
(11年11月2日 「国際法と平和の枠組みのなかでマルビナス諸島を奪還する」として、イギリスの植民地主義を批判するアルゼンチンのフェルナンデス大統領 背景の絵はエビータでしょうか “flickr”より By fernando andrés A http://www.flickr.com/photos/10697960@N07/6307801846/ )
【両国関係は1990年の国交回復以降で最悪】
1982年のフォークランド紛争から30年ということで、イギリス・アルゼンチン間の最近の険悪な関係に関する記事が目に付きます。
****フォークランド紛争30年:英・アルゼンチン関係最悪****
南大西洋のフォークランド(アルゼンチン名・マルビナス)諸島の領有権を巡り英国とアルゼンチンが戦火を交えたフォークランド紛争開始から2日で30年を迎えた。現在は軍事衝突の可能性は低いものの、英国がフォークランド沖で油田開発を始めたため、帰属をめぐる議論が再燃し、両国関係は1990年の国交回復以降で最悪と形容されるまで冷え切っている。
フォークランド諸島沖で海底油田の存在が確認され、英国が2016年の生産を目指して2年前から開発に着手しており、アルゼンチン側が反発している。
アルゼンチンのフェルナンデス大統領は同国南端のフエゴ島で2日、英国が21世紀になっても「飛び地領土」を持つことを批判し、「我々の環境、資源、石油の強奪を止めろ」と演説。先月末には、油田開発の差し止めを念頭に、開発に協力する欧米の金融機関に対して「刑事、民事訴訟を起こす」と話し、英国による油田開発をけん制した。
一方、英国のキャメロン首相は2日、「フォークランドの住民だけが未来を決める権利があり、英国はその権利を守る」と語り、住民がアルゼンチンへの帰属を求めない限り、返還を拒否する方針だ。
住民約3000人の多くは英国系で英領所属を望んでいる。石油開発で島の経済が潤う期待が高まる現在はなおさらだ。島民はアルゼンチンが敗北した6月14日を「解放記念日」として祝っている。【4月3日 毎日】
*************************
【エスカレートする対応が、結局戦争へ】
82年のフォークランド紛争を超簡単にまとめると以下のとおりです。
****フォークランド紛争****
フォークランド諸島(アルゼンチン名はマルビナス諸島)は、アルゼンチンの東約480キロの南大西洋に位置する諸島で、1833年から英国が実効支配しています。
アルゼンチンでは、76年にイサベル・ペロンを追放した軍事政権が「汚い戦争」とも言われる左翼弾圧を行っていましたが、そうした国内の政治的混乱やインフレーションの進行など国内経済の不振に対する国民の不満をそらす形で、かねてよりの懸案でもあったフォークランド問題に焦点をあてました。
こうした軍事政権の姿勢と呼応して民族主義的な言動が国内でエスカレートし、歯止めがかからない状態で、遂には1982年4月2日、アルゼンチン軍はフォークランド諸島に上陸、守備に当たっていた数十名のイギリス軍を捕虜とし、74日間の戦闘が始まりました。
サッチャー英政権(当時)は空母2隻を主力とする部隊を派遣、イギリス側は艦船に大きな損失は出したものの、6月14日にアルゼンチンが降伏しイギリス勝利で終結しました。
この紛争の戦死者は英軍の255人、アルゼンチン軍は649人。
なお両国は2009年、国連に同諸島周辺の領有権を申請したが、いずれも凍結されています。
*****************
普段、日本を中心に置いた世界地図を見慣れていますので、地図の“左上”のイギリスと“右下”のアルゼンチンが戦うというのはピンときませんが、大西洋を中心に置けば、両国はその対岸ともなります。
ただ、アルゼンチン本土に近接するフォークランド諸島が、イギリス本土から遠く離れていることはかわりありません。アルゼンチン軍事政権は当初、イギリス軍がはるばる奪い返しに来るとは思っていなかったのではないでしょうか。
実際、イギリス側はフォークランドへの軍派遣に消極的だったようですが、「鉄の女」ことサッチャー首相(当時)が反対する閣僚に対し「この内閣に男は(私)一人しかいないのですか!?」と言い放ち、軍事行動を強行した話は有名です。
当時、両国関係・紛争を伝える報道を目にしていて、日に日にエスカレートしていく情勢に、「戦争というのこうして起こるものなのだ・・・」という思いを実感した記憶があります。
一旦拳を振り上げると、チキンレースからの脱落を恐れる相手もそれに応じて拳を振り上げ、互いに後戻りできない状況に追い込まれていきます。
また、エグゾセミサイルによるアルゼンチン側のイギリス艦船攻撃など、毎日TVで解説される戦闘状況は、一種ゲームを見ているような不思議な印象でした。
実際には900名ほどの戦死者が出ているのですが、ベトナム戦争などのような“戦闘に逃げまどう住民”といった悲惨なイメージがあまりなかったせいでしょう。
南大西洋の島という、日本の日常世界からは遠く離れた地での紛争ということも影響していたのでしょう。
紛争の結果、アルゼンチン軍事政権は崩壊して民政に変わりますが、紛争の経済的ツケは大きく、アルゼンチン経済はその後、天文学的なハイパーインフレーション、更に債務不履行(デフォルト)に見舞われます。
一方、「英国病」とも称されていたイギリスでは、それまで不人気だったサッチャー首相の国民支持が急上昇し、国内基盤を固めたサッチャー首相は国内経済を活性化させ、新自由主義の旗手として、レーガン米大統領と並んで世界をリードすることになります。
【海底油田を巡る両国の思惑】
紛争から30年を迎える今年、年明けからイギリス・アルゼンチン双方で活発な動きが報じられていました。
****英首相、部隊急派案を承認=フォークランド諸島へ―タイムズ紙****
キャメロン英首相は19日までに、アルゼンチンとの間で領有権争いが続く南大西洋の英領フォークランド(アルゼンチン名マルビナス)諸島を防衛するため、部隊の急派計画などを盛り込んだ緊急案を承認した。19日付の英紙タイムズが国防省筋の話として報じた。
キャメロン首相は18日、国家安全保障会議を招集し、フォークランド諸島情勢について協議。国防省筋によると、緊急案にはブラジルとアフリカ南部アンゴラのほぼ中間に浮かぶ英領アセンション島を経由して部隊を送り込む計画もあるという。【1月19日 時事】
*************************
****紛争30年、英国と断交を=フォークランドめぐり市民抗議―アルゼンチン****
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにある英国大使館前で20日、南大西洋の英領フォークランド(アルゼンチン名マルビナス)諸島の領有権をめぐって対立する英国との外交関係断絶などを求め、市民が英国旗を燃やす抗議活動を行った。
今年は、両国が戦火を交えたフォークランド紛争の勃発から30年の節目の年。ただ、今年上旬には王位継承順位2位のウィリアム王子が軍務で同諸島に駐留する予定のほか、今週にはキャメロン英首相が「アルゼンチン側の主張は植民地主義だ」と発言して同国内で反発が強まるなど、緊張が高まる恐れが強まっている。【1月21日 時事】
*************************
紛争から30年の節目の年であること、2月に救助ヘリの副操縦士を務めているウィリアム王子がフォークランド諸島に派遣されたことの他、フォークランドが再度注目を集める理由として、地下資源・石油があるのは冒頭毎日記事にあるとおりです。
****フォークランド紛争から30年、海底油田めぐり再び揺れる諸島****
南米アルゼンチン沖フォークランド諸島(アルゼンチン名:マルビナス諸島)の領有権を英国とアルゼンチンが争ったフォークランド紛争から、今年は30年。同諸島周辺には莫大な埋蔵量が見込める油田が存在することから、両国の間で再び緊張が高まっている。
■油田で争点は漁業から経済へ
アルゼンチン南東沖の英領フォークランド諸島の領有をめぐって1982年に英国とアルゼンチンの間で起きたこの短期間の紛争を、アルゼンチンの著名作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスは、「2人のはげ頭の男が、使うあてもない櫛(くし)を奪い合っている」とたとえた。
だが、それから16年後、周辺の海域で「黒い色の金鉱」が発見されると、新たに経済的な利害問題が降ってわくことになる。「かつての問題は漁業権だったが、これは1990年代に漁業資源を共同開発する方向で、一定の合意に至った。しかし現在の争点は石油で、これは政治と密接した産物といえる」と外交政策シンクタンクである英王立国際問題研究所(チャタムハウス)のビクター・ブルマートーマス氏は説明する。
■原油価格の高騰で注目浴びる油田
フォークランド諸島沖の海底に眠っていた炭化水素は今から14年前、英蘭系石油大手シェル(現ロイヤル・ダッチ・シェル)の試掘によって発見された。しかし当時の原油価格は1バレル10ドルにも満たなかったため、同社は採算がとれないとみて探査を進めなかった。
しかし、その後の原油価格は上昇を続け、現在は1バレル125ドル前後にまで高騰。世界に残るわずかな未採掘油田の1つと見込まれるフォークランド諸島周辺に、5つの企業が群がった。
その先陣を切って2010年、ロックホッパー・エクスプロレーション、デザイア・ペトロリアムの英国系開発企業が試掘を再開。アルゼンチンを動揺させた。
これまでに5企業がフォークランド諸島周辺で試掘を実施しているが、これまでのところ大量の石油埋蔵量が確認できたのはロックホッパーが試掘した諸島北方のシーライオン油田のみだ。
米大手調査会社エジソン・インベストメント・リサーチ(EIR)によると、ロックホッパーは推定埋蔵量4億5000万バレルのシーライオン油田の開発着手を年内に予定し、2016年までの汲み上げ開始を目指している。
一方、フォークランド海盆の南部で初めての試掘に今年着手した他の企業は、同諸島端の深海域に80億バレルの埋蔵量の発見を見込む。
■英国、自治政府、アルゼンチンそれぞれの思惑
こうした背景から、北海原油の残存埋蔵量が30億バレルと減少するなかで、英国には本土から1万2900キロも離れた小さな海外領に固執するだけの強い経済的動機がある。
英領フォークランドの自治政府も、油田が地元にもたらす経済効果に大きな期待を寄せる。EIRの試算によると、周辺の石油埋蔵量が83億バレル程度とした場合、最後の1滴を汲み上げるまでに採掘権料や税収などで合計約1800億ドル(約15兆円)の利益が同諸島にもたらされる。(中略)
フォークランド諸島沖での油田開発ラッシュに怒ったアルゼンチン政府は3月、諸島沖で油田探索を行っている5企業を提訴すると宣言した。(中略)しかし、チャタムハウスのブルマートーマス氏は、これら5企業がアルゼンチン側の脅しに本気で慌てることはないとみている。こうした脅しはアルゼンチンで操業する企業にしか適用できないからだ。
ブルマートーマス氏によれば、諸島周辺の石油埋蔵量が「採算性に見合う石油輸出が見込める十分な量であることは、かなり現実的」だ。「だが、いったん石油の生産、売買が始まってしまえば、アルゼンチンが(諸島の)領有権を主張することは極めて難しくなるだろう。だからアルゼンチンは、可能な限りあらゆる手を使って、商業採掘を阻止しようとしているのだ」と、ブルマートーマス氏は結んだ。【4月2日 AFP】
************************
【有権者の関心を、景気鈍化など一連の国内問題からそらす常套手段】
こうした険悪な関係にもかかわらず、武力衝突が再度起こる可能性は低いと思われています。
イギリスも財政事情の悪化から空母を退役させ、19年に新たな空母が配備されるまで前方展開力を欠いているのが現状ですが、それでも、戦闘機ユーロファイター4機を常駐させ、最新鋭ミサイル駆逐艦を配備して備えを固めています。
一方、アルゼンチン側は、紛争の敗北で軍部が実権を失い、ここ30年軍事予算が削減されており、装備は老朽化し、“開戦前には三軍で15万5000人程だったアルゼンチン軍は2000年には三軍で7万1000人程になっている”【ウィキペディア】という状況で、ほとんど戦闘遂行能力がないのが実情です。
そうした軍事的事情にもかかわらず、アルゼンチンのクリスティナ・フェルナンデス大統領がフォークランド問題を事あるたびに取り上げるのは、外交的狙いと国内問題隠蔽があると指摘されています。
****フォークランド諸島がまた火種に*****
・・・・アルゼンチンのキルチネル政権は最近数カ月、英国批判を強め、南米での英国の外交的孤立化を画策して、同国を交渉のテーブルに引っ張り出そうとしている。英国の当局者は最近、記者団に対し、キルチネル大統領はこのようにして有権者の関心を、景気鈍化など一連の国内問題からそらそうとしていると述べた。
(中略)
アルゼンチンには、かつての欧州の植民地主義に反発する近隣諸国を味方に付ける力がある、とアナリストは見ている。現在の緊張は、アルゼンチンが昨年12月に、ブラジル、ウルグアイなどメルコスル(南米南部共同市場)加盟国に、フォークランド旗を掲げた船舶の入港を禁止するよう説得したことから始まった。その後ペルーは、英フリゲート艦の寄港許可を取り消した。ペルー外務省は、フォークランド諸島をめぐる領有権紛争でのアルゼンチンへの連帯からこれを決定したとしている。 【4月2日 THE WALL STREET JOURNAL】
*********************
フェルナンデス大統領は夫のネストル・キルチネル前大統領から政権を譲り受ける形で大統領選挙に勝利し、昨年10月には再選を果たしています。夫婦で権力の頂点を目指した政治的野心から、「南米のヒラリー」(本家のヒラリー・クリントンは政権獲得に失敗しましたが)と呼ばれていますが、本人は、国民の間で“エビータ”の愛称で呼ばれる美人で、今もカリスマ的人気があるフアン・ペロン元大統領夫人を自分に重ね合わせているようです。
世界有数の穀物の輸出国であるアルゼンチンは、穀物価格の世界的高騰という追い風を受けて、高い成長率を達成し、貧困も改善していますが、国内のインフレが収まっておらず、フェルナンデス大統領の政治的手腕を疑問視する向きもあります。再選も夫の急死による同情票によるもの・・・との見方もあります。
そんなフェルナンデス大統領としては、フォークランド問題を前面に出して、政権の求心力を確保しようといったところでしょう。
外交的には、上記記事にあるように、南米各国にはアルゼンチンを支持する動きがあり、イギリスが頼みとするアメリカもそうした南米の空気を読んで、深入りを避けようとしているのも事実です。
しかし、今朝のTV報道によれば、南米各国の間で、事あるたびにフォークランド問題を持ち出すアルゼンチンの姿勢にいささかうんざりして、“付きあいきれない”という雰囲気も出ているとか。
フェルナンデス大統領の思惑がどうであれ、前述のよういアルゼンチン軍に戦闘能力がないため、最悪の事態は避けられそうで、その点は安心です。