(三十一)
私は早速バロックにデンワしてサッチャンがデビューしたことを
伝えると、彼は「ああ、知ってる」と素気なかった。バロックがど
んな思いで聴いたのかは分からないが、サッチャンのデビュー曲「エ
コロジー・ラブ」は予想以上の売れ行きで、というのは端からそんな
に売れる訳がないと期待そのものが緩かったからで、そもそも「エコ
ロジー・ラブ」は彼女の為に創られた曲ではなく、今は売れているシ
ンガーが「ダサい」と言って投げ出した曲を、彼女にアレンジを換え
て宛てがったところ、環境ブームの時流にも乗って、ただ、確かに「
ダサ」かったが、それは馴染みのない言葉や使い古されたフレーズに
、お尻を持ち上げられる感じがしたが、彼女の透き通る高い声は、聴
いた人がそのことさえも忘れてしまうほど新鮮な歌声だった。つまり
彼女の御蔭で「売れた」とまでは言えなかったが、見込みを超えたこ
とは確かだった。そうなると先見に聡い音楽関係者は、今度はスタッ
フを代えて彼女の高音が生える曲をヒットメーカーに依頼して本腰を
入れ出した。そしてデビュー曲からひと月も経たずに二曲目の「サス
テイナブル・ラブ」をリリースした。なんでも「サステイナブル」と
は「持続可能な」という意味らしいが、またしても環境ブームに便乗
した曲だったが、どうも彼女の「エコロジー」路線は確定したようだ
。環境問題をテーマにしたテレビ番組のエンディング曲に彼女の「サ
ステイナブル・ラブ」が使われていた。バロックは、「デビュー曲よ
りはこっちの方がいい」と言った。地元出身のサッチャンの二曲目は
商店街の街灯のスピーカーからシャワーの様に降り注がれた。私は、
これまでとは状況が違うが、馴染みのあるサッチャンの歌声を聴くこ
とができた喜びにすこし感動した。
(つづく)