BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

兇天使(3)

2007-05-25 17:15:25 | Angel ☆ knight
   

 今年最後の桜が散った日に、ボビーの人生は一転した。
両親の姿が消え、痩せてぎすぎすした伯母に連れられて家を出た。
「みんな、好き勝手なことばっかりして、面倒はすべてあたしに押しつける。いつでも貧乏くじ引かされるのは、あたしさ」
伯母は列車の中でずっとそう言い通しだった。
気弱そうな伯父が乗り換え駅でボビーにアイスクリームを買ってやろうとすると、伯母は、
「そんなことはしなくていいよ。これから、この子のためにうんと余分なお金がかかるんだからね」 と言い捨てた。
年の近い従兄弟達は、母親にならって、ボビーを「厄介者」と呼んだ。
厄介者、おまえが来たせいで、おれたちまでお小遣いが減ったじゃないか。
伯父だけは、時々隠れてボビーにおやつをくれたり、誕生日にはこっそりおもちゃを買ってくれた。
だが、おもちゃは翌朝、滅茶滅茶に壊されていた。従兄弟達がやったのだ、とボビーは子供心に確信したが、伯父はボビーが壊したと思ったらしい。悲しげなため息をついて、
「おまえには、もう何もしてやらないよ」 と呟いた。
ボビーはだんだん笑わなくなった。両親が生きていた頃は、笑顔が愛くるしいと評判だったのに、暗く沈んだ表情が張り付いてしまった。成長に合わせて服を与えて貰えないので、シャツもズボンもつんつるてんだった。
ある日、すっかりきつくなった靴の踵を踏んで歩いていると、「ぼうや」と声をかけてきた女がいた。薄い革手袋をはめた手でサングラスをとると、ややつり目のきつい顔が現れた。だが、伯母のように年中苛立っている険はない。
「ぼうや、靴が小さくなっちゃったのね。そんな靴で歩いていたら体にも良くないわ。おばさんが、ちゃんと足に合うのを買ってあげる」
女はボビーをオーガスタ・ショッピングモールに連れて行き、新しいスニーカーとくつしたを買ってくれた。どちらも前のものに似た色とデザインだが、履き心地は格段に違う。
「ありがとう、おばちゃま」
ボビーのやつれた顔に、久しぶりの笑顔が浮かんだ。
「本当は洋服も今日買ってあげたいんだけど、あまりいっぺんに揃えると、おうちの人の目につくから、また今度ね」
ボビーは女に手を引かれてロビーに降りた。女は小さな紙袋をボビーに渡し、
「これを、あの木の後ろに置いてきてくれる?」と言った。
ボビーは鉢植えの観葉植物の後ろにまわりこみ、四角い紙箱の入った袋を置いた。
鉢だけで自分の体の半分ほどの大きさがあり、顔を上げると繁った葉に視界が完全に遮られた。
ふと、女がいなくなってしまうのではと心配になったが、鉢植えと壁の隙間から滑り出ると、彼女はさっきと同じ場所に立っていた。ボビーはホッとして、彼女の元へ駆け戻った。

帰る途中、女はボビーの新しい靴に土や埃をなすりつけた。くつしたは薄汚れるまで履くか、自分で洗濯しろと言った。
おもちゃの教訓があったので、ボビーは素直に頷いた。
「周りに誰も味方がいない時は、決して目立ってはダメ。ひたすら自分の影を薄くして、誰の目にも留まらないようにするの。秘密は自分の胸の中だけに、宝物のように隠しておきなさい。いつか、あなたを迫害した人達を見返す時のために」
女は、アテナ、と名乗った。
「またここで会いましょう。今度はシャツを買ってあげるわ」
アテナがそう言った時、遠くで花火のような音がした。

 どんなにお腹が空いていてもおかわりのできないボビーは、食べ終わるとさっさと食器を洗って部屋に戻る。
だから、居間でテレビを見ながら食事を続けている従兄弟達が、ショッピングモール爆破のニュースに驚き騒いでいることは知らなかった。
床に足を投げ出し、真新しい白い靴下をじっと眺める。育ち盛りの腹はものたりなさを訴えていたが、胸はアテナとの秘密で満たされていた。

 オーガスタ・ショッピングモールに仕掛けられた爆弾は、近頃問題になっている紙箱爆弾だった。小さな紙箱の底に4点センサーがあり、それが接地すると起動する。紙箱の中に入れた化学物質の多寡により、起動から大体10~30分で爆発する。素人でも簡単に作れるので、理学部の学生がブログに作り方を載せてからというもの、いたずら半分に作製する若者が後を絶たない。
だが、ショッピングモールのような人が大勢集まる場所に、ここまで威力のあるものを仕掛けたとなると、いたずらよりもテロを疑うべきだろう。
壁面のガラスが全て吹っ飛び、半分が黒こげになったロビーで、エースは集まってくる情報に耳を傾けた。
爆弾が仕掛けられた場所は、鉢植えの観葉植物と背後の壁の間の隙間だった。爆風は4階まで突き抜け、3名の死者と100人以上の重軽傷者を出した。救助セクションが次々に負傷者を運び出してゆく。
初動捜査には、刑事特捜班からエンジェルとナイトも加わっていた。これまでのところ、脅迫も犯行声明もなく、通常の刑事事件の可能性もあったからだ。
「ちょうどあの鉢植えのあたりを映していた防犯カメラが、爆発で吹き飛んでいますね。偶然なのか、そこまで計算して仕掛けたのか」
ナイトが言うと、エースは、
「病院へ事情聴取に行った隊員から報告が入りました。爆発の約30分前に、爆弾が仕掛けられた鉢植えのあたりをじっと見つめていた黒髪の女性がいたそうです。その女性はサングラスをかけていたので、詳しい人相はわからないそうですが、目撃者はかなり不自然な感じを受けたようです」
ナイトは思わず周囲を見回した。復旧した照明は、商品の色を綺麗に見せる黄みがかった光だ。屋内で、しかも、白色光より暗く感じられるこのような照明の下でサングラスをかけるというのも、考えようによっては不審である。
「防犯カメラに写されることを考慮して、顔を隠したとも考えられますね」
ナイトがそう言ったところへ、本部オペレーションセンターのミリアムから、犯行声明が出たと連絡が入った。
組織名は「ジュピター」。要求は、ブライト市長の次期市長選出馬中止。
―『ジュピター』は、出馬断念の公式発表が行われるまで爆弾テロを続けると言っています」
「世界の首都」といわれるエスペラント・シティの市長選は、世界中がその行方に注目する。現職のブライト市長は、ネオ・アフリカンの革新派で、世界連邦の熱心な推進者だ。市長が計画した第一回世界連邦発足会議開催が呼び水になって、『ライオン・ハート』という過激派グループがシティに毒ガステロを仕掛けたため、再選を狙う次期市長選では苦しい闘いが予想されていた。「ジュピター」の要求は、それに追い打ちをかける内容となっている。
「まさか、レーヴェがまた…?」
「それは、考えにくいですね」
エンジェルの言葉に、ナイトは言った。レーヴェは、『ライオン・ハート』の影の黒幕と目されていた人物で、『金の獅子』航空テロ事件も彼が影でお膳立てしたのではないかと、シティ警察は睨んでいる。
「レーヴェの目的は、市長を追い落として、自分が後釜に座ることですから、今は時期が悪いでしょう。市長選に打って出れば、対立候補に『金の獅子』事件との関わりを追及されるのは目に見えていますからね」
「『ジュピター』というグループについては、何かわかっていることがありますか?」
エースが訊いた。彼は、コマンダー代行就任にあたり、対テロ情報を徹底的に叩き込まれた。グループの名前、特徴、スポンサーとなっている人物や団体、組織間の友好あるいは対立関係などを覚え込んだのだが、「ジュピター」という名前はその中にはなかったようだ。
―それが、対テロ情報共有データベースにも情報がないんです。現在、各地の警察に照会をかけていますが、『不明』の回答が多いです」
と、ミリアムも言う。
「わかりました。もしヒットがないようでしたら、市長選の各候補者のプロフィールと、ここ2週間のオーガスタ株の値動きを調べて頂けますか?」
エースは言った。
「株の値動きというのは?」
通信を終えたエースに、ナイトが訊ねた。エースははにかんだように微笑って、
「犯人の正体がわからないなら、とりあえずこの事件で得をしているのは誰かを探ってみようと思ったんです」と答えた。
「なるほど、捜査の常道ですね」  ナイトは微笑んだ。

(続く)