(川崎重工が建造した世界初の液化水素運搬船「すいそふろんてぃあ」(神戸港)【6月16日 WSJ】
【水素に賭ける日本 2050年までに水素や関連燃料で発電電力の10%を供給】
「脱炭素」に向けた世界的流れが加速する中で、日本が石炭火力の全廃に踏み切れずにいることは、これまでもしばしば取り上げてきました。
また、再生可能エネルギーの安定性やコストなどの日本的問題もあって、今後も原子力に頼る構造になっていることは周知のところ。
一方、自動車産業に関しては、中国などがEVにひた走るなかで、トヨタは水素を利用した燃料電池車や水素エンジンにこだわりをもっているようです。
上記のような状況のなかで、日本が将来的なエネルギーの方向性をどのように考えているのか判然としない・・・と思っていたのですが、日本は「水素に賭けている」そうです。そうなの?
****水素に賭ける日本、エネルギー市場に革命も****
「2050年に排出ゼロ」達成には水素燃料が不可欠 高価で非現実的とみる向きも
日本は輸入した石油やガス、石炭をエネルギー源とする産業基盤を軸に世界第3位の経済を築いた。
だが今、そのエネルギー源の大きな部分を水素に移行する計画を進めている。水素エネルギーは長年、コストがかかりすぎて効率が悪く、現実的ではないと一蹴されてきたが、日本は世界で最も大きな賭けの一つに打って出ている。
日本は今後30年間で事業活動に伴う二酸化炭素(CO2)排出量を実質ゼロにするという目標を掲げており、そうした移行はその達成に不可欠だ。この賭けが成功すれば、世界のサプライチェーンの基礎作りにもなり、ようやく水素がエネルギー源として台頭し、石油や石炭が一段と脇に追いやられる可能性があると専門家らは話す。
水素は過去にも大きな話題を呼んできたが、まだ経済的にも技術的にも克服すべき課題がある。日本のアプローチは何年もかけて化石燃料から徐々に脱却する段階的なプロセスになる可能性が高く、当初はCO2排出量を急激に減らすことにはならないだろう。また、輸入エネルギーへの依存もすぐには解消されない。当初は主に輸入化石燃料から生産する水素を使用する計画だからだ。
しかし、多くの国と同様、日本も太陽光や風力などの再生可能エネルギーだけでは2050年までに排出ゼロを達成するのは不可能なことに気づき始めている。水素は使用時に主要な温室効果ガスとされるCO2ではなく、水蒸気を排出する。再生可能エネルギーが十分に機能しない産業で化石燃料の代わりに使用できる可能性がある。
日本政府は2019年までの2年間で、水素関連の研究開発予算を2倍以上の約3億ドル(約330億円)に拡大したが、この数字には民間企業が投資した数百万ドルは含まれていない。
12月には、2050年までに水素や関連燃料で発電電力の10%を供給するほか、海運や鉄鋼生産など他の用途のエネルギーの大部分をまかなうことを求めた暫定的なロードマップを発表(水素と関連燃料による発電電力は現在ほぼ0%)。政府は今、最終的なエネルギー計画を詰めており、それには水素開発に関する公式目標や概算コストが含まれる可能性がある。
政府は最終的に、補助金制度やCO2を排出する技術の利用を抑制する策を設ける見通しだ。日本の工業大手は、水素を日常生活の一部にしようと船舶やガスターミナルなどのインフラの構築に取り組んでいる。
日本最大の発電会社であるJERAは、石炭火力発電所で水素化合物のアンモニアを石炭に混ぜて燃やすことでCO2排出量を削減することを計画しており、供給の開発に向けて5月に世界有数のアンモニア生産会社と覚書を交わした。
日本の商社は、アンモニアや水素の調達先を探している。また日本郵船などの海運会社は、そうした燃料で稼働する船を設計している。
神戸港には世界初の液化水素運搬船――青と黒で「LH2」と書かれた全長約113メートルの船舶――が、約9000キロメートル離れたオーストラリアに向けた試運転に備えて停泊している。
「事態は一変する可能性がある。日本で突破口が開かれ、日本市場に供給できるようなバリューチェーンを全体的に構築すれば、(世界的に水素が)急速に普及するだろう」。米電力大手NRGエナジーの元最高経営責任者(CEO)でJERAの取締役を務めるデビッド・クレイン氏はこう話す。
水素には大きなメリットがある。一つは、石炭やガス、石油を使用する既存の発電所や機械を改良して使用できることだ。そのため、将来、新エネルギーに移行する際、何十億ドルものレガシー資産を廃棄せずに済む。
また、水素が使用される燃料電池は蓄電池(バッテリー)と比べて同じスペースにより多くの電力を詰め込める。そのため、長距離を移動する飛行機や船舶には水素がうってつけだ。
さらにもう一つのメリットは、水素は日本が主導可能な技術であり、中国への依存を軽減できる可能性があることだ。中国は代替エネルギー大国として台頭し、太陽光パネルやバッテリーの供給量で世界一となっている。(中略)
米国では、一部の州や企業が燃料ステーションなどの水素プロジェクトに投資しているが、まだ散発的な取り組みにとどまっている。
欧州連合(EU)は昨年、独自の水素戦略を導入し、2050年までに水素産業への投資が数千億ドルに達する可能性があるとの試算を明らかにした。ロイヤル・ダッチ・シェルやBPをはじめとする欧州の一部石油会社は、新たな水素プロジェクトを支援している。欧州航空機大手エアバスは今年、水素燃料飛行機3種類の開発構想を明らかにした。
アジアでは、現代をはじめとする韓国のコングロマリットの連合が3月、2030年までに380億ドルの水素関連の投資を行うことを発表した。中国は2022年初頭の北京冬季五輪に向け、数百台の水素バスを準備する計画だ。
だが重要な問題の一つは、水素は自然界には存在しないため、水や化石燃料などの化合物から抽出する必要があることだ。その作業にはエネルギーが必要だ。純粋な水素を製造するために必要なエネルギーは、その水素を消費するときに得られるエネルギーよりも多い。
また、天然ガスや石炭から水素を抽出する最も一般的な製造方法では、大量のCO2が発生する。長期的には、再生可能エネルギー電力を利用した「グリーンな」方法で水素を製造することを目指しているが、現在のところ、その方法は高くつく。
さらに、水素を貯蔵して運ぶのも大変だ。水素はとても軽く、標準温度では非常に大きなスペースを取るため、効率的に輸送するには圧縮または液化する必要がある。水素を液化するには、セ氏マイナス253度まで冷やさなければならない。
だが日本のプランは世界で最も重要なものの一つになり得る。アンモニアを使用するという大胆なアイデアを採用しているためだ。窒素と水素の化合物であるアンモニアもCO2を排出しない。アンモニアは純粋な水素よりも製造にはコストがかかるが、輸送や貯蔵ははるかに容易なため、取引しやすい。また、主に肥料として、既に世界中で大量に生産されているため、水素の問題点の一部を解決できる。
水素やその関連燃料にはその労力に見合うだけの価値がないという批判もある。一部の試算によると、日本で純粋な水素を使用した発電は現在、天然ガスや太陽光を使用した場合の約8倍、石炭を使用した場合の約9倍のコストがかかる。
環境保護団体グリーンピースは、日本のアンモニアを使用した発電計画を酷評している。3月の分析リポートで、この構想は依然として温室効果ガスを排出し、再生可能エネルギーを使用した発電よりも高くつくため、「コストの高いグリーンウォッシュ」だと結論づけた。
フォルクスワーゲン(VW)は、水素を使用した電気自動車(EV)は、バッテリーを使用したものに比べて3倍ものエネルギーを使用すると推計している。米EV大手テスラのイーロン・マスクCEOは、自動車向けの水素燃料電池をばかげていると断じた。
しかし、日本の状況では選択肢が限られている。使用エネルギーのほぼ9割を輸入に頼っているほか、太陽光や風力発電設備の設置余地も限られている。また、2011年の東日本大震災による福島第1原発事故を受け、ほとんどの原発を停止しており、国民は依然として原発におおむね反対している。
経産省が12月に発表した排出ゼロに向けたロードマップでは、数百万トンのアンモニアの輸入を必要としている。
アンモニア戦略を主導する経産省資源エネルギー庁資源・燃料部の南亮部長は、「すごいチャレンジ」だとし、「まだ世界では行われていない取り組みを日本がスタートする」と述べた。
JERAの初期のテストでは、年間約50万トンのアンモニアを必要とする。これは、日本が現在、消費している量の約半分だ。経産省と燃料アンモニア導入官民協議会の予測によると、2050年には日本の年間消費量はアンモニアが3000万トン、水素が2000万トンになる可能性がある。現在、世界で取引されているアンモニアの量は約2000万トンだ。
それだけの供給を開発する手だてを見いだすのは、日本が現在使用している燃料や化学品の多くを輸入している三菱商事や三井物産のような企業の役目だ。
最大の課題は価格だ。政府当局者や業界幹部の推計によると、電力会社が20%のアンモニアを混ぜた場合、石炭を燃やすだけの場合よりも発電コストが24%ほど高くなる。この価格差は、政府の支援やインセンティブがあれば対処可能だと業界幹部は話す。
三井物産は、サウジアラビアが最も安価な調達先になると判断し、同国に大規模なアンモニア工場を新設する可能性を検討している。三菱商事は、北米、中東、アジアのサプライヤー候補と交渉中のほか、日本の複数の海運会社と大型アンモニア運搬船の建造について協議している。
日本郵船は、アンモニアを燃料とする巨大なアンモニア運搬タンカーの予備承認を求めており、2028年までに納入することを目指している。
一方、純粋な水素の使用を加速するための投資も行われている。トヨタ自動車をはじめとする日本の自動車やトラック、重機メーカーは、水素燃料車を推進している。現在のところ、価格の高さや燃料補給ステーションの少なさから、普及は限定されている。(後略)【6月16日 WSJ】
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水素に賭ける・・・非常に野心的な方向性です。その妥当性は素人にはわかりかねますが、敢えて日本が挑戦するというのであれば、失われた二十年だか三十年だか、日本社会・経済が内向き志向になっていることを考えると応援したくもなります。
【燃料電池の航空機利用】
なお、水素を酸素と結合させて電気を取り出す燃料電池は、自動車よりは航空機などの方が現実性があるとも指摘されています。
****しぼむ燃料電池車への期待、空で羽ばたくか****
かつて自動車の燃料として期待が高まっていた水素は、航空機への応用の方が未来があるのだろうか。答えはイエスだ。だが、航空業界が定めた排出ガス削減目標の達成には間に合わないだろう。
ここ1年の動きは、航空業界にとって水素がクリーンな将来へのカギとなるとの考えに一定のお墨付きを与えた。欧州航空機大手エアバスは昨秋、2035年までに水素を燃料とする旅客機の実用化を目指し、コンセプト機3種を発表。
最近では、英スタートアップ企業ゼロアビアが2400万ドル(約26億2400万円)の資金調達ラウンドの一環として、ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)から出資を受けた。エアバスの元幹部、ポール・エレメンコ氏が率いるユニバーサル・ハイドロジェンも、米格安航空会社(LCC)ジェットブルー・エアウェイズやトヨタ自動車傘下のベンチャーキャピタル部門など大手から、2100万ドルを調達した。
水素は数十年にわたり、将来の有力な自動車の動力源になると考えられていた。だが、業界では環境対応車としてバッテリーが主流になりつつあり、水素は米ニコラなど新興勢が進めているトラックや鉄道など、別の分野への応用が模索されている。(中略)
航空業界は当初、電気自動車(EV)革命に強い関心を寄せていた。だが、重いバッテリーを乗せて飛行するのは極めて短距離でない限り、採算が合わないとの認識が幹部に広がり、期待が後退した。
再充電可能リチウムイオン電池の出力エネルギーは、重量1キロ当たり9メガジュール(MJ/Kg)どまりで、ジェット燃料の40 MJ/Kgに比べて大きく見劣りする。
一方、水素は140 MJ/Kgと、目を見張る水準だ。比較的成熟している技術である点も心強い。ユニバーサル・ハイドロジェンやゼロアビアが軽量・小型機に改造している燃料電池(FC)は、キロワット当たり40ドルと、2006年からコストが68%下がった(バーンスタイン調べ)。この水準は自動車にとっては高いが、飛行機ではそうではない。(後略)【5月17日 WSJ】
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もちろん航空機利用にしても技術歴問題は多々あり、実用化はこれからの話です。
【グリーン水素開発競争】
発電にしろ燃料電池にしろ、水素の基本的な問題のひとつは、“天然ガスや石炭から水素を抽出する最も一般的な製造方法では、大量のCO2が発生する。長期的には、再生可能エネルギー電力を利用した「グリーンな」方法で水素を製造することを目指しているが、現在のところ、その方法は高くつく。”ということ。
そうした問題をクリアすべく、化石燃料を使わずにつくられる「グリーン水素」開発も進んでいるようです。
この分野でも中国は意欲的なようで、場合によっては中国が支配する太陽光パネルやバッテリー同様の結果になる可能性も。
****過熱する「グリーン水素」開発競争 行きつく先は?****
温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする「カーボンニュートラル」の達成を競うレースで、ミッシングリンク(失われた環)と見なされている「グリーン水素」。化石燃料を使わずにつくられる「グリーン水素」は、世界中の報道発表や投資計画で盛んに使われるキーワードとなっている。
とりわけ欧州は、この新しくてまだ高価な燃料を使いこなすことを切望している。中国が牛耳っている太陽光と蓄電の技術で後れを取ったためだ。
クリーンな水素(燃焼で生成されるのは水蒸気)は、汚染物質を排出している重工業をよみがえらせる可能性がある。(中略)
世界の最富裕国は「グリーン水素」の生産に太陽光発電や風力発電を利用するなど、さまざまな戦略を発表している。原子力発電の利用を計画している国もある。
■アジアの支配?
膨大なエネルギー需要と輸入化石燃料への重度の依存のため、中国や日本、韓国といったアジアの工業大国は「グリーン水素」に大きな期待をかけている。(中略)
中国が取り組んでいる水素生産モデルは、増えつつある原子炉での発電を当て込んだものだ。だが、現在は石炭を燃料とした電力を使用し、大量の二酸化炭素を大気中に放出している。
エネルギー分野のデータ分析・調査会社ライスタッド・エナジーのジェロ・ファルッジョ氏によると、中国の経済の脱炭素化に対する意欲と低コスト化能力が意味するのは、電気で水を水素と酸素に分解する電解槽の製造を、中国が支配するようになる可能性があるということだ。
だが、欧州もまだ諦めたわけではない。(中略)
■水素開発がもたらす道
業界が熱を帯びる中、すでに具体化しつつある新たな提携や相互依存で、水素は世界のエネルギー地図を一変させる可能性がある。
仏名門ビジネススクールHEC経営大学院で教壇に立つミカ・メレド氏は、今後10年間の問いは、水素の開発の結果、分散化がもたらされるのか、それとも石油輸出国と消費国のような新たな依存関係がつくり出されるのかだと指摘している。 【5月17日 AFP】
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こうしたなかで、日本向けグリーン水素供給として動き出しているのがオーストラリア。
****日本向けグリーン水素供給、予想より早期実現も=豪電力会社****
オーストラリアのクィーンズランド州が所有する電力会社スタンウェルのスティーブン・キルター執行ゼネラルマネジャーは26日、生産に再生可能エネルギーを使う「グリーン水素」を日本に供給するプロジェクトが、現状予想しているよりも早く実現する可能性があると表明した。オーストラリア・エネルギー週間の会合で発言した。
スタンウェルは岩谷産業と組んで、2026年から液化グリーン水素を日本に輸出するプロジェクトを進めている。生産能力3ギガワット(GW)の電解槽を使用し、30年までに生産量を年間28万トンに増やす目標にしている。(中略)
オーストラリアでは今月、ノルウェーの肥料会社ヤラ・インターナショナルとフランス公益事業大手エンジーが、グリーン水素から「グリーン・アンモニア」を製造するプロジェクトで当局の承認を得た。ヤラは発電所へのグリーン・アンモニア供給計画で、東京電力ホールディングスと中部電力が出資する発電会社JERAとも協力している。
化石燃料に頼らないグリーン水素製造は、広大な土地やふんだんにある陽光や風力に恵まれるオーストラリアに向いているとして、企業からの注目が集まっている。ただ化石燃料に対する競争力を得るためには、電解槽や製造に用いる再生可能エネルギーの高コストや、輸送上の技術的障害を克服する必要があるとの指摘も多くの関係者から出ている。【5月28日 ロイター】
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アメリカも開発競争に意欲をみせているようです。
“バイデン米政権、クリーン水素の生産コスト引き下げで目標提示”【6月8日 ロイター】
こうした流れで各国がしのぎを削れば、コストも低下し、水素利用の現実性も増してくる・・・というのは何も知らない素人の楽観的期待です。