孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ナイジェリア  「ボコ・ハラム」による虐殺に無力な政府・国際社会

2015-01-15 21:36:40 | アフリカ

(“flickr”より By tangumonkem https://www.flickr.com/photos/62869068@N00/16083052437/in/photolist-qvcRax-pQihAU-qMd3Ki-qMbA5g-pQbiBW-qJSvvA-qLUcpz-qLVhxu-qLNGDD-quuj48-qun8J3-qLQmHr-pPKXCL-qLumdz-qtSdH1-qtUzhx-qLcXNk-qL3FmY-qKX8k6-qKCAtx-qt8Yi2-pNNE3K-qsSxX7-qsS637-pNA9uR-qK7swh-qsiv8f-pMCYqJ-qrTrB7-qJfwFD-pLWfm3-qqXMe8-qLNWPC-qwxxzu-pSjNyK-qwDP8k-qNWxtM-qP6m7p-qNQPzg-pSdN8B-qMPzti-qK8QLi-qHxVKN-qvpW4j-qv1ngt-pQpUo2-quqp9V-qNQBqB-qMbKVA-qsbwdf)

どれだけの人が殺されたか分からない
ナイジェリアのイスラム過激派「ボコ・ハラム」については、1月12日ブログ“ナイジェリア  女児を使った「人間爆弾」 「ボコ・ハラム」の暴力が止まない背景”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150112で、ナイジェリア政府軍の抱える問題などの側面も取り上げたところですが、繰り返される惨劇の直接の原因が「ボコ・ハラム」自身の信じがたい狂気にあることは言うまでもないところです。

1月12日ブログでも触れたように、「ボコ・ハラム」に制圧された北東部ボルノ州バガでは、数百人から最大2000人にのぼる住民が虐殺されたのでは・・・と見られていますが、未だにその全容は明らかになっていません。

****ボコ・ハラム2000人虐殺の恐怖****
テロリストたちは、灌木に逃げ込んだ住民を執拗に追いかけ殺戮した

ナイジェリア北東部の国境地帯に位置するバガは年明け早々から、自動小銃やグルネードランチャー(擲弾発射装置)で武装したイスラム過激派ボコ・ハラムの猛攻を受け、町のほぼ全域が焼き払われた。

バガはチャド湖に臨む漁業の町。ボコ・ハラム対策のために設置されたナイジェリア、ニジェール、チャドの合同部隊が駐留する基地があり、過去にもボコ・ハラムの攻撃を受けてきた。

イスラム法による支配を目指すボコ・ハラムは2009年以降、新指導者の下で過激化し、各地でテロを繰り返してきたが、今回の攻撃は犠牲者数で過去最大規模のものだと、ナイジェリア政府軍は認めている。

死者は数百人から最大2000人にのぼるとみられ、さらに数千人の避難民が発生した。

ナイジェリア政府は、来月14日に実施される大統領選挙の準備に追われ、今のところバガ攻撃について公式なコメントを発表していない。

住民に対して残虐極まりない攻撃が行われたのは、この地域の自警団が政府軍側についたことに対する報復とみられる。バガ周辺には今も多数の遺体が散乱している模様だ。

バガが位置する北東部ボルノ州の州都マイドゥグリまで逃れた生存者たちが今、虐殺の模様を語り始めている。

それによれば、虐殺が始まったのは1月3日。ボコ・ハラムが熾烈な銃撃戦の末に合同部隊を撤退させ、基地を制圧してからだ。

基地を拠点にしたボコ・ハラムはその後何日にもわたってバガとその周辺の村々を繰り返し襲撃した。

ボコ・ハラムは「ほとんどあらゆる方向からバガの町になだれ込み、無差別に発砲し、住民を殺しまくった」と、25歳のトラック運転手イブラヒム・ガムボは地元紙に語った。「他の人たちと一緒に無我夢中で逃げた」

ボコ・ハラムの戦闘員は小型トラックやオートバイで町に入り、灌木地帯に逃げた人々を追いかけて射殺した。犠牲者の多くは、逃げ遅れた女性や子供だった。家に隠れていた人たちは、家ごと焼かれたと伝えられている。

カヌーで湖を渡り、隣国チャドに逃げた人たちもいる。泳いで渡ろうとした人たちの一部は溺死した。湖の中程にある島にざっと1000人がたどり着き、飢えと寒さに耐えていると、国連の難民救援スタッフが報告している。

「逃げる途中、灌木地帯でたくさんの死体に出くわした。集団で逃げて皆殺しにされた人たちもいれば、ばらばらに逃げて殺された人たちもいた。子供や女性の死体もあった。妊娠した女性の腹が切り裂かれた死体も見た」と、ガムボはマイドゥグリの難民キャンプで証言した。

ナイジェリア政府軍は声明で次のように述べている。「2015年1月3日以降の襲撃の数々は、世界中の人々にボコ・ハラムの凶暴さを見せつけた」

最近では、ボコ・ハラムが少女に自爆テロを強要したことも伝えられている。この常軌を逸した殺戮者を止められないのは、国際社会の責任でもある。【1月15日 Newsweek】
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****ボコ・ハラムが「分娩中の女性を殺害」 人権団体****
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは15日、イスラム過激派組織「ボコ・ハラム」が今月上旬にナイジェリア北東部ボルノ州の町村を襲撃した際、分娩中の女性を殺害していたと発表した。

この襲撃は、同組織がナイジェリアで6年余りにわたり続ける武装闘争の中でも最悪の被害を出すものとなった恐れが出ている。

アムネスティが伝えた目撃者の証言によると、同州にあるチャド湖沿いの町バガが襲撃された時、この女性は無差別に乱射された銃弾を受けて死亡した。その際、「男の子の赤ちゃんは、体が半分ほど外に出ていた」という。この銃撃では幼い子どもたちも犠牲となったとされる。

今月3日に始まったボコ・ハラムによる今回の攻撃について、アムネスティは今週、少なくとも数百人の市民が殺害された可能性があり、ナイジェリア軍を支援している自警団員らを標的としたものとみられると発表している。

アムネスティによると、バガから逃げ延びた人たちは町中に遺体が横たわっていたなどと話しており、どれだけの人が殺されたか分からないと証言している。

こうした証言は、地元の当局関係者や、AFPが話を聞いた目撃者らの証言とも一致する。地元当局は襲撃によって大量の死者が出たと述べており、目撃者らも路上で多数の遺体を見たと話している。【1月15日 AFP】
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期待できないナイジェリア政府の対応
ルワンダでのジェノサイドを思い出させるような「ボコ・ハラム」の狂気も理解できないものですが、“ナイジェリア政府は、来月14日に実施される大統領選挙の準備に追われ、今のところバガ攻撃について公式なコメントを発表していない”という政府対応も理解を超えています。

北部辺境で起きている虐殺などには中央政府・政治家は関心がないということでしょうか?

「ボコ・ハラム」に奪われたバガの基地は、隣国のニジェール、チャドなどの国境に近く、各国の合同部隊の司令部として使われていました。基地制圧によって大量の武器や弾薬が奪われた可能性も指摘されています。

ナイジェリア政府軍の士気低下も報じられています。

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・・・・ナイジェリア軍の広報官は10日、バガへの攻撃が、ボコ・ハラムのテロが激化した過去6年間で「最悪」とした上で、「彼らを止めるために、協力しなければならない」と国際社会に支援を訴えた。

だが、ナイジェリア政府は国際的な信用を失っている。昨年10月、ボコ・ハラムと停戦合意に達したと発表したものの、直後にボコ・ハラム側から「我々は誰とも交渉していない」と全否定されたためだ。

さらに、ナイジェリア軍兵士の士気の低下も問題になっている。兵士らには十分な武器や食料が行き渡っていないとされ、戦線を離脱する兵士が続出。昨年12月には軍法会議で、戦闘を拒否した兵士54人に死刑判決が言い渡された。

同国では来月14日に大統領選が予定されており、ボコ・ハラムがさらに攻勢を強めるとの懸念が広がっている。【1月13日 朝日】
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無関心な国際社会
ナイジェリア政府に当事者能力がないということになると、“この常軌を逸した殺戮者を止められないのは、国際社会の責任でもある”ということになります。

しかし、“国際社会”も「イスラム国」対応で手いっぱいという感があり、ナイジェリアで実効ある対応を期待できる状況にはありません。

そもそも世界政府も世界警察もない現状にあっては、一部の国が利害を有する問題でなければ介入する国際的枠組みもありません。国連は近年、“国家主権は住民を保護する責任を伴い、国家がもしその責任を果たせないときは国際社会が代わって責任を果たすべき”という「保護する責任」を打ち出していますが、実際に誰が行動するのか?

何より、国際的世論がナイジェリアの惨状に無関心です。

フランス・パリで十数人が犠牲になったテロに対しては大きく反応した国際世論ですが、ナイジェリアでの数百人から最大2000人にのぼるとみられ虐殺の可能性については殆ど動きがありません。

おそらく、チンパンジーかマウンテンゴリラ十数頭が殺された方が話題となるでしょう。

銃による力が支配する弱肉強食の世界で多くの住民が犠牲となり、政府も国際社会もこれを止められない・・・なんとも無力感に襲われる話です。

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