(七十八)
「いやーっ、久々にあんたの悲観的な意見に接して、俺は益々
元気になってきたよ。今、気付いたんやけどペシミスティックな
意見も時には逆に人を勇気づけることもあるんやな。こっちは、
年末から降った雪が何度か解かされたけど、遂に大晦日には白組
が雪辱を果たして辺りを征服してしまった。我々は彼等が撤退す
る春までは捕らわれの身と為ったが、その圧倒的な美しさに頭の
中まで真っ白になった。夜通し雪を降らせた雲が新雪を残して消
えた朝に、『これが青空の定義じゃ!』と謂わんばかりの空の青
さと真っ白い山々、ただこれだけの世界。墨で絵を描く君に見せ
てやりたい美しさだ。人の呼吸に穢されていない生まれたばかり
の冷たい大気が、初めて気管を通った時に、まるで新しく生まれ
変わったような清々しい気持ちになったよ。今朝撮った写真送る
よ。」
そう言ってバロックは十点ばかりの画像も送ってきた。
私はバロックにこっちの近況を伝えた。僕たちがライブをして
いた駅前の広場は、ホームレス達に占領され人が寄り付かなくな
り、遂にはホームレスのホームになってしまった事や、思いがけ
ずに自分の絵が売れた事を、ただ、サッチャンの事には触れずに
メールを返した。そして最後に、
「バロック、本当は何で東京を出てようと思ったの?」
と、私はどうしても本当の事を聞きたいと思った。
バロックから返事が来た。
「サッチャンは元気にしてるか。あんたも知ってたと思うけど、
俺とサッチャンは付き合っていたんや。彼女にデビューの話しが
来た時、サッチャンはどうしても俺の作った曲を歌いたいと言っ
てくれて、俺も頑張って作ろうとしたけれど、やっぱりダメやっ
た。俺には女のラブソングが作れんのや。音楽事務所の奴等から
散々ダメ出しされて、遂に俺は外されることになった。それから
彼女とは次第に疎くなり別れてしまった。彼女がデビューして、
俺が偉そうなこと言えないが、この曲じゃアカンやろと思ってい
たが、その通り大して売れなかった。ところが、その後直ぐに出
した曲は、事務所の奴等がボロカスに言って採用しなかった俺の
曲やないか。俺は腹が立って事務所へ怒鳴り込んだんや。すると
、サッチャンの歌手としての成功が掛かっているとか抜かしやが
って、サッチャンの為にも友人なら事を荒立てない方が良いとか
言ってカネを握らせやがった。俺はそのカネを奴等に投げつけて
帰った。そしてもう彼女の歌が流れてる東京を離れようと思ったん
や。サッチャンは元気にしてるか?」
私はバロックに憚っていたサッチャンの事を伝えた。彼女が仕
事を休んで学校へ復学したことや、バロックからのメールが来な
くなったことを気にしていたとか、あの小室哲哉との金銭問題の
話しはスルーしたが。そして、「東京に戻って来なよ。また三人
でやろうよ。」と誘ったが、どうもバロックにその気はなかった。
(つづく)
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