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夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

冬の大和路、短かな旅は夢幻と現(うつつ)のなか。 【2009.1.24. ~ 1.25】 ③

2009-01-27 12:23:54 | 
    第三章 『長谷寺』は限りなく優(やさ)しく


観光バスが『長谷寺』の近くを走ると、車窓からは里の情景となった。

私は『長谷寺』は初めて訪れるので『仁王門』を見上げた後、
ゆるやかな昇り廊を歩き始めが、
歩幅は和服の裾が乱れることなく歩ける、と余計なことを思ったりした。

そして、左右に牡丹(ボタン)園となって折、幾重にも牡丹が植えられて、
寒牡丹がひっそりと10数輪が彩っていた。

http://www.hasedera.or.jp/

『花の御寺』として名高く、四季折々、花木と草花で彩(いろど)られ、
この時節には、寒牡丹、山茶花(さざんか)、蝋梅(ロウバイ)、福寿草、雪割草、
と解説書に明記されているが、
私は花がなくとも、それなりの時節を想像できるので、
あればそれに越したことはないと思う程度である。

本堂にある大きな『十一面観世音菩薩』、
金文字で大きく『大哀閣』と明示された額などは興味はなく、
ただ山の中腹に張り出すような板の間からの前方の雄大な展望は、
遠方の空を眺めたりすると、それぞれの時の権力者の姿が浮べ、
歴史に埋もれた人たちも浮かび上がってくるように思えたりしたのである。

この後、早春の暖かな陽射しにつつまれた中、
『弘法大師御影堂』を観たり、『五重塔』を眺めたりした後、
歩道を下り、休み処で椅子に腰掛けて、温かいペットボトルの煎茶を飲んだりしていた・・。

そして、煙草を喫いながら、前方の傾斜の落葉樹を眺め、
見上げると『五重塔』が観えて、視界全体が一幅の絵のように私は観えたのである。
私は少しため息をしながら、見惚(みと)れていたのである。

私はこの寺院全体は、限りなく優(やさ)しい情景に思え、
まるで6歳ぐらいの少年が母親の胸元に顔を近づけて甘えているしぐさ、
とも感じられたのである。


長谷寺を辞去すると、土産売り場の店並みがあり、
この中で『奈良漬』の店に家内の後に続いて入ったのである。
私はお酒大好きな呑兵衛のひとりであるので、奈良漬は苦手である。

店内のうり、きゅうり、すいか、かぶら、しょうが、守口大根の種類の多さに驚き、
家内の勧めで、しょうがをひと口を頂いたのであるが
まぎれなく美味で、私は思わず、
『晩酌の・・付け出しにぴったり・・』
と私は家内に囁(ささや)いたのである。

結果として、しょうがを2袋、ネギのように細長い守口大根を1袋を買い求めたのであるが、
このひと味でも、私は少なくとも一日は幸福感をかみ締めることができたのである。

家内と店先を去るとき、
《 本家 白酒屋の奈良漬 》
と私は垂れ幕が見えたりした。


                            (つづく)


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