Y男の日誌

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『世界に一つだけの花』って良い歌なのか?

2011-09-27 00:25:20 | CD
槇原敬之作詞作曲のこの曲は、SMAPに提供され、2003年頃に200万枚以上のセールスを記録した。

イヤホンで一人ひとりが別々の歌を聞くこの時代にあって、街から歌が聞こえてきた、日本中で聞こえてきたと感じられるような久しぶりのかなり大きなヒット曲であったと思う。

意識しているかどうかは別にして、多くの国民にこの歌の歌詞は浸透していると思われる。

歌詞の中に、
“そうさ僕らは世界に一つだけの花。”とか、
“ナンバー・ワンにならなくて良い。もともと特別なオンリー・ワン。”という部分がある。

そういう歌詞がこの時代の日本国民に刷り込まれているのではないかと思うのだ。それも変な解釈で。

無知で無能でも、それは“オンリー・ワン”の個性であり、“世界に一つだけの花”なんだからかけがえのない存在なのだ。ナンバー・ワンを目指しているわけじゃないから、努力なんてしない。学ぶ必要なんてない。
何も出来ない、将来性もない、こんな自分だが、根拠は無いけど自分に自信を持っている。

このように怠け者が怠け者である自分を肯定する根拠のように、この歌の歌詞を自分に都合良く解釈し利用しているように感じる事があるのだ。

この歌が、世の中のこういう風潮を作り出したのか?今の時代を生きる人達がこういう考えだから、こういう歌が作られたのか?卵が先か、鶏が先か?

俺はメロディは良いと思うけど、歌詞は好きではない。

一人ひとりの命は大事で、かけがえのない存在だとは思う。誰にでも何かしらとりえはあるだろうとも思う。しかし、人間が共同生活やら組織で仕事をしていく上で、競争もあるし、上下関係も出来てくる。

金持ち、権力者、有力者、有識者、大立者、有名人などなどは特定の分野でナンバー・ワンになった人なのだろう。オンリー・ワンとも言える。何かを成し遂げてそういう地位を得ているのだろう。
運だけでは無理で、人知れず努力して競争に勝ってきた人だ。

普通の人だって世の中の仕組みや仕事について学ばなければならない事は常にある。勉強は学校を出てからもある。中間テストや期末テストは無くても、毎日がテストのようなものだ。努力はある程度報われるはずだ。努力という裏打ちするものがあってこそ、自信も生まれると思うのだが。

何も出来ない、何も知らない、何の努力もしないのに自信があって、オンリー・ワンの存在だというのはおかしな話だ。

何年か前の歌だが、職場にいる学生アルバイトや、フリーター出身のパートを観察していて、この歌に思い当ったのだ。

こういう考えの日本国民が増加していくと、将来が憂鬱に感じられてしまう。
いつの時代にも一定の割合はいたとは思うが。
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