孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク  今後の不安定要素となる民兵組織 低下するアメリカのプレゼンス

2020-01-10 22:42:02 | 中東情勢

(イラクの首都バグダッドで米国とイランの介入に抗議する学生(1月5日)【1月7日 WSJ】)

【イラク 自制を求める指導層 リーダーを爆殺されたイラク民兵組織が不安定要素に】
アメリカによるイラン革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官殺害、および、それに対する報復として、イラク国内で米軍が駐留するアル・アサドとアルビルの2カ所の空軍基地を、イランが十数発の弾道ミサイルで攻撃した件については、全世界がその成り行きを注視していましたが、イラン・アメリカ双方とも全面的な戦争は望んでおらず、イランの攻撃も意図的に米軍の人的被害を回避するようなものであったことなどから、双方ともこれ以上の軍事的エスカレーションはしないということで、一応の落ち着きを取り戻している・・・という話になっているようです。

イラン側は国内向けに大きな人的被害をアメリカに与えたとプロパガンダし、アメリカ・トランプ大統領は再選に向けてオバマ前政権とは異なる強い対応でソレイマニ司令官殺害という大きな成果を得たことをアピールするという形で、双方が自分に都合のいいようにこの件を扱うのでしょう。

もちろんこれで収まった訳ではなく、イラン・アメリカの対立は火種としてそっくりそのまま残っていますので、いつまたどういう形で噴き出すのかは予測できません。

イランについては、今回の件で体制側は国内の求心力を高めた側面もありますが、落ち着けば、また現行政治状況への国民の不満が再燃することもあり得ます。

イランによって誤って“撃墜された”とも言われるウクライナ機の問題も、イランにとっては今後の足かせになります。

アメリカも親イラン・反米的な組織の敵意を掻き立てたことで、標的とされる危険性は高まっており、今後トランプ大統領が望むような中東からの撤退(現在は一時的に増派していますが)がスムーズに進むかどうか不透明です。

上記最後の視点の関係になりますが、イランの米軍への弾道ミサイル攻撃が現地時間8日午前1時半頃でしたが、同日8日の深夜0時直前にはバグダッドのグリーンゾーンにロケット弾が2発撃ち込まれています。

****バグダッドでロケット弾、グリーンゾーンに2発 犠牲者なし****
イラクの首都バグダッド中心部の旧米軍管理区域(グリーンゾーン)に8日、2発のロケット弾が撃ち込まれた。グリーンゾーンには政府機関の建物や大使館などがあるが、イラク軍によると、死傷者は報告されていない。

現在のところ犯行声明は出ていない。

警察関係者はロイターに対し、少なくとも1発のロケット弾が米国大使館から100メートルのところに着弾したと語った。(後略)【1月9日 ロイター】
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犯行声明は出ておらず、その組織による攻撃だったのかは未だ不明です。

アメリカによるバグダッドでの爆殺はイラン革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官だけが取り沙汰されていますが、一緒にイラクの民兵組織のトップであるアブ・マハディ・アル・モハンデス司令官も殺害されていますので、イラク民兵組織内にはアメリカへの敵意が高まっていると推測されます。

ただ、イラク指導層としては、アメリカとイランのゴタゴタにイラクがこれ以上巻き込まれるのは御免だ・・・という思いもあってのことでしょうが、イラク民兵組織にも自制を呼びかけています。

****イラクのシーア派指導者、民兵に自制促す 米イラン対立緩和で****
イラクで強い影響力を持つイスラム教シーア派指導者のサドル師は8日、イランと米国双方が緊張緩和の姿勢を示したことを受け、イラクが直面する危機は終わったとの考えを示し、民兵組織に攻撃を控えるよう呼び掛けた。

トランプ米大統領は8日、米軍による革命防衛隊のソレイマニ司令官殺害に対するイランの報復攻撃で米国人の死傷者は出なかったと明らかにした。また必ずしも軍事力を行使する必要はないと述べた。

サドル師は声明で、イラクの主権と独立を守れる力強い新政府が今後15日間で組織されるべきだとした。
一方、外国軍の撤退を求める考えを改めて表明。「政治や議会、また国際的な対応が尽くされるまで、イラクの各派に慎重さと我慢強さ、軍事行動の自制、一部のならず者による過激な発言の停止を求める」と促した。【1月9日 ロイター】
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****イラクのシーア派最高権威シスタニ師、米・イランの攻撃応酬を非難*****
イラクのイスラム教シーア派の最高権威であるシスタニ師は10日、イラクでの米国とイランの攻撃の応酬を非難、米国とイランの対立でイラクおよび地域の地政学的状況が悪化していると警告した。

(中略)シスタニ師は、(アメリカ・イランのイラクを舞台とした)一連の攻撃は主権の侵害だとし、いかなる外国勢力もイラクの運命を決定することは許されないと主張。

「力と影響力を持つ異なる勢力が行き過ぎた手法を使うことは、危機を定着させ解決を阻むだけである」と述べた。

「直近の危険で攻撃的な行動は、イラクの主権を繰り返し侵すもので、(地域の)状況悪化にもつながっている」と指摘した。

シスタニ師の言葉は、シーア派の聖都カルバラでの金曜礼拝で代理人によって伝えられた。【1月10日 ロイター】
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アメリカにしても、イランしても、主権国家イラク領内で爆殺したり、ミサイルを撃ち込んだりと好き勝手にふるまっており、イラクからすればとんでもない話でしょう。「やるなら自分の国でやってくれ」というのが、まっとうな反応でしょう。

イランも、落ち着きかけた状況を再度悪化させることは“今は”望んでいないでしょう。

ただ、イラク民兵組織がこれで矛を収めるのかは不明です。

****米イラン対立、イラクの民兵勢力が不確定要素に *****
ドナルド・トランプ米大統領が8日、米国とイランは全面衝突を避けようとしていると表明してから数時間後、バグダッドでは民兵が2発のロケット弾を発射し、在イラクの米大使館で警報のサイレンが鳴り響いた。 
 
8日夜のこの砲撃による被害はほとんどなかった。しかし、こうした攻撃は、イランと協力関係にあるイラクの民兵グループが依然として、米国とイランの対立を激化させる役割を演じる可能性があることを示している。 
 
民兵グループは、バグダッドでの3日のドローンによる攻撃への報復として、今もなお米国の犠牲を求めていることを明確にした。 
 
米国の攻撃で殺害されたのは、イランで最も重要な軍指導者のガセム・ソレイマニ司令官1人だけではなかった。イラクの民兵組織のトップであるアブ・マハディ・アル・モハンデス司令官も同時に殺害された。

モハンデス氏は、イラクにおけるイランの先兵として民兵組織を指揮する重要な役割を果たしていた。これら民兵組織は公式にはイラク治安部隊の一部とされているが、しばしば独自の計画を追求する。 
 
イランはこれまでにも、地域の代理勢力としてこれら民兵を利用し、イラン政府と直接結び付けることができないような攻撃を仕掛けたことがあった。イランは、レバノン、イエメンなどでも同様の代理勢力を利用している。 
 
こうした民兵グループがどう動くのかは、現時点でははっきりしない。一部は、モハンデス氏殺害への報復としての攻撃を続けるかもしれない。あるいは、対米圧力の継続を望むイラン国内強硬派の意向を受けて行動し、新たな報復合戦の激化を招くかもしれない。 
 
ロンドンのシンクタンク「国際戦略研究所(IISS)」で国防・軍事分析の研究を進めているヘンリー・ボイド氏は次のように話す。「より広い地域で、よりあいまいな形でのイランによる報復が、より長期にわたって続くと依然予想している。反撃力の持続を示すよう求めるイラン政府への広範な圧力は続いている」 
 
(中略)トランプ氏はイランが「休戦」を望んでいるようだと語った。 だが、イランとイラクの親イラン組織にとってのより長期的な目標は、イラクから米軍を追放することだ。 
 
ある民兵組織の司令官であるカイス・アル・カザリ氏は、イラク議会が5日に米軍の追放を支持する決議を行った直後に米国が軍の撤退を拒否したことにより、「抵抗勢力」は米軍のプレゼンスを終わらせるために行動し、統一戦線を張らざるを得なくなったと述べる。 
 
同氏は声明で、「最初のイランによる反撃は、殉教者であるソレイマニ司令官の暗殺を理由にしたものだ。今度は、殉教者であるモハンデス氏の暗殺に対してイラクが反応する番だ」と指摘。「イラク人は勇敢で熱狂的なため、反撃の規模がイランのものを下回ることはないだろう」 
 
これは強がりに近いかもしれない。イラクの民兵組織は、イランが今週攻撃で使用したような弾道ミサイルも高度な武器も持っていない。 
 
しかし、米国人を殺害する能力は間違いなく持っている。実際、先月にはロケット弾攻撃により、イラン北部の基地で働いていたイラク系米国人の契約業者が殺害された。このロケット弾攻撃は、ソレイマニ、モハンデスの両氏殺害につながる軍事的緊張激化のきっかけとなった。 
 
加えて、アナリストによると、イランはイラクの親イラン組織の一部に短距離弾道ミサイルを提供している。これは既に米国とイスラエルの大きな懸念となっており、イスラエルは親イラン組織の武器庫の一部を標的とした空爆を行っている。 
 
イラクの民兵組織は、先月の在バグダッド米大使館の襲撃も主導した。これを受けて、トランプ氏は2人の司令官を標的としたドローン攻撃を命じた。 
 
米当局者は、イランがイラクの民兵組織に行動を抑制するよう助言していることを示す前向きの兆候が得られていると述べる。 
 
マイク・ペンス副大統領は8日夜のCBSニュースで、「われわれは、イランがまさにそうした民兵組織に米国の標的や民間人に対して行動しないようメッセージを送っているという前向きな情報を得ている。われわれはそうしたメッセージが響き続けることを望んでいる」と述べていた。 
 
イランとしてもイラクの民兵組織の行動を抑制するための動機があるかもしれない。トランプ政権は、イラク内における親イラン武装組織の活動に直接責任があるのはイランだと繰り返し主張してきた。 
 
イラクの親イラン・イスラム教シーア派組織「カタイブ・ヒズボラ(KH)」は、「実現可能な最良の結果は敵対する米軍の追放だが、それを達成する」ために過剰に反応しないよう呼び掛けている。KHはイラク内の米駐留軍に対して多くの攻撃を仕掛けてきたと米国が非難している組織だ。

イラク国会最大の政党連合に属するシーア派指導者ムクタダ・サドル師もまた8日、彼を支持するメンバーに対し、駐留米軍を追放するあらゆる政治的な選択肢を使い果たすまで、いかなる軍事行動も取らないよう要請し、自制を促した。

同氏は米軍によるソレイマニ司令官の殺害に際し、シーア派の反米強硬派民兵組織「マフディー軍」を再び活動させる考えをほのめかしていた。
 
8日にバグダッドの米大使館の敷地内に着弾した2発のロケット弾について、どの組織も声明を出していない。しかし、民兵組織は、KH指導者のモハンデス氏がソレイマニ司令官とともに殺害されたことに対し、報復する方針を明確にしていた。同氏は複数ある民兵組織に関する権限の一元化と統合を目指していた。
 
民兵組織アサイブ・アル・アル・ハク(AAH)グループのリーダーであるカザリ氏は、(中略)同事件への関与を否定した。(中略)

それとは別に同じグループの幹部であるジャワド・アルトレイバウィ氏はイラク国営通信に対し、ロケット弾は単独の行動である可能性があると述べた。(中略)ただし、同氏は、同グループが行動した場合、その内容は「極めて厳しいもの」になるだろうと述べた。
 
アナリストでアブドルマハディ首相の元顧問、ライス・ショッバル氏はロケット弾攻撃について、自分たちの存在を示すことを望んでいるより小規模な組織による攻撃かもしれないと指摘した。

ソレイマニ司令官、モハンデス氏が殺害されたあと、黒い戦闘服を着て武装する小規模グループが、自分たちは新たな抵抗勢力であることを誇示するような映像が何本か流れている。
 
ショッバル氏は「そうしたより小規模な組織にとって、イラク現政権の弱体化は、他国との問題を引き起こすことで自分たちの存在を示す上で極めて好都合になっている」と話す。【1月10日 WSJ】
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【低下するイラク・中東におけるアメリカの存在感 更に低下加速も】

一方、イラク議会が米軍撤退を正式に求めたことは、イラクにおけるアメリカの存在が軽い物になっていることを示しています。そのことは、長期的にみて、イラクへのイランの浸透が更に進むことにもつながるとの指摘も。

****イラクで軽くなった米国の存在 イランとの覇権争いに影****
米・イラン対立の最前線となっているイラク。米国とイランは、2003年のイラク戦争以降、不安定化した同国を勢力圏におさめようと争ってきた。
 
米国は1980年代、中東有数の産油国イラクを、イランに対する防壁とみなしてきた。反米を掲げるイスラム教シーア派の政教一致体制が79年のイラン革命で誕生。米国は、80〜88年のイラン・イラク戦争でイラクを支援した。
 
この構図を崩したのが2003年のイラク戦争だ。フセイン政権が打倒され、同政権下では低い地位に甘んじていたシーア派が、戦後政治の主導権を握った。宗教的につながりの深いイランは、労せずしてイラクに浸透する好機を得た。以降、イラクをめぐる覇権争いはイランのペースで進んでいるといっていい。
 
トランプ米政権は、影響力を保持したまま兵士を帰還させる「名誉ある撤収」を目指しているが、イラン革命防衛隊の司令官殺害はその足かせとなる可能性がある。

司令官殺害を受け、イラク国会は米国を含む外国軍の駐留終了を求める決議を採択した。法的拘束力がないとはいえ、イラクで米国の存在が軽くなっていることは否定できない。米軍撤収後の課題である「イランによるイラク浸透の抑止」はいっそう困難になった。【1月10日 産経】
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ただ、イラク国内での抗議行動の矛先はイランにも向けられており、今回の騒動もあってイラクがイランと距離をとるようになる可能性もあるように思われます。

中東から手を引きたがっているトランプ大統領のもとで、イラクおよび中東における米軍撤退・アメリカのプレゼンス低下が更に加速するとの指摘も。

****緊迫イラン情勢、米軍駐留の行方は**** 
トランプ氏は中東増派の方針だが、長期的には米軍プレゼンス縮小も
 
(中略)だが長期的には、いま作用している力学は反対の効果をもたらし得る。中東における米国のプレゼンスはすでに後退が始まったが、それが加速するかもしれない。 
 
イラク議会は自国領土でイランの司令官が殺害された予想外の空爆に怒りをあらわにし、イラク駐留米軍の撤退を求める決議案を可決した。

この決議に強制力はないため、米軍が無条件にイラクを離れるわけではない。米国は過去16年間にイラクに多額の資金を投じ、多くの若い兵士も犠牲になった。

イラクの政治では現在、親イランのイスラム教シーア派が圧倒的な力を持つが、スンニ派の相当数とクルド人勢力は依然、シーア派組織を抑えるために米軍の駐留を望んでいる。 
 
ただ、米軍に対する敵意の芽生えは、多くのイラク人が米軍を友好的パートナーというより外国の占領軍と見るようになることを意味する。

このためイラクの親イランのシーア派から攻撃されたり、イランの民兵のあからさまな報復の標的になったりするリスクが強まる。こうした状態に踏みとどまるのは困難だ。 
 
トランプ氏はその隣国シリアで米国のプレゼンスを大幅に縮小する決断を下し、米国が中東から手を引きたがっているとの観測が既に強まっている。イラクの米軍が身構える中、シリアでプレゼンスを維持するのは一段と困難になるだろう。シリアに残る米兵はイラクにいる同胞からの支援に頼っているためだ。(中略)
 
トランプ氏は以前から、シリアのみならずアフガニスタンやイラクからも米軍を撤退させたい意向を明確に示してきた。さらに、サダム・フセイン政権打倒を目指した2003年のイラク戦争はそもそも重大な過ちだったと常々考えている。

トランプ氏がこうした感情に突き動かされているように見える限り、微妙な連鎖反応が起こり得る。サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)をはじめとする米国の友好国は、米国が駐留より撤退に強い関心を持っていると感じ始めれば、イラン政権との融和に動く可能性がある。イラン指導部は早くもそうした印象を醸し出そうと努めている。(中略)

目下のところ、多くの連鎖反応がイランに追い風となっている。司令官殺害によってイランでは、米国の制裁による経済の痛みに向かっていた大衆の怒りの矛先が、宿敵である米国そのものへと移った。 
 
隣国イラクでは数週間前、国内へのイランの過剰な影響力に抗議するデモが行われたが、デモ参加者は今や米国の影響力に対して抗議している。イラン指導部はソレイマニ司令官の殺害を理由に、物議を醸す核開発プログラムでウラン濃縮の強化を正当化している。 
 
イラン指導部が賢明であれば、過剰に反応して現時点で米国の大規模な報復を招くことは避けるのが望ましいと考え、こうしたすう勢が続くか様子見しようとするかもしれない。 
 
米国では、バラク・オバマ前大統領がイラクからの撤退に熱心で、実際に2011年に一度は米軍を完全撤退させた。つまり、政治的には共和・民主両党ともそうした方向に流れている。

重要な疑問とは次のようなものになるかもしれない――米国はこの先に待ち受ける困難な日々を通して、中東を安定化させる長期的なプレゼンスを維持する覚悟があるだろうか。【1月7日 WSJ】
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