映画的・絵画的・音楽的

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ヘイル、シーザー!

2016年06月14日 | 洋画(16年)
ヘイル、シーザー!』を渋谷Humaxシネマで見ました。

(1)ジョージ・クルーニーの出演作というので映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭では、キリストの像が大きく映し出された後、主役のマニックスジェシュ・ブローリン)が、教会の告解室で神父に告白をしています。
 「最後の告白をしてから24時間経過しましたが、私は罪を犯しました。私は妻に嘘をつきました。私は、体に悪いと言う妻に禁煙を誓いました。私もそうしようと務めています。でも、2本、いや3本シガレットを吸ってしまいました」。

 次の場面からは、映画会社の“何でも屋”のマニックスが、朝5時から昼も夜も関係なく働く姿が映し出されます。



 さあ、どんな事件が持ち上がるのでしょうか、………?

 本作は、コーエン兄弟が監督・脚本を担当し、1950年代のハリウッド黄金時代を描いています。映画会社の“何でも屋”が主人公とされ、スターの誘拐事件が取り扱かわれたりする中で、劇中劇としてミュージカル映画などの撮影風景も描かれたりして、なかなか面白いのですが、その時代のハリウッドについての知識が乏しいクマネズミにとっては、猫に小判といった感じでした。

(2)例えば、見終わってから劇場用パンフレットの「Production Notes」を読めば、主人公のマニックスは、MGMの副社長にもなったエディ・マニックスと、MGMのパブリストだったハワード・ストックリングとがモデルになっていることや、スカーレット・ヨハンソンが演じる女優のディアナ・モランについてはエスター・ウィリアムズ(『水着の女王』など)が、ティルダ・スウィントンの扮するソーラセサリーの双子姉妹は、実在のコラムニストのヘッダ・ホッパールエラ・パーソンズや(注2)、アビゲイル・ヴァン・ビューレンアン・ランダース姉妹(注3)が想定されることなどがわかります(注4)。
 でも、後からそうした表面的な知識を慌てて身に付けても、結局のところはそんなこともあったのですかというだけのこと、面白くもなんともありません。

 とはいえ、本作には興味をひくエピソードが盛りだくさんなことも間違いありません。
 例えば、投げ縄が得意のカウボーイスターのホビーアルデン・エーレンライク)が、ローレンス監督(レイフ・ファインズ)が制作する映画の撮影現場で台詞を言う場面。



 監督が何度矯正しようとしてもホビーの南部訛りが抜けきらず(注5)、とうとう監督は切れてしまって、マニックスのところに「ホビーは大根役者だ、取り替えてくれ!」と怒鳴り込みます(注6)。でも、マニックスは「鍛えるのも監督の仕事だ」と応じ、監督の要求は頑として受け付けません。

 また、劇中で撮影されている映画に出演している俳優ベアードジョージ・クルーニー)が、同じく出演しているエキストラの男(ウェイン・ナイト)に睡眠薬を盛られて誘拐されてしまいますが、なんと誘拐したのはハリウッドに不満を抱く脚本家たちで、身代金として10万ドルが要求されます(注7)。



 こうしたいろいろのエピソードが、主人公のマニックスの“何でも屋”の仕事の合間に挿入されるわけで(注8)、そればかりかマニックスは、中華レストランでロッキード社のリクルーターから、高給で迎え入れる旨の提示を受けてもいるのです(注9)。
 マニックスは、上記の(1)に書いたように、一日中“何でも屋”の仕事に追われ、それも、止めなくてはいけないタバコについつい手を出してしまうくらいのきつい仕事ですから、ロッキード社からの申し出に心が大いに動きます。さあマニックスはどうするのかというところが本作の基本となるストーリーといえるのでしょう。

 あるいはそうではなくて、告解室におけるマニックスの懺悔が冒頭と最後の方(注10)で描かれたり、映画の中で「ヘイル、シーザー―キリストの物語」という映画の撮影風景が、同じように最初と最後に映し出されており(注11)、さらにはこの映画についてマニックスが宗教界の同意を取り付けようとする場面が描かれたりもしていて(注12)、宗教的な観点を見逃してはいけないのかもしれません(注13)。 

 とはいえ本作は、散りばめられた様々のエピソードや、映画産業を巡っての歴史的な事柄の方がメインに見えてきてしまい、見ている方でそれらが一つ一つピンと来ないのであれば、どうにも乗りきれない感じがするのは仕方のないところでしょう。

(3)渡まち子氏は、「共産主義の脅威におびえていたこの時代は、スタジオシステム崩壊のはじまりの時でもある。脚本・脚色にこだわるコーエン兄弟らしく、脚本家の苦労に目配せした設定もいいではないか!」などとして70点をつけています。
 渡辺祥子氏は、「夢の工場時代のハリウッドの出来事と人物をコラージュしつつ、現実はシビアでも映画の中は華麗な世界を創り、長らくインディーズ映画の雄だったコーエン兄弟らしい意地悪なハリウッド観を交えて笑わせる」として★4つ(「見応えあり」)をつけています。
 荻野洋一氏は、「作品そのものが映画として輝いているかどうかはあやしい気もするが、映画のあれやこれやをぶちまけたドタバタ喜劇になっている。映画ファンのひとりとして、このバラエティ豊かな一篇を大いに楽しませてもらった」と述べています。
 藤原帰一氏は、「丹精込めて馬鹿に徹してきたハリウッドにコーエン兄弟が捧げたラブレターを、ぜひご賞味ください」と述べています。



(注1)監督・脚本は、『トゥルー・グリット』のジョエルイーサン・コーエン兄弟。
 本作のタイトルは、本作の中で制作されている映画のタイトルと同じ。

 なお、ジョシュ・ブローリンは『とらわれて夏』、ジョージ・クルーニーは『ミケランジェロ・プロジェクト』、チャニング・テイタムは『ヘイトフル・エイト』、レイフ・ファインズは『グランド・ブダペスト・ホテル』、ジョナ・ヒルは『ウルフ・オブ・ウォールストリート』、スカーレット・ヨハンソンは『LUCY ルーシー』、編集技師のC.C.カルフーン役のフランシス・マクドーマンドは『プロミスト・ランド』、ティルダ・スウィントンは『ミラノ、愛に生きる』で(『グランド・ブダペスト・ホテル』でも)、それぞれ見ました。

(注2)例えば、このサイトの記事が参考になります。

(注3)Pauline Phillipsと Eppie Ledererの 1卵生双生児の姉妹が、Abigail Van BurenとAnn Landersというペンネームを使って、新聞の人生相談コラムを書きました(主に1950年代後半ですが、アビゲイルの人生相談コラムは、彼女の娘によって今日まで書き継がれているようです)。

(注4)他にも、例えば劇場用パンフレットのインタビュー記事で、ジョージ・クルーニーは、自分が演じたベアードについて「ヴィクター・マチュアのような役者」と言っていますし、チャニング・テイタムは「僕が演じたバート・ガーニーは、おそらくはジーン・ケリーをモデルとしていると思う」と述べています。

(注5)ホビーは、「Would that it were so simple」を南部訛りで発音するのですが、ローレンス監督はブリテッシュアクセントを求めるのです(この場面は、この動画で見ることが出来ます)。

(注6)「ホビーは世界的な大スターの一人だ」と言うマニックスに対して、ローレンス監督は、「それは馬の背の上でのこと。自分が制作しているのはリアルなドラマ。ロデオ・クラウンなど必要ない。私の20年間の名誉はどうなるんだ」と言い返すものの、ホビーの起用が重役からの話(マニックスが重役から直接命じられています)とあってはどうしようもありません。

(注7)ベアードを誘拐した10人の脚本家たちは、自分の誘拐理由を尋ねるベアードに対し、「あの脚本家は、映画の脚本を書き、その映画は大ヒットして会社は数百万ドル稼いだにもかかわらず、何も手にしなかった」、「映画のアイデアは我々脚本家のオリジナルだが、映画そのものは会社が所有してしまう」、「搾取されているのは脚本家だけではない、あなた自身を見てご覧なさい」と言います。
 ベアードが「いや、会社はよく面倒を見てくれるよ」と反論しますが、男らは、「会社が生産手段を所有しているのだ。我々は、自分らの労働で生み出した価値を施しで分けてもらうのか、そうではない、払い戻してもらうのだ」と言い返します。
 男らは、さらに、「我々は、最初のうちは、映画の中に共産主義的なコンテンツを密かに盛り込もうとした。その後スタンフォード大学からマルクーゼが我々のグループに参加し、直接的な行動について教えてくれた。我々は弁証法を加速し、歴史の終焉を早め、新人類を創りだすのだ」などと語ります。
 ベアードが、「自分にも身代金の分前を。そうしないとあなた方の名前を明かしてしまう」と言うと、逆に男らは「「鷲の翼」について真相をバラすぞ」と脅します。
 結局、ミュージカル俳優のバート・ガーニー(チャニング・テイタム)が、身代金の10万ドルを持ってソ連の潜水艦に乗って行ってしまうのですが(ただ、10万ドルの入ったトランクは海の中に落ちてしまいます)、おそらくこのエピソードは、ハリウッドにおける共産主義者の運動をパロディ化したものなのでしょう。

(注8)例えば、ディアナ・モランが妊娠してしまいます。



 それを知ると、清純派女優のイメージを損なわないよう手を打つべく、マニックスは、彼女を公証人のジョージョナ・ヒル)のところに連れて行き、生まれてくる子どもはとりあえずジョーの実子として、後でディアナが養子として貰い受ける、というやり方でこの事態を乗り切ろうとします。その後、ディアナがジョーと良い仲になってしまうので、こんなことまでする必要はなくなってしまうのですが。
 なお、このエピソードは、劇場用パンフレットの「Production Notes」によれば、女優のロレッタ・ヤングの実話と似ているようです。

(注9)リクルーターのクダフィイアン・ブラックマン)は、「世の中はジェット旅客機の時代。それに反して、映画産業は虚業であり、見せかけの世界。皆がテレビを家で持つようになったらどうなります?」、「ビキニ環礁の水素実験にも我が社は関与しています」、「ぜひこの話を受けていただきたい」などとマニックスに話します。

(注10)マニックスが「イージな仕事をすることは間違っているでしょうか?」と尋ねると、神父は「内なる声があなたに正しいことを告げるでしょう」と答えます。これで、ロッキード社の申し出に対する返答をどうするかマニックスは決めることになるでしょう。

(注11)でも、誘拐事件から戻ってきたベアードは、そこまでスムースに台詞を言ってきたにもかかわらず、「if we have but faith」と言わなくてはいけないところで、肝心の「faith」を忘れてしまい、「Cut!」となってしまいます。

(注12)マニックスは聖職者らと会って話をしますが、神父の方は「キリストは神の息子だ」と言い、ユダヤ教のラビは「神を描くことは禁じられている」「神は独身であり、子どもは持たない」などと言ったりして議論は紛糾するものの、なんとか了解を取り付けます。

(注13)そうだとしても、そうした方面に疎いクマネズミには手に余りますが。



★★★☆☆☆



象のロケット:ヘイル、シーザー!