「自然に回帰しよう!」(6)

2022-11-27 12:37:37 | 「自然に回帰しよう!」

             「自然に回帰しよう!」

 

 

                   (6)

 

 

 私は若い頃に哲学者ニーチェの箴言に出会った時に、あたかも後頭部に回

し蹴りを喰らったような強い衝撃を受けたが、ただ、それがどんな箴言だっ

たか今となっては疾うに忘れてしまった。それでもニーチェの本はほとんど

読んだつもりでいる。それ以外にも何と言ってもニーチェから大きな影響を

受けたハイデガーが書いた『ニーチェ』Ⅰ.Ⅱ巻はニーチェの思想を分かり

易く説明した優れた解説本である。ただ、ハイデガーは後にヒトラー率い

るナチスに加担したことで非難の的となり、私自身もそのような先入観から

ハイデガーは読まず嫌いでいたが、哲学者木田元が絶賛するので読んでみる

とニチェの入門書としてはこれほど判り易い本は無かった。ところで、では

何故ハイデガーはヒトラー率いるナチスを支持したのかと言えば、木田元に

よれば、「ハイデガーは人間を本来性に立ちかえらせ、本来的時間性にもと

づく新たな存在概念、おそらくは〈存在=生成〉という存在概念を構成し、

もう一度自然を生きて生成するものと見るような自然観を復権することによ

って、明らかに行きづまりにきている近代ヨーロッパの人間中心主義的文化

をくつがえそうと企てていたのである。」「そしておそらくはこれがハイデ

ガーをナチスの文化革命の理念に近付けたにちがいないのである」(木田元

『ハイデガーの思想』岩波新書268 、P140~) 

 これはまさに人間中心主義の科学主義を棄てて本来あるべき存在(自然)

への回帰を呼び掛けているではないか。

 ハイデガーによると、ニーチェは「存在とは変遷流転する生成である」と

考え、絶対不変である固定化した真理を求める形而上学的思惟、つまり理性

によって製作される科学技術とは根本的に異なると言うのだ。つまり科学技

術からは生成の世界は決して生まれない。それどころか、人間が理性を

駆使して自然を単なる資料・材料にして作られた非生成の科学技術は、循環

再生する生成の世界を滞らせる。こうしてハイデガーは形而上学的視点から

科学技術文明が何れ行き詰まることを早くから予言していた。たとえば、そ

れは近々問題になっている科学技術によって製作され動力機関が排出する温

室効果ガスが循環再生する生成の仕組みを破壊して遂には様々な

異変がもたらされ行き詰ろうとしている。我々の理性が自然を単なる資源・

材料にして製作した科学技術は循環再生される生成の世界にはそぐわない。


「自然に回帰しよう!」(5)

2022-11-24 00:55:07 | 「自然に回帰しよう!」

               「自然に回帰しよう!」

 

 

             (5) 

 


 娘が科学物質過敏症という病気を発症してから、私はその病気の専門の

病院を捜して診てもらったり、また、科学物質の曝露から娘を守るために

妻の実家に預けたりと、仕事をそっちのけで駆けずり回った。そもそも私は

都内の役所の近くで小さな居酒屋を営んでいたが、その店はすでに他界した

親父が屋台から始めた店で、わたしが勤めていた会社が倒産した時に仕方な

く手伝ているうちに後を継ぐようになった。おふくろは主に接客をしていた

が、それもわたしが結婚してからは妻に任せるようになった。ただ、経営は

昨今の若者達に見られる飲酒離れや大勢で集まる飲み会の減少などによって

年々売り上げは先細りだった。そんな折も折、中国で発生した新型コロナウ

イルスが世界中をパンデミックの恐怖に陥れ、間もなく日本でもクラスター

が発生して、役所は大人数、長時間におよぶ飲食は慎むようにと通達したの

で客足は途絶えた。さらに、エネルギー価格の高騰によって全ての原材料費

が高騰して値上げしなければならなくなると営業中も客が一人も居ない時間

が多くなった。

                       (つづく)


「自然に回帰しよう!」(4)

2022-11-20 11:55:28 | 「自然に回帰しよう!」

        「自然に回帰しよう!」

 

               (4)

 

 科学物質過敏症という聴き慣れない病気に罹った娘を連れて自然が残る実

家に帰った妻は、近くで無農薬で米を栽培している生産者を見つけてさっそ

く取り寄せた。そして自らも無農薬で野菜を作り始めた。彼女は、

「だって毎日口に入れるものが農薬に汚染されていたら何をしたって意味が

ないでしょ」

確かに、農薬の散布によって科学物質に暴露されて発症するとすれば、当た

り前のことだがその農薬、つまり科学物質に汚染された食材を直接体内に取

り入れることの方がはるかに影響が大きいことは明らかだった。科学物質を

避けようと自然豊かな農村に引越しても、近くの農村ではしきりに農薬散布

がおこなわれて、そのたびに娘は頭痛を訴えた。そうして作られた食べ物を

気にしないで口にするにはどうしても躊躇いがある、と妻は言った。

                          (つづく)


「自然に回帰しよう!」(3)

2022-11-03 11:09:10 | 「自然に回帰しよう!」

         「自然に回帰しよう!」

 

 

              (3)

 

 妻の実家は広島県の東部、岡山県境と接する神石高原町というと所で

、中国山地の山間にあり、人口よりも獣の方が多いに違いないと思えるほど

の自然豊かなところであった。私は妻と

一緒に車で何度か訪ねたが、冬のある日に大雪に見舞われてノーマルタイヤ

では帰れなくなって、仕方なく泊まらざるを得なかったことがあった。そ

の時以来、絶対冬には行かないぞと決めていた。つまり、それは娘の健康回

復のためには最適の地に違いなかった。ただ、私は東京で仕事があるので今

すぐに移住するわけにはいかなかった。妻と娘を妻の実家に送ったあと、神

石高原町の役場へ向かって、かねてより相談に乗ってくれた役場の人を訪ね

た。すでに住居は、妻の母が独りで暮らす実家に、それぞれが自分の部屋を

独占しても余るほどの昔風の大きな家屋だった。ただ問題は娘が自然以外は

何もないそんな山奥のくらしを気に入ってくれるかだが、妻が言うには娘は

野山を駆け巡って遊ぶことを決して嫌がらないと思うと言った。ただ、東京

育ちの自分にはいったい何が面白いのかさっぱりわからなかった。妻は、

「だって那美(なみ)はわたしの子だから」

確かに那美の性格は妻の男勝りの性格とよく似ていた。ただ、それじゃあ俺

の性格はいったいどこへいったのかとちょっとイジケタ

                            (つづく)


「自然に回帰しようう!」(2)

2022-11-03 11:09:10 | 「自然に回帰しよう!」

         「自然に回帰しよう!」

 

                

              (2)

 

 科学物質が溢れかえる東京を引越さなければならないとすれば、引越し先

は当然自然環境が残る地方へ移ることになる。私は東京生まれで地方に親戚

縁者が居なかったので、必然的に広島の山村出身の妻の実家しか思い付かな

かった。さっそく妻は実家の母に孫の病気のことを話すと、母はすぐにでも

連れて来なさいと快諾してくれた。そこで、広島県の現状をネットで調べる

と、驚いたことに、原発事故によって放射能汚染が怖れられている福島県よ

りもはるかに多くの人口が流出していた。

「へえーっ、そうなんだ」

私は、もちろん放射能による被曝は気になったが、娘が化学物質の暴露を避

けるためならば人口流出が著しい福島県に引越すことも已むを得ないと思っ

ていたが、それよりも、日本一人口流出が進む広島県のことが気になった。

                         (つづく)

 

 尚、人口流出の情報は以下の日本経済新聞より引用しました。

中国5県、転出超過続く 広島は全国最多に