孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

香港  中国側譲歩の背景 SNSを駆使した「リーダー不在」の戦いの成果と限界

2019-06-17 22:53:58 | 東アジア

(【6月17日 朝日】 幹線道路を埋め尽くす16日の「200万人デモ」)

 

【本人が望んでも中国は林鄭行政長官の辞任を認めない】

香港の「逃亡犯条例」改正案をめぐる問題については、決定権を持つ中国指導部は最後まで譲らないのでは・・・と、個人的には考えていました。

 

12日段階では、香港政府トップの林鄭月娥行政長官が声明を発表し、若者らのデモについて「公然と暴動を起こした」と非難していましたので、「動乱」と位置付けられた天安門事件も想起される状況で、譲歩はないのだろう・・・と。

 

その後の展開は、報道のとおり。

林鄭長官は15日、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案の審議を無期限で延期すると表明したうえで、市民への謝罪も。

 

“香港政府の報道官は16日夜に声明を発表し「政府は条例改正の作業を再開する予定がない」と強調した。声明で林鄭氏は「政府の仕事ぶりで社会に大きな紛争を巻き起こした」としたうえで「市民に謝罪し、謙虚に批判を受け入れることを約束する」と述べた。”【6月16日 日経】

 

しかし、撤回はしていないこと、およびゴム弾や催涙ガスを使用した警官隊の対応に関して、市民の間では長官の辞任を求める声が高まり、16日には過去最大の「200万人デモ」に。

****香港トップ、大規模デモに衝撃 辞任圧力強まる可能性も****

香港で中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案の撤回や林鄭月娥行政長官の辞任を求める16日のデモの参加者が1997年の香港返還以降で最多の「200万人近く」(主催者発表)になった。

 

15日の改正案延期の発表で事態の沈静化を図れると踏んでいた林鄭氏にとっては衝撃の規模で、今後辞任圧力が強まる可能性もある。(後略)【6月16日 共同】

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市民の大規模抗議行動は17日朝までにほぼ収束し、衝突は起きていませんが、一部若者らは抗議行動を続けています。

 

****香港200万人デモから一夜 「対話と辞任」求め行進****

一夜明けた17日も、若者らが抗議を続けている。(中略)

 

デモ開始から丸一日が過ぎた17日夕方、若者らが、香港政府トップの林鄭月娥行政長官の事務所までデモ行進し、対話を求めた。

 

林鄭行政長官は、一連の対応を謝罪する声明を出したが、デモ主催者側は、長官辞任も求めていて、抗議活動が収まるかは不透明。【6月17日 FNN PRIME】

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法案の撤回、および長官辞任に関しては「香港政府の高官」の話として、以下のようにも。

 

****行政長官の辞任、中国は容認せず 条例は事実上廃案=香港高官****

香港政府の高官は17日、たとえ林鄭月娥行政長官自身が望んでも中国は林行政長官の辞任を認めないとの見方を示した。一方、無期限の審議延期となった中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案については、事実上廃案との認識を示した。

「逃亡犯条例」改正案の審議は無期限延期となったものの、抗議デモは収まる気配はなく、林行政長官に対する辞任要求が強まっている。

政治危機について協議する会議のメンバーとなっているこの高官は、「それ(辞任)はない」とし、「林行政長官は中央政府に指名された。したがって辞任するには本土でのハイレベルの検討を必要とする」と述べた。

また、いま辞任すれば、事態を悪化させるだけだと指摘した。

中国外務省の陸慷報道官は17日の定例会見で、同国が引き続き香港の林鄭月娥行政長官を支持すると述べた。

高官は、「逃亡犯条例」改正案について「中断というのは実質的廃案を意味する。再度持ち出せば政治的自殺だ」と述べた。【6月17日 ロイター】

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“たとえ林鄭月娥行政長官自身が望んでも中国は林鄭行政長官の辞任を認めない”・・・・林鄭長官もつらい立場です。

 

【中国側の予想を超えた香港市民の反発 G20での国際批判も考慮】

予想に反して、中国指導部が“無期限延期”という譲歩を示した背景には、雨傘運動挫折以降の香港民主化運動の低迷もあって、香港市民の激しい抵抗を中国側も予測できなかったということがあります。

 

6月12日ブログ“香港 若者たちの抵抗 「今回が最後のデモ活動だ」 台湾では、中国批判を避ける国民党候補”でも取り上げたように、改正案が成立すれば、デモに参加したことが罪に問われて中国に引き渡される恐れもあることから、「今回が最後のデモ活動だ」という切羽詰まった思い、「改正案が成立すれば香港の一国二制度は実質的に終わる」という思いが市民を激しい抗議に駆り立てました。

 

また、警官隊の強硬な排除策も、市民の怒りの火に油を注ぐ結果にも。

雨傘運動の「女神」・周庭(アグネス・チョウ)氏は、ゴム弾は雨傘運動のときは使用していないとも、また今回は催涙弾を至近距離から発射しているとして、「香港人として暴力を許せない。警察は(デモ参加者を)殺す気ではないでしょうか」と警官隊の対応を批判しています。【6月17日 Newsweekより】

 

****「私たちの子供を撃たないで」 逃亡犯条例反対集会に母親数百人 香港****

香港中心部の公園で14日夜、刑事事件の容疑者を中国本土に引き渡せるようにする「逃亡犯条例」改正に反対する母親たちの集会があった。数百人の母親らが集まり、改正案の撤回や林鄭月娥(りんてい・げつが)行政長官の辞任を求めて気勢をあげた。

 

母親らが次々と前に出て、政府批判を展開した。ある母親は「催涙弾やゴム弾で、平和的なデモをする若者たちを攻撃するよう指示した行政長官は決して許せない」と憤った。別の母親は「若者たちよ、あなたたちは孤独じゃない。私たちが共にいる」と叫んだ。(後略)【6月15日 毎日】

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中国指導部は、こうした香港市民の激しい抗議を受けて、これ以上強行して犠牲者を出すような事態ともなれば、今月末に予定されているG20で強い国際批判にさらされるというリスクを考慮したと推察されます。

 

そうでなくても激しい米中対立のなかで行われるG20ですから、アメリカ側に絶好のカードを提供することにもなります。

 

“審議を続けて衝突が起き、けが人や死者が出れば、「第二の天安門事件」として国際社会が非難するのは必至だ。月末に大阪で開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議が習近平国家主席への批判の場となるのを避けるため、中国政府も香港政府の判断を受け入れざるを得なかったのだろう。”【6月16日 倉田徹氏 朝日】

 

なお、香港で大規模な抗議行動が繰り返されるのは、民意を反映する手段として選挙・議会が大きな制約を受けている事情があります。

 

****香港で続く「抗議の歴史」 選挙で反映できぬ民意を示すデモ****

中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正案は、デモで示された民意を香港政府も無視できなくなり一時断念を余儀なくされた。

 

限定的な選挙制度が取られている香港では、選挙では反映しにくい民意を表明する手段としてデモの文化が息づいている。

 

英BBC放送(電子版)は「香港には豊かな抗議の歴史がある」と指摘する。1966年には香港島と九竜半島を結ぶ「スターフェリー」の値上げをめぐり激しい抗議が起きるなど、英国統治下でも度々デモが行われてきた。89年5月には中国の民主化運動を支援するため150万人規模のデモも開かれている。

 

英国から中国への返還後の2003年には、国家分裂行為などを禁じる「国家安全条例」案に反対する50万人規模のデモが発生。最終的に香港政府は白紙撤回に追い込まれた。

 

記憶に新しいのは、香港政府トップの行政長官の民主的な選挙を求めた14年の「雨傘運動」だ。学生らが79日間にわたって街頭を占拠したが、政府側から譲歩を引き出すことができず、当局により強制排除されて終わった。

 

香港は1997年の中国返還後も「一国二制度」で高度な自治が50年間認められているものの、民意がそのまま政治に反映されているとは言い難い。

 

行政長官は、政財界などの代表で構成する選挙委員会による間接選挙で選ばれ、立法会(議会)の議員選挙では親中派に有利とされる制度が一部採用されている。

 

そうした環境下で、民意を直接示す方法とされるのがデモだ。BBCは「香港人は一定の自治は持っているが、投票における自由は少ない。抗議には自分たちの意見を聞いてもらう数少ない手段という意味がある」と指摘する。【6月16日 産経】

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【「親中派」内部にも足並みの乱れ】

中国側の誤算は、本来「親中派」であるはずの香港経済界からも改正に反対の声が強かったこともあります。

 

****香港財界、条例改正で苦境 親中だけど…ビジネスに影響 報復関税対象外、米見直しも****

香港で中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正案をめぐり混乱が続く中、香港の経済界が苦境に直面している。

 

今後のビジネスを考えれば、改正を支持する中国側の意向を無視できない。しかし改正されれば、国際社会から香港のビジネス環境が悪化したとみなされる−。こうした経済界の足並みの乱れも、改正反対デモが勢いづいている背景にある。

 

香港の有力経済団体、香港総商会のハリレラ会長は13日、改正案の原則には同意するとしながらも、「市民の声に耳を傾け、有意義な対話を行うよう政府に求める」とコメント。同会の袁莎●(=女へんに尼)総裁も「香港の国際的な評判に影響を与えないよう関係者に自制を促したい」と述べた。

 

香港の経済界では、中国本土との経済的な結び付きが年々強まる中で、親中派財界人の影響力が増している。中国の習近平政権が最近、香港を核とした国家プロジェクト「粤港澳(えつこうおう)(広東省・香港・マカオ)大湾区」を推進している折だけになおさらだ。

 

しかし今回、逃亡犯条例が改正されれば、「香港を支えてきた良好なビジネス環境が崩壊する」(メディア関係者)恐れがあり、事情が異なる。たとえば、香港を訪れた外国人も中国本土へ引き渡される可能性が出てくる。「香港が中国の司法制度の支配下に置かれる」(同)ことを意味し、本来、高度な自治が保障された香港の「一国二制度」は有名無実と化す。

 

実際に米国では、一国二制度を前提に通商面などで香港を優遇してきた「米・香港政策法」の見直しを求める動きが出ている。香港は同法に基づき、トランプ米政権による対中報復関税の対象外となっているが、その特別な地位が脅かされているのが現状だ。

 

経済界の足並みの乱れを受けて、習政権は「香港財界の有力者たちを北京に呼んで支持固めを図った」(外交筋)ものの、まとまりきれないもようだ。

 

中国との結び付きが特に強い経済団体、香港中華総商会は14日、産経新聞などに対し、「われわれは改正案を支持している」とコメントした。【6月15日 産経】

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香港富裕層には資産をライバル・シンガポールなどに移す動きも出ているとも。

 

****香港の富裕実業家が海外に資産逃避、逃亡犯条例を懸念****

銀行家や法律専門家によると、香港の富裕な実業家が中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案への懸念を強め、個人資産を海外に移す動きが始まっている。

こうした動きに関与した助言サービス関係者によると、ある大物実業家は法改正で政治的リスクが自らに及び得ると考え、1億ドル余りを香港のシティバンクの口座からシンガポールのシティバンクの口座に移し始めた。同様の例をほかにも耳にしているが、いずれも目立たないように行われているという。

逃亡犯条例は、香港市民だけでなく香港に居住したり旅行で通過したりする外国人や中国籍の人間を対象にしており、香港の金融センターの地位を支える法の支配を脅かしかねないとの懸念が異例な広がりを見せている。条例が成立すれば、中国本土の裁判所が香港の裁判所に要請して、中国本土での「犯罪」に関連したと見なす資産を凍結したり押収したりできるようになる。

国際展開している香港の銀行のプライベートバンキング部門トップも、顧客が資金を香港からシンガポールに移していると指摘。「彼らは中国本土の顧客ではなく、香港の富裕な顧客だ。香港の情勢は混乱している」と述べた。「香港の富裕層は、林鄭月娥行政長官や中国の指導部が逃亡犯条例による経済的損失を理解できないほど愚かなことを見過ごせないのだ」

香港とシンガポールはアジア随一の金融センターとしての地位を巡って激しく争っている。クレディ・スイスの2018年のリポートによると、香港は個人資産1億ドル以上の資産家が853人と、シンガポールの2倍以上だった。【6月17日 ロイター】

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「親中派」内部の足並みの乱れもあって、これ以上の強硬策を思いとどまる中国指導部の判断にもなったのでしょう。

 

【SNSを駆使した「リーダー不在」の戦い 長期的目標達成には限界も】

今回の抗議行動の特徴は「リーダー不在」という点です。

 

****香港、リーダーなき反政府デモの「勝利」 テレグラム利用で情報共有****

中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正案をめぐり、多くの香港市民が参加して繰り広げた反対運動はひとまず、立法会(議会)審議の無期限延期という譲歩を当局から勝ち取った。一連のデモは「リーダーなき反対運動の勝利」だったとの見方が広がっている。(中略)

 

民主派の区諾軒・立法会議員は今回の改正反対運動について「これまでのデモとの違いは、リーダーが存在しないことだ」と指摘する。地元ジャーナリストも「香港政府は今回、誰と交渉したらいいのか分からなかった」という。

 

区氏によると、改正反対運動で多くの参加者が利用したのが、携帯電話用の通信アプリ「テレグラム」だ。ロシア人が創設したアプリで、最大20万人のグループを作ることができるという。メッセージが暗号化されて送られるため、保秘性が高いことでも知られる。

 

実際、改正反対運動に関するグループの一つには約2万9千人が参加していた。こうしたグループが多数存在し、反対デモに関する情報を共有していた。あるグループでは「犬に注意」などの隠語を使って、警察などの治安部隊がどこにどれだけ配置されているか−といった情報を知らせるものもあった。

 

地元ジャーナリストによると、こうしたアプリを通じて情報を得た多くの学生らは今回、当局の追跡をかわすため共通の対策をとっていたという。

 

マスクやヘルメット、ゴーグルを多用し、いつも以上に身元を特定しにくくしていたのもその一つ。また、地下鉄やバスを利用してデモに参加する際、当局による追跡が容易なICカードではなく、現金を使っていたようだ。

 

9日のデモには主催者発表で103万人が参加し、反対運動に弾みがついた。こうした中、テレグラムは12日、大量のデータを送りつける「DDoS(ディードス)攻撃」を受けていると公表。運営会社は13日、攻撃の大半は中国からだったと明らかにしている。【6月15日 産経】

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SNSが重要な役割を果たすのは、近年の抗議行動に共通していますが、香港では当局の追跡をかわすための対策にも大きな配慮がなされたとのことのようです。

 

ただ、一般論で言えば、こうしたSNSを駆使した「リーダー不在」の抗議行動というのは“しりすぼみ”に終わる傾向もあります。

 

****SNS発の抗議デモ、なぜしりすぼみに ソーシャル上の怒りがぶつかる壁の正体****

ソーシャルメディアで拡散した市民の怒りが大きなデモに発展する光景が、世界各地で見られるようになった。現在進行形なのが東欧のセルビアだ。

 

昨年12月から、大統領の辞任を求めて若者らを中心としたデモが続き、一時は国の全土に抗議が広がった。デモのスタートから5カ月。抗議運動を急速に広げたSNSの力が若者たちに何をもたらしたのかを確かめるため、現地を訪れた。

 

(中略)ソーシャルメディアを使って抗議を広め、人々を動員する手法は、セルビアに限らず今や世界で共通している。最近ではフランスの「黄色いベスト運動」でも使われた。日本でも2015年に安保法制反対の中心的な存在になった学生団体「SEALDs(シールズ)」が駆使したことで注目された。

 

SNSと社会運動の関係を研究する米ノースカロライナ大学准教授のゼイナップ・トゥフェックチーは「ある問題について自分がどう感じるかが運動の始まり。だから、感情を拡散するのに有効なソーシャルメディアは国全体のムードをがらりと変えるほどの力を持つ」と話す。

 

しかし、ソーシャルメディアの登場から10年以上がたち、明らかになりつつあるのは「力」よりもむしろ「限界」だ。

 

「アラブの春」は中東と北アフリカで独裁的な政権を崩壊させたが、発端となったチュニジア以外は独裁政権に後戻りするか内戦に陥った。貧富の格差を社会の不正義として訴えた「オキュパイ・ウォールストリート」は、短期間のうちに世界中に広まったもののほどなく消え去り、経済格差はむしろ広がっている。

 

トゥフェックチーはその限界をこう説明する。「ソーシャルメディアは、本来は広告のための道具であって、社会問題を解決するためのプラットフォームとしては設計されていない。急速に怒りを拡散できたとしても、それだけでは社会を変えるのに必要な政治的組織の構築にはつながらず、壁にぶつかってしまう」(後略)【6月2日 GLOBE+】

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香港では、SNSによって「一国二制度を守るための最後の戦い」という強いメッセージを発信することで“怒りを共有”し、当局からの譲歩を勝ち取ることができましたが、今後の撤回に向けた戦いを続けていくためには、SNSで集まる「リーダー不在」というだけでは難しいかも。


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