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夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

今朝の鼻歌は、高田みづえちゃんの『秋冬』を唄い・・♪

2008-10-26 07:29:14 | 音 楽
サラリーマンを卒業した年金生活の4年生の私は、
玄関庭で落ち葉がわずかであるが落ちはじめていたので、
朝の6時過ぎに玄関から門扉まで箒(ほうき)で掃き清めた・・。

私の住む東京の郊外は、落葉樹が色合いを朱色、黄色に染められるのは、
11月上旬頃で通例である。
そして、『勤労感謝の日』の頃になると、錦繍の世界になるのが、
毎年のならわしである。

このようなことを思ったりしていると、不意にひとつの歌が心の中で、
唄いだしたのである・・。


♪しゃれた日焼けに 涙が流れる
 あ~ 秋かしら

【『秋冬(しゅうとう)』 作詞・中山丈二 作曲・堀江童子 歌・高田みづえ】


秋海棠(シュウカイドウ)の可憐な淡紅色も咲き終わり、
紫式部(ムラサキシキブ)は、たわわな紫色の実をつけているが、
日毎に色合いを深めている。

そして私は小声で、

♪鏡を見つめて 小さな声で
 一人でつぶやく 秋の詩
 季節の変わり目を
 あなたの心で知るなんて

【『秋冬(しゅうとう)』 作詞・中山丈二 作曲・堀江童子 歌・高田みづえ】


私は鼻歌を唄ったのであるが、高田みづえちゃんの歌と思い出しながら、
あの頃に街に流れていた頃を重ねたりしていた・・。
確か昭和59年冬の頃だった、と思われる。

私はあるレコード会社の情報部門で、開発や運営で奮闘したりし、
数多くのサラリーマンと同様に、多忙で睡眠不足の日が続いていた。
このような時、他社に勤める友人のひとりから、
この歌が入っているカセットの見本品を頂いた。

そして、土曜日の休日出勤した翌日の日曜日に、
高田みづえちゃんの歌声に導かれて、小声で鼻歌を唄ったりしていた。

疲れきって心の余裕のない私は、
中年男には恋する時間もないし、第一、ローンの返済で大変だ、
とやけっぱちのような心情で唄っていたのである。


このようなことを思いだした時、私は40代であったが、
若かった時だった、と私は独りで微苦笑したりしたのである。



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思わず、松田聖子ちゃんの『風立ちぬ』を唄いだし・・♪

2008-09-24 10:01:10 | 音 楽
昨夜、12時過ぎの深夜に布団にもぐり寝たのであるが、
3時に目覚め、1時間ばかりぼんやりとしていた。

この後、再び布団にもぐり寝付いたのであるが、
目覚めると7時過ぎであり、家内は洗濯と掃除をしていたので、
『遅れをとった・・』
と私は家内に挨拶代わりに云ったした。


秋晴れの朝の陽射しの中、
私は主庭のベランダで煙草を喫っていたら、
樹木の枝葉は風で揺れて折、私の身体も風に身をまかせると、
秋風と感じたのである・・。

そして、私は思わず、


♪風立ちぬ 今は秋
 今日から私は 心の旅人

【『風立ちぬ』 歌詞・松本 隆 作曲・大瀧詠一 歌・松田聖子】


唄いだしたのである・・。

先ほどの天気予報は、私の住む地域に於いては、
秋晴れの爽やかな1日であり、
朝の6時は22度で、日中の最高気温も26度前後が予想され、
夕方の6時は22度前後が予測されています、
と報じられていたのである。

私は半袖にさよならし、長袖の季節かしら、
と感じたりしたのである。

そして暑さの苦手な私は、爽やかな秋の陽射しを受け気分爽快であるが、
風はまぎれなく秋色である。


尚、松田聖子ちゃんの『風立ちぬ』が街に流れていたのは、
昭和56年(1981年)の秋であり、この後の曲は『赤いスィートピー』もヒットされ、
私はレコード会社に勤めていたので、
他社の松田聖子ちゃんの曲も聴いていたのである。

苦手な松田聖子ちゃんであるが、良い歌は認める私の性格なので、
心の奥底に残っていたと思い、
私は年金生活の4年生の身であるが、微苦笑をしている。


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今朝の朝刊で、『B’z』・・♪

2008-09-17 08:02:27 | 音 楽
いつものように読売新聞を読んでいたが、
19面から22面の4面に広告が連続性となり、
不思議な面持ちで私は見ていた。

そしてB’zの『20th Anniversary』の記念のベスト・アルバムの広告と解かったのである。

ご年配のお方たちには理解しずらいと思われるが、
松本孝弘(ギター)、稲葉浩志(ボーカル)のユニットのグループ名が『B’z(ビーズ)』である。

1988年9月に結成し、翌年からブレイクした後、
日本の音楽史上のシングル、アルバムの歴代記録を更新し続けるグループである。

http://www.bz-vermillion.com/

私はあるレコード会社に勤めていたが、
他社に所属するB’zの売り上げは、破格な実績の足跡を残していた。

新聞の紙上で、一面の広告を掲載するのは、
売り上げが期待されるビック・アーティストの証明でもあり、
1990代は10人前後であった・・。

そして二面広告を最初にしたのが、確かB’zであったろう、
とおぼろげながら記憶している。


私は定年退職後、年金生活の4年生で身であり、
昨今の音楽状況にも疎(うと)く、たまたま今朝の新聞で、
『B’zかょ・・』と懐かしげに知った次第である。


尚、私は現役時代もB’zのサウンドは苦手で、
他のアーティストを盛んに聴いていたひとりである。


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心の中で、『傷だらけの人生』を唄い・・♪

2008-09-06 10:39:12 | 音 楽
この1週間、新聞を読んだり、ネットでニュースを視(み)たり、
そしてテレビのニュースなどを視聴していると、
私は暗然たる思いとなっている・・。

今朝の読売新聞の経済面に於いても、

【 世界株安 再燃
    サブプライムなお影響 】

   東京 政局混迷嫌う
   NY 雇用悪化懸念
   欧州 金融株も下落
   アジア 軒並み最安値


そして、財務省が5日に発表した4月~6月期の法人企業統計に於き、

【・・
売上高、経常利益、設備投資の3項目が、
そろって前年同期と比べてマイナスとなり、
企業活動の低迷ぶりを浮き彫りにした・・

と記事に明記されていた。


政治の世界に疎(うと)い私でも、
自民党の総裁選の立候補者は乱立するし、
まるで少年期に映画館で観た東映の時代劇・・オールスター総出演・・
ように思えたりしたのである。

そした肝要の民主党も、昨今も真摯な論議を逃げ惑い、
国民に責務ある財源を明示できず具体的な政策を公開せず、
『ねじれ国会』を理由に与野党も、大人のおもちゃ、とし議会を持て遊び、
政局は混迷している。

社会不安も増し、私は年金生活の4年生の少しボケた身さえ、
どうしたら、この世の中は明るい展望が開ける、
と思ったりしている・・。



このような思いで、玄関の軒下で、
小雨降る中、樹木を眺めながら、煙草を喫っていた時、
ひとつの歌が心の中で唄っていた・・。


♪古い奴だとお思いでしょうが、
 古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます。
 どこに新しいものがございましょう。
 生れた土地は荒れ放題、今の世の中、 右も左も真っ暗闇じゃござんせんか。

 何から何まで 真っ暗闇よ
 筋の通らぬ ことばかり
 右を向いても 左を見ても
 馬鹿と阿呆(あほう)の 絡み合い
 どこに男の 夢がある


【『傷だらけの人生』 作詞・藤田まさと 作曲・吉田 正 】


長々と無断で引用させて頂きましたが、
私が20代のなかば、俳優の鶴田浩二が唄った歌である。

昭和45年の師走に発売され、翌年の春まで街に流れていた曲であるが、
あの頃は少なくとも、昨今より遙かに明日が観えていた日本、欧米であった。


私は群生した純白なタマスダレの花を見つめたり、
そして紫露草、薄紅色の秋海棠の草花を眺めたり。
薄紫に染められてきたムラサキシキブのたわわな実を
しばらく眺めたりしていた・・。

そして、山川草木の世界に戻ろうか、
と少しため息をしたりしていた。



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改めて、 『長崎の鐘』を聴くとき・・。 

2008-08-09 15:11:29 | 音 楽
今朝、洗面を終えた後、玄関庭の軒下で、
西方の長崎に向いながら、手を合わして黙祷をした・・。

過日、6日の早朝のひととき、
旅先の宿泊先の観光ホテルの庭園で、
西方の広島に向かい、私は手を合わせた後、
そっと黙祷をしたのであった。


私は敗戦記念日の1年前に東京郊外で生を受けた身であり、
国民のひとりとして、被爆され、尊い命を亡くされた方にご冥福を、
或いは、被爆を受けて長き歳月に心身共に深く傷を受けられた方たちに、
少なくとも国民の責務として、秘かな黙祷をしている・・。


私は先程、買物と散策を終え帰宅した後、
昨年の今頃は・・とサイトに投稿した綴りを読み返していた・・。


【 『長崎の鐘』を聴くときには・・。】と題し、8月27日に投稿している。


私は昭和19年9月に東京の郊外で生を受けた。

昭和25年の頃に、自宅のラジオから『長崎の鐘』がよく流れてきた・・。


♪こよなく晴れた 青空を
 悲しと思う せつなさよ
 うねりの波の 人の世に
 はかなく生きる 野の花よ

【『長崎の鐘』 作詞・サトウハチロー 作曲・古関祐而 】


私は5歳の幼児であったが、何かしら物悲しく感じたりした。


♪なぐさめ はげまし 長崎の
 ああ 長崎の鐘が鳴る

【『長崎の鐘』 作詞・サトウハチロー 作曲・古関祐而 】


ここまで聴いていると、いじけた幼児の私でも涙があふれてきた・・。

翌年の夏、近くの寺院の境内で、映画が放映された。
この頃の時代は、学校の校庭とかで、スクリーンを張って、ときたま映画が放映されていた。
娯楽の乏しかった時代、ご近所の方達が集まって、
このような催しが行われた時代でもあった。

近くの寺院の境内で上映されたのは、映画の『長崎の鐘』であった。

母に連れられて、初めて観た映画だった。

帰路、満天の星空が綺麗だった、ということが今でも残っている。

映画のストリーは忘れてしまったけれど、幾つになっても、藤山一郎の歌声を聴くと、
私は涙ぐんだりしている。

私は後年になると、作詞はサトウハチロー、作曲方は古関祐而と知るのであったが、
肝心な『長崎の鐘』という原作を書かれた永井 隆は無知であった。

その後、このお方の人生経路を知り、涙で曇った。


♪召されて妻は 天国へ
 別れてひとり 旅立ちぬ
 かたみに残る ロザリオの
 鎖に白き わが涙

【『長崎の鐘』 作詞・サトウハチロー 作曲・古関祐而 】
 
ここまで転記させて頂いているが、著者の永井 隆の人生を思い馳せると、
また瞼(まぶた)が熱くなってしまう。


国家の国益という怜悧の中、アメリカは広島に続き、
長崎にも原子爆弾を投下した。

思えば、7月26日に於いて、アメリカ、イギリス、ソビエトの首脳により、
『ポッタム宣言』で日本に降伏を勧告したが、
日本政府と軍の首脳部が混迷し、黙殺した結果となり、
8月6日に広島に続き、9日に長崎に投下された。

こうした事実を少しづつ知りはじめると、
なお一層、この歌は悲劇を通り過ぎて、悲惨な過去の実態にうっすらと涙を浮かべる。

私は年を重ねた62歳の身であるが、
ここ10数年、8月15日の敗戦日になると、
昼のひととき『長崎の鐘』を聴いて、平和の大切さをかみ締めている・・。



私は読み返して、拙(つたな)い綴りに恥らうが、
深い思いは変わらないのである。

そして、私は日本人のひとりとして生を受けたので、
多分ボケるまでは、沖縄戦が事実上集結した6月23日の『沖縄慰霊の日』、
8月6日の『広島被爆』、9日の『長崎被爆』、
そして15日の『敗戦記念日』だけは、
手を合わした後、黙祷をするのが、責務と確信しているので、
持続する意向である。

尚、8月15日は、『終戦記念日』と、どなたが名付けたかは無知であるが、
私はまぎれなく『敗戦記念日』と確信しているひとりである。


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『雨の慕情』を心の中で唄っても・・♪

2008-07-29 08:21:19 | 音 楽
東京の郊外は、すっかり雨から遠のいている。

一昨日、雨乞いの心持ちとなり、私は思わず、

♪心の中が忘れた あのひとも
 膝の重さを 覚えてる

【『雨の慕情』 歌詞・阿久 悠 作詞・浜 圭介 】

心の中で唄いだしたのである。


午後の5時過ぎに、パラパラと降りだしてきたので、
玄関の軒下で、玄関庭の樹木や空を見つめたりした。


♪雨雨ふれふれ もっとふれ
 私のいいひと つれて来い

【『雨の慕情』 歌詞・阿久 悠 作詞・浜 圭介 】


私は八代亜紀のように巧く唄えないので、心の中で唄ったりしたのである。

しかし、主(あるじ)の私が音痴なのせいか、
或いは祈願不足のせいか、
20分前後で止(や)んでしまったのである。

これでは樹木の枝葉、草花は濡れるまでいかず、
乾ききった情景である。

そして、私はこの歌のように、
情愛を深めたいいひとに、それほどめぐり逢えなかったことを気付き、
私としては雨乞うの歌には相応しくない、
と思ったのである。


この後、私は水を大切にしましょうと叫ばれている今日、
ご近所の方から、非国民と非難されないように、
こっそりと初夏の草花だけに水を散水したのである。

私は住む街は、真夏日が続き、
すっかり雨から嫌われ、どうしてなの、
と今朝も天上の気候の神々に問いかけている。


http://weather.yahoo.co.jp/weather/jp/13/4410/13208/1820004.html


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改めて、井上陽水の『傘がない』を聴き・・♪

2008-07-28 11:41:28 | 音 楽
昨夕、ネットでニュース等を検索していた時、

【オダギリジョーが井上陽水の『傘がない』唄う】

と確かこのような見出しであったと記憶しているが、
私は興味を抱き、このサイトに導かれた・・。

解説に寄れば、

【・・
ニューアルバム『弾き語りパッション』のプロモーション・ビデオの収録が横浜の桜木町で行われ、
その中で俳優のオダギリジョーがストリート・ミュージシャン、
若き日の井上陽水に扮して路上ライブを熱演した。
・・】

このように解説され、私は俳優のオダギリジョーは無知であったが、
井上陽水の『傘がない』に惹(ひ)かれて視聴したのである。


http://www.forlife.co.jp/inoueyosui/

『傘がない』の名曲を聴きながら、
俳優のオダギリジョーが好演しているので感銘しながらも、
初めて聴いた時に思いを馳せたのである・・。


私は昭和47年頃、実家から離れ、母の宅に住んで、
日曜日の午前中のひととき、
近くの喫茶店のカウンター席で煙草を喫いながら、コーヒーを飲んだりしていた・・。

店内から、

♪都会では自殺する若者が増えている
 今朝来た新聞の片隅に書いていた
 だけども問題は今日の雨 傘がない

【『傘がない』 作詞、作曲・井上陽水 編曲・星 勝 】


流れはじめ、私は思わず聴き、心の動揺し、
座っている椅子から転げ落ちそうになった・・。

若い人が政治、社会に無関心が増えていた社会風潮であったので、
余りにも的確に表現された詞に驚いたのである。

この曲を聴き終えた私は、
喫茶店のマダムに、このレコードを問いかけて、
初めて井上陽水の『傘がない』という曲を知ったのである。


私はこのシンガーソング・ライターに魅了され、
その後は、『心もよう』、『いっそセレナーデ』、『最後のニュース』、『少年時代』、『結詞』等は、
少なくとも百回以上を聴いている。

そして、多彩なこの人は、
他の歌い手に『飾りじゃないのよ 涙は』、『ワインレッドの心』等の名曲を提供している。



時は流れ、レコード、カセット、そしてCDを買い求めてきたが、
私は定年退職の少し前に、
改めてベスト・アルバムのCD『井上陽水 ゴールデン・ベスト・スーパー』を購入したのである。


年金生活の今、時折このアルバム全45曲収録された名曲の数々を聴いたりしているが、
その時代の社会風潮を切り取ったり、
叙情、世情のジャンルを多彩に発表された稀(ま)れな創作者である。

そして、これだけ多岐にわたり長年に作詞・作曲を出来る人は、
私の拙(つたな)い音楽愛好歴からして、
このお方・井上陽水と中島みゆきの両氏以外、私は知らない。


尚、この人を詳しく知りたければ、
発表された時代を思い浮かべ、作詞の内容を理解した上で、
海老沢泰久・著の『満月 空に満月』(文春文庫)をお読みになれば、と思っている。

ニューミュージック界で揺るぎない地位を獲得されるまでの心情が描かれているので折、
音楽を目指す人の必読書のひとつ、と私は確信している。



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私が最も聴いた名曲は・・♪

2008-07-19 11:31:16 | 音 楽
私は東京オリンピックの時、大学を中退し、
映画・文学青年の真似事をした後、
ある大企業に中途入社できたのは、昭和45年の春であった・・。

満25歳であり、社会人としては大変遅れた青年だった。

大企業の一部門がレコード会社として独立し、
私は異動させられて、
定年退職するまで音楽関係の会社に勤めたのである。

音楽に直接に係わる制作畑でなく、
管理畑であったが、それなりに音楽の曲には、
素養はないが、強い思いを抱いて聴いたりしていた・・。

魅了された曲は、300前後はあるが、
惚れこんだ曲は少なくとも百回以上は聴いたりしていた。

こうした中で、音譜も読めなく、
楽器もいじれない音楽の素養のまったくない私は、
私なりの個性と感性を頼りに聴いてきたが、
定年退職の御礼の挨拶状に、さりげなく付記したりした。


通常の御礼の後に、

退職日に際し、在職中において、
私の人生に影響を与えてくれたあまたの曲の中で、
あえてベスト3を選定しました。
ご笑話ください。

  中島みゆき『HALF』

  長渕 剛  『昭 和』

  X JAPAN『Rusty Nall』

 別格 モーツァルト『ピアノ協奏曲第20番』

と記載したのである。


もとより、本、映画にしろ、3作品を選定すれば、
その人なりの思想、心情、強き嗜好の度合いが、
かい間みられる・・。

私はサラリーマン生活を卒業した機会に、
それなりにメッセージを残したかったのである。


定年退職後の年金生活に於いて、
ときおり、過ぎ去った50年代から80年代の曲を聴くことが多いのである。

そして年金2年生の時、
絢香ちゃんの『三日月』を偶然に聴き、惚れこんだりしていた・・。

今年の5月に、いきものがかりの『帰りたくなったよ』の吉岡聖恵ちゃんの歌声に魅了させられ、
私も年齢を重ねたと微苦笑している。


尚、私が最初に聴いた曲で心の片隅に残っているのは、
昭和25年の小学校に入学する前の幼年期、
ラジオから流れてきた『長崎の鐘』(作詞・サトウハチロー)であった。
藤山一郎さんの歌声に、何故か悲しみを覚え、
少し涙ぐんだりした6歳の児であった。

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モーツァルト『ピアノ協奏曲 第20番』・・♪

2008-07-19 08:02:12 | 音 楽
私はここ数週間、深夜まで起きて折、
読書をしたり、音楽を聴いたりしている。

昨夜も本を読んだりしていたが、
偶然にNHK総合で【とくせん】という番組で、
『名曲探偵 モーツァルトの謎追う』と題され、
今回は、《ピアノ協奏曲 第20番》が取り上げられ、
私は視聴したのである・・。

私はクラシックには素養はないが、東京オリンピックの頃、
偶然にFM放送で聴き、秘かな愛聴している作品でもある。

この5年後、たまたまレコード会社に勤めはじめたので、
数多くのクラシックの名曲を識ることになる・・。

独断と偏見が許されるならば、これまでクラシックの作品を聴いた中で、
私としては最上級の作品として、
モーツァルトを賞賛しているのである。

つたない感性から判断したのであるが、
具体的に何が良いのか、と問われれば、
ご自分の愛している女性のどこが良いのか、
と同様な質問と思われるので、明記しょうがないのである。

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『ワダツミの木』の歌が街に流れていた頃・・♪

2008-07-17 17:04:44 | 音 楽
昨夜、NHK総合テレビで夜11時から、
『SONGS』という音楽番組を視聴した・・。

先週は絢香ちゃんで、『三日月』の歌がラジオから流れていた頃、
私は年金生活の2年生であったが、魅了されて3か月程毎日聴いたりしていた。

今回は、元 ちとせの出演で、久々に彼女の歌声を聴き、
『ワダツミの木』が街に流れた2002年の早春の頃、
私は・・と過ぎ去った日々を思いだされた・・。


私は現役時代で、あるレコード会社の本社勤務より、
出向となり、不馴れな遠方にある物流情報センターに勤めだし、
3年目の頃であった。

朝は4時45分に起床し、帰宅は早くても夜の9時のサイクルを過ごしていたが、
最初の頃の私なりの失墜感は消えうせて、
順応し、それなりの苦楽を第三者の視線で眺められる時でもあった。

物流情報センターの倉庫を7時過ぎに退社し、
ある駅前までバスを利用した後、
バス・ターミナルから小田急線の改札口までの繁華街を歩いていた時、


♪星もない暗闇で
 さまよう2人がうたう歌

【 『ワダツミの木』 作詞・作曲・上田 現  歌・元 ちとせ 】


歌が聴こえ、私は不思議な哀切感ある歌声に、
何かしら慰めを頂いたような心情となったのである。

そして私はまもなくして、このお方のプロフィールを知り、
奄美大島出身で島唄を取得されていたと知ったり、
社会の片隅に於いては、村起こしのような島ブームのような空気に変わった、
と私は感じられたのである。


その年の初夏の頃に、
このお方のファースト・アルバムの『ハイヌミカゼ』と題されたCDが発売された。
私はある駅前の大型CD販売店で新譜予約し、
発売日の前夜に入手して、CDウォークマンで通勤中の電車の中などで、
盛んに聴いたりしていた・・。


♪ここにいるよ あなたが迷わぬように
 ここにいるよ あなたが探さぬように

【 『ワダツミの木』 作詞・作曲・上田 現  歌・元 ちとせ 】


私はその後、かっての本社のメンバーと都心で懇親会のひととき、
『元 ちとせに魅了されているが・・
うちの会社では・・発掘し発売するまでの長い期間は・・
とても無理だよね・・』
と私は彼女の歌声の個性を絶賛した後、制作畑の友人に云ったりしていた。


私はその後、2年が過ぎ、定年退職を迎えて、
そして年金生活となり、日々を過ごしている。


昨夜、番組を視聴している時、
歌の合い間に彼女自身が語られた言葉として、
自身は結婚し、3歳の娘と過ごしいる、
と話されたり、
大変にお世話になった作詞・作曲された上田 現が亡くなわれた、
と語られたりしていた・・。


余りにも過ぎ去った日々は、早く感じられるが、
あの頃に夢中に聴いたアルバムを久々に、
私は深夜に聴いたりした。


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心の中で、『帰りたくなったよ』を唄い・・♪

2008-06-29 09:24:12 | 音 楽
東京の郊外は、小雨の降る朝であり、
日中も雨の降り、明日の早朝まで降りしきる・・。
そして朝、昼、そして夕方も20度前後という変わった状況なので、
少し肌寒いかしら、と暑さに苦手な私は微笑している。

玄関庭で、小雨の降る空を見つめたり、
樹木の枝葉がしっとりと濡れている情景を眺めていると、
私の心は深夜に視聴した『いきものがかり ライブ』が甦(よみがえ)ってきた・・。


昨夜、NHK総合を視聴していたら、
BS2の11時より、『いきものがかり ライブ』の予告スポットを偶然見て、
深夜を1時間半の番組を視聴したのである。

私は彼等のグループ『いきものがかり』と女性ボーカルの吉岡聖恵の歌声に魅了された、
と5度前後このサイトに投稿している。


私は5月の中旬に富山市の呉羽山に温泉滞在旅行に行く途中で、
高速道路にあるサービス・エリアのスピーカーから、
徳永英明の歌に続いて、未知の歌声が流れてきたのである。
のびのびとした爽(さわ)やかな歌声に瞬時に魅了されたのである・・。


♪帰りたくなったよ 君が待つ街へ
 大きく手を振ってくれたら 何度でも振り返すから

【『帰りたくなったよ』 作詞・水野良樹 】


偶然に彼等を知り、たまたまその歌声に魅了され、
後日、水野良樹と山下穂尊、そして同級生の妹・吉岡聖恵によるスリーピース・バンドで、
『いきものがたり』というバンド名で、
『帰りたくなったよ』という曲を知ったのである。


私はその後『花は桜 君は美し』、『SAKURA』、『うるわしきひと』等も知り、
ときおり聴いたりしている。


私は齢を重ねた63歳の年金生活の身であるが、
『・・ライブ』を視聴した後は、少し昂奮し、余韻にしたりながら、
ネットで彼等のサイトを見つけて、1時間ばかり見ていたりした。

http://www.ikimonogakari.com/
そして彼等の全貌が少し解かり、
2時過ぎに布団にもぐったのである。


今朝、ぼんやりと玄関庭の軒下で煙草を喫っていたら、
心の中で、彼等のライブの表情が甦(よみがえ)り、
そして『帰りたくなったよ』のメロディーが流れてきたのである。

そして私の心の中で、


♪帰りたくなったよ 君が待つ街へ
 大きく手を振ってくれたら 何度でも振り返すから

【『帰りたくなったよ』 作詞・水野良樹 】


唄いだしたのである・・。


そして、彼らが無名時代に夢に向かって路上ライブを長年した後、
メジャー・デビューして3年過ぎ、各地のライブ・コンサートは賞賛を受けている、
と『・・ライブ』で改めて知ったのである。


私は偶然に、遅ればせながら彼等の音楽を知り得たのであるが、
すれ違うことの多い人生の中で、
秘かに63歳の身を夢中にさせてくれたことに感謝をしている。


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今宵は、『いきものかがり』のライブを鑑賞・・♪

2008-06-28 22:33:38 | 音 楽
先程、NHK総合を視聴していたら、
今宵、BS2の11時より、
『いきものがかり ライブ』を1時間半で放映されることを知った。

私は齢を重ねた63歳の身であるが、読書、映画、そして音楽も好きなひとりである。

私は5月の中旬に旅先で偶然に、このグループの歌を聴き、
瞬時に魅了されたのである・・。


このことは、私の5月末にでも綴っている・・。


・・(略)
ひとつは、富山市の呉羽山に温泉滞在をした旅行の時、
高速道路にあるサービス・エリアで、


♪帰りたくなったよ 君が待つ街へ
 大きく手を振ってくれたら 何度でも振り返すから

【『帰りたくなったよ』 作詞・水野良樹 】


水野良樹と山下穂尊、そして同級生の妹・吉岡聖恵によるスリーピース・バンドで、
『いきものがたり』というバンド名で、
『帰りたくなったよ』という曲を知ったことである。

吉岡聖恵の若き女性の歌声に魅了され、
一昨年の秋、綾香ちゃんの『三日月』以来、
夢中に聴いたりしている。



私は無料動画の音楽サイトで、たびたび視聴しているが、
果たして彼らのライブは、と今宵は楽しみに視聴するのである。

尚、私はレコード会社を定年退職した身であるが、
残念ながら私の勤めていた会社とは、
別の会社に契約しているグループのアーテスト達である。


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今朝の鼻歌は、MISIA(ミーシャ)の名曲のひとつとなり・・♪

2008-06-24 08:22:41 | 音 楽
東京の郊外は、梅雨の合い間となり、
曇り空であるが、微風が吹き、肌に心地良い朝を迎えている。

私は玄関の軒下で煙草を喫ったりしていると、

♪すれ違う時の中で あなたにめぐり逢えた
 不思議ね願った奇跡が こんなにも側にあるなんて

【 『Everything』 作詞・MISIA 】


このような歌を心の中で、唄っていた・・。

この後、台所で煎茶、コーヒーを淹れながら、

♪You‘re eveything You‘re eveything
 あなたと離れてる場所でも

【 『Everything』 作詞・MISIA 】

と小声で唄ったりしている。


そして私は誰の歌だったかしら、と思い浮かべ、
MISIA(ミーシャ)だった、
と気付いたりしていた。

私は齢を重ねた63歳の年金生活の身であるが、
ときおり何気なしにこうした鼻歌を唄ったりしている。

そして私は、過ぎ去ったサラリーマンの現役時代の苦楽の日々、
数多くの人との出逢い、別れがあったが、
卒業して4年目になった今、愛惜に満ち、
限りなく愛(いと)おしい日々だったと、
ほっと安堵し振り返えられる自身に微苦笑したりしている。



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走り梅雨、そして『城が島の雨』を唄い・・。《初出2008.5.31.》

2008-06-15 13:57:08 | 音 楽
東京郊外の調布市は、ここ3日間は4月のような低温になり、
小雨が降ったり、霧雨になったりしている。

それ以前は初夏の陽気に恵まれ、
半袖で買物、散策をしていた。

今朝も小雨の朝を迎え、私は冬用の薄手のスポーツシャツを着たりしている。

古人たちは、本格的な梅雨の前の一時時期、
小雨が降ったり止(や)んだり状況を『走り梅雨(はしりつゆ)』と称してきたが、
私は戸惑ったりして過ごしている。


私は玄関庭の軒下で、小雨を受けている樹木を眺めながら、
煙草を喫ったりしている。

そして、心の中では、ひとつの歌を口ずさんでいる。


♪雨はふるふる
 城が島の磯(いそ)に
 利休鼠(りきゅうねずみ)の
 雨がふる

【『城が島の雨』 作詞・北原白秋 】


私は一週間前には、温泉滞在旅行から帰宅し、
小雨の一日の後は、初夏のような陽気で買物、散策をしたり、
庭の手入れで恥ずかしながら小指の先を剪定鋏で傷つけてしまったりしている。


♪雨は真珠か
 夜明けの霧か
 それともわたしの
 忍び泣き

【『城が島の雨』 作詞・北原白秋 】


このように心の中で唄ったりしているが、
果たして私の心は・・と齢を重ねた私は微苦笑したりしている・・。


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過ぎ去り日々に思いをかさね、『結詞』を唄い・・♪

2008-06-15 12:43:43 | 音 楽
私は4月下旬の頃から、
このブログ・サイトの【年金青年のたわむれ記~かりそめ草紙~】に
今まで4つのサイトに書き散らかした3000通前後の
投稿文を整理、統合をしたりしている。

定年退職後まもない時に、偶然ブログの世界を知り、
私の幼年期からサラリーマンを卒業した定年までのことを何らかの形で、
心の整理をしょうと思っていた矢先であり、
私はブログの普及時代にめぐり逢え、
幸運に恵まれたと感じていたのである。

このような経過を得て、
私は定年後の年金生活の3年半の日々の思いはもとより、
幼年期から想いでも綴ったりしている・・。

先程も相変わらず編集などをしていたが、
たった数年前のことといえ、
このような気持ち過ごしていたのかしら、
と思ったりしていた・・。


♪淡き夢 淡き恋
 遠き道 青き空

【『結詞』 作詞・井上陽水 】


私は心の中で、唄いだして、過ぎ去った日々に思いを重ねたりしている。


♪今日をかけめぐるも
 立ち止るも
 青き青き空の下の出来事

【『結詞』 作詞・井上陽水 】


そして私は、再び心の中で、愛惜し唄ったりしている。

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