(タイ軍事政権のプラユット首相(中央左)や、プレム・ティンスーラーノン枢密院議長(ピンク色のベルト)らの即位要請を受諾したチャクリ王朝第10代国王、ラマ10世(右)。テレビ・プールが放映した映像から(2016年12月1日撮影)。【2016年12月2日 AFP】 国王の影響力の大きさがうかがい知れる写真です。)
【国民人気が影響する国王・君主と国民の関係】
君主・国王の立場は、その国々で様々ではあり、即位に関してはそれぞれルールが定められていますが、国民の権利・意思が重視されるという現在の一般通念によって、過去の絶対王政などとは異なり、国民との関係、もっと平たく言えば“人気”“好感度”を無視できません。
****英女王の体調不良で「次は誰?」のざわめき****
<年末年始の恒例行事の欠席でエリザベス女王には死亡説も。後継者問題が俄然、現実味を帯びてきた>
エリザベス英女王が体調不良でクリスマス礼拝に加えて新年の礼拝まで欠席――そんなニュースが伝えられると、イギリス中を臆測が駆け巡った。世界最長の在位期間を誇る女王が王位を退いたら、いったい誰が跡を継ぐことになるのか?
90歳の今もなお精力的に公務をこなしてきた女王の急な病に、ネット上では女王が亡くなったとの偽情報まで出回った。そして何より話題になったのが、王位継承の問題だ。もしも女王が退位するか亡くなるかした場合、長男で王位継承順位第1位のチャールズ皇太子が跡を継ぐことになる。
68歳のチャールズは、母エリザベスが王位に就いた1952年2月から継承順位第1位にあり、プリンス・オブ・ウェールズ、コーンウォール公爵、ロスシー公爵の称号も持つ。チャールズが王位を継げば、英王室史上最高齢での戴冠になる。
ただし、「コーンウォール公爵夫人」である妻カミラは王妃にはなれないだろう。故ダイアナ妃を苦しめたチャールズの不倫相手だったとして、今も国民の反感がくすぶっている。
チャールズに次ぐ継承順位第2位が、チャールズとダイアナの長男であるウィリアム王子。その長男ジョージ王子は第3位で、第2子で長女のシャーロット王女は第4位になる。チャールズの次男であるヘンリー王子は第5位だ。
英王室では歴史的に、国王の長男が王位を継いできた。継承順位は男子が優先されるが、エリザベスは兄弟がいなかったため、父ジョージ6世の死去に伴い女王になった。
だが男子優先の王位継承法はジョージ王子が生まれる前の2011年10月に改正が合意された。今では男女にかかわらず国王の長子が優先的に王位を継承することになっている。
法に従った継承順位では何の問題もないチャールズだが、むしろウィリアム王子が王位を継ぐべきではないかという議論も高まっている。高齢ながら献身的に務めを果たすエリザベス女王の人気がここ20年で最高レベルに高まる一方で、チャールズはイギリス国民にイマイチ受けが悪い。
「女王の人気は絶大だ。約20年前、特にダイアナ妃の事故死後の対応に批判が集まった頃は、英王室への評価は非常に厳しいものがあった」と、ロンドン大学キングズ・カレッジのロジャー・モーティマー教授は本誌に語った。
そんな状況を地道に立て直してきた女王に比べ、チャールズの評価は一向に上がらない。環境や社会問題などでずけずけと個人的見解を口にしては物議を醸してきたこともマイナスだと、ジャーナリストのジョン・ロイドは指摘する。
好感度の高さから、チャールズを飛び越えて王位継承がささやかれるウィリアム。だがチャールズが息子に王位を譲るという思いも寄らない展開が実現したとしても、ウィリアムが苦労するのは間違いない。【1月12日 Newsweek】
*****************
タイでは、絶大な人気を有していたプミポン国王が死去し、国民人気という点では“相当に問題もあるとされる”長男のワチラロンコン皇太子が昨年12月1日、新国王に即位しました。
****眉をひそめる噂****
そして国民が知る新国王に関するいくつかの情報は、眉をひそめるようなものだ。
「率直に言って、私の息子の皇太子は、ちょっと『ドン・ファン(プレイボーイの放蕩息子)』のようなところがある」――1982年の米ウォール・ストリート・ジャーナル紙のインタビューに対して、前国王妃シリキットはそう語っている。(王室の否定的な記載があるこのインタビューはタイ国内では掲載不可)
もちろんあの、「空軍大将フーフー」のエピソードも忘れることはできない。皇太子時代の3番目の妃スリラスミのペットの白いプードルは、タイ空軍の最高位の称号を与えられていた。昨年フーフーが死亡した際には、仏式にのっとり4日間の葬儀の後に火葬された。【2016年12月1日 Newsweek】
*********************
もちろん、こういう話を表立ってすることはタイでは不敬罪で厳しく取り締まられてはいますが・・・・。
【タイ新国王と軍部の間の緊張関係】
また、タイにおいて権力を握る軍部との関係も、これまで良好とは言い難いものがありました。
タクシン派の復権を徹底して排除しようという軍事政権ですが、新国王はかつてはタクシン氏と緊密な関係があったとも言われています。
そうした事情もあって、プミポン国王死去から新国王即位までに、かなりの空白期間があり、即位時期が明確にされないという状況で、新国王と軍部との緊張関係もとかく“噂”されました。
******************
・・・・プミポン前国王の側近を長年務め、死去後は暫定摂政についたプレム前枢密院議長(96)は、素行などを問題視して後継に難色を示したとされる。国民の人気が高い前国王の次女シリントン王女(61)を推す声もあり、円滑な王位継承が危ぶまれたほどだ。【2016年12月2日 産経ニュース】
*******************
あるいは、皇太子側が軍部に対し、権限保障の注文をつけているとか、世界の王室のなかでも最大資産(約3兆6000億円とも)をめぐる相続問題があるとか・・・いろいろ話はありましたが、真相は知りません。
少なくとも、皇太子と軍部の間が“阿吽の呼吸”で物事が進むような関係にはなかったのは間違いないでしょう。
軍事政権が予定している新憲法への署名、民政移管という今後の政治スケジュールを“人質”して、皇太子側からの要求があったのかも。
いずれにしても、新国王に即位した訳ではありますが、絶大な国民的人気があった前国王時代とは異なる展開が予想されます。
****タイ新国王、どう独自色 政治対立、複雑さ増す恐れも*****
・・・・反タクシン派指導者の一人は「立憲君主制下で国王は、憲法の規定以上の役割は持たない。英女王や日本の天皇と同じだ」と述べ、前国王のカリスマ性やタイ王制の特殊性を強調してきたこれまでの主張を微妙に変え始めている。
一方、クーデター前のタクシン派政権の与党、タイ貢献党の閣僚経験者は「権力構造に変化が生まれるかも知れないという意味で、新国王への期待感もある」と話す。(中略)
■国民との関係、変化?
同時に、国王と国民の関係も変化は避けられない、との見方が多い。
全国をくまなく訪問した前国王に比べ、新国王は人びとから遠い存在だ。3度の結婚、3度の離婚といった私生活も前国王時代の家族のイメージとは異なる。
タイでは、政治が混乱すると、軍が収拾を目的にクーデターで介入してきた。これが可能だったのは、信頼する国王が承認することで国民がクーデターを「秩序回復の一環」と受け入れたからだ。こうした政治文化も変わる可能性がある。(後略)【2016年12月2日 朝日】
**********************
“象徴”“神輿”的な存在として“おとなしくし担がれていて”ほしい軍部や反タクシン派に対し、軍部への一定の発言権・影響力を期待するタクシン派・・・というところですが、新国王が単なる“象徴”“神輿”ではなく、“独自色”を主張するようになると、実権を有する軍部との軋轢も懸念されます。
【政治的な事案への介入に“やる気満々”の新国王? 新たな政治緊張も】
そうした背景からして、新憲法署名をめぐるやりとりは興味深いものがあります。
****タイの新憲法、施行延期可に 新国王側の要望うけ****
タイの国会にあたる国民立法議会は13日、ワチラロンコン新国王側から要望があった新憲法案修正の前段階として、現在使われている暫定憲法を改定し、新憲法の施行期日を延期できるようにした。また、その間の摂政規定も改定した。
昨年8月の国民投票で承認された新憲法案は王宮に送られ、2月6日までに国王の署名を得て施行されるはずだったが、修正に対応するため暫定憲法に「国王が修正の必要に気づいた場合は首相は憲法案の送り返しを受ける」「30日以内に修正して国王に再提出し、承認されれば(憲法は)公布される」「国王が修正を承認しなかった場合は、憲法案は無効となる」などの条文を加えた。
摂政については、国王が国外にいる場合や王務を果たせない場合は摂政を任命する、としている現行規定を改め、国王の意思で摂政を任命しないこともできるようにした。【1月14日 朝日】
******************
詳しい事情は把握していませんが、“新憲法案修正の前段階として、現在使われている暫定憲法を改定し、新憲法の施行期日を延期できるようにした”ということは、新国王は新憲法修正に“やる気満々”のように見えます。
軍事政権側としては、署名スケジュールが押して新憲法が廃案になるようなことは困るので、新国王の要請に応じた・・・というところでしょうか。
現行の暫定憲法に関する「国王が修正を承認しなかった場合は、憲法案は無効となる」などの条文追加というのも、国王が署名しなければ発効しないという点でどれだけの実質的変更があるのかはわかりませんが、敢えて明文化するというところに新国王の権限主張が窺われます。
国民投票で国民が承認した憲法案を、国王が修正できるということが明文化されることにもなります。
ワチラロンコン新国王が新憲法に関してどういう修正を望んでいるか・・・については、具体的には明らかにされていません。
****タイ王室、国王の権限で憲法草案の修正を要請 政府も合意=首相****
タイ軍事政権のプラユット暫定首相は10日、新憲法の草案について、昨年12月に即位したワチラロンコン新国王の権限に関する条項を修正するよう王室から要請があり、政府はそれに合意したと明らかにした。
タイ軍が支持する同草案は、民政復帰に向けて総選挙を実施するという政府の計画の中心。昨年の国民投票で承認され、国王の承認を待っていた。タイは立憲君主制で、国王が公に政治的な事案に介入することは珍しい。
プラユット暫定首相は「国王の権限に関して3、4カ所の修正の求めがあった」とした上で、「この問題は、国民の権利や自由とは何ら関係がない」と記者団に述べた。具体的な修正内容については明らかにしなかった。
ロイターが入手した政府の文書によると、修正の要求には、国王が外遊中に摂政を任命する義務の除外などが含まれるとみられる。
プラユット暫定首相によると、草案修正の手続きは、政府が現在の暫定憲法を修正した後になるため最大で3カ月かかる見通し。今年の年末に予定されている総選挙の日程に変更はないという。【1月11日 ロイター】
*********************
ただ、下記記事のような報道もあります。
****タイ、国王の意向で新憲法案修正=総選挙、来年に先送りへ****
タイ軍事政権のプラユット暫定首相は10日、記者団に対し、昨年8月の国民投票で承認された新憲法案について、国王に関する一部の条項を修正する方針を明らかにした。ワチラロンコン新国王が国王の諮問機関である枢密院を通じ、プラユット氏に修正を求める意向を伝えたという。
プラユット氏によると、新国王は国王の権限に関して「3、4点」の修正を求めた。プラユット氏は「憲法案を修正するためには現行の暫定憲法を改正する必要がある」と指摘。国民投票を実施しなくても新憲法案の修正を可能にするよう暫定憲法を改正した上で、新国王に改めて修正案の承認を求める考えを示した。
プラユット氏は具体的な修正内容を明かさなかったが、関係筋によると、ワチラロンコン新国王は新憲法案に不満を持ち、政治危機発生時に国王が問題解決に関与できるよう求めているほか、王位継承に関しても修正を望んでいるという。
新憲法案の修正作業には数カ月かかる見通しで、民政復帰に向けた総選挙は来年に先送りされることが濃厚となった。総選挙について軍政はこれまで年内に実施する方針を示していた。【1月10日 時事】
********************
“ワチラロンコン新国王は新憲法案に不満を持ち、政治危機発生時に国王が問題解決に関与できるよう求めているほか、王位継承に関しても修正を望んでいるという”・・・・本当にそういう話なら、「この問題は、国民の権利や自由とは何ら関係がない」(プラユット暫定首相)ということではありません。密接に“関係”します。
また、そういう形で新国王が現実政治に積極的に関与したいということになると、軍事政権との緊張が高まることも予想されます。
いよいよ緊張が高まると、「神輿が勝手に歩ける言うんなら歩いてみいや、おう」 【映画「仁義なき戦い」】といったことも・・・。
なお、プラユット暫定首相は「国王陛下が修正を政府に要請されたと報じられているが、そのような事実はない」と怒っているとか。
****首相、「新憲法草案修正」に関する報道を強く批判****
新憲法草案の一部条項を修正する準備が進められていることについて、プラユット首相は1月12日、「国王陛下が修正を政府に要請されたと報じられているが、そのような事実はない」と指摘。報道機関が誤った情報を流していると強く批判した。
これまでの報道では、陛下が国王の権限に関する条項の修正を要請され、政府が修正に向けた手続きを進めているとされている。
だが、首相は、「国王陛下が新憲法修正を政府に求められたというのは事実ではない。それなのにメディアは修正を要請されたと報じている。なぜそのような報道ができるのか」と強い不快感をあらわにした。
首相によれば、陛下はご意向を枢密院に伝えられたのであり、政府に直接伝えられたのではないという。首相自身も「陛下から政府にご要請があった」と発言したことはないとのことだ。【1月13日 バンコク週報】
******************
“政府への要請”と“ご意向を枢密院に伝えられた”と、どう違うのか?・・・よくわかりません。
新国王と政府の間に緊張関係は存在しない・・・ということでしょうか?
いずれにしても、ワチラロンコン新国王は単に担がれるだけの神輿におさまるつもりは毛頭ないようで、今後軍部・反タクシン派とタクシン派の対立が予想される民政移管に向けて、新国王の言動が注目されます。