映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

愛のむきだし

2010年05月23日 | DVD
 前日のブログ記事で書きましたように、TSUTAYAから『愛のむきだし』のDVDを借りてきて見てみました。
 この作品は、昨年さまざまの賞(注1)をもらって注目されていましたから是非映画館で見たいものだと思っていましたが、余りにも長尺のため二の足を踏んでいたところ、とうとう劇場公開は終わってしまい、そうなるとまあいいやとなって、DVDもそのまま見ずに終わるところでした。

(1)園子温監督の作品は、映画館では『ちゃんと伝える』しか見たことがありませんが、その映画のAKIRA(EXILE)といい、この映画の西島隆弘(注2)といい、歌手を俳優として使うのがとてもうまい監督だなと思いました。
 また、DVDで見た『紀子の食卓』は、この映画ほどではありませんが160分の長さの作品ながら、この映画同様その長さは少しも気になりませんでした。監督の類い稀なる長編制作力によっているものと思われます(注3)。

 そんなことはさておき、この映画は、長いだけあってストーリーはかなり複雑で、それを把握するだけで精一杯になってしまいます。大雑把には次のようでしょう。

 母を幼い時分に亡くしながらも、主人公の本田ユウ(西島隆弘)は、神父の父テツ(渡部篤郎)と二人で幸せな生活を送っていたところ、自由奔放なカオリ(渡辺真起子)が突然彼らの前に現れます。テツは神父でありながらカオリに溺れてしまいますが、そんな日は長く続かず、カオリは立ち去ります。
 ある日、ひょんなことから「女装」していた最中に、ユウは、街のチンピラに絡まれていたヨーコ(満島ひかり)に出会い救出しますが、彼女に「マリア」を見出し恋に落ちます。ヨーコも、自分を助けてくれた女装のユウ〔謎の女(サソリ)〕に恋をしてしまいます。
 そうしたところ、いなくなったはずのカオリが再び現れ、父はそのカオリと再婚すると言い出します。おまけに、カオリの連れ子がまさにヨーコだったのです。ヨーコは幼少期に父から受けた虐待で男という男を全て憎んでいますから、サソリの正体がユウだとは知らないこともあって彼を酷く毛嫌いします。
 同じころ、「ゼロ教会」という新興宗教団体が世間を騒がせていました。そこにはコイケ(安藤サクラ)という敏腕ながら性格の曲がった女性信者がいて、信者数を増加させるべくユウたちに近づいてきます。ついには、ヨーコに自分がサソリだと思わせ、ヨーコの信頼を勝ち得るとともに、ユウの家庭の中にまで入り込んできて、ユウのいない間に皆を「ゼロ教会」に引き連れていってしまいます。
 ユウとその仲間は、ヨーコをゼロ教会から救い出そうとし、ヨーコを拉致して監禁しますが、監禁場所にコイケたちがやってきて、ヨーコは取り返されてしまい、さらにはユウもゼロ教会に入信することを強要されてしまいます。
 仮面入信したユウは、隙を突いて教団本部に忍び込みヨーコを助け出そうと試みます。ですが、洗脳にされてしまった彼女は簡単には元に戻ることができません。
 むしろ絶望的になったユウは、精神的なダメージを受けて精神病院に入らざるを得なくなります。
 他方、救出されたヨーコは、親戚の家で従妹たちと一緒に暮らすうちに、次第に洗脳が解けてきてユウの気持ちが理解できるようになり、入院先に行ってユウと面会します。
 はじめのうちユウは、ヨーコに何も反応せず、ヨーコも病院を立ち去らざるを得なくなるものの、次第に記憶が蘇ってきて、とうとう全てが分かるようになり、ヨーコの乗るパトカーを追いかけ、ついには二人が固く握手するシーンでジ・エンドになります。

 こんな簡単な要約からでも、この映画が、カルト教団、親と子の葛藤、精神病院などといった現代的な問題をビビッドに取り上げていることが分かると思います。
 そうした状況をヨコ糸として、何よりもユウとヨーコとの関係がタテ糸として、4時間という上映時間の中で、様々な側面からじっくりと強い説得力を持って描き出されていきます。
 ユウは、普通の高校生、父親と対立する息子、女装したサソリ、精神が崩壊した病人などの面を見せますし、ヨーコも、女子高生として、サソリに同性愛を抱く女性として、カルト教団の信者として、洗脳が解けた人間として、ユウを病院から助け出そうとする女性として、というように様々に変化します。
 普通であれば、これだけ錯綜した面を中心人物が見せれば〔さらには、カオリとコイケが絡んできます〕、作品から混乱した印象を受けてしまうところでしょうが、監督の傑出した手腕と、彼らを演じた西島隆弘と満島ひかりの演技力によって、映画は見る者を圧倒します。

 特に、満島ひかりは、この映画に初めて登場する場面では、街のチンピラと格闘しスカートを翻す大胆なカットまであり、またユウに拉致されて壊れたバスの仲に監禁される場面では厳しく縛められていますし、ラスト近くではユウを殺そうと首を絞めたりまでするなど、まさに体当たりと言っていいほどの活躍振りです。
 そして、最後にユウと手を握り合う場面での嬉しそうな顔は出色の表情です。
 これからもイロイロな映画に出演して様々な物を見せてもらいたいものだと思いました。

(注1)たとえば、第59回(2009年)のベルリン映画祭にて、「カリガリ賞」及び「国際批評家連盟賞」を受賞。
(注2)彼が所属するAAAがごく最近リリースした「逢いたい理由/Dream After Dream ~夢から醒めた夢~」がオリコン(5月17日付け)の第1位になったとのことですが、この歌を作曲したのが、ナント小室哲哉だとは!
(注3)長尺の映画としてこれまで見たものには、3時間37分の『ユリイカ』(青山真治監督)とか3時間22分の『沈まぬ太陽』がありますが、この作品は3時間57分で、それらよりも20~30分以上長いのですから!


(2)この映画で興味を惹いたのは、些細なことですが、ヨーコとカオリの右の二の腕にタトゥーが見られる点です(注)。



 ただ、実際にこのタトゥーが何を表しているのか(十字架は分かりますが)、どんな経緯で二の腕に入れることになったのかなど何も映画から伝わってこない点が残念なところです。

(注)なお、報道によれば、新しい英国首相夫人の足首には、小さなイルカのタトゥーが入っているとのこと。


(3)映画評論家の評価は二つに分かれるようです。
 渡まち子氏は、「アブノーマルな行為が、信仰というフィルターを通して高純度の愛へと至る物語に、心から感動した。ふやけた笑顔の西島隆弘と挑発的な満島ひかり。共に適役である。ダンスのような盗撮テクはギャグすれすれで、かなり笑える」などとして80点の高得点を与え、
 また、福本次郎氏も、「ほとばしるような激情が圧倒的なパワーとなって、4時間近い上映時間を一気に突っ走る。先の読めない展開は一切の予断を許さず、俳優たちの熱演と緻密に練られた演出は細かい齟齬を力業でねじ伏せる。破壊的な情熱をフィルムに焼き付けたかのような物語は、園子温監督の魂を投影しているかのよう」として90点も付けています。
 ですが、前田有一氏は、「要するに、なんでもありの世界でなんでもありのストーリーをやっても、観客は驚きも感心もしない」のであって、「虚構の世界にまずは現実感を構築し、そこに配置してこそ突飛な内容も生きてくる。だが、この映画はそうしたプロセスを(あえて)踏んで」おらず、「めくるめく不条理&変態ワールドに酔いしれ、そこから各自、何かをつかみとって帰りましょう、という映画」だ、として45点しか付けていません。
 ただ、前田氏は、一方で「観客は驚きも感心もしない」と言っておきながら、他方で「めくるめく不条理&変態ワールドに酔いしれ」と述べていて、はたしてその両者は並立可能なのかどうか頗る訝しいところですが?


★★★★☆

象のロケット:愛のむきだし