
私は動顛してしまったりした。
或いは遠い親戚の叔母さんも、身なりも構わず、付近を彷徨(さまよ)い歩き回ったりしている・・、
私の母が生前の時に教えられて、私が中学生の頃に、あこがれの女性だったのに・・、
と私は落胆しながら、悲哀を重ねたりしてきた。
もとより私が、いつの日にか、不明な言動をして、家内はもとより、
兄妹、親戚の御方に、恥知らずのふるまいをしたら・・・、
こうしたことに私は最も恐れているので、何とか

このような深情を秘めている私は、今回の記事を読んでしまった・・。
《・・
☆「認知症に罹患すると運命が変わる」
長年付き合っている親しい友人の名前が、思い出せない。
就寝前に外した眼鏡の置き場所を、朝になると忘れてしまう。
「あれ、何番だっけ?」と、ATMの暗証番号が記憶から消える――。
こうした物忘れが増えている人は、
認知症の一歩手前となる“グレーゾーン”の「MCI」(Mild Cognitive Impairment、軽度認知障害)と
診断されるケースがある。
政府は今年6月、認知症に関する初めての法律「認知症基本法」を成立させた。
認知症患者と向き合う国民の理解と、共生社会の実現を目的にした内容だ。
厚労省「平成29年版高齢社会白書」に掲載されたグラフによると、
2025年には65歳以上の認知症患者数が、約700万人に増加すると推定されている。
「排泄するトイレの場所を忘れ、廊下やパンツの中で終わらせた認知症患者さんを
風呂で洗い、新しい下着に着替えさせます。
でも20分もすると、また同じ繰り返し。
晴れた日は、マンツーマンで外を散歩させたいけど、
スタッフ不足で、安全な部屋に閉じ込めてしまう介護施設も少なくありません」
介護施設の現況をこう語るのは、
銀行を退職後、残りの人生を介護職に切り替えた介護福祉士の香川昇さんだ。
「認知症に罹患すると、人生半ばにして、運命が変わります。
全家族に迷惑をかけるし、中高年層を襲う認知症は、予防や治療の特効薬もまだありません。
でも、ご本人の努力しだいで、認知症から遠ざかることは可能です」
認知症が運命を変える? 決して誇張された表現ではない。
それまで刻んできた自分の歴史が、記憶から消え、赤子状態に戻るからだ。
☆運動・食事・交流・・認知症を遠ざける生活習慣とは
介護福祉士で、精神保健福祉士の国家資格を持つベテラン介護士は、
高齢者施設などの介護で、豊富な経験を積んだ体験から、
認知症の予防対策として導き出された「生活習慣の5カ条」があると語る。
【認知症・認知症予備軍を予防する生活習慣の5カ条】
(1)ストレッチや体操を継続すること
「近くの公園や自宅などでのストレッチや、手指を動かす体操をお勧めします。
大事なことは、継続です。
三日坊主で終わらないように、無理のない運動を続けること。
食事と同じように身体を活性化することも、日課の生活習慣にします」
(認知症介護30年のベテラン介護士、以下同)
(2)バランスがとれた栄養を摂取すること
「独居老人の食生活は、インスタントラーメン一杯で終わらせるなど、
とかくおざなりになりがちです。
1日3度の適切な食習慣を守り、自発的に魚や肉、緑黄色野菜を取り入れましょう。
ビタミンやオメガ脂肪酸(脳の機能を高める青魚、鶏卵、豚肉、レバー等)の摂取を欠かさないでください」
(3)コミュニケーションを大切にすること
「家に閉じこもって外出をしない、人に会うことが面倒で、
1日中、テレビの前にいる・・・といった生活はダメ。
そうした自堕落な生活は、認知症を増幅させます。
出来る限り人に会い、笑顔で会話を楽しみましょう」
(4)脳トレ(脳の活性化)を継続して行うこと
「新聞や雑誌に掲載されているクイズや細かい塗り絵、
間違い探しには、積極的に挑戦しましょう。
体力や金銭に余裕がある人は、ゴルフやカラオケなどもいいですね。
なにか自分の趣味を見つけ、1日10分でもいいから続けることです」
(5)口腔機能を改善すること
「きっちりとした食生活は、健康の基本です。
そのために、歯を治療し、口腔を清潔に保つよう心掛けましょう」
【写真で見る】認知症・認知症予備軍を予防する生活習慣の5カ条
また、物忘れについての自覚があるうちに、自ら動くことも大切だという。
「最近、物忘れがひどいと自覚したら、病院で認知症と診断される前に、
ためらうことなく地域の『地域包括支援センター』に相談をしてください」
注)記事の原文に、あえて改行など多くした。
私は確か8年前の70歳の頃から、齢を重ねるたびに、
物忘れが多くなった、と改めて気付き、独り微苦笑する時もある・・。
あそこも行ったよねぇ、と私は家内に言ったりした時、
その地の情景などは鮮やかに重ねることができても、
肝心の地域名が言葉に出来ないことが、もどかしさを感じることがある。

しかしながら、私の幼年期のことなどは、何故かしら鮮明に思いだせるのである。
たとえば祖父と父が健在だった頃、
所有していた田畑、雑木林、竹林、田んぼの中で流れていた小川などの情景、
或いは初めて観た映画作品は、小学校に入学する前年の1950年(昭和25年)の夏、
『長崎の鐘』を母に連れられて鑑賞したこと、今でも心の片隅に残っている・・。
ここ数年、無念ながら物忘れが多くなり、溜息を重ねたりしているが、
確か私が小学3年生の頃、 亡き脚本家の菊田一夫(きくた・かずお)さんが
『・・忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ・・』と、
名作の『君の名は』で遺(のこ)された名言に、私は独り微苦笑したりしている。

そして昨今でも、新聞、ネットのニュースなどを読んだり、テレビでニュースを視聴したりすると、
やがて数日後には、忘れてしまうこともあり、つたない私の小さな悩は、
収容できずオバー・フローになり、忘れてしまうことで、
悩が適度な記憶量に調整を図っている、 と無念ながら思ったりしている・・。
しかしながら時折、家内より『今からボケたら、困るわょ・・』、
と私は叱咤激励をされる時もある。
このような時の私は、『人生は気合いだ・・』と心の中で呟(つぶや)きながら、
自身を叱咤激励をしながら、鼓舞したりしている。

恥ずかしながら、このような言動をしてきた私は、
今回の《・・認知症の“一歩手前”にならないために、まだ間に合う予防の5カ条・・》、
記事を読みながら、多々教示されたりした・・。
たとえば散策する中で、馴染みのあるコースでも、
こんなに魅了される情景があったんだ、と再発見して、ときめきを感じる、こともある。
