と言ったところでガツンと目が覚めた。ナデルはラジエーがウソを言っていたことは知らなかったんだよね?シミンには告白していたけど、シミンはもう示談で終わらせたかったわけだからナデルには話してないはずだよね?ならどうして急にあんなことを言ったんだろう。きちんとここでケリをつけたかったからかな?敬虔なイスラム教徒であるラジエーは自分のウソの証言をコーランに誓うことはできなかった。おじいさんが粗相をして着替えをさせるときにも宗教の指導者に電話をしてそれが宗教的に問題がないかどうか尋ねていたほど敬虔なラジエーだったわけだから。でも、そんな彼女にとってそもそもウソをつくというのは宗教上の罪ではなかったのか?という疑問が湧いた。

ラジエーのウソについては妊娠していることを隠して就職したラジエーには夫が失業中でどうしてもこの仕事が必要だったという事情があったし、ナデルのせいで流産したというウソをついてしまったのもそもそもおじいさんを外に出しちゃいけないと言われていたのに、目を離した隙に一度出てしまってそのときに車にぶつかれたということを雇い主には言えなかったという事情があったから、なのかな?夫にこの仕事を世話しようとしていたけど、それも自分がおぜん立てしたこととは夫の手前言えなかったのかな?シミンが外国に行きたいと言ったイランの女性の事情がすべてラジエーの置かれた状況に現れているような気がした。

おじいさんがラジエーのことを間違えて「シミン、シミン」と呼んでいたことを考えるとシミンは出ていくまでは夫の父親の面倒をきちんと見ていたんだろうし、ナデルも頑張って父親の面倒を見ていたし、娘の面倒もきちんと見ていた。ラジエーは失業中の夫に代わって家計を支えたかったんだろうし、ホッジャトにしても好きで失業していたわけじゃない。と、悪い人は一人も出てこないんだけど、なぜか悲しいことが起きてしまう。イスラム教以外の部分では、日本でもどこでもありえるお話のような気がする。出ていくのを止めてほしかった妻といい、意地で言えなかった夫といい、色んな関係がすれ違いで辛い。

これらすべての出来事を目の当たりにせざるを得なかった11歳のテルメーとまだ4,5歳のラジエーの娘ソマイエキミアホセイニの瞳が非常に印象的で、もしこれがアメリカやヨーロッパの映画だったら子供たちにはこういう問題を見せないでいたんじゃないかなぁと思ったりした。そういうのは文化の違いかな。一概には言えないけど、欧米だと大人の問題に子供を入れないことが多い気がするし、あーいう話し合いの場には連れて行かない気がする。最後の(観客には知らされない)テルメーの決断とともに子供たちの将来が気になるエンディングだった。

答えがないエンディングなので、こういうことを書いてしまうのはどうかと思うけど、ワタクシ個人的にはテルメーは父親を選ぶんじゃないかという気がしました。母親と外国に行った方が幸せが待っているのかもしれないという予感を感じつつ少女は父親を選ぶ気がする。それはイランという国の特質とかは関係なく、テルメーという子の性格を考えると父親を置いてはいけないんじゃないかと感じました。あーいう子供ってそういうところがあるから。11歳にそれを選べというのは酷な話だけど、「だから夫婦は子供のために離婚しちゃいけないんだ」なんていう安易な答えも出したくはない。

見終わったあとは期待したよりイマイチだったなぁなんて思ったけど、レビューを書いてみるとやっぱり深いお話だったのかという気がしてきた。

オマケんで、結局お金を取ったのは誰だったの?



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