(【2019年11月11日 朝日】)
【アメリカ・バイデン政権 「欧州のためにならず」も、制裁は見送り】
****ノルドストリーム2、完成まで100キロ─ロシア副首相=タス通信****
ロシアのノバク副首相は欧州向け天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」がほぼ完成し、残り100キロメートルになったと明らかにした。タス通信が3日伝えた。
ノバク氏は記者団に「ノルドストリーム2の敷設作業が年内までに終了することを期待している」と述べた。【6月3日 ロイター】
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ロシアからドイツへ天然ガスを直送する海底パイプライン「ノルドストリーム2」建設が完成間近になって、アメリカの制裁に続き、対ロシア制裁を惹起したナワリヌイ氏暗殺未遂事件という難題を抱えることになっている・・・という件は、2020年9月17日ブログ“ロシア反体制派指導者ナワリヌイ氏暗殺未遂事件 「ノルドストリーム2」建設をめぐる米独の微妙な立場”で取り上げました。
ロシアからのガス供給は、これまでしばしばロシア・ウクライナ情勢でストップすることがあり、欧州にとっては大きな問題となっていました。
「ノルドストリーム2」は、ロシアとの政治・経済的対立を抱えるウクライナなどを経由せずに、バルト海などの海底を通すもので、事業を進めてきたドイツにとってはエネルギーの安定供給を可能にします。
ただ、欧州がロシア依存を強めることに対し、ロシア警戒感の強い国からは反対の声が上がっています。
通過料が減る経由地ウクライナはもちろん反対。経済的な問題のほかに、ロシアとの対立が続くなかで、ガス供給経由地という“カード”を失うことへの危機感もあります。
また、アメリカも強く反対しており、前政権時に制裁を課して工事を中断させていますが、ロシア依存云々以外に、アメリカ産のガスを欧州に売り込みたいという本音があるとも言われています。
昨年末、ロシアは中断していた工事を再開、ということは、ドイツもアメリカの制裁にもかかわらず事業継続の意思を固めたということです。
これに対し、トランプ前政権は昨年末には制裁を更に強化しようとの動きも。
****米政府、「ノルドストリーム2」向け追加制裁を準備=政権高官****
米政府は欧州の同盟諸国や民間企業に対して、ロシア産天然ガスをドイツへ直送する海底パイプライン「ノルドストリーム2」の建設作業に加わらないよう呼び掛けており、数週間以内に幅広い追加制裁を発動する態勢を整えている。複数のトランプ政権高官が23日明らかにした。
3人の高官は「非常に近い将来」に議会の指示に基づいたノルドストリーム2に対する新たな制裁を打ち出す準備をしていると説明。そのうちの1人は「われわれはこの案件でじわじわとボディーブローを与えてきたが、今やプロジェクトの心臓部を直撃する手続きを踏みつつある」と述べた。
ロシアは今月に入ってノルドストリーム2の建設を再開。既に全区間の90%を完成させた後、これまでの米国による制裁で作業は1年間中断していた。今回の工事はドイツの排他的経済水域(EEZ)内の浅海部分が中心で、100キロに及ぶ未完成区域の大半を占めるデンマーク沖の深海底はまだ手を付けていない。
米政府は、ノルドストリーム2が完成すれば、ロシア産天然ガスに対する依存が高まることで、欧州のエネルギー安全保障が脅かされると主張。ロシアは、米国が制裁を実施しているのは自国の液化天然ガス(LNG)業者の利益に配慮した行動だと反論し、完成を目指す構えを見せている。
こうした対立は、来年1月に米国で政権が交代しても続く可能性がある。米議会はノルドストリーム2反対で与野党の足並みがそろっている上に、バイデン次期大統領は2016年、このプロジェクトは欧州にとって「好ましくない取引」だと発言した経緯があるからだ。さらにバイデン氏は、最近の米政府機関への大規模なサイバー攻撃にロシアが関与した疑いがあることを巡り、同国を改めて批判している。【2020年12月24日 ロイター】
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上記記事も指摘しているように、バイデン政権に代わっても、「ノルドストリーム2」建設反対という立場は変わっていません。
****米大統領、ノルドストリーム2「欧州のためにならず」=報道官****
米ホワイトハウスのサキ報道官は26日、ロシア産天然ガスをドイツへ直送する海底パイプライン「ノルドストリーム2」について、バイデン大統領は欧州のためにならないと考えていると述べた。
サキ報道官は定例記者会見で「バイデン大統領は、ノルドストリーム2は欧州にとって悪いディールであるとの考えを変えていない」と表明。トランプ前政権時代に導入された同パイプライン建設プロジェクトに関する規制を見直すことも明らかにした。(後略)【1月27日 ロイター】
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その後も、“ロシア送ガス管阻止目指す=事業参加企業に制裁警告―米国務長官”【3月19日 時事】というように追加制裁を警告。
しかし、完成目前にきている事業を無理やり止めるということは、ロシアはともかく、同盟国ドイツとアメリカの関係を著しく悪化させます。
****バイデンはノルドストリーム2へ制裁発動できるか****
ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン、ノルドストリーム2の建設を巡っては、トランプ政権時代より、米国はこれを厳しく非難し、制裁法の対象になるとして建設を中止するよう圧力をかけて来た。しかし、建設工事は2019年に一旦停止したが、今年の1月に再開している。
こうした状況を受け、マイケル・マコール下院議員(下院外交委員会共和党筆頭理事)とジム・リッシュ上院議員(上院外交委員会共和党筆頭理事)は、バイデン大統領に制裁法に従いノルドストリーム2に制裁を遅滞なく発動することを求める論説‘Biden Must Follow the Law and Sanction Nord Stream Now’をForeign Policy誌のウェブサイト に3月29日付けで寄稿している。
これはノルドストリーム2の完成を阻止するために2020年と2021年の国防授権法に盛り込まれた制裁法の制裁を遅滞なく発動することを要求しているだけの論説であるが、制裁が未だ発動されていないことに議会共和党がしびれを切らしつつある状況を反映していると考えられる。
バイデン政権もノルドストリーム2には反対であり、去る3月18日、ブリンケン国務長官は「バイデン政権は法律を順守することにコミットしている」と述べ、このプロジェクトに関与している企業には米国による制裁のリスクがあり、直ちに撤退すべきであると警告する声明を発表した。
国務省はこのプロジェクトに関与するパイプライン敷設船と企業の活動状況を定期的に議会に報告することがこの法律で義務付けられており、次回報告の期限は5月17日のようであるので、それまでには決断を迫られるのであろう。(中略)
制裁が発動され、このプロジェクトが頓挫することがあれば、ドイツとの間に深刻な対立が発生する。バイデン政権としては、それは避けたいであろう。
そのために、両国の間で何等かの妥協が検討されているのではないかと思われる。制裁法はまさしくノルドストリーム2を潰すために作られた訳であるから、抜け道を見つけるのは至難である。
議会共和党にはバイデン政権がドイツと汚い裏口の取引をするのではないかと警戒する声もあるようである。事態の打開は困難のように見える。それにしても、このような事態に立ち至る怖れが強いことはドイツには予見出来た筈である。どう対処する積りでいるのか、ドイツの考えていることは甚だ分かりにくい。【4月19日 WEDGE】
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バイデン政権は、上記のように追加制裁発動を求める議会共和党、事業遂行を求めるドイツとの関係で対応に苦慮していましたが、結局、追加制裁を見送ることに。
****バイデン氏、ノルドストリーム2への制裁は欧米関係に「逆効果」****
バイデン米大統領は25日、ロシア産天然ガスをドイツへ直送する海底パイプライン「ノルドストリーム2」の事業会社に対する制裁を見送ったのは、同事業がほぼ完了しており、制裁を発動することで欧州との関係を損ねる可能性があったからだと述べた。
バイデン氏は来月に初の欧州訪問とロシアのプーチン大統領との初会談を控えている。
同事業について記者団に対し、立ち上げから反対してきたとした上で、今年1月の大統領就任までに「ほぼ完了」したため、制裁は見送ったと説明した。
なぜ事業が完了することを容認しているのかとの質問には「第一に、ほぼ完成しているからだ。今、先に進んで制裁を加えることは欧州との関係において逆効果になると考える」と述べた。
バイデン氏はロシアと中国に対抗する統一戦線を構築したい考えで、トランプ前政権下で悪化したドイツや他の欧州同盟国との関係の修復を目指している。
米国務省は先週、ノルドストリーム2の事業会社ノルドストリーム2AGと、同社の最高経営責任者(CEO)でプーチン大統領に近いマシアス・ヴァルニグ氏について、制裁対象となり得る活動に関与したとした上で、米国の国益を理由に制裁発動を見送った。
バイデン氏は自身の懸念について、ドイツは認識していると指摘。「今後、彼らがどのように対応するかについて協力できると私がどれほど強く感じ、願っているかを彼らは承知している」と述べた。
ドイツのメルケル首相は25日、米国の制裁見送りを受け、同事業について、米国とさらなる協議を行うことに期待を示した。【5月26日 ロイター】
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敷設事業は既に約95%が完成しているという状況での無理強い、それに伴うドイツの反発を避けたというところでしょう。
****もはや止められぬ独ロ海底パイプライン 影響の最小化を****
5月19日、バイデン政権は、ノルド・ストリーム2(ロシアとドイツを結ぶ天然ガス・パイプライン)の事業会社に対する制裁を見送ると決定した。バイデン政権がこれほどあっさりとノルド・ストリーム2の完成を阻止する努力を放棄するとは驚きである。
バイデン政権もノルド・ストリーム2に反対の立場を明確にしていた。特に、去る3月18日には、ブリンケン国務長官が「バイデン政権は法律(欧州エネルギー安全保障保護法)を順守することにコミットしている」と述べ、このプロジェクトに関与している企業には米国による制裁のリスクがあり、直ちに撤退すべきであると警告する声明を発表していた経緯がある。
5月19日、国務省は制裁の根拠となる欧州エネルギー安全保障保護法で求められている定期的な対議会報告を議会に送付するとともに、ブリンケン国務長官が声明を発表し、4隻のロシアの船舶と4つのロシアのエンティティに制裁を発動する一方、ノルド・ストリーム2事業会社(スイス所在)については制裁を免除することを公表した。
すなわち、事業会社は制裁の対象となる活動に従事していると認定したものの、制裁法に定めのある大統領の免除権限を使って、事業会社、そのCEOおよび幹部に対する制裁を免除することが国益であると決定した。
5月20日、この決定について問われたホワイトハウスのサキ報道官は、米国がこのプロジェクトに反対であることは明確にしたとしつつも「他国にある95%完成したプロジェクトをどうやれば我々に止めることが出来るというのか?」と述べた。
制裁法は海底パイプラインの敷設に着目し、パイプライン敷設作業に係わる船舶を中心に制裁を組み立てているので、事業会社自体を制裁の対象とすることが当初から想定されていたかどうかは良く分からないが、仮に事業会社に制裁を課せば、プロジェクトを止められたかも知れない。しかし、それではドイツとの関係は破綻する。それを避けたいバイデン大統領の意向が強く働いたことは間違いないであろう。(中略)
ノルド・ストリーム2は、ドイツの言うような単なる商業プロジェクトではない。このプロジェクトの完成を容認する路線に転換した以上、バイデン政権としては、その地政学上の悪影響を極小化する努力が必要であろう。
ウクライナは反発している。ウクライナの軍情報当局高官は「ウクライナ経由の現存のガス・パイプラインは、輸送の機能を担っているだけでなく、ロシアによる侵略の可能性からウクライナを保護する役割を果たしている」と述べている。
ドイツのマース外相は、今回の米国の決定を受け、次の対議会報告までの間に残された時間を使って「プロジェクトの特に問題のある側面」、特に「ウクライナに脅威を感じさせたままになる」ことについて議論し、双方の立場の違いに折り合いをつけるべきだ、と言っている。
この発言は、今後90日の間に、この種のウクライナの脆弱性の問題を米国と協議する方針を示唆したものであろう。ロシアが代替輸送路の強化を利して、ウクライナ経由の欧州へのガスの販路が断たれることを心配することなく、ウクライナに対する侵略的行動を企てることを可能とするような事態を阻止するための何らかの仕組みを米国とドイツで合意することが枢要であろう。【6月8日 WEDGE】
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【バイデン大統領 ロシアの脅威が強まることを警戒するウクライナへの強い支持を示す】
ノルドストリーム2完成によって、ロシアが欧州へのガス供給が止まることを心配することなくウクライナへ進攻できるようになる、そうした事態へのウクライナの警戒感への対処がアメリカ・ドイツ両国には必要になります。
バイデン大統領は電話会談でウクライナのゼレンスキー大統領にアメリカが今後ともウクライナをバックアップしていくことを説明したようです。
****バイデン氏、ウクライナの主権支持強調 ゼレンスキー大統領と会談****
バイデン米大統領は7日、米ロ首脳会談を前にウクライナのゼレンスキー大統領と電話会談を行い、米国はウクライナの主権と領土保全に向け断固として取り組むと伝えた。
米国のサリバン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は記者団に、両首脳が二国間関係などについて協議したと説明した。
米ロ首脳は6月16日にスイスのジュネーブで会談を行う。両国は、ロシアの選挙介入疑惑や人権問題、ウクライナ情勢などを巡り対立が続いている。
ロシアがウクライナ東部の国境付近で兵力を増派する中、バイデン氏は4月に就任後初めてゼレンスキー氏と電話会談を行い、ウクライナに「揺るぎない支援」を行うと表明した。
ウクライナ大統領府が7日に発表した声明によると、ゼレンスキー氏は電話会談でバイデン氏に、ロシア政府は軍の撤退を発表しているにもかかわらず、依然多数の部隊が国境付近に駐留しているとの懸念を伝えた。
両首脳は、ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟などについても協議した。【6月8日 ロイター】
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更に、来月にはゼレンスキー大統領をアメリカに招くとも。
****バイデン氏、ウクライナ大統領を招待 7月に米で直接会談****
バイデン米大統領は7日午後、ウクライナのゼレンスキー大統領と電話で会談し、この夏にホワイトハウスへ招いて直接会談したい意向を示した。サリバン大統領補佐官が同日発表した。
ゼレンスキー氏もツイッターを通し、バイデン氏との電話会談で7月にホワイトハウスへ招かれたことに感謝の意を表した。
バイデン氏は9日から欧州を訪問し、最終日の16日にはウクライナへの攻撃姿勢が指摘されるロシアのプーチン大統領と初めて会談する予定。
ゼレンスキー氏は数日前、米メディア「アクシオス」とのインタビューで、バイデン氏に対してプーチン氏との会談前に直接会談できるよう要請中だと話していたが、実際には欧州訪問から帰った後の日程が設定された。
サリバン氏は、バイデン氏とゼレンスキー氏がこの日、事前に予定されていた電話会談でかなりの時間をかけ、両国関係のあらゆる問題について語り合ったと強調した。
双方の声明によると、バイデン氏はウクライナの主権と領土、北大西洋条約機構(NATO)加盟に向けた取り組みへの支持を改めて表明した。
ゼレンスキー氏はまた、米国から新型コロナウイルスワクチン90万回分が提供されたことにも感謝の意を表したという。
トランプ前米大統領がロシアに融和的な姿勢を示していたのに対し、バイデン氏はプーチン氏との会談でウクライナの問題も提起する構えを示している。【6月8日 CNN】
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アメリカにとっては、ドイツとの深刻な亀裂を抱えるよりは、ウクライナをなだめる方が現実的でしょう。
【エネルギー安定確保へのドイツの強い意思】
ノルドストリーム2建設の一連の経緯を眺めると、たとえアメリカが反対しようが、ロシアに人権問題があろうが、エネルギーの安定確保という国家の根幹に関する問題は譲れないというドイツの強い意思を感じます。
なお、これまでウクライナとロシアの関係が悪化して欧州へのガス供給が止まった際に、ロシアがエネルギーを政治利用しているとの批判がありましたが、この問題は、ウクライナが払うべき対価をロシアに払わずに、勝手にガスを抜き取るなどの違法行為をしていることへのロシアの当然の対応だとの指摘もあります。
“ノルド・ストリーム2は、ドイツの言うような単なる商業プロジェクトではない”との指摘もありますが、上記のような実態を考慮すれば、ノルド・ストリーム2はロシア依存の脅威云々で過度に政治問題化するのではなく、基本的には経済問題としてとらえるべきとも言えます。