BE HAPPY!

大山加奈選手、岩隈久志選手、ライコネン選手、浅田真央選手、阪神タイガース他好きなものがいっぱい。幸せ気分を発信したいな

銀の騎士(8)

2007-04-05 14:49:15 | Angel ☆ knight

  「やっとお花見できそうです。やれやれ」

 水央とオリビエの目がランスロットの方を向くと、彼はスターリングの肩越しにひょいとライトを差し上げて照射した。水央は両手で顔を覆って膝を折り、オリビエも肘を上げて目をかばった。すかさず、強行犯課の捜査官が突進して二人を拘束し、リュティシアを奪い返した。

環状道路で『銀の騎士』を追跡しながら、ランスロットは強烈な既視感(デジャヴュ)に襲われた。あのフォーム、あのライン取り。ヤードで何度も一緒に走ったオリビエのものだ。
そう気づいた瞬間、彼の思考もスターリングと同じ道筋を辿った。本部オペセンは全ての情報が集まるところだ。『銀の騎士』がオリビエと劉水央の二人一役と考えれば、全ての謎が解ける。
そのことをスターリングに話したかったが、時間がなかった。ランスロットは一人、オリビエの住む3区の公務員官舎に向かった。『銀の騎士』はやみくもに環状道路からダイビングしたのではない。自宅のある官舎にすぐ逃げ込めるよう、3区に飛び降りたのだ。オリビエのケガの様子からすると、水央に助けられて部屋に戻ったのかもしれない。
官舎から一番近い交番に立ち寄り、制服を借りようとすると、
「ランスさん、そんな着方してたら管理人に怪しまれますよ」
と、シンいう名のぺーぺーに言われてしまった。小生意気だが、気の利きそうな奴だ。
「なら、おまえ、かわりに行ってくれるか?」と言うと、シンは目を輝かせて頷いた。

シンはランスロットの代わりに官舎へ赴くと、見回りと称して駐車場に入った。
管理人の案内で奥へ奥へと歩いて行く。
「ここから直接建物の中へ入れるんですか?」
「あのドアから入れるよ。IDカードを入れるか、暗証番号を押さないとドアは開かないがね」
ドアの横にはカードスロットとテンキーがついている。その奥にはバイク置き場とおぼしき袋小路があった。
「この先は行き止まりですか?」
さりげなさを装って言いながら、シンはバイクの群れに分け入った。
改造ロードマスターは、意外なほど堂々とその中に停めてあった。一見、市販のバイクと区別がつかない。エギゾーストパイプとリアフレームの形状をあらかじめランスロットに教えられていなければ、シンにもわからなかっただろう。まさに、木の葉を隠すなら森の中である。シンは小型カメラで、ロードマスターの写真を撮った。
シンが交番に戻ると、ランスロットはすぐさまロードマスターの写真を貼付したメールをスターリングに送った。これが決め手となって、水央とオリビエの逮捕令状と、オリビエの自宅及び駐車場の捜索令状が出たのである。
ランスロットはさっきまで駐車場で改造ロードマスターの差押えに立ち会っていた。コックピットの計器板に貼られた遮光シールドに目を惹かれる。これでは計器が見にくいこと甚だしい。彼はオリビエがいつも濃いブルーのサングラスをしているのを思い出した。対テロセクションの作戦中に超音波の目つぶしをくらった二人。計器の輝度すら眩しいのでは?
ランスロットは、鑑識からライトを借りて、オリビエの部屋に向かった。

「この野郎、よくもやりやがったな! 薄汚い豚野郎が!」
まだ目をつぶったまま、水央はわめいた。強行犯課の捜査官が三人がかりで彼を取り押さえる。ランスロットは言った。
「なあ、おまえらが最初に言ってたことは一体どうなっちまったんだ? おれは正直、あの犯行声明には共感した部分もあったんだぜ。だが、現場の捜査官同士疑心暗鬼に陥るように仕組むなんて、ちぃと陰険すぎやしねえか? ましてや、ロードマスターに乗りたい一心で同僚を殺したり、市民を盾に取ったりするんじゃな。感情移入もできなくなるぜ」
「黙れ! おまえに何がわかる! 寄生虫みたいにマフィアにたかってただ食いただ飲みをしてる警察の恥さらしが! 組織犯罪対策課の刑事はヤクザと見分けがつかないって、市民はみんな言ってるぞ!」
「否定はしないけどね」 ランスロットは肩をすくめた。
捜査官が水央を引き立てようとするのへ、彼は「待てよ」と声をかけた。
「こいつらは、こんな犯罪を犯してまで言いたいことがあるんだ。最後まで聞いたってバチは当たらないんじゃないか?」
言いながら、ビームサーベルのオレンジの切っ先をしゅっと水央の喉元に伸ばした。
「おまえの方も妙な真似はなしだぜ」
「できたら手短にね。30分以内にオリビエを病院に運ばなければならないわ」
部屋の後方からリュティシアが言った。人質にされたのに、完全に医者の目でオリビエを見ている。さすが本部長のパートナーだな、とランスロットは思った。
水央は燃えるような目でランスロットを睨みつけながら言った。
「死んだ途端にゲイツを尊い犠牲みたいに美化するのはやめろよ。あいつはこすからい点数稼ぎだった。あの作戦の時だって、一番後方にへっぴり腰で控えてたくせに、大物に手錠をかける段になった途端、タイミング良く飛び出してミッション・プライズだ。おれたちみたいに先頭に立って突っ込んでいく奴は大馬鹿だって嘲笑いやがったよ。あんなのがどんどん出世していくシステムでいいのか? そのうち、体張ってテロリストと闘う奴なんか一人もいなくなるぞ」
「だから、ゲイツを殺したのか? オリビエに背格好の似た奴は他にいくらでもいたのに、その中からあいつを選んだのはそういうわけか?」
「それは違うよ、ランス」 オリビエが言った。
「あの時は、ターゲットを選んでいる余裕なんかなかった。ゲイツを襲ったのは、彼がたまたまトイレに入ったからさ」
それを聞いて、ランスロットはふぅーと息を吐いた。
「何てこった。無差別殺人か? それじゃあ、おまえら、ただのテロリストじゃないか」
「そうだよ」 意外な激しさでオリビエが言った。
「対テロセクションにいた頃、ぼくはテロリストの心情が理解できなかった。あいつらは結局、暴力をふるうのが好きなだけで、主義主張は口実にすぎないと思っていた。だが、自分がシステムに対し訴えたいことができて、しかもそれが全く取り合われなかった時にわかったんだ。システムなんか、しょせん既得権者に都合のいいようにしかできていない。合法的な手段じゃなかなか変えられないようになってるんだ。だったら、力ずくで理不尽なシステムを破壊するしかないじゃないか!」

 「何とも身につまされる事件だったな」
ウルフとジュンは、ロードマスターの任務終了後メンテナンスに忙しい。ヴァレリー、ランスロット、エルシードも一緒に作業をしていた。
自分も負傷して救助隊機シルフィードに乗れなくなったウルフには、二人の犯行が他人事と思えないようだ。
「おれの場合は、気圧の変化やGに耐えられないことがわかってるから、まだあきらめがつくが、水央やオリビエみたいなのはきついだろうな。身体能力はたいして変わっていないのに、ライセンスを失わなきゃならないってのは」
「たしかに、明るさに弱い程度なら、アイシールドで何とかなるかもしれないね。アレフに頼めば、いいのを作ってくれそうだ」 ヴァレリーが言う。
「少し場合が違うかもしれないが、オリビエが最後に言ったようなことは、私も感じたことがあるよ。あんまりどの男もけだものみたいだったから、爆弾投げつけてやりたくなったことがあった」
エルシードの言葉に、ジュンは、ロードマスター乗務用の皮ツナギの上からも感じ取れる豊かな膨らみに目をやった。おそらく、話し合いなど無用の受難が何度もあったのだろう。
「なるほど。そういう時に人はテロに走るんだな」
「彼らの刑事責任は刑事責任として、その主張に耳を傾けるべき点があるなら傾けるべきだ。都合の悪い意見を封じ込めようとすると、組織はかえってダメージを受ける。少なくとも、コマンダー・ユージィンは、身長制限をやめるべきだな」
愛車に洗浄水をかけながら、エルシードは言った。
「それは、やめるんじゃない? あの人のことだから表には出さないけど、ゲイツに死なれたのが相当こたえてるみたいだよ」
ヴァレリーは洗浄水のホースをエルシードから受け取って、自分のロードマスターに向けた。
「おたくのボスはどう? 少しは心を入れ替えそうかい?」 
「ありえねえだろ」
ランスロットは、水滴にまみれたロードマスターにドライヤーの温風を吹き付けながら答えた。
「まあ、課長はある意味、別格だからな。マフィアにたかっても取り込まれない強さがある。でも、他の奴は違う。甘い汁吸ってるつもりで、いつのまにか首根っこ押さえられてたり、マフィアと同化しちまってたりする。そうなったら、もう警察官とはいえない」
フロントカウルを乾かしながら、彼はゆっくりと上体を起こしていった。
「おれがマフィアに便宜を図って貰わないのは、自分が弱い人間だってわかってるからだ。おごられればそれが弱みになる。ベーオウルフみたいに、自分の都合でたかったり締め付けたり自由自在なんて芸当はできないよ」
「わたしが『銀の騎士』なら、何をおいてもベーオウルフを襲撃したな」
エルシードが言って、皆が笑った。

 深更になってようやくスターリングとリュティシアは帰宅することができた。
食事をする気力もなく、キッチンのテーブルで暖かいハーブティーを飲んだ。
「…おれは、できる限り署員一人一人の顔を見て、きちんと話をするよう務めてきたつもりだった。叱責する時は、必ず本人を呼んで直接言い分を聴いた。オリビエは、すぐ近くでおれを見ていてくれたはずだったのに、あんな話は一度もしてくれなかったな。まあ、わたしの不徳の致すところで、聞く耳を持ちそうになかったと言われればそれまでなんだが」
リュティシアは、そっとパートナーの肩を抱いた。
「きっと、あの二人は、これまでさんざん上司に失望させられてきたのよ。だから、もう、誰にも期待する気になれなかったんだわ。でも、あのオリビエって人は、自分がロードマスターに乗っているところをあなたに見て貰いたかったって言ってたわよね。どこかで、あなたならわかってくれるかもしれないと感じていたんじゃないかしら」
「だが、わたしはあの二人に手錠をかけることしかできなかった」
「それは仕方がないわ。犯罪を犯したんだもの。でも、今回のことを無駄にしないようにはできるんじゃないかしら」
「そうだね。ぜひ…そうしなければいけないね」
心身共に疲れ果てて、スターリングは目を閉じた。今夜はもう眠る他ない。
朝が来れば、自分はまたシティ警察本部に出勤して、いつもと同じように一日が始まるだろう。その一日を惰性で繰り返してはいけない。よりよい一日にしなければ。オリビエや水央のためにも、ゲイツのためにも。
リュティシアのジャケットの肩に、いつのまにか桜の花びらが一枚張り付いているのに、スターリングは気づいた。

(おしまい)

銀の騎士(7)

2007-04-04 16:36:36 | Angel ☆ knight


 包囲網は、まず、考え得る全ての逃走経路に交通局が検問を張り、封鎖した。次いで、対テロセクションの隊員が少人数に分かれて目当ての建物に入り込み、部屋の周囲や廊下、階段、出入口を固めた。最後にロードマスター隊がひしひしと建物を取り囲む。ここまでくれば、『銀の騎士』も包囲に気づいているはずだ。もはや躊躇は無用。強行犯課の捜査官が銃を手に部屋に踏み込んだ。令状を手にした捜査官が、そこに記載された氏名と罪状を高らかに読み上げる。
「劉水央、オリビエ・マクリーン、強盗、傷害、殺人、強要、殺人未遂、公務執行妨害及び逮捕監禁罪の共同正犯で逮捕する!」
間接照明ばかりで薄暗い室内には、三人の人間がいた。ベッドに横たわったオリビエと、その脇に立つ水央、水央の腕の中で銃を突きつけられているリュティシア。
「人質を放しなさい。そんなことをしても逃げられないことは、きみたちにもわかっているでしょう」
スターリングが杖を片手にゆっくりと室内に入って行くと、水央の唇が持ち上がった。
「さすがに最愛のパートナーの一大事となると、知らん顔を決め込んじゃいられないようだな。まったく、あんたらお偉いさんは、ここまでしないと、おれたちの話を聞こうともしねえ」
「どこでわかりました? 本部長。環状道路でのドッグファイトの時ですか?」
オリビエの声は、水のように静かだった。どこか可笑しがっているような響きすらある。
「あの時はまだわかりませんでした。ただ、『銀の騎士』がわたしの右膝を狙ってきたことは引っ掛かっていた。わたしが以前対テロセクションにいたことぐらいは誰でも知っているでしょうが、負傷の部位まで正確に知っている者はそういない」
スターリングは言った。
「きみに目が向いたのは、リュティシアが拉致されたと聞いた時です。彼女が昨日16区の公設病院に行くことをわたしが話したのはきみだけです。もちろん、診療当番のスケジュールなんか、いくらでも調べられる。だが、きみは昨夜予期せぬ重傷を負った。医者の手が必要になって、きみはとっさにリュティシアのことを思い出したんじゃないですか?」
「ええ、その通りです。医療機関は全て手配されていて、どこにもかかることはできない。対テロセクションが引き上げた後の16区からドクターをさらってくるのが、一番手っ取り早かった」
「この人は、さすが、あんたのちぎれかけた足をつないだ外科医だ。オリビエの体からフロントフォークの破片をきれいに取り出してくれたよ」
「あれだけでは十分じゃないわ」 リュティシアが言った。
「折れたフォークが腸を傷つけて、ひどい出血だったでしょう? もしかしたら壊死している部分があるかもしれないわ。すぐに外科手術のできる病院に運ばなきゃだめよ」
建物の外には救急車が待機している。スターリングは救急隊員を呼ぶよう指示したが、オリビエは首を振った。
「先に話をさせて下さい。手術のどさくさに紛れてうやむやにされては困る」
「そんなことはしない。約束する」
「信用できません」
オリビエの声は、スターリングが初めて聞く響きを帯びていた。オリビエではなく、『銀の騎士』の声だとスターリングは思った。
『銀の騎士』はオリビエかもしれない―いったんそう考えると、あとは驚くほどするすると辻褄が合った。
『銀の騎士』が現れたのはいつも、オリビエが休みを取った日か退庁後の時間帯だった。スターリングがジュリアーニを呼び出したことも、本部長車の警備体制も、16区の工場跡が捜索されることも、オリビエなら知りうる立場にあった。内通者ではなく、現職の警察官が『銀の騎士』だったのだ。
救急隊員が担架を持って駆け込んできた。
「来るな」と、水央が銃をリュティシアに押しつける。
「だめよ。病院へ行って。スターリングは約束したことは守るわ」
その言葉に、水央は顔を歪めるようにして笑った。
「さすが、おしどりパートナーだ。泣かせるな。だが、おれたちは偉いさんてのがどんなものか、骨身に沁みて知ってるんだよ。もう馬鹿はみたくねえ」
水央に強く体を引き寄せられて、リュティシアは小さく声を上げた。杖を握るスターリングの手に力が籠もった。
「おれたちは、何度も何度も手を尽くし、言葉を尽くして訴えたんだ。視力要件を多少下回っても、適性は維持できる。それを証明してみせるからテストをしてくれとな。ロードマスターの仕様変更でライダーの負担は大幅に軽減された。要件そのものを見直したっていいぐらいだったんだ。だが、コマンダーも前の本部長もまるで聞く耳を持たなかった。コマンダーにいたっては、要件を見直すどころか、身長まで新たな条件に加えやがった。たしかに、接近戦になった時は、リーチのある奴が有利ってことはあるさ。だが、体が大きいとマシンに負担がかかるから、スピード勝負じゃかえって不利になる。テロリストが人質をとってビルに立てこもった時なんかは、通風口を通って侵入するが、それだって小柄な人間の方がやりやすいんだ。デカけりゃいいってもんじゃねえんだよ。なのに、あいつは自分と同じタイプの隊員しか評価しようとしねえ」
「だから、ロードマスターに乗ってわれわれを出し抜くことで証明しようとしたんですか? きみたちが現在ライセンスを持っている者と同等かそれ以上にロードマスターを操れることを」
「ああ、そうさ」 水央は言った。
「最初はおれ一人でやるつもりだった。だが、ロードマスターに乗れて、しかも改造まできる人間なんてそうはいないからな。あっという間におれだと見破られて、言いたいことの半分も言えないうちに捕まっちまうだろう」
「それで、きみたちはこのからくりを考えたんですね。『銀の騎士』は、きみたちの二人一役だった。そこに気づかなければ、内通者がいるように見えたり、10㎝の身長差に惑わされて混乱する。それでもきみが捜査線上に浮かび上がるのは避けられないでしょうが、オリビエは死角に入る」
「そうだよ。おれが逮捕されれば、オリビエにもう一度行動を起こして貰えばいい。そうすりゃ、あんたらは誤認逮捕したことになる」
水央はせせら笑った。
彼らの筋書きは次のようなものだったのだろう。
まず、オリビエが自分と背格好の似たジョーイを襲ってロードマスターを奪う。セキネの工場跡で外観を改造し、水央の体格に合わせてセッティングし直す。ジュリアーニを襲ったのは、水央の方だ。彼がスターリングに呼び出されたことをオリビエに知らされ、あの坂の途中で待ち受けた。ジュリアーニがまっすぐに帰宅すれば良し、性懲りもなく繁華街へ向かおうとするなら襲撃するつもりで。オリビエはジュリアーニの後をつけて、彼がどの道を選ぶかを水央に伝えたのだろう。
「暴走族の少年達に永遠子局長の車を襲わせたのもあなたですね」
水央は頷いた。オリビエが本部長車を襲う地点から一番遠い位置で永遠子の車を停めることで、エルシードやランスロットが応援にかけつけるのを遅らせようとしたのだ。おそらく、水央はセキネの工場跡を逃げ出してからずっと、オリビエのもとに匿われていたのだろう。大胆な話だが、公務員の官舎ならまず捜索の対象にはならない。
次はオリビエの番だが、彼にとっては、水央用にセッティングした改造ロードマスターは使いにくい。そこで、自分と体格の似通ったゲイツのマシンを改めて奪ったのだ。
「わたしには、あの殺人がどうしても解せなかった。きみたちは、ジョーイにもジュリアーニにも必要以上のダメージは与えなかったのに、なぜゲイツは殺さなければならなかったのか。あそこで彼と入れ替わろうとするなら、非常に手際よく短時間でやらなければならない。ゲイツに抵抗されれば即失敗でしょう。だから、きみは、同僚のオリビエとして彼に近づいた。そして、全く無警戒のゲイツにスタンガンを押し当て、体の自由を奪った。彼を生かしておけば、『銀の騎士』の正体がばれてしまう。だから、きみは彼を殺したんですね」
オリビエは、黙って頷いた。
「しかし、なぜあの時でなければならなかったんです? そこまでの無理をしなくてもアピールする機会は他にいくらでもあったでしょう」
「あなたに見てほしかったんですよ」 オリビエは言った。
「前任の本部長は、デスクワークしかしたことのない全くの官僚でした。でも、あなたは違う。対テロセクションでロードマスターに乗っていた人だ。あなたなら、ぼくがちゃんとロードマスターを操縦できることを理解してくれると思った。あなたが追いかけてきてくれた時は、胸の内で快哉を叫んだほどでしたよ」
スターリングは目を閉じた。オリビエを責める資格が自分にあるだろうか。自分もあの時、同じような気持ちだったのではないか。
「オリビエ。正直に言えば、わたしもあの時、ロードマスターに乗れて有頂天になっていました。だが、わたしの足はきみとの戦闘に耐えられなかった。ロードマスターは趣味や楽しみで乗る乗り物じゃない。警察の任務を遂行するためのものです。いいとこどりは許されない。ライセンスはちゃんと理由があって失ったのだと思い知らされました」
「おれは、あんたとは違う!」 水央が叫んだ。
「おれは、手も足もどこも痛めちゃいない。今でも完璧に対テロセクションの仕事ができる。現に、あんたらはおれ達に振り回されっぱなしだったじゃないか」
「そうかな?」
スターリングの背後で声がした。
「よう、オリビエ」と、ランスロットが、まるで遊びにでも来たような風情で姿を現した。

(続く)

銀の騎士(6)

2007-04-03 15:24:46 | Angel ☆ knight
 

 一夜明けると、空はきれいに晴れ渡り、雨の名残の水滴が朝日に煌めきわたった。
眩しい光に目を細めながら、スターリングは医務局から本部長室へ向かった。右足につけた固定具と左手に持った杖が一歩ごとにカチャカチャ音を立てた。
本部長室には専用の洗面所がある。購買部で買ったシャツに着替え、乱れた髪を直した。ひどい顔だ。しっかりしなければ。
身なりを整えて出て行くと、ミリアムが申し訳なさそうに緊急の案件を持ってきた。劉水央の指名手配の決裁を仰ぐ書類だ。
水央の住居はまるで引っ越しの直前のように物が少なく、どの部屋もたんねんに掃除したあとがあった。しかし、鑑識課のバキューマーは市販の掃除機の比ではない。吸引された水央のものらしい毛髪が、16区の工場跡に残っていた毛髪と一致した。工場跡からは、もう一種類別の毛髪が発見されていたが、こちらは誰のものか不明である。
スターリングは一瞬、躊躇を覚えた。昨夜、彼が闘った『銀の騎士』は、劉水央とは明らかに身長が違っている。水央はたしか、対テロセクションで任務遂行中に、オリビエと共に目をやられた隊員だ。
「ミリー。オリビエはいるか?」
「オリビエは病欠です」 ミリアムが答えた。
「どうも、インフルエンザにかかったらしくて、大変な時に申し訳ないけれど、周りにうつしてはいけないからと、ひどい声で電話してきました。今週は雪が降ったり、気温の上下が激しかったので、体調を崩したんでしょう」
「そうですか。それは、大事にしないといけませんね」
スターリングはまた書類に目を落とした。水央の自宅から採取された毛髪が16区の工場跡から発見されたものと一致しているなら、彼は今回の事件に何らかの関わりがある可能性が高い。
スターリングは決裁のサインをすると、書類をミリアムに渡した。

「ゲイツ隊員のヘルメットとユニフォームがダスターシュートから見つかった?」
ヴァレリーの報告に、ナイトは眉をひそめた。
今朝、清掃局員が燃えないゴミを回収していてロードマスターのヘルメットを見つけ、「こんなの捨てていいんですか?」と確認してきたという。すぐに燃えるゴミの方も調べたところ、こちらからはユニフォームが発見された。ヘルメットとユニフォームにはそれぞれ通し番号がついているので、誰に支給されたものかはすぐわかる。
「つまり、『銀の騎士』は、ゲイツのヘルメットとユニフォームを着用したわけではないんですね?」
「そうみたい」 ヴァレリーはそれが癖らしい、やれやれと両手を広げるポーズをした。
「おそらく、『銀の騎士』は、自分用のヘルメットとユニフォームをちゃんと持っていたんだろうね」
「ゲイツ隊員の身長は183㎝でしたね」
『銀の騎士』が劉水央なら、ゲイツのヘルメットとユニフォームが体に合うはずはない。無理にそれを着れば他のメンバーの不審を誘うだろう。しかし、ゲイツのものを着用したように見せかけることで、襲撃者はゲイツと体格が似た人間だと思い込ませることができる。
「ただ、本部長が、『銀の騎士』は自分より背が高かったって言ってるんだよね。本部長は179だろう?」
『銀の騎士』とドッグファイトを繰り広げたスターリングの感覚が、実際と違っているとは考えにくい。
「どういうことだろう。『銀の騎士』は劉水央じゃないんだろうか?」
「そうですねえ。上げ底ブーツでそんな激しい戦闘ができるとは思えませんし…しかし、劉水央の毛髪は工場跡から見つかったものと一致していたんですよね」
二人は怪訝な表情で首を傾げた。

 『銀の騎士』がドクター・リュティシアを拉致したというTVニュースを、スターリングは自室で呆然と眺めていた。
工場跡の捜索が空振りに終わり、対テロセクションの隊員も全員引き上げた16区で、公設病院からの帰途を狙ったという。『銀の騎士』からメディアに送られた画像には、背景がわからないようリュティシアが大写しになっていた。衣服はたしかに、彼女が昨日の朝着ていたものだ。マゼンタの瞳に合わせたフューシャピンクのカットソー。まるで戦闘服だなとからかった多機能ジャケット…
―長官と本部長は、『銀の騎士』の要求に対する回答を用意し、午後六時にエスペラント・スタジアムのセンター・フィールドに来い。さもなくば、ドクター・リュティシアの命はない。繰り返す。長官と本部長は…
机上の電話が鳴っていることに、スターリングはしばらく気づかなかった。慌てて受話器を取ると、長官の声が言った。
―ニュースを見たか?」
「はい」
―わたしはテロに屈してのこのこ出かけて行く気はない」
スターリングはごくりと唾をのみこんだ。
―わかったな?」 電話が切れた。

落ち着いて考えろ。色々なことを整理しなければ…
今のニュースは衝撃的だったが、同時にピースがカチリとはまる感触があった。何がそう感じさせたのか?
この事件には2つの流れがある。見せかけと真実と。騙し絵のように、視点を少し変えると、まるで違う絵が浮かび上がってくる。
真実は無理がない。全ての手がかりにシンプルに説明がつき、無理なく整合する。
自分にとって意外かどうかは関係がない。
事実は全ておれの目の前にあった。全てのピースを持っているのは自分だけかもしれなかった。
落ち着いて、一つ一つ、丁寧に考えろ。間違っていたらとんでもないことになる。
捜査本部の誰かに確認を取ることができたら。だが、そんな人間はいない。
いや、一人だけいる。
ランスロットだ。

緊急捜査会議に集まった顔は、どれも衝撃に打ちのめされていた。
『銀の騎士』が乗り捨てたロードマスターには大量の血痕が付着していた。着地の衝撃でフロントフォークが折れ、その先端が腹部に突き刺さったようだ。サスペンションやボディの損傷具合から、何カ所か骨折も免れなかっただろうと推測される。
「そんな大怪我をしていながら、『銀の騎士』は警察の追跡を振り切って姿をくらませ、その日のうちにドクター・リュティシアを拉致したというのか」
コマンダー・ユージィンが苛立たしげに言った。
スターリングは、彼と並んで壇上に座っていた。鏡を見なくとも、自分が蒼白な顔をしているのがわかる。ランスロットの姿は見当たらなかった。まだ3区の捜索から戻っていないのか。至急帰投するよう連絡が回ったはずなのに。
「もう、いいかげん事実に目を向けましょう。この事件は、警察内部に共犯者がいるんだ。六時までにそいつを炙り出して吐かせるしかない」
対テロセクションの隊員の声が部屋に響き渡った。
ナイトがすかさず立ち上がる。
「待って下さい。『銀の騎士』はおそらく、元警察官だった人物でしょう。事件が起これば警察がどんな手を打ってくるか、予測するのはたやすいはずです。簡単に内部の共犯者などと決め付けない方がいい」
「じゃあ、ジュリアーニが呼び出しをくらった事実を『銀の騎士』が知っていたことは、どう説明するんだ。ゲイツ殺害は、内部の者が手引きしなければ不可能な犯行じゃないのか? 共犯者、いや、内通者といった方がいいかもしれん。そいつが捜査情報を『銀の騎士』に漏らし、逃走を助けたんだ。ドクター・リュティシアを拉致したのが内通者だと考えれば、『銀の騎士』が負傷したという所見とも矛盾しない」
隊員は自分の言葉に自分で興奮してきたようだ。
「全署員の携帯通話記録を取り、昨日、16区の工場跡捜索が決定してから対テロセクションが踏み込むまで、そして、本部長がパーティーに出かけるルートや警備体制が決まってからゲイツが殺されるまでに、外部と連絡を取った者を洗い出すんだ。そいつの毛髪が16区からみつかったものと一致すれば、内通者だ!」
「よしなさい」
スターリングが、壇上から声を放った。
「そんなことをする必要はない。内通者などいない」
捜査員達の目が一斉に自分に集まるのを感じつつ、スターリングは続けた。
「よく考えて下さい。『銀の騎士』は最初から、自分が内部情報に通じていることをひけらかしていました。わたしがジュリアーニと話をした当日に彼を襲い、メディアにメールを送りつけた。普通、内部の人間に手引きをして貰う場合、わざわざそちらへ注意を向けるようなことをしますか? そんなことをすれば、警戒が強まって情報を流して貰いにくくなる上に、内通者が特定されれば、自分のことも白状されてしまいます。『銀の騎士』がこれみよがしに情報源の存在をちらつかせたのは、われわれを疑心暗鬼に陥らせるためです。われわれは現場に出れば、互いに命すら預け合わねばならない間柄です。その仲間同士、本気で疑い合ってしまったらどうなります? 一度損なわれた信頼関係が簡単に回復しますか? 『銀の騎士』の狙いはまさにそこにあるんです」
捜査員達の間にざわめきが広がった。
「では、本部長は、内通者については一切追及されないおつもりですか?」 質問が飛ぶ。
「その必要はありません」
「では、6時までに『銀の騎士』を探し出せない場合、長官とご一緒に奴に会うんですか?」
「『テロに屈してのこのこ出て行けない』というのが長官のご意見です」
「じゃあ、ドクター・リュティシアはどうなるんです?」
「午後6時にスタジアムという指定なら、午後4時頃までに『銀の騎士』の潜伏場所を包囲すれば間に合うでしょう。裁判所に逮捕令状を請求しますから、その間に準備をしておいて下さい」
これには、捜査本部全体がどよめき立った。本部長は『銀の騎士』の正体と潜伏場所を知っているのか? 皆の疑問が波動となってスターリングを打った。
スターリングの携帯が鳴ったのはその時だった。

(続く)

銀の騎士(5)

2007-04-02 15:41:58 | Angel ☆ knight

「初めまして。強行犯課のヴァレリーです。春なのにとんでもな事件が起こってやれやれです」
 本部長車が環状道路のカーブにさしかかった時、車の左側をガードしていたロードマスターが突然幅寄せしてきた。
誰もが一瞬、事態を把握できず唖然としている間に、ライダーはビームサーベルを抜き放って、強化ガラス越しにビームを突き刺した。スターリングをかばった二人のSPの肩を、オレンジのビームが貫いて行く。
ロードマスターに乗った対テロセクションの隊員が応戦するより早く、『銀の騎士』は本部長車のタイヤをビームサーベルでバーストさせた。ハンドルをとられ、コントロールを失った本部長車は、まるでビリヤードのように三台のロードマスターをはじき飛ばしながらスピンした。
『銀の騎士』は車体をスライドさせて本部長車から逃れると、一目散に現場から走り去った。

一番近いインターに辿り着くよりも早く後方に迫る気配に、『銀の騎士』は信じられない思いでミラーを見た。本部長車にはねとばされた隊員達は側壁や分離帯に叩きつけられてかなりのダメージを負ったはずだ。すぐに体勢を立て直して追ってこれる者がいるとは思えなかった。
「『銀の騎士』、とまりなさい」と呼びかけながら並びかけてきたのは、何と、スターリング本部長だった。乗り手を失ったロードマスターに飛び乗り、昔取った杵柄で追跡してきたようだ。
『銀の騎士』がビームサーベルでスターリングを薙ぎ払おうとすると、スターリングもビームサーベルを抜いて応戦した。二人はロードマスターに跨ったまま、中世の騎士のようにレーザービームの刃で切り結んだ。ビームがぶつかり合う度に、ルビー色の干渉派が空中にモアレ模様を描く。
ここでがっぷり四つに組むわけにはいかない、『銀の騎士』は思った。時が経てば経つほど不利になるのは自分だ。応援が到着すればひとたまりもない。ルビー色のビームで、『銀の騎士』はしきりにスターリングの右膝を狙った。一刻も早く片付けなければ。

上背のある『銀の騎士』が振り下ろしてくる刃を、スターリングは懸命に受け止めた。劉水央という容疑者は身長170㎝と聞いていたが、眼前の相手は明らかに180㎝以上ある。
全身が汗に濡れ、ビームサーベルを持つ手が滑りそうだった。管理職になってからもトレーニングは欠かしていないが、実戦からは遠ざかっている。早くも息が上がってきた。
(エル、ランス、早く来てくれ…っ!)
スターリングもそうだが、『銀の騎士』もビームサーベルの戦闘には習熟していないようだ。時折見せる隙につけこみたかったが、右膝がもはや焼けつくようで、ロードマスターを上手く操れなかった。『銀の騎士』はそれを見透かしたように、しきりに回り込んでくる。激痛に耐えながらタンクを膝で締めるが、次第に力が入らなくなってきた。
不意に、『銀の騎士』がビームをルビーからオレンジに切り替えた。出力は下がるがその分射程がのびて、ビームの先がスターリングの右膝に突き刺さった。
それで十分だった。スターリングはバランスを崩してロードマスターから転がり落ちた。
『銀の騎士』は素早く反転して走り去る。
起き上がろうとしたスターリングは、閃光のような痛みにまた路上に突っ伏した。
背後からロードマスターのエンジン音が近づいてくる。
「本部長!」と呼びかけてくるエルシードに、スターリングは顔を上げて叫び返した。
「おれのことはいい! 奴を追え!」
エルシードとランスロットは彼の脇を走り抜けた。雨の滴がぽつりと路上に横たわったスターリングの手に落ちた。

 「今度はコロシかよ。何てこった…」
遺体を確認した対テロセクションの隊員が、手のひらで目を覆って呻いた。
殺害されたのは、今夜ロードマスターでスターリングを護衛するはずだったゲイツ隊員だ。首筋にスタンガンを押しつけられて動きを封じられ、首の骨を折られたようだ。死体はヘルメットとユニフォームをはぎ取られて、男性用トイレの個室に放り込まれていた。
「どうやら、『銀の騎士』は、出動前の点呼とブリーフィングの直後に、ゲイツを殺して入れ替わったようだな。そして、環状道路で本部長を襲った」
「しかし、奴はどうやってこんなところまで入り込んできたんだ。いや、そもそも、本部長が市長のパーティーに出席することや、ゲイツが護衛の一人であることを、どうやって知ったんだ?」
現場に集まった捜査員達が口々に言った。
ガードをつけられた四人の外出予定は、現在全て部外秘になっている。警備体制も出発の直前まで明かされない。パーティーの出席者だけなら主催者側から洩れたとも考えられるが、ゲイツが今夜の護衛メンバーであることや出動までの手順は、内部の人間でなければ知り得ないはずだ。
―内通者。
誰も口にしたくない言葉が、汚臭のように現場に立ちのぼった。

 ギリギリと膝を締めつけてくる痛みに耐えながら、スターリングは記者会見に臨んだ。
『銀の騎士』を取り逃がしたというので、会場の雰囲気は険悪だった。辛口コラムで有名な記者が先陣を切って質問を開始した。『銀の騎士』は、いつどうやって対テロセクションの隊員と入れ替わったのか? 襲撃が開始されるまで、ライダーが入れ替わっていることに、誰もまったく気づかなかったのか?
記者達は既にゲイツ隊員が殺害されたことを嗅ぎつけていたが、強行犯課課長のヴァレリーが公式説明を行うと、改めてどよめきが起こった。スターリングも思わず唇を噛みしめる。本部に戻って、ゲイツ殺害の報告を受けた時の衝撃。
護衛隊長はさらに打ちのめされていた。いくらヘルメットを被ってキャノピーを閉じればライダーの顔などわからないといっても、違和感すら感じなかった自分が信じられないと、痛々しく腫れ上がった顔面をひきつらせた。
(おれだって、違和感なんか感じなかった)
スターリングは思った。奴は、対テロセクションの動きと呼吸を完全に身につけていた。それは、『銀の騎士』が実際に対テロセクションに所属していた人間であることを示していた。
「襲撃を受けた後、本部長ご自身がロードマスターで『銀の騎士』を追跡されていますが、その判断は適切だったのでしょうか?」
質問者がインディア系の女性記者に変わった。
「あの状況ではやむをえませんでした」
スターリングは答えた。スピンした本部長車にはじきとばされて、ロードマスターの乗員は皆、頭や体を強打していた。病院でいまだに意識不明の者もいる。自分がロードマスターで『銀の騎士』を追い、応援が着くまで何とかその足を止める。それが最適だと思われた。
いや、本当にそうだったろうか。
あの時、数年ぶりにロードマスターのコックピットに座った自分が感じたのは、再びこのマシンを駆れるという喜びではなかったか。記憶よりも深く体に刻み込まれたテクニックで環状道路を疾走し、『銀の騎士』に追い迫った時、おれはまだこいつに乗れるんだという歓喜がわきあがってはこなかったか。緊急事態にかこつけて、ロードマスターに乗りたいという願望を満たしただけではなかったのか。
「あなたから襲撃を引き継いだ隊員は、『銀の騎士』が環状道路の側壁を乗り越えてダイビングしたのを見て追跡を中止しましたが、その判断は妥当でしたか?」
「あの高さから飛び降りたのではまず無事に着地できません。下の人間に連絡して任せるのが妥当です」
「隊員の一人は高所恐怖症だということですが…?」
そんなことまで調べているのか。
―御社にも、高所恐怖症だが立派に記者を務めている人が何人もいるんじゃないですか!
スターリングは大声でわめきそうになるのを懸命に堪えた。膝の痛みが自制心を奪い去ろうとする。痛みは、まるでそこに心臓があるかのように大きく脈打っていた。
「その後の捜索で、損傷したロードマスターが落下地点の近くで発見されました。ロードマスターには血痕が付着しており、『銀の騎士』はダイビングの際負傷したものとみられます。現在、市内の全ての医療機関に緊急手配をしています」
「だが、まだ『銀の騎士』は発見できていない?」
「鋭意捜索中です」
スターリングはいつのまにか汗まみれになっていた。『銀の騎士』と環状道路でドッグファイトをしていた時のようだ。長官はその隣で、われ関せずという顔で沈黙している。
几帳面そうな眼鏡の記者が細かな点を確認した。
「本部長を襲撃する際に使われたロードマスターと、ジョーイ巡査が奪われたロードマスターは別の車両なのですか?」
「そうです」
「最初に奪われたロードマスターは発見されたのでしょうか?」
「いいえ。ロードマスターの隠蔽及び改造に使用された工場跡はつきとめましたが、ロードマスターは持ち去られた後でした」
「それは、捜査情報が事前に『銀の騎士』に洩れていたからですか?」
長官が不意に立ち上がって、口を開いた。
「もう時間だ。会見は終了」と言って、すたすたと歩き出す。
記者達の怒号に追い立てられるようにして、スターリングも会場からよろめき出た。

 本部オペセンには、チーフ・オペレーターのミリアムしかいなかった。
「オリビエ、もう帰ったの?」 ランスロットが戸口から声をかけると、彼女はキーボードを打つ手は休めず、顔だけをこちらに向けた。
「彼は今日は早番だったから、本部長がパーティーに出発される前に上がりだったわよ。彼に何か用?」
ランスロットは部屋へ歩み入り、
「どっちかっていうと、本部長に話があるんだけど、いらっしゃる?」
と本部長室の方へ指を向けた。スターリングが本部長に就任してから、部屋は開放的な構造に改造され、オペセンとはパーティーションで仕切られているのみだ。
「本部長は医務局よ。記者会見の後、軽い貧血を起こされて、発熱もしていたみたいだったから、ドクター・ホーネットが無理矢理ベッドに縛り付けているわ」
「その方がいいだろうね」
ランスロットもモニターで記者会見を見ていた。画面に映ったスターリングは無惨に憔悴していた。傷の痛みもあるのか、何度も苛立たしげに顔を歪める。いつも穏やかな彼のそんな表情を見たのは初めてだった。
ミリアムも会見を見ていたらしく、憤懣やるかたないという口調で言った。
「あの長官の態度、何? 自分は関係ありませんて顔して、受け答えは全部本部長に押しつけて」
「都合の悪いことを訊かれた途端に切り上げちゃうところも、さすがだったね」
その言葉に、ミリアムもくすっと笑った。
「医務局へ行ってみる? 少しなら話ができるかもしれないわ」
「いや、もう出なきゃならないから」
ランスロットは腕時計を覗いて、オペセンを出た。これから、『銀の騎士』がダイビングを敢行した第3方面区の捜索に向かうのだ。3区はほとんどが住宅街だ。ごちゃごちゃと民家が密集しているダウンタウン、公務員の官舎が林立するアップタウン。その街並みに、『銀の騎士』はまたも杳としてかき消えてしまった。
廊下に出ると、いつのまにか強くなっていた雨の音が耳を打った。

 リュティシアは傘の柄を首ではさんで公設病院のドアに鍵をかけた。
スタッフが帰った後も一人でカルテの整理をしていて遅くなってしまった。
今日はやけにロードマスターの姿が多いと思ったら、8時のニュースで『銀の騎士』がゲイツ隊員を殺害してスターリングを襲撃した事件と、その後の記者会見が流れた。
事件の衝撃と、スターリングが無事だったことへの安堵がないまぜになり、憔悴しきったパートナーの様子が胸を刺した。
今からでもシティ警察本部へ行ってみよう。中に入れるかどうかわからないが、途中であの人の好きなハーブティーを買って…
背後に人の気配がした。振り返るより早く、リュティシアは手袋をした手に口と鼻をふさがれていた。

(続く)

銀の騎士(4)

2007-04-01 17:32:15 | Angel ☆ knight
  

 第16方面区。通称「スラム」。エスペラント・シティ発祥の地だが、その後、シティが他の15の方面区へ拡大・発展していく中で取り残されてしまった。
捜査本部のスクリーンに大写しになった地図にも、朽ち果てた街の残骸が黒ずんだ染みをつくっていた。
フェンスの先端に付着した白い塗料は、ロードマスターの塗装であることが判明した。
バーナーでフェンスを焼き切り、まだ金網が熱いうちに通り抜けたので、塗料が溶けて付着したようである。
「フェンスの先の路地は、16区のこの地点に続いています」
ランスロットが手元のプロジェクターをタッチペンで辿ると、スクリーンの地図に赤い線が現れた。
少年の頃、ランスロットはこの道を逆に走って第2方面区へ抜け出した。海に向かって開けた港湾部のたとえようもない開放感。船が運んでくる積み荷の中には、白日の下では取引できない物もある。それがランスロット達の獲物だった。中古のオートバイでも、搬送路の迷路に逃げ込んでしまえば追いつかれる心配はない。全ての道筋を把握しているのは自分達だけだった。
いつからか、彼らと同じ荷を狙うグループが現れた。やはり16区の少年達で構成されており、リーダーはランスロットよりいくつか年長の、イースト・エイジアンの少年だった。たしか、「ミズオ」と呼ばれていたのではなかったか?
その少年が劉水央なのかどうかはわからない。
わかっているのは、彼らが少年時代、「けもの道」と呼んでいたあの道を、『銀の騎士』も知っていたということだけだ。
次いで、ランスロットはタッチペンで地図の上に赤い印をつけていった。
「ここはチーム・セキネのファクトリー跡です。こっちは個人の整備工場だったところ。こちらはニコイチ業者の作業場跡です」
「チーム・セキネ? 最強のプライヴェーターといわれたオートバイ・チームか?」
レーシング・ドライバーの経験もあるエルシードが訊いた。二輪でも四輪でも、レースで上位を独占するのはワークスといわれるメーカーチームだ。メカは何につけ資本がものをいう。何億もの巨費を投じたワークスマシンに太刀打ちできるプライヴェート・チームなど、滅多にいるものではない。セキネはほぼ唯一の例外だった。
市販のオートバイに、独自の技術で改造を施し、ワークスの牙城を切り崩すほどの性能を発揮させる。名チューナー・関根正人(セキネ・マサヒト)の名は、オートバイに乗る者なら誰でも知っているだろう。
「だが、セキネは代替わりしてダメになりました。ワークスのお抱えチームになり、経営は楽になったが技術は失われていった。このファクトリー跡は、セキネがまだ純粋なプライヴェーターだった頃に使っていたものです」
メーカーに抱え込まれた時に、それまでの設備はほとんど置き去られたので、ランスロットもよくそこに忍び込んでオートバイを改造した。防音構造も施されているので、今回の犯行にはうってつけの場所だろう。
「なるほど。そこが大本命だな」 対テロセクションのコマンダー・ユージィンが言った。ライオンのたてがみのような豊かな髪。堂々たる体格の偉丈夫だ。
「すぐにランスがマークしてくれた場所の権利関係を法務局に照会しろ。権利者がいる建造物については、大至急令状を取れ。準備が整い次第、第16方面セクションが包囲する」
この発言に、強行犯課の刑事達がざわめいた。対テロセクションが16区で『銀の騎士』を捕らえたら、いいとこどりで手柄をもっていかれてしまう。
ロードマスターのライセンスを持っているヴァレリーだけでも包囲陣に加えるべきだという意見が、強行犯課から飛び出した。しかし、
「ヴァレリー課長には、刑事局長の護衛をお願いしなければなりません。局長と本部長は、今夜、市長主催のチャリティーパーティーに出席する予定です」 
ナイトが言い、
「またチャリティー? あの市長も好きだね」
ヴァレリーが両手を広げて笑った。
不満げな強行犯課の捜査官達も、文句を言っている暇はなかった。劉水央宅の捜索令状が出ている。上手くいけば、今夜中に『銀の騎士』の身柄と裏付け証拠の両方が手に入るかもしれない。捜査本部全体に緊張と興奮が漲った。

 今夜、16区に包囲網が張られると聞いて、スターリングはふとリュティシアが心配になった。16区の公設病院に診療に行く日だと聞いていたからだ。
公設病院は、生活困窮者が低額の費用で治療を受けられるよう、市内数カ所に設けられており、医療関係者有志が交代で診療当番を担当している。スターリングはリュティシアに、『銀の騎士』事件に巻き込まれないよう、それとなく「注意しろ」と伝えたい衝動にかられた。
しかし、事は捜査の機密に関する。特に今回は、警察の内部情報が漏れている疑いがあるのだ。漠然とではあれ外部の者に告げるわけにはいかない。
「大丈夫ですよ。工場跡がある区域は病院からはかなり離れていますから」
オリビエが笑いながら言った。
「それよりも、ご自身のことを心配なさって下さい」
と、今夜のパーティーの警護体制について説明を始めた。
『銀の騎士』の犯行声明以降、長官、本部長、刑事局長、ベーオウルフの四人には、それぞれSPと対テロセクション隊員がつけられている。メンバーは随時変更され、その都度本人に伝えられる。この日は、SP4人、ロードマスター4台の警護体制だ。
出発の時間がくると、スターリングは両脇をSPに固められ、車の前後左右を対テロセクションのロードマスターに護られて、環状道路内回り1号線にのった。

麻上永遠子は、SPを追い返し、ナイトの運転する車の後部座席に一人で乗り込んだ。
「局長、それでは…」
「いいのよ。側に人がくっついていない方がいざという時動きやすくて」
永遠子はうるさげに髪をかきあげた。ボディガードにぴったり張り付かれる生活に、そろそろストレスが溜まってきたようだ。
エンジェルは運転手がやられないよう助手席でナイトをガードする役目、ランスロット、エルシード、ヴァレリー、対テロセクションのミネバ隊員がロードマスターで車の周囲を囲んだ。
彼女の車は、スターリングとは別のルートを通ってパーティー会場に向かった。環状道路外回り4号線を走り出して間もなく、前方に、揃いのフルフェイスのヘルメットと皮ツナギで身をかためたオートバイの集団が現れた。

 チーム・セキネのファクトリー跡はもぬけの殻だった。
もともと空だったのではない。ほんの数時間前まで明らかに設備が使用されていた痕跡があった。工場の隅のビニールシートの下からは、ロードマスターに装備されているパトランプや拡声器、バラバラになったカウリングなどが発見された。
「指紋や靴跡はきれいに洗い流されていますね。超音波水流を使われたようで、検出は不可能です」
鑑識課員の言葉を、ユージィンは半ば呆然と聞いていた。
このタイミングの良さが偶然とは到底思えない。誰かが知らせたのだ。『銀の騎士』に、16区が捜索されることを。

 「何よ、もう終わっちゃったの? 久々に暴れられると思ったのに」
ガーターベルトから引き抜いたビームサーベルを、永遠子はつまらなそうに弄んだ。襲撃者は全員ヘルメットをはぎとられて、分離帯に引き据えられた。かけつけた交通局の隊員が、
「『タイガー・ヘッド』という地元の暴走族です。何だおまえら、『銀の騎士』の物真似でもするつもりだったのか?」と、最後は五人の少年少女に向かって言った。
「頼まれたんだよ」 少年達は顔なじみの警察官に出会って、むしろ安堵したようにしゃべり出した。
「ロードマスターが偉いさんを護衛してくるから、おまえら、やりあって名を上げろって。無茶苦茶な話だから断ったんだけど、そいつ、やたら強引で」
「やらなきゃ、あたしらは口先ばっかりの腰抜けだってネットで広めてやるなんて言うんだよ。いつのまにか写真まで撮りやがって」
少年達は、フルフェイスのヘルメットに作業服のようなツナギを着た人物から、金とデイパックを人数分渡された。サービスエリアのトイレで、デイパックの中に入った装束に着替え、指示された外観・ナンバーの車を襲うよう命じられた。
―心配しなくても、間違えることはない。ロードマスターが護衛についてるから、すぐわかる。
と、その人物は言ったそうだ。変声マイクを使ってしゃべっていたので、年代も、性別もわからなかったという。
「身長はどれぐらいだったかわかりますか?」
ナイトが訊くと、五人の中で一番長身の少年が、「おれと同じくらい」と答えた。少年の身長は171㎝である。
「劉水央は170㎝でしたね」 ナイトは持ち前の記憶力で言った。
「16区の出身で、自分もオートバイで走り回ってたんなら、こういう奴らの扱いにも慣れているだろうね」と、ヴァレリー。
「おい、何のんびり構えてるんだ」
ランスロットの切迫した声がした。彼はもう、自分のロードマスターに足を向けている。
「そいつらは囮だったんだ。てことは、本命は本部長じゃないか!」
その声に答えるように、緊急事態発生の連絡が全員の無線に入った。

(続く)