
(モスク建設に反対する9.11遺族の集会 “flickr”より By El Marco
http://www.flickr.com/photos/imagesofperfection/4706382310/)
【「宗教の自由に対する米国の誓約に揺るぎがあってはならない」】
オバマ米大統領は13日、2001年9月11日の米同時多発テロで崩壊した世界貿易センタービル跡地「グラウンド・ゼロ」近くにイスラム教のモスクを建設する計画を支持する意向を示しました。これについて、同国では宗教の自由と、同時多発テロの被害者への配慮について、議論が巻き起こっていると報じられています。
****米大統領:モスク建設支持 グラウンドゼロ近く*****
米ニューヨーク市の01年同時多発テロ跡地近くに、イスラム教のモスク(礼拝施設)を建設する計画が反発を招いていることについて、オバマ大統領は13日、「宗教の自由に対する米国の誓約に揺るぎがあってはならない」と述べ、建設を支持する姿勢を示した。大統領は「イスラム社会との融和」を掲げており、テロ対策など外交・安全保障上の悪影響を避けるためにも、事態の沈静化を図ったとみられる。
大統領はホワイトハウスで、イスラム教徒のラマダン(断食)明けの夕食会を開催。席上でこの問題に触れ、テロ犠牲者の遺族の苦しみは「想像を絶する」とし、モスク建設に反発が起きていることへの理解を示した。
その上で「米国では他のすべての人々と同じく、イスラム教徒にも宗教(の教え)を実践する権利がある」とし、テロ跡地付近でのモスク建設も含まれると指摘。テロを実行した国際テロ組織アルカイダの理念は「イスラム教ではない」と述べ、一般のイスラム教徒を敵視しないよう求めた。
モスク建設に関しては、市の歴史的建造物保存委員会が今月3日、予定地にあるビル(1850年代建設)を「保存に相当せず」と評決し、法的な障害はなくなっている。
だが、計画への反発は続き、モスクを建設するイスラム団体の代表について、共和党下院の保守強硬派議員らが10日、「同時多発テロを巡り米国を非難した」などとする共同声明を発表。反対派団体は、市内を走る公共バスへの反対広告掲載も計画している。
大統領は夕食会で、モスク建設が市の法律に触れていない点にあえて言及。秋の中間選挙を控え、政治問題化させないための予防線を張ったとも言える。
◇米国民「反対」7割近く
モスク建設は、テロで崩壊したマンハッタンの世界貿易センター跡地(グラウンドゼロ)から2ブロック(約150メートル)北に計画。プール、講堂、レストランなどを併設した地域コミュニティー施設となる予定だ。
米トリニティー大学による米国の宗教別人口推計(08年)では、成人のイスラム教徒人口は約135万人で、90年の約53万人に比べ倍以上に増加。全成人人口に占める割合は0.6%になった。一方、キリスト教徒の割合は86%から76%に低下している。
CNNが11日に公表した世論調査によると、米国民の68%がモスク建設に反対し、賛成の29%を大きく上回っている。【8月14日 毎日】
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モスク建設の話はすでに5月には報じられていました。オバマ大統領はこれまで沈黙を保ってきましたが、3日にニューヨーク市の歴史的建造物委員会が建設を事実上認める決定を下したことを受け、それを支持する姿勢を見せたものです。
【「アラーの名のもとにさらなる惨事を引き起こす、意図的な挑発行為だ」】
****一部の遺族は反発*****
同時多発テロの被害者親族による団体、「9/11 Families for a Safe & Strong America」は14日、大統領の発言に「衝撃を受けた」とコメントし、モスク建設は「アラーの名のもとにさらなる惨事を引き起こす、意図的な挑発行為だ」と非難している。
一方、別の被害者団体「September Eleventh Families for Peaceful Tomorrows」は、5月にモスク建設を「強く支持する」姿勢を明らかにしている。
今月行われたCNNテレビの調査によると、モスク建設に賛成するのは29%、反対は68%だった。
ニューヨーク選出のピーター・キング下院議員(共和党)は、ムスリム・コミュニティーが「権利を乱用し、不必要に人びとを怒らせている」と指摘する。「ムスリム・コミュニティーが、グラウンド・ゼロ近辺にモスクを建てるのは、無神経で心ない行為だ。そして残念なことに、大統領はポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)に屈してしまった」【8月15日 AFP】
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下院のジョン・ベイナー共和党院内総務は、「これは法律や信仰の自由といった問題でなく、歴史上の悲劇に対する配慮という基本的な問題だ」などとする声明を発表し、大統領を批判しています。
身内であるリード民主党院内総務も16日、スポークスマンを通じ、別の場所に建設するべきだとの考えを示し、大統領の意向に反対の姿勢を明らかにしています。
11月に予定されている中間選挙では民主党の退潮が著しいとも言われていますが、世論の反発をみると、今回の問題で更に大統領・民主党は苦しい立場に追い込まれそうです。
【「イスラム教徒に対する米国民の見方を変えることができたら」】
ちなみに、建設する側のニューヨークのイマム(イスラム教の指導者)フェイサル・アブドゥル・ラウフ師は、その趣旨について次のように述べています。
****イスラム教徒以外にも解放、「架け橋」めざす****
モスクにはスポーツ施設や映画館、デイケア・センターなども併設し、イスラム教徒だけでなくあらゆる人に利用を開放する方針で、イスラム教徒たちも地元コミュニティーの一部なのだとアピールしていきたいと語るラウフ師。同師によると米国内でこうした施設はこれまで存在しない。
同時多発テロ以降、アメリカのイスラム教徒たちは世論からも当局からも「テロリズムの温床」というレッテルを貼られ、辛い時を送ってきた。ラウフ師は計画しているセンターが、テロ事件で沈みきったロウアーマンハッタンに活気をもたらすとともに、イスラム教徒に対する米国民の見方を変えることができたらと願っている。【5月20日 AFP】
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【「理想は、辛いときに掲げてこそ・・・・」】
この問題は5月21日ブログ“イスラム社会との関係 アメリカ:「グラウンド・ゼロ」の隣にモスク フランス:「ブルカ禁止法」”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20100521)でも取り上げました。
そのとき、「“イスラム教徒以外にも解放して、アメリカ社会とイスラムの「架け橋」をめざす”というラウフ師の理念は高く評価されるべきものでしょうが、モスクという宗教施設を中心にして「グラウンド・ゼロ」の隣に・・・というのは、現実問題としてはいたずらに軋轢を高める結果にもなりかねません。
もう少し地道な信頼醸成が必要にも思えますが、現実には紛争・テロによって欧米・イスラムの亀裂は深まるばかりです」と書いたように、「また厄介な問題を・・・」というのがそのときの本音でした。
ただ、法的に問題のない宗教施設の建設を差し止めるべきか・・・ということになると、アメリカ国内の反対論はいささかヒステリックにも思えます。
当然の話ではありますが、9.11はアルカイダというテロリストの犯罪であり、イスラム教徒全体の犯したものではありません。
アメリカがイラク・アフガニスタンなどイスラム社会との関係に苦しんでいるのも事実ですが、それだけに、民主主議とテロリズムの問題を、アメリカ対イスラムという宗教的対立にすりかえるのは筋違いであり、イスラム諸国の関係を更に難しくすることにもなります。
すでにイスラム社会ではアメリカ・オバマ政権に対し、かなり批判的な風潮があります。
****イラン核兵器、世論過半数「好ましい」 中東など6カ国****
米メリーランド大学などが中東・北アフリカ6カ国で実施した年次世論調査で、イランの核兵器保有が中東にとって「好ましい」と答えた人が初めて半数を超えた。同大はオバマ米大統領への失望が対立するイランへの共感になって表れた、と分析している。
イランの核兵器保有の影響を尋ねたのは2008年からで、今回が3回目。今年は「好ましい」とする回答が57%に達し、昨年の29%から倍増した。別の問いでは「イランには核開発の権利がある」とする答えが77%に上り、「開発停止への圧力」を支持する回答は20%にとどまった。オバマ政権の中東政策全般については「失望した」が63%で、「期待できる」とした16%を圧倒した。
同大のテルハミ教授は米メディアに「オバマ大統領への期待が消えて反米感情に結びつき、『敵(米国)の敵(イラン)』への支持になった」と指摘した。調査は同大と米世論調査機関ゾグビー・インターナショナルが6月29日~7月20日、エジプトとヨルダン、レバノン、モロッコ、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)で実施し、計3976件の回答を得た。【8月16日 朝日】
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こうした傾向があるため、オバマ大統領もイスラム社会を更に刺激するような建設差し止めには乗れなかったのでしょう。
イスラムのモスクから9.11のテロを連想するというトラウマが多くの人々にあるのでしょうが、それは克服すべきもので、そこにこだわってイスラム敵視になってしまうと不毛の対立に陥ってしまい、結果的に将来の新たなテロといった危険を生みだすことにもなりかねません。
「イスラム社会との融和」「宗教の自由」というのは理想、建前かもしれませんが、憎悪の連鎖を断ち切るために堅持すべき理念です。
「自分たちの理想を守るために戦っているのに、その戦いにおいて自分たちの理想を曲げてしまっては、自分自身を失うことになります。理想を掲げるのが楽な時だけそうするのではなく、そうするのが辛い時に掲げてこそ、自分たちの理想を守ることになります」【オバマ大統領のオスロ演説より】