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大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

兇天使(4)

2007-05-26 20:57:54 | Angel ☆ knight
  

  その日のシティ病院は、次々に搬送されてくるテロの被害者で野戦病院の様相を呈していた。
ついには輸血パックが足りなくなり、シティ警察の「飛ばし屋エル」ことエルシード捜査官が、ガーネットスター・シティの病院に走って分けて貰ってきた。
スターリング本部長にその礼を言わなければならないが、ドクター・リュティシアが回した番号は対テロセクションのものだった。
エースが電話口に出ると、冷静に、と思いながらも声が尖った。
「今日、おたくの隊員がテロで負傷した患者さんに事情聴取に来たんだけど―」
怒りと疲労が自制心を奪う。マゼンタの瞳が深紅に燃えさかっているのが、自分でもわかった。
「おたくでは、けが人に話を聞く時に、ああいう風にやれって言ってるの? 集中治療室にズカズカ入り込んで、意識が戻ったばかりの患者さんに『思い出せ、思い出せ』って詰め寄ったり、ドクターストップを無視して強引に質問を続けた人もいたわ。たとえ犯人に対してでも、あんな尋問の仕方、医者として許せない。まして、被害者ならなおさらだわ
隊員の名前は聞き出してあった。ダリウス、ゼノン、神奈(カンナ)。
その名を告げると、エースの返答も待たずに電話を叩き切った。

エースは三人の隊員を部屋に呼んで、事実確認をした。
三人は悪びれもせず、「そうしないと情報が取れないから」と答えた。
「ちょっと考えたらおわかりになると思いますが、現場の核心部にいた人ほど、重傷を負っているんです。いちいち十分な回復を待っていたら、捜査は進みません。ましてや、そのまま亡くなられたりしたら、貴重な目撃情報が失われてしまいます。コマンダー・ユージィンも、次のテロを防ぐためなら、多少の無理は甘受して貰うという方針でした」
ダリウスが言えば、神奈も、
「おれたちも対テロ情報は頭に叩き込んでますから、『ジュピター』というグループが初物なのはわかっています。手口だけでも早く割り出さないと、次の犯行を阻止できないでしょう」
と言い募る。神奈は、体は女性だが魂は男性だと主張している。公務員の場合、こういうケースは身体の性別に従った扱いをしてきたが、最近では徐々に本人の申告通りに扱う方向に変わっていた。
「あなたが事情聴取した患者は、その後昏睡状態に陥ったそうです。そのことをどう考えますか?」
エースが厳しい声で言うと、ダリウスは不敵に笑った。
「それは、ぜひとも話を聞いておいて正解だった。今のところ、神奈が聞き出したサングラスの女が唯一の手がかりですからな」
「人は自分が正義に則って行動していると考えている時に、一番傲慢になるものです。こちらに大義名分があるからといって、相手にいかなる犠牲を強いてもいいわけではありません。今後はもっと思いやりのある行動を心がけて下さい」
「思いやりのある行動、とは具体的にどういうものですか?」
ゼノンが聞き返す。
「自分がされたら不愉快なこと、家族や親しい人にされたら許せないことはしないで下さい」
エースが言うと、ダリウスはフフンと鼻を鳴らした。
「おれなら、どんなに重傷を負っていても、次のテロを防ぐためなら証言するし、家族にもそうさせますね。でないと、また何百人という市民が被害を被りますから」
エースとダリウスは、互いにきっと睨み合った。

 ブライト市長は深夜になって記者会見を開き、次期市長選への出馬を断念すると発表した。
「格差固定化是正のための諸政策がようやく端緒についたところで、このように戦わずして退かねばならないのは断腸の思いですが、市民の尊い命と引き換えにできるものではありません。
シティ警察には、一刻も早く、民主主義の根幹を卑劣な暴力によって揺るがそうとする輩を検挙するよう切望します」

この会見の模様は、「ブライト市長涙の会見」のテロップと共に放送された。
ダリウスはTV画面に向かってけっと喉を鳴らした。
「何が涙の会見だ。おれたちが公示期間内に『ジュピター』を一網打尽にすりゃ、また立候補の届出ができるもんだから、しっかりプレッシャーをかけてやがる」
「コマンダー・ユージィンが健在なら、こっちも意地を見せようって気になるんだがな。いかんせん、あの坊やが指揮官じゃ、やる気になれん」
ゼノンが隣で呟いた。
「テロの捜査は、刑事局みたいに時間をかけて推理ごっこをやってりゃいいのとは違うんだ。テレビドラマじゃあるまいし、誰が得をしたかなんて調べてる場合か」
と、神奈も吐き捨てた。

 セイヤはその日の移行訓練が終わると、シティ警察の託児所に向かった。
―テロの捜査で遅くなるから、しーくんを連れて帰って。
と、ラファエルからメールが来たからだ。
しーくん、というのは、康(シズカ)という名の、彼の「弟」だ。セイヤが家を出た後、ラファエルが新たに引き取った子供である。
―おれのこと家族だと思ってるんなら、そういうの、一言相談があって然るべきだと思うけど。
事後承諾で養子縁組の事実を知らされた時に、セイヤは言ったものだ。しかし、ラファエルはけろりとして言った。
―なんで? 下の子作る時に、いちいち上の子におうかがいたてる親なんていないわよ。
―そういうのと、場合が違うだろ。
康と顔を合わせるのは今日が初めてだったが、ラファエルがご丁寧に写真を添付していたので、どれが康かはすぐにわかった。向こうもセイヤの写真を見せられていたらしく、
「セイヤおにいちゃま」
と、駆け寄ってきた。
(誰がおにいちゃまだ。なつくな)
康は小さな黒いリュックを背負っている。両側に白いフェルトの羽が、天使のそれのように広がっていた。
(あの女、おれにはこんな芸の細かいことしてくれなかったぞ)
と思った瞬間、胸がちくりとした。焼きもちを焼いているのかと思うと、やりきれなくなった。
だが、天使のリュックは康の生みの母親が作ってくれたのだという。よく見ると、フェルトの羽はあちこちくたびれかかっていた。
(だよな。あの女にこんなもん、作れるわけないか)
何年ぶりかで訪れた実家は、驚くほど変わっていなかった。
ありあわせの材料で夕食を作ってやると、康は、
「おにいちゃまのごはん、すごくおいしい~」
と、目を細めた。
そりゃそうだろう、とセイヤは思う。ラファエルは、はっきり言って料理が下手だ。
たまりかねて初めて自分で食事を作った時、自分でも驚くほど「自由」を感じたのを覚えている。もう、ラエルのまずい味付けに我慢しなくていい。自分が食べたいメニューを作れる。「自分でする」ということは、「自分の好きなようにできる」ということなのだと、セイヤは実感した。
一口ごとに「おいしい」を連発する康を眺めながら、
(こいつがもうちょっと大きくなったら、簡単に作れる料理のレシピを教えてやろう)
と、セイヤは思った。

 翌朝一番で、エースはシティ病院へ、ダリウス達が事情聴取した患者を見舞った。サングラスの女を目撃した女性はまだ昏睡状態から醒めず、付き添っていたパートナーの男性が、昨日の怒りを爆発させるようにエースに殴りかかった。
かわそうと思えばかわせたが、エースは黙ってその拳を受けた。

(続く)