次回は「歯の型を取る」と聞いていたので、簡単に終わると思っていた。つつかれたり、削られたりは無いと油断していた。
しかし、実際には麻酔注射を何箇所にも打たれ、糸で歯?歯茎?をきつく結ぶ様な事を言われた。女医から説明はあったのだが、僕にはよく分からないのだ。僕は質問しなかった。
虫歯を治療して金属をかぶせていた歯が永い年月の後に虫歯になった。金属を外し虫歯を取り去り、神経の治療を行って、心許なくなった土台に人工物を形成して盛り上げ、また金属をかぶせる、という工程は聞いていた。次回に金属をかぶせて、その箇所の治療は終わるのだが、まさか今日麻酔注射があるとは思わなかった。
女医の手元では金属と金属がぶつかる音がする。口の中では自分の歯を削る高音の回転する音がして、目の上にはタオルが掛けられるから、何が行われているか僕には分からない。女医の使う器具は僕の座る椅子の後方に置かれているから、それも見えない。金属がぶつかる様な音が聞こえるだけだ。
それだけでも不安になる。自分の口の中で鳴っている音はとても大きく聞こえるのだ。
1時間以上掛かってようやく今日の処置が終わって解放された。口の中は麻酔注射でしびれているような無感覚状態と、注射針で刺されて傷口がささくれた様な感覚が残っていた。型取りに使った樹脂みたいのが口の中や周りにいくつか残っていた。
恐怖の空間、恐怖の時間なのだ。歯医者は油断ならない。1時間以上緊張が続いて、ものすごく消耗するのだ。ぐったりだ。