(警察官から暴行を受けたミシェル・ゼクレールさん【11月28日 朝日】)
【警察に対する暴力】
フランスでは、パリ郊外で10月16日、中学校・歴史教師のサミュエル・パティさんが、授業中にイスラム教預言者ムハンマドの風刺画を生徒に見せたことから、反発するイスラム教徒にyって首を切断され殺害される事件があり、大きく揺れていました。
マクロン大統領は一貫して「表現の自由」「冒涜する自由」を擁護してイスラム過激主義との対決姿勢を鮮明にし、これにイスラム教を主とする国々が強く反発、フランス製品不買運動なども各地に広がりました。
****表現の自由、亀裂あらわ 仏大統領、イスラム過激派へ対決姿勢 教員殺害****
(中略)マクロン大統領は事件当日の夜、「表現の自由を教えたために殺害された」と指摘。容疑者について「フランスの価値観を打倒したかったのだ」と断じ、「反啓蒙(けいもう)主義が勝つことはない」と強調した。
マクロン氏は先月、仏週刊紙「シャルリー・エブド」がムハンマドの風刺画を再び掲載した直後から、「フランスには冒涜(ぼうとく)の自由がある」と擁護。今月2日には、イスラム過激派対策として、モスクの監督強化などを含む法案を作る方針を示した。
マクロン氏は、公の場所に宗教を持ち込まないといったフランスの基本原則を守らない人々を「分離主義者だ」と非難するなど、仏国民のナショナリズムに訴える手法を強めている。今回の事件で、仏社会のイスラム教への風当たりがいっそう強まる恐れがある。(後略)【10月18日 毎日】
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上記のような「大事件」・国際的論議で目立ちませんでしたが、この時期には警察に対する暴力も相次いでいました。
****警察への襲撃が相次ぐ****
エッソンヌ県で盗難車を運転していた男に職務質問した警官が、急発進した同車にひかれて重体になった。容疑者は19日に自首。
7日にはヴァル・ドワーズ県で男3人が覆面車両に乗った2人の警官を襲って暴行した上、銃を奪って発砲する事件も起き、射撃された警官2人が重体。
10日深夜にはヴァル・ド・マルヌ県の警察署に鉄パイプを持った約40人が押しかけてロケット花火を打ち込んだ。怪我人はなかったが、警察車両などが破壊された。警察への相次ぐ攻撃に住民は治安悪化の不安を募らせ、警官の不満も噴出した。【10月28日 Ovni navi】
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警察官・世論はこういう風潮への対応を求め、内務省も対応する姿勢を見せていました。
****花火に鉄の棒、警察署に40人襲撃 仏パリ郊外****
フランス・パリ郊外の警察署で11日未明、花火や鉄の棒で武装した約40人による襲撃があった。仏当局が発表した。同国では治安部隊を標的とした攻撃が相次いでおり、政府による新たな強硬措置を求める声が上がっている。(中略)
仏内務省はその後、ダルマナン氏が13日に警察労働組合と面会すると発表。組合は数か月間、労働環境の改善や他の支援をめぐる具体的な施策を迫ってきた。組合当局は今回の襲撃が、パリなどの大都市郊外の貧窮した地域で、法執行機関に対する脅威が高まっていることを明確にしたと指摘している。 【10月12日 AFP】
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実は、10月に警察1人が任務中に市民から暴力を受けた事件があった。そして警察官たちは我らを守れと国に対してデモ集会をした(市民の警察官への暴力も少なくないが、少なくとも市民は罰せられる)。
その国からの応えの一つが、この法案でもあるのだが、10月国民議会でダルマナン内相は、警察強化への2021年の国家予算案を2019年に比べて10億ユーロ増、5年任期の初めから全部で27億ユーロの増額を決めた。
歴史に刻まれるような警察予算の伸びだろう。【12月2日 永末 アコ氏「独裁への曲がり角? コロナ下で強権化するフランス」 JB press】
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【警察官の顔を撮影して拡散することを禁じる法案】
こうした相次いだ警察官への暴力、批判に一歩も引かないマクロン大統領の強気の政治スタイル(大統領就任以来の特徴でもあります)といった流れのなかで出てきたのが警察官の顔撮影禁止法案でした。
****警察官の顔撮影禁止法案、仏で反発「暴力、助長の恐れ」****
警察官の顔を撮影して拡散することを禁じる法案が、フランスで成立しようとしている。警官の身元が特定され、攻撃の対象になるのを防ぐ目的だと政府は説明する。これまで警察による暴力や差別発言が、市民による動画撮影で暴かれており、人権団体などからの反対の声は強い。
法案の名称は「グローバルセキュリティー法案」。警察がドローンを使ってデモを撮影することに法的根拠を与え、警察官が捜査相手を撮影する目的で装着するボディーカメラの活用を広げることも盛り込んだ。
「デモや報道の権利の妨げだ」
最も問題になっているのが、治安当局者の撮影と拡散を規制する条文だ。警察官の顔など、本人が特定される要素を撮影した映像を、本人の心身を傷つける目的で拡散した場合、禁錮1年、罰金4万5千ユーロ(約550万円)を科すと定める。
17日に下院で審議が始まると、「デモや報道の権利を妨げるものだ」「記者の自己検閲につながりかねない」との批判が野党を中心に相次いだ。
火に油を注いだのがダルマナン内相だ。「(警官の)映像をインターネットに流す場合は、ぼかさなければならない」「デモの取材には当局への事前連絡が必要だ」と主張。いずれも法案に明記されておらず、不信は与党内にまで広がった。
慌てた政府は19日、修正案を協議し、この条文に「報道の権利を損なわずに」という文言を加えることを決めた。
法案は近く与党の賛成多数で可決され、上院に送られる見通しだ。上院は同法案に賛成する共和党(野党・中道右派)が第1党のため、法案の骨格が変わらないまま成立する可能性がある。【11月23日 朝日】
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【日常的に存在する警察による暴力】
ただ、警察への暴力が問題だと言うなら、同時に、警察による暴力も日常的に見られる問題です。
****警察による暴力や差別 たびたび問題視*****
法案が批判を浴びているのは、フランスで警察による暴力がたびたび問題視されてきたためだ。
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは今年5月、SNSなどに3~5月に投稿された動画を分析し、「フランス警察による違法な暴行や差別」が横行していると警告した。
警官らが無抵抗の市民をたたいたり蹴り倒したり、人種差別発言をしたりする映像を被害者の証言などと突き合わせ、少なくとも15件が本物と確認したという。
警官を撮影する権利が制限されれば、市民は人権侵害を証拠に残すことが難しくなり、こうした暴力が助長される恐れがある。
国境なき記者団(本部・パリ)も、記者が警察官を批判する映像を流すのが困難になりかねないなどと、深い懸念を寄せている。
AFP通信などによると、21日にはパリやマルセイユなどフランス各地で法案に抗議するデモが繰り広げられた。全国で約2万2千人が参加し、カメラを掲げるなどして撮影する自由を訴えたという。【同上】
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“ジェラルド・ダルマナン内務大臣によれば、グローバルセキュリティー法案が成立しても、「警官を撮影する権利は常にあり、法律に違反する問題があればその動画を検察官に送る権利もある。だが、インターネットで流すようなときには、警官の顔をぼかす必要がある。」ということであり、なんら権利を阻害するものではないとしている。”【11月30日 Japan In-depth】とのことですが、警察の暴力を訴える動きの大きな足かせとなることは否めないでしょう。
【黒人男性殴打事件が明らかにしたグローバルセキュリティー法案の危険性】
そうしたなかで注目を集めたのが、警官による黒人男性への激しい暴力を映した映像でした。
****パリで警官が黒人男性を殴打、停職処分に 防犯カメラ映像で発覚****
フランス・パリ中心部で黒人の音楽プロデューサーが警官に殴られる様子の映像が浮上し、仏当局は25日、警官3人を職務停止処分にした。
この事件は21日に起きたもので、同国の治安部隊に対する新たな反発を引き起こしている。
警察は23日、パリ市内の仮設難民キャンプを解体した際に不必要な武力行使があったとして非難されていた。
フランスでは政府が、警官の顔を撮影し公にすることを禁じる法律を導入しようとしている。こうした中で今回の殴打事件が起きた。
法案をめぐっては、警官の顔が映った映像がなければ、先週に起きた事件は1つも明るみにならなかっただろうとの批判の声が上がっている。(中略)
事件を捉えた防犯カメラ映像は、オンライン・ニュースサイト「Loopsider」が25日に公開したもの。映像では、男性がスタジオに入った後に警官3人が蹴ったり、殴ったり、警棒でたたいたりする様子が確認できる。同サイトによると、男性はマスクを着けていなかったため警官に呼び止められたという。
人種差別的な言葉も
ミシェル氏は、5分間殴られた際に人種差別的な言葉も受けたと主張した。
同氏は拘束され、暴力行為と公務執行妨害の疑いで訴追されたが、検察はこれを退け、代わりに警官に対する捜査を開始した。(中略)
パリ市長のアン・イダルゴ氏は「耐え難い行為」に「深く衝撃を受けた」とした。
ジェラルド・ダルマナン内相は仏テレビ局に対し、警官3人が「共和国の制服を傷つけた」とし、3人の免職を強く求めると述べた。
ダルマナン氏は今週初め、警察がパリ市内の仮設移民キャンプを解体し、移民や活動家と衝突した後、完全な報告書を提出するよう警察に命じていた。一部で「衝撃的な」シーンがあったと、ダルマナン氏はツイッターで明かした。(後略)【11月27日 BBC】
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警察官の顔撮影禁止法案が施行されれば、こうした警察による日常的暴力が覆い隠されてしまう・・・との危機感から、法案に対する反対運動が拡大。
****仏警官映像規制に抗議デモ 全国で13万3千人参加****
フランスの議会で審議中の警官の映像拡散を規制する治安対策法案を巡り、表現の自由を抑圧するとして記者団体や人権団体が呼び掛けた抗議デモが28日、パリなどで行われた。
新型コロナウイルス感染拡大で外出制限が続く中、内務省によると、全国で計約13万3千人が参加。デモを破壊活動の機会に悪用する集団と警官隊の衝突も起きた。
法案は、物理的、精神的に危害を加える目的で、職務中の警官の顔を写した映像を拡散した者に最高禁錮1年などを科すと規定。警官への暴行増加を受け、保護強化を図る目的だが、記者団体などは「撮影禁止につながる」と主張し、撤回を求めている。【11月29日 共同】
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・・・・重ねて26日には、パリ17区での罪のない黒人に対する、3人の警官によるこれもまた直視できない暴力が監視カメラによりソーシャルメディアで暴かれた。この黒人の音楽プロデューサーの証言は、どれだけ「警察の撮影、報道を禁する法」が大切かを証明した。彼はまさに、撮影されていたおかげで、助かったのだ。
彼の無実(罪があるとしたら、ほんの少し外に出た時にマスクをしていなかったこと)と、警察官の理由のない暴力、警察官の数々の嘘の証言が、全てビデオにより証明されたのだ。袋叩きにあっていた彼を助けようとした彼のスタッフの一人が「あそこにカメラがあるぞ」と言ったことで、警察官は血を流してうなる彼への暴力を止めた。カメラにより死も妨げられた。
彼は叩かれ続ける中(しかも「汚いクロンボ野郎」と罵られながら)、決して自分で手を出さないようにと、それだけを自分に向かって言い聞かせていたと言う(叩かれながら、彼らは本当の警察官ではないかも、とも思ったと言うが)。これが弱者への警察官の手なのだ。何をされようと、市民は警察官に手をあげたら終わりだ。
この2日間のビデオを見て、震える私に息子は言う。「ツイッターでは郊外のマイノリティーが、警察官に不当な暴力を受けているシーンなんてずっと前からいっぱいだよ。彼らはやっと今、事が表沙汰になってよかったと言ってるくらいだよ。僕のサッカークラブの有色人種の友人なんて、歩いているだけでIDを見せろってしょっちゅう警察官に嫌がらせを受けてるって言うもの。
このビデオでショックを受ける大人たちって、世の中知らないってことだね。ママもかなり純粋だよ 」。
友人も言う。「ツイッターには、随分前からこんなビデオや写真なんてしょっちゅうですよ」。
この音楽プロデューサーの、警察官から暴力を受け血を流すビデオは、こんな時だからこそのソーシャルメディアの多大なるシェアで政府の知ることとなった。おかげで、この法案は「再考される方向」に進むことになっている。
【前出 永末 アコ氏「独裁への曲がり角? コロナ下で強権化するフランス」 JB press】
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【逆風のマクロン大統領 法案修正へ】
さしもの強気のマクロン大統領もバッドタイミングの事件発覚に「許されない襲撃」「われわれの恥だ」と言明し、譲歩を余儀なくされています。
****仏警官映像規制法案、書き直しへ 政権側、反対高まり譲歩****
フランスの議会で審議中の警官の映像拡散を規制する治安対策法案を巡り、表現の自由を抑圧するとの反対論が高まったことを受け、マクロン大統領の与党は11月30日、問題の条文の全文書き直しを提案すると発表した。
法案に反対するデモには全国で13万人以上が参加。表現の自由にさらに配慮せざるを得ないと判断したとみられる。
11月にパリで警官が黒人男性を集団暴行した事件が映像で発覚し、条文や法案全体の撤回を求める声が勢いを増した。政権側は、政治危機脱却へ一歩譲歩した形だが「(条文)削除ではない」(カスタネール前内相)として規制の方針は変えない考えも示した。【12月1日 共同】
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【暴徒による暴力も 一般市民を巻き込む警官と暴徒の暴力の連鎖】
警察の暴力だけを取り上げるのは片手落ちでしょう。
フランスには、もうひとつの蔓延する暴力も存在します。「警察の暴力」を訴えるデモが一部暴徒化し、警察に対する暴力が起きる事態も。
****仏の暴徒「ブラック・ブロック」****
フランスでは新型コロナウイルスの感染状況がピークをすぎたことを受け、段階的な外出禁止の緩和が始まった。11月28日からは生活必需品以外の販売が再開されたため、その日はクリスマス用品などを探す人々が買い物を楽しみ、およそ1か月ぶりに街がにぎわったのだ。
しかし、買い物客がその華やかで幸福な時間送っていた同じ日に、パリをはじめとする全国各地でグローバルセキュリティー法案に反対する大規模なデモが開催された。そして、残念ながらそのデモは最後には暴徒化し、車や銀行への放火や破壊、警察の治安部隊への暴行にいたり、治安部隊62人が負傷し、デモ参加者の81人が拘束されるという結果を迎えた。(中略)
「ブラック・ブロック」という暴徒
しかし、いずれにせよ正当な理由でデモ行進が行われる分には問題がないが、それよりも、デモを開催することにより、破壊行為を目的とする暴徒が集まってくることが今回も問題となった。それが「ブラック・ブロック」と呼ばれる黒づくめの服を着用し覆面をした集団だ。
ブラック・ブロックの中には、混乱を誘導するために戦闘的無政府主義者(アナキスト)や反資本主義運動家もいる可能性は高いが、大多数はデモなどに便乗して商品強奪のためにやってきたり、もしくは破壊を楽しむ小さいグループの集まりである。
今回のデモにも、この100人前後のブラック・ブロックが現れた。結果、出発点のレピュブリック広場での穏やかなデモ行進とは対照的に、到着地点であるバスティーユ付近では、フランス銀行や複数の車などへの放火、商業施設やキャッシュディスペンサーの破壊、そして警察の治安部隊との激しい衝突が起こったのだ。
特に今回は、治安部隊への暴行が目立った。空き瓶を投げつけたり、蹴り倒して地面に倒れている間に殴打を繰り返す。そんな状況を映し出す映像がSNSに拡散されていったのだが、その様子はあたかも戦場のようでもあった。
大人数が集まる中、ごく一部で行われたこととはいえ、あまりの惨状に驚きを隠し切れない。警察の暴力を抑制するために法案に反対するとしたデモが、なんと警察への暴力で終わってしまったのである。これに対し、ダルマナン内務大臣は「警察に対する容認できない暴力」と非難した。
いかに「暴力行為」を無くしていけるか。それが現在フランスが抱える課題の一つなのだ。そんな暴力の一つを無くすために通そうとしているのがグローバルセキュリティー法案となる。それが吉とでるか凶と出るかは今のところ不確かだが、暴力は暴力を呼び続ける。どこかでこの連鎖を断ち切る努力が必要なのは間違いないだろう。【11月30日 Japan In-depth】
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警察と暴徒の暴力の連鎖、中東、アフリカ、東欧などからの多くの移民、イスラム過激派のテロなどで社会全体が殺伐とし、一般市民に対する警察の暴力も日常化する事態にも陥っているというのがフランスの現状のようです。
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