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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

兇天使(7)

2007-05-29 18:22:48 | Angel ☆ knight
   

 「何だって、ボビーを連れて来たりしたの? ヘラクレス」
アテナの髪は、黒でも金でもない、燃えるような赤だった。つんつんのショートヘアで、これが彼女の地毛である。
「警察がこのガキを探してる。もうこいつの家までつきとめて、帰りを待ちかまえてやがったんだ。こいつの口から姉ちゃんのことを色々聞き出されちゃ大変だからな」
アテナはほうとため息をついた。
「そうなっても、別に心配はないわ。この子はわたしのことなんか何も知らない。アテナという名前と、大体の背格好ぐらいしか話せないわよ。それなのに、こんなところへ連れてきて…これでもう、帰すわけにはいかなくなったじゃない」
言いながら、アテナは二人の子供の方へ目をやった。
「こっちの子は何? 友達?」
「だろうよ。素直に別れて帰りゃいいものを、生意気につっかかってきやがるから」
「それで、一緒に連れてきたの? 相変わらず筋肉脳みそね」
「大丈夫だよ。おれがちゃんと始末する。おれは姉ちゃん達みたいに頭は良くないが、汚れ仕事なら任せてくれ」
「始末って、どうする気なの? この子達がいなくなっただけでも、警察は色めき立ってるわよ。こんなタイミングでわざわざ目を引くようなことをして。しかも、今日はアリオンがここで演説会を開くってのに」
「警察だって、まさかこの家に目をつけやしないよ。ほら、このガキの持ってた携帯も、ちゃんと取り上げて電源を切ったんだぜ」
ヘラクレスは、康の携帯を誇らしげに掲げてみせた。
「そんなのは、初歩の初歩よ」
アテナがまたため息をついた時、背後から声がかかった。
「そんなにガミガミ言うものじゃないわ、アテナ。ヘラクレスが可哀想じゃないの」

ガイアはふくよかな体を揺すりながら部屋に入ってきた。
目尻の下がったやさしげな顔、まろやかな笑みは、「母親」のイメージがそのまま服を着て歩いているようだ。
「おまえは昔から情が剛くていけないよ。そんな風に可愛げなく男を見下すような態度を取るから、よってたかって引きずりおろされるんじゃないか。いつも、あたしが言ってるでしょう。昔から、賢い女は皆、男を上手くおだてて思いのままに操縦するの。そして、こっそり望みを遂げるのよ」
ガイアはにっこり笑って二人の子供を顧みた。
「男を意のままに操る方法はただ一つ、母親になって甘やかしてやることよ。この坊やだって、そうだったでしょう?」
ガイアは、一本気で不器用な娘に、
―まず、子供で練習してごらん。それなら母親の気分になりやすいから。
と、ボビーに爆弾を仕掛けさせるよう命じたのだ。仕事で手痛い挫折を被り、ボロボロに傷ついて戻ってきたアテナは、母親の言うことを素直に聞こうと決めていたようだ。不承不承ながらも、ガイアの指示に従って、ボビーにテロの手伝いをさせた。
「こっちの子がボビーだね? このシャツの縫い取りはアテナがしたの?」
ガイアは二人の子供の前に屈み込んだ。
「二人とも、可愛いこと。子供はこのくらいが一番だわね」
ガイアが二人の頭に手を載せて髪を撫でようとすると、康は一歩後じさった。
「おばちゃま達は、悪い人なんですか?」
「あらあら、子供はものの言い方があけすけだこと。もちろん、違うわよ。悪いのは今の世の中なの。たまたまお金持ちの家に生まれた人ばかりが得をしたり、人種だの性別だの、本人の意思や努力とは関係ないところで色んなことが決まってしまう社会が間違っているのよ。そんなこととは関係なく、一生懸命能力を磨いて、結果を出した人が認められるようにならなければね」
ガイアはそう言って康に微笑みかけたが、康はさらに一歩後ろに下がった。
「おばちゃま達はテロリストなんですか?」
「まあ、随分難しい言葉を知ってるのね。ご本で読んだのかしら?」
「しーくんのお母さんは警察官なんだ」 ボビーが言った。
ガイアは、ひょいと眉を上げた。
「おやまあ。これはとんでもないものを連れ込んだわね。この子自体が爆弾だわ。うっかり始末もできゃしない」
ヘラクレスはそれを聞いて、大きな体を縮こませた。
「ママ。もしかして、おれ、ヘマをやったのかい?」
ガイアはやさしく微笑んだ。
「そんなことはないわ。毒も爆弾も扱い方次第よ。ただ、うんと慎重にやらなければならないだけ。ママに任せておけば大丈夫よ。アテナ。方針が決まるまで、この子達の面倒はおまえが見ておやり。母親のように、やさしくね」

 「ラエルの息子とボビーが『ジュピター』に拉致られただと?」
思いも寄らぬ成り行きに、対テロセクションはざわめき立った。
「多分、そう考えて間違いないと思うわ。康は最近ボビーっていう友達ができて、よく町はずれの丘で遊んでるの。GPSの電波もそこで途絶えてるわ」
「何てこった。奴ら、二人をどこへ連れて行きゃがったんだ」
ダリウスが天を仰いだ時、エースが言った。
「シティ内に、ハデス法務次官かアリオン・T・ジョナス名義の不動産がありますか?」
「あるわよ。一等地にハデスの豪邸が。普通、公務員があんなもの建てたら顰蹙ものだけど、お母さんを大きな家に住ませてあげたかったって、上手く美談に仕立てていたわ」
「ハデス? 何で奴が出てくるんだ?」
ダリウスが怪訝そうにエースを振り返った。
「今、スターリング本部長と一緒に長官に話を聞いてきました。ぼくをコマンダー代行にするというのは、ハデスの考えだったんです。長官がはっきりそう言ったわけではありませんが、上から手を回して圧力をかけたようです。おそらく、それが今回のテロの第一段階だったんでしょう」
「何だと? 一体どういうことだ?」
「実戦経験のない部外者が指揮官になれば、対テロセクションは混乱し、十分な捜査ができなくなります。これが初仕事の『ジュピター』でも、検挙される確率が低くなると考えたんでしょう」
ダリウスは、ぽかんと口を開けた。
「あんたは、今、アリオンの名前も出したな。奴もこの件に一枚噛んでるってのか?」
「今の段階では、まだ推測でしかありませんが」 エースは頷いた。
市長選に出馬した四人の候補のうち、選挙資金が一番乏しいのはアリオンだった。
地方なら戦い方如何で草の根候補が当選することもあるが、エスペラント・シティのような大都市では豊富な資金力を背景に、富裕層の支持を取り付けることが不可欠だといわれている。
「て、まさか、テロと連動した株取引で、選挙資金を稼ぐために…?」
ラファエルも驚愕の表情を浮かべた。
「ええ。さらに、対立候補の支持基盤をテロの標的にすれば、一石二鳥で相手の弱体化も図れます。ブライト市長は革新派で企業とは結びつきがないので、テロリストの要求という形でリタイアさせ、資本家の支持を受けているランドルには爆破テロそのものでダメージを与える。二度目の事件で要求が出なかったのは、そのためでしょう」
実際、ランドルは病院で会った時、エースにすがりつかんばかりにして事件の早期解決を懇願した。
「しかし、それじゃ、いくら何でもあからさますぎやしないか? テロの直前にターゲットの株を売りに出して、ライバル企業の株を安く買っておく。テロの実行で株価が逆転したところで、今度は安値で買った株を高く売るってんだろう? わたしはテロリストだって言ってるようなものじゃないか」 ゼノンが言った。
「いくらミエミエでも、それだけじゃ証拠にはならないわ。そこをきちんと捜査させないために、エースをコマンダー代行にして、対テロセクションの内部がバラバラになるように仕向けたんでしょう。いくらわたしたちでも、仲間内で対立しながらじゃ力を発揮できないもの」
ラファエルの声音に刺はなかったが、ゼノンは苦い表情で俯いた。
エースが言った。
「でも、今二本の捜査線が交差して、全体像が見えてきました。子供達はおそらくハデス邸にいるでしょう。何とか、彼に気取られないよう、屋敷の中を探って貰えませんか。その間に、ぼくは裁判所に令状を請求して、株取引の明細を調べます。その金がアリオンのもとへ流れ込んでいることがわかれば、彼の逮捕状が取れるかもしれません」
「わかった、コマンダー」
ダリウスが初めてエースにそう呼びかけた。

(続く)