(百六)

2012-07-11 08:26:44 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(百六)
                (百六)



 横で眠っているサッチャンの無防備な寝顔をしばらく見ていた。

恐らく、私はサッチャンの服装に言及しなかったが、それは私に知

識がなくて出来なかった。私風に言うと、彼女はレジ袋のような白

い帽子をスッポリと被り、顔より大きなサングラスを掛けて、彼女

はヒット曲もある歴っきとしたミュージシャンなのだ、薄いパープ

ルのシャツの長い襟足を立て、異常に長い柔らかい毛足のベージュ

のセーターの上に、今は脱いでいるがミシュラン坊やの様な黒いハ

ーフコートを羽織って現れた。

「まだ寒いでしょ、あっち?」

そう言って、鎧(よろい)のようなコートの襟足を持って開いた。

コートと一緒に脱いだ帽子から現れた短い黒髪はよくリンスされて

いるのだろう、サラサラしていた。薄化粧した横顔はとても日本的

な趣きがあった。私は横顔フェチなのだ。かつて映像の粒子に変換

されて、虚飾の世界で持て囃されていたアイドル歌手の面影など微

塵も無かった。と、その時気づいたのだが、彼女の耳は出来たばか

りの型に石膏を流しこんで慎重に取り出した石膏像のように、隅々

の輪郭がはっきりしていて、使い方を間違っているかもしれないが、

よく「エッジ」が効いていた。この子はきっと耳がいいのだ。彼女

の横顔を見ていると、誘われるように私も寝てしまった。

 私はホームレスの頃の様に夜の闇の中を歩いていた。すると、向

こう側からも人が歩いて来た。そして私が立ち止まるとその男も立

ち止まった。私は不気味さに耐えられずに声を掛けた。

「誰だ?」

男は何も答えなかった。行き過ぎようと恐る々々近づくと、その男

も近づいてきた。

「何だ!ただのガラスか。」

私は閉店したブティックのガラスに映った自分の姿に驚いていた

のだ。馬鹿らしくなって離れようとすると、

「おいっ!待てよ!」

ガラスに映った私が呼び掛けた。

「えっ!?」

余りの恐怖から身体が反応できず頭だけを振り返えらせると、

「ったく、だからマンガなんか売れる訳ないよなぁ。何だ、この安っ

ぽい状況設定は、はぁーん?」

ガラスに映った私は、私が最も気にしている事をホザイたので怒り

が込み上げてきた。

「おっ、大きなお世話だ!それよりもお前はいったい何者だ?」

「あぁ、それ。俺はお前の『反』存在だよ」

「『反』存在?」

「お前も知っているように、宇宙はビッグバーンの後、対称性の破れ

によって消滅を逃れた物質と『反』物質が残された。お前たちが「こ

の世界」と呼ぶ宇宙には『反』宇宙が、破れてはいるが対称性を保

って存在している。つまり、お前には必ず『反』お前が、それは俺の

ことだけど、お前を失って消滅出来ずに残されているのだ。」

「・・・」

私は黙っていたが、『反』私は、私の心の中をすべて読み取ってい

た。

「その『反』私が一体何の用か、って言いたいのだろ?」

そう言ってから、

「言って置くがお前と俺はすべての認識を共有しているのだからな」

そう言われてみれば私も彼の考えていることが読み取れた。同時に私

は彼に対してこれまで経験したことの無いほどの強い愛しさを感じて

いた。それは異性間や親子関係までも越えた愛しさ、つまり自分自身

への愛しさかもしれない。我々は何も語らなくても理解し合えた。と、

言ってしまえば話しにならないので言葉に起こすが、

「おい、それで女社長はどうするんだ?」

『反』私は、私が東京を去ろうと決意させた大きな理由を口にした、

否、本当は口には出さなかったんだけど・・・。

 女社長とは別れてしまった。いま彼女はフランスにいる。フランス

へは毎年絵の買い付けの為に出掛けていたが、ただそれだけでは無か

った。老先生が言うには「男がいる」とのことだった。その「おとこ」

という表現が生々しい臭いを放っていた。そしてその臭いに私の本能

が逆上し、邪推し、激昂し、萎縮した。私は彼女が理性を失くして「

おんな」という欲望に操られていることに、全く身勝手な言い分では

あるががっかりした。

「そのフランス人というのは画家なんですか?」

私は老先生に何気なくを装って、というのは私がどうしても知りたい

ことだったので、しかし内心は恐る恐る聞いた。

「多分そうだろうね」

老先生の言葉は一縷の望みを断ち切った。彼女の「おんな」がその辺

のジゴロやホストに入れ上げているならまだしも、ただ画家だけは許

せなかった。というのは、彼女は無名のフランス人の画家の絵をギャ

ラリーの隅々に飾っていたので、その画家というのが誰かは直ぐに察

しがついた。彼の絵は同じ手法で描かれた抽象絵画であったが、私が

観る限り彼の絵には「何も無かった」。何処かで仕入れて来た著名な

画家の画法を真似ているだけのエピゴーネン(追随者)でしかなかっ

た。そしてそんな「おとこ」をパトロンとして支える画商としての「

おんな」社長に落胆した。

「絵を見る眼が無いからね」

画廊の経営者にとっては決定的な欠点を、陰で支える老先生はあっさ

り指摘した。彼女はエジプトの壁画に描かれた女性のような大きな眼

をしていたが、「おとこ」が描いた絵画を観る度にこの人はどうして

こんな画家を評価しているのかと、横顔からはみ出した目を見ながら、

画商としての彼女の目を訝しく思った。

「それでも飛行場まで見送りに行ったじゃないか」

『反』私は、私の心の内を見抜いてそう言った。

「馬鹿な事を言うな!あれは彼女が荷物が多いのでどうしても運んで

欲しいと言うから、仕方なく着いていっただけさ」

しかし、私は別れ際に改まって「行かないで欲しい」と切願したが、

彼女は、

「何言ってるの?仕事よ、仕事っ。」と、

取合わずに私のくちびるに軽くキスをして搭乗口へ向かった。私に画

家の理性と呼べるものがあるとすれば、それは彼女のように芸術の価

値を金額の桁でしか判断しない画商を軽蔑する為に残されていたが、

ところが「おとこ」の本能という奴は逡巡する理性を嘲笑うかのよう

にアッサリと裏切ってしまった。

 私は彼女のことを蔑んでいた、だけど好きだった。

「本能は理性に先行する、だよね。」

私は、『反』自分に自分の持ちネタをパクられた恨みから黙っていた。

「大体相手がフランスの男ではこう為ることが目に見えていたさ」

「どういう意味だ?」

「お前、純粋な感情から彼女を求めたか?」

「ん?」

「この国で恋愛するには様々な条件が邪魔をする。生い立ちや年収や

職業や年齢までも、つまり社会的な条件を満たさなければ恋愛すら出

来ない。やがて条件を満たした好きでも無い相手と仕方無く結ばれる。

こうしてお前らは個人の恋愛にも社会性を重んじるが、ところがフラ

ンスでは個人は社会に先行する。彼らは抱き合うのにいちいち性交申

請書を役場に出したりしない」

「ガハハハッ」

笑ってはみたが、実際私が苦しんだことの全ては、私の彼女への思い

を邪魔するものではなかった。私を躊躇させたのは社会のくだらない

柵(しがらみ)からだった。周りの人々はどう思うだろうかとか、彼

女の前夫との間に生まれた子供との関係をどうするかとか、私の見窄

(みすぼ)らしい肩書きを卑下してみたり、境遇の格差が気になった

り、こうして我々は個人を捨てて社会に媚びて生かざるを得なくなる。

つまり純粋な個人の思いなど貫ける訳が無い。フランス人がターフを

走っている競技場を日本人は柵のある障害物コースを走っているのだ。

そして、その柵とは自分自身によって作り上げた有りもしない障害な

のだ。我々の本能は自らの理性によって社会的に去勢されてしまった。

この国では「社会が個人に先行する」のだ。

「そもそもお前は一体何の為に俺の前に現れたんだ?」

私はもうひとりの自分に糾弾されることに耐えられなくなった。

「おいおい、勘違いするなよ。大体俺を呼んだのはあんたの方だぜ」

「おっ、俺が?」

「彼女と別れた後、死ぬつもりじゃなかったのか?『赤』木ヶ原の樹

海だっけ」

「・・・」

「勝手に死なれちゃ困るんだよな、『反』お前としては。」

「俺がどうしようとお前には関係の無いことだろうが」

「とんでもない!片割れを失ったものが何時までも存在できると思っ

ているのか。お前が死ねば何れ俺も消滅するのだ」

「それじゃあ、お前は俺を引き止める為に現れたのか?」

『反』私は、私の問い掛けにすぐには答えなかった。そして、

「実は、俺も、生きていることが無意味に思えてきた」

彼の心情は分身である私にも伝わってきた。彼が言うには、互いが合

意すれば結合して消滅へ、つまり死ぬことが出来るというのだ。人は

ただ一人では死ねないのだ。もう一人の自分が居るのだ。『反』私の

心情は私自身にも理解できた。

 流行(はや)りによってもて囃された者はすぐに廃(すた)れて流

されて行く。私も華やかな個展の後、知らぬ間にフェイドアウトして

いた。簡単に担ぎ上げられた者は簡単に引き摺り下ろされた。掌(て

のひら)を返す様な冷たい世間の反応に、私は自分自身を見失い全く

絵が描けなくなってしまった。大気の中で魚が溺れるようにいくら藻

掻いても徒為徒労に終わった。そんな時に、担いでくれた画廊の「お

んな」社長に、画家ではなく「おとこ」として認められなかったこと

が辛かった。

「もっと自信を持ちなさい」

どういう自信なのか分からなかったが、そう言われたことがさらに自

信を失わせた。そう言った本人が飛び立ってしまいゲームオーバー

になった。心の中は「無」が支配し寂寥たる無為の日々を送った。感

情が消え失せ何もかもがどうでもよくなった。人は辛さに耐え切れな

くなると感覚を捨てる。それは私がホームレスだった頃に絶対幸福と

呼んだ感覚に近かった。否、希望など端から無かったホームレスの

頃よりも、希望を失ったその時の方が辛かった。何もかもが他人事

のように思えた。死ぬことさえも怖くはなかった。自らの空虚を埋め

るために政治団体や信仰の誘いがあれば、「私でもお役に立てれば」

と言って喜んで顔を貸した。遍(あまね)く組織と謂うものは、個人

の虚しさを埋める為に派生する。何を詰め込まれるかなどどうでもい

いのだ。人はただ孤独を癒す為に集う、決して思想・信条などからで

は無い。しかし誰もが虚しさを持ち寄ったところで、更なる虚しさ以

外に何も持ち帰るものなど無かった。誰もスプーン一本曲げられなか

った。それはヤンキー達が「つまんねえ!」と言って集り、本当につ

まんない事しか出来ないのに似ていた。自らに拠って立つ者は自分以

外を頼ったりしないのだ。

しかし、バロックとのメールのやり取りによって自分を取り戻し、サ

ッチャンからのK帯メールに救われた。私はバロックとサッチャンに

励まされて、もう一度「路上」からやり直せるかもしれないと、生き

る意欲を取り戻した。私はバロックのように『赤』木ヶ原の樹海に身

を預けずに済んだのだ。つまり、彼は現れる時を少し過った。

 『反』私は憂いに満ちた眼で私を視つめていた、が、私とのズレに

気付いたのだろう、その視線を下に逸らした。とっ、その時!突然、

大地が揺れて、私はツンのめって前に投げ出され、二人の間にあった

ガラスにしこたま頭をぶっつけてガラスは粉々に割れてしまった。

「痛っつう・・・」

「只今、地震発生の為、緊急停止いたしました。しばらくお待ちくだ

さい」

 新幹線の車内には車掌の冷静を装ったアナウンスが繰り返し流さ

れていた。私の頭は夢を繰ることに精一杯で、非常ブレーキに着いて

いけず慣性に任せたまま前の席の背もたれにぶつかって、眠りから

覚めた。車内は騒ついていたが、とりあえず止まったことの安堵から

すぐに落ち着きを取り戻した。さすがに中年女性も笑い声を潜めてい

た。そして誰もが続いて起こるかもしれない余震を固唾を飲んで見守

っていた。しかし、ペットボトルの水は微動だしなかった。サッチャ

ンは頻りと窓の外を監視していた。

「地震だって。何か怖いよね」

彼女が耳から外したイヤホーンのスピーカーからはビバルディの「四

季」の「冬」が大音量で流れ始めた。

「音楽のスイッチを切ったら」

「あっ!これだ、効果音」

私は夢の記憶に現実が繋げずに朦朧としたまま、夢の中に『反』私を

置き去りにして、現(うつつ)へ舞い戻って来たことに後ろめたさを

感じたが、新幹線を立ち往生させた地震は彼が起こしたのかもしれな

いと怪しい直感を信じた。

「きっとアイツだ!」

 『反』私が言うように、世界は無意味に覆われていて存在する意味

など無いかもしれない。「無は存在に先行する」。しかし、存在とは

「無」に背いて在るのだ、「無」が摂理であるなら存在は背理から生

まれた。つまり存在とは「無」への抵抗なのだ。「無」=絶対からの

逃亡なのだ。止まっていては「無」に帰す、存在するものは絶えず「

無」から逃げ回らなければならない。こうして、宇宙は「無」から逃

れようと膨張し続け、我々は罪の意識を背負いながら常に変化しな

ければなければならない。そうしなければ、『反』存在に捕らえられ

て、「無」=秩序へ回帰させられるだろう。存在するとは「秩序」を

越えることだ、何故なら絶えず進化しなければならないからだ。存在

するとは「絶対」に抗うことだ、何故なら絶えず変わらなければなら

ないからだ。逃げろ!生きるとは「無」から逃れることだ!

                         (つづく) 

(百七)

2012-07-11 08:22:40 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(百六)
                (百七)



 「・・・地震の情報をお伝え致します。気象庁によりますと、〇

時〇〇分頃地震がありました。震源地は〇〇県〇〇〇部で震源の深

さは約12km、地震の規模、マグニチュードは5.4と推定されます。

各地の震度は次の通りです・・・」

 車内放送は地震の詳しい内容を伝えていた。その後に体感できる

程の余震は続かなかった。新幹線は線路の安全確認を終えて、すぐ

近くまで来ていた停車駅へ這う様にして辿り着いた。予定時刻より

30分以上遅れていた。車内は予定の変更を余儀なくされた観光客

やビジネスマンがそれぞれK帯で連絡を取り合っていたので騒がし

かった。新幹線が駅に着くなり私は立ち上がってサッチャンの腕を

取った。

「サッチャン、逃げよう!」

「えっ!何で逃げるの?」

私はこれ以上新幹線に身を預ける気分にはとてもなれなかった。

「『反』俺に殺されるんだ!」

「えっ!?ハンオレって何っ?誰が殺されるの?」

「後で説明するから早く降りよう!」

「え―ぇっ、降りてどうすんのぉ?」

 東京で暮らす者の多くは地震慣れしていて、少々の揺れでは驚か

ない。それは実際にどうする事も出来ないからだ。いちいち今地震

が起こったらなどと気にしながら暮らして行けない、忘れるしかない。

かつては揺れが収まればその日の話題にもなったが、今では誰も

が言葉も交わさず何事も無かった様に中断した生活に戻っていく。

他所から来た者にとっては地震の多さにも驚かされるが、人々が何

事も無かった様にすぐ元の日常を取り戻せることの方が異様に見え

る。彼らが他人の有事を眼にしても、見ぬ振りをして何も無かった

様に通り過ぎるのは、もしかすれば地震への慣れの教訓から派生し

たのかもしれない。人々の反応が何処となく同じ様に映る。誰もが

揺れる度にカタストロフ(破局)を想起して、大事に到らなかった

と胸を撫で下ろす時、次第に大げさな反応を慎み冷静さを装う様に

なり、それが何度も繰り返されて何が起こっても冷静を装う様にな

る。しかし冷静とは感情を押し殺す事である。こうして人々は地震

の度に感情を喪失していく。東京の人々はいい意味でも、また悪い

意味でも冷静な人々である。それでもそんな地盤の上にドミノの牌

を積み上げる様にして高層ビルが高さを競っている。人々は度重な

る地震の恐怖によって自己を見つめ直し、カタストロフを逃れる度

にそのカタルシス(浄化)によって再び蘇える。(「自信」は使わない

と決めてます。作者)首都東京は不安と豊かさの微妙なバランスの

上に成り立っているのだ。人々はそんな危なっかしい刹那主義に

魅せられて柵(しがらみ)のない東京を離れられない。幸いにも未

だ地震による大きな被害が無いこと、あんなに警告されているのに

何故東京だけは震災が起きないのだろうか?明治以来東京には大

量の物資と人が運び込まれて、その重みによって地盤が圧されて地

震が起き難くなっているのではないだろうか?ただ日本は何処へ逃

げても地震が起こること、神戸なんかで起こる筈が無かった、何よ

り東京人は忙しすぎてすぐに忘れる。しかし、もしも地震によって

高層ビルの一棟でも倒壊すれば、忽(たちま)ち事態は深刻化して

東京から逃げ出す人も現れるに違いない。遷都はそれまで本腰を入

れて話し合われないだろう。

 東京で暮らすサッチャンも地震くらいでは驚かない。済んでしま

えば忘れてしまう。彼女には私の怖れが理解出来なかった。

「大変長らくお待たせ致しました。まもなく発車いたします」

車掌は、走行の安全が確保されたことを誇らしげに伝えて、速度を

落として進むことを高らかに宣言した。新幹線は動き出そうとして

いた。

「早く!」

私はサッチャンに「ハンオレ」の説明しようとは思わなかったし、

幾らゆっくり走る新幹線でも目的地に着くまでに、もちろん自分も

全く解かっていないのだが、ビッグバーンの後に対称性の破れによ

って物質が残された事や「反」物質を理解させる自信が無かった。

無理やりサッチャンを立ち上がらせて、彼女は仕方なくミシュラン

坊やのコートに袖を通したが、見ると彼女のテーブルの上には所狭

しとモノが置かれていた。私は間に合わないと思って、彼女が被っ

ていたレジ袋の様な帽子を下に受けて、サングラスなど散らかった

一切合財を掌をショベルカーの様にして滑り落とした。

「いやーん!形が崩れる」

「ごめん!でも、もしかしたらこの帽子、こういう使い方もあると

宣伝すれば売れるかもしれないね。エコバックにもなる帽子ってチ

ョットしたアイデア商品だと思わない」

サッチャンは渋々その帽子を受け取った。

 高架に設えられた吹き曝しのプラットホームは、車両が通過した

後を遠くの雪山から吹き荒ぶ寒風が音を立てながら通り過ぎた。ホ

ームには私とサッチャンだけが放置された。彼女は椅子に座ってレ

ジ袋から、いやお洒落な帽子から小物を取り出して元のカバンに収

めていた。私はK帯でバロックに連絡を取ろうとしたが全く繋がら

なかった。

「ダメだ、繋がらない」

「どうしてかしら?」

彼女は空になった帽子を被りながら、

「それよりこれからどうすんのよ!」

確かにバロックの所へ辿り着くにはもう一つ次の駅まで行かなけれ

ばならなかった。そしてローカル線に乗り換えてさらに路線バスで

終点まで行って、それからは国境を越んばかりにひたすら歩かなけ

ればならない。しかも私は簡単に考えていたが、新幹線のひと駅は

とんでもない距離だった。新幹線が消え去った誰も居ないホームの

端を眺めながら、まるで島流しに遭った科人(とがにん)のように

途方に暮れてしまった。もしも世界で一番侘しい場所を挙げろと言

われたら、新幹線が通り過ぎた後の駅のホームと答えようと思った。

その華やかな新幹線とは余りにも落差のある景色をカメラに収めた。

「う―っ、寒い!とにかく下へ降りようよ」

呆然と立ち尽くす私を諭す様にサッチャンが先にエスカレーターに

乗った。

 私とサッチャンは改札を抜けてコンコースへ出た。そこはプラッ

トホームとは違って、発着の遅れによって足止めされた人々で随分

混雑していた。

「あっ!なんだ在来線があるじゃん」

サッチャンが路線図を見ながら叫んだ。二人は新幹線を乗り捨てて

在来線ホームに向かった。コンコースの隅にあるテレビが地震の速

報を伝えていた。幸いにも大きな被害は無かったようだ。ただバロ

ックにはまだ繋がらなかった。在来線のりばに来ると往来する人々

はそれぞれの生活を引き摺っていて、何故かホッとした。旅行とい

うのがその道程を指すのであれば、新幹線での移動は旅行とは言え

なかった。新幹線は速くて便利だが、想いを辿りながらゆっくり思

索しようとする旅行者の時間に合わなかった。まるで高層ビルのエ

レベーターに乗った時の退屈さに似ていた。或いは病院の待合室の

ように落ち着かなかった。日本経済の停滞はビジネスマンや技術者

が新幹線や飛行機を利用して、拙速な思索のまま目的地に着いて終

うからかもしれない。我々の技術革新は、テレビが良く映るテレビ

に、自動車が良く走る自動車に生まれ変わったが、利用者からすれ

ば、何れも初期のコンセプトを凌駕しているとは思えない。つまり

、牛丼は牛肉を何割増量しても牛丼なのだ。そしてそのコンセプト

を生むのが思索だとすれば、我々の思索は安易な成果主義に導かれ

ていないだろうか。現代社会は殊更「過程」を省(はぶ)いて「

結果」ばかり求めるが、「結果」から導きだされる「過程」という

のは概ね限られてしまう。「過程」が限定されるということは思索

の可能性を失くすことである。今や世界も等閑(なおざり)にして

きた「過程」に梃摺(てこず)っている。我々を悩ましている問題

とは、格差社会や地域紛争、地球環境など、どれも「過程」を疎か

にした結果ではないだろうか。力を背景に自分達の都合のいい理屈

を押し付けて来た「結果」ではないだろうか。「過程」は思索を生

むが「結果」は思索を求めない。「結果」が全てだというのは「思

索」の可能性を奪う乱暴な意見だ。マニュアル化された「結果」は

、受胎告知から育児、教育、就職、結婚、老後、告別、更には七回

忌の法要までが案内され、我々にはただ0と1の「過程」しか残さ

れていない。効率化を求める「結果」は限定された「過程」の中で

の能力に過ぎない。我々は自らに柵を越えてはならないと思ってい

るだけなのだ。すでにケージは破綻しているのに、飼い馴らされて

逃げ出すことさえ覚束ないでいるのだ。グローバル経済の破綻とは

「過程」の可能性を蔑ろにした「結果」の破綻である。「結果」の

崩壊によって、我々には「過程」だけが残された。否、しかしまだ

思索の可能性は残されているのだ。この社会の「結果」以外の「過

程」はまだ無数に存在するのだ。我々は新しい「過程」を思索する

為に、朽ち果てた柵を飛び越えなければならない。

 人生もまたひとつの旅であるとすれば、決められた処へただ着

けばいいというのは、余りにもつまらない旅ではないだろうか。何

故なら人間とは「過程」そのものではないか。我々が求める「結果」

とは社会が認める「結果」に過ぎない。「結果」が全てだと言うなら、

何も生まれて来なくても良いことにならないだろうか。

                         (つづく) 

(百八)

2012-07-11 08:21:40 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(百六)
                 (百八)



 かつて日本の大動脈となって輸送を支えた本線は、新幹線の登場

によって主役の座を追われ、定年後の元課長のように往時の面影を

微かに留めながらも慎ましやかに、軽量化された新しい車両に線路

を譲っていた。

「よかった!ロングシートでなくって」

サッチャンは最後列のボックスシートに飛び込んでそう言った。た

だ地震の影響で何時発車するとも解からなかった。待っている間に

どのボックス席にも乗客が席を占め、四人掛けを二人で占領する訳

にはいかないだろうと覚悟した頃、予定より随分遅れて電車が動き

出した。駅前のビル街を抜けると、家並みが途切れてすぐに家屋は

田畑に点在するだけになった。電車はまるで老人が階段を登るよう

にひと駅づつ停車してため息をついた。そして停車するごとに駅前

のビルが減り、降りる人ばかりで遂には空のボックス席も現れた。

ブルーシートの空には気づかない間に雲がかかっていた。まとまり

のない流れるような春の雲だった。

「ほら!きれい」

線路に寄り添って流れる川の土手には桜が淡く色づき始めていた。

何時までも車窓に飛び込んでくる桜並木を二人は黙って眺めていた。

それは新幹線の車窓から見る景色とは違って空気が感じられた。そ

の空気には東京の暮らしで馴染んだ焦りや謀(たばか)りがなく新

鮮だった。

「案外いいもんね、こういうのも。何だか時間を忘れちゃう」

サッチャンは私を気遣ってそう言ってくれた。だが、

「でも、何で新幹線を降りたのよ?」

「ああ・・・」

「夢を見たんでしょ?」

「うん」

「何よ?『ハンオレ』って」

サッチャンは無理矢理降ろした理由を聞いてきたが、どう答えていい

か解からなかった。

 日本の近代化は鉄道の敷設から始まった。鉄道の発展は近代化への

軌跡でもある。地方にも鉄道が繋がり交流や物流が盛んになって繁栄

をもたらした。日本列島を網羅する路線は、戦後は国民の生活を支え、

高度成長時には眠ることなく駆けずり回った。しかし皮肉なことに鉄

道がもたらした経済成長によって車社会が発展し、鉄道はその主たる

役割を譲った。鉄道が廃れることは地方の衰退の象徴でもある。駅前

は見る影も無く寂れ、幹線道路のショッピング街に賑やかさを奪われ

てしまった。しかし幾ら車が混雑しても人の交流は生まれない。繋が

りを失った人々は近代化をもたらした鉄道に、まるで反作用のように

吸い上げられて都会へ出る。こうして地方はまた夜明け前のように寂

れてしまった。すでに日本の近代は鉄道の廃退と共に終わっていたの

だ。

「ねえ、サッチャンはこれからどうするつもり?」

私は出来るだけ『ハンオレ』の話しから遁れたかった。

「どうするって?」

「やっぱり歌を続けるの?」

「んんっ、だってそれしか無いもん」

「それって強いよね、歌しかないって」

「そんなことないよ、不安だらけ」

「そう?」

「認められなかったらどうしようって何時も考えてしまう」

「例えばさ、もしも世界で自分独りだけになったとしても歌う?」

「そんなこと考えたこと無い」

「だから、例えばだよ」

「んんっ、だって誰も聴いてくれないんでしょ」

「そうだよ、自分だけが残って社会が消え失せるんだ」

「アートはどうするつもりなの、そうなったら?」

彼女は私のことを「アート」と呼ぶが、未だに素直に応えられなかっ

た。

「うっ、うん。じつは絵が思う様に描けなかった時、フトそう思った

んだ」

「そう思ったって?」

「だから、誰も観てくれなくてっも、それでも自分は絵を描く意味が

あるのかなって」

「うん」

「歌にしろ聴いてくれる人がいると思うから歌うんじゃない」

「うん」

「サッチャンは誰もいなくなっても歌える?」

「どうだろう?」

そう言ったきりサッチャンは黙ってしまった。それからしばらくの

間窓枠に頬杖をついて、春霞がたなびく遠くの山々を眺めていた。

そして、「ねえ、『ハンオレ』って何よ」と、窓の外を見て言った。

 世界のグローバル化は一方で地域再生の好機である。世界が何処

も一様に近代化され、東京もニューヨークも上海もリオデジャネイ

ロも、何れの社会もそれ程変わらないとなれば、人はやがて都市に

飽いてしまって自然回帰するに違いない。ところが、日本の地方は

あろうことか中央官僚が描くグランドデザインを恭しく戴き、もは

や日本の到る所にリトルトーキョーが生まれているではないか。新

幹線を降りて駅を出ても、全く同じ様な景観でそこが何処の街だっ

たのか解からない時さえある。日本が東京と名を変える前に「国土

の均衡ある発展」がバブル崩壊によって頓挫したことは地方にとっ

て幸いだった。地方が東京を棄て独自の展望で自らの街づくりを創

めるいい機会ではないか。今こそ地方は世界発の近代文化に抗って

地方からポスト近代の新しい生き方の、恐らくは自然環境に近づい

た暮らしの、思索を重ねるべき時なのだ。人口の減少や開発の遅れ

に悩む地方こそが低炭素社会の実現の可能性を最も有してる、謂わ

ば新天地ではないか。可能性を失くした逆の意味での限界都市で無

為に生きるより、限界まで無人化した集落から新しい世界が産まれ

ると思わないか。いざ!若者よ、メイフラワー号の帆は高々と上げ

られた。人跡に汚されない新大陸は失われてすでに久しいが、我々

の志はかつてのピューリタンに劣らず真摯であり、プロテスタント

のように抗うことも失ってはいないはずだ。見栄と嫉妬が渦巻く悪

臭放つ世襲の街を棄て、限界集落と呼ばれる「新しき村」へ、地上

に残された最後の新大陸へ、いざ漕ぎ出そう!!

 あっ、しまった!あの―っ、それから言い忘れたんだけど、パソ

コンがあれば一応持って行ってネ、お願いします。

 
 サッチャンの会話の流れを無視したヒッカケ質問に思わず、

「ファールやないけっ!」

と叫びそうになったが、唾を飲み込んで、

「あっ!そうそう、その時に現れたんだよ『ハンオレ』が!」

「えっ?」

「だから『ハンオレ』だよ、つまりもう一人の自分だよ」

「何だ、そういう意味なの」

「こいつが悉く俺に反対するんだ!」

「ふーん」

「誰もいなくなって世界にただ独り取り残されたら、人間はもう一

人の自分を作り出すんだ、きっと」

「それ、ほんとのこと?」

「たぶん。だって社会に対する思いはまだ残っているんだから、社

会が無かったら勝手に擬似社会でも作っちゃうさ」

「独り言の世界じゃない、それって」

「大体、会話なんて言うけれど誰も人の話しなんか聞いちゃいない

さ。自分に都合の好いことだけ拾い集めて納得してるんだ。それっ

て独り言のようなもんじゃないか」

「げっ、そうかしら」

「ま、そんなことはどうでもいいや。否、どうでもよくないか」

「何言ってんの」

「ほら、独り言だろ」

「ええ―っ、わざと?」

「だから、誰もいなくなったって大丈夫だ。俺にはもう一人の俺が

いるって解かったんだ」

「それが『ハンオレ』なの」

「つまり、独りになったって自分の世界は失われないってことだよ」

「それで、独りでも絵が描けるの?」

「そう、画家というのはそうやって絵を残してきたのだ。レンブラ

ントやドラクロアやセザンヌやゴッホも。社会に認められなくても

自分を見失わずに絵を残せたんだ。」

「ふ―ん」

「死ぬ時だってそうかもしれない。人間は独りで無くなるんじゃな

いんだ。『ハンオレ』と一緒に光を放って消滅するんだ」

「何で光りを放つの?」

「ほらっ、ビッグバーンって知ってるよね?」

「んんーん、知らない」

「えーっ!」

「何よ、それ?」

「ビッグバーンからこの宇宙が生まれたことを知らないの?」

「知らないって言ってるじゃない。何なのよ、ビッグバーンって」

「大爆発のことだよ。宇宙は大爆発が起こって生まれたんだよ!」

「何で大爆発が起きたの?」

「えっ!何でっ?ええっと、それは・・・」

ちょうどその時、側らの車窓に多くの乗客が現れて後ろへ飛び去り、

私の無知を哀れむように救ってくれた。電車は大きな駅に停車した。

                                  (つづく)   

(百九)

2012-07-11 08:20:18 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(百六)
                  (百九)

 

 空腹の電車はドアを開けるなり大勢の乗客を飲み込んだ。それで

も乗客は僕達の席だけ何故かスルーして行った。またしても二人で

四人掛けを占領出来ると思っていたら、動き出そうかという時にな

って、杖を突いた白髪の老人と、彼を庇う様にして中年の女性が我

々のボックス席の前に現れた。中年の女性は軽く頭を下げてから空

席を指して、 「よろしいですか?」 と聞いた。

「ええ、もちろん」

サッチャンもそれから「何故、ビッグバーンが起こったのか?」と

聞いてこなかった。老人は中年女性の介護に縋(すが)って腰を不

器用に折り曲げて私の横に倒れこんだ。すでに電車は動き出してい

た。中年の女性は厄介な介護を終えてそのまま後ろの席に腰を下ろ

した。車内に案内のテープが流れて、それが終わると沈黙を嫌うよ

うに老人が話しかけてきた。

「どちらへ行かれるんですか?」

 私が行き先を告げると、

「それはそれは、長旅ですな」

「友達が居るんです」

「ほう、そうですか」

話し声はしっかりしていて顔色も良く、私達と同じ姿勢で座ってい

ると、さっきまで杖を突いていた人には見えなかった。そして彼ら

も私らと同じ終着駅まで行くと言ったので、我々四人は二時間弱

の間、膝を突き合わせなければならないと判った。それを聞いた

サッチャンはイヤホーンをして窓の外に目を遣った。走る電車桟

敷 から見る春の田園風景は、雲の緞帳(どんちょう)がドタバタ芝

居 のように垂れたり巻かれたりを繰り返し、傾きかけた照明を遮

って 陰日向をめぐるましくした。私はさっき起こった地震の事を聞

いた。

「このまま収まると良いのですが」

もう一度余震が起こって遅れたりすれば、今日中にバロックのもと

に辿り着けるかどうか怪しかった。そして、地震への不安が老人と

私の距離を近づけたのかもしれない。

「もし間に合わない様だったら私の家に泊まればいい」

老人はそう言って中年の女性を伺ったが、彼女は全く答えなかった。

彼らは終着駅の近くに暮らしていた。

「ありがとうございます。でも、そんなこと出来ないですよ」

私もサッチャンも他人への遠慮くらい持ち合わせていた。たまたま

電車の席を同じにしただけの人に宿を借りる気兼ねに耐えるなら

まだ路上を彷徨った方がよっぽど気楽だった。それでも温かい言

葉に黙っている訳にもいかず、何を話せば好いのか解からなかっ

たので、仕方なく自分のあらましの経歴を紹介をした。

「ほう、画家さんですか、今の若い人は羨ましい。私らの頃は、ほ

らっ、戦争だったから」

するとそれまで黙っていた中年の女性が、 「おとうさん!」 と、

諌めるように強い口調で言った。彼女が言い放った後、誰もが

沈黙してしまった。私は気まずさから、

「どちらからのお帰りですか?」

と尋ねた。すると、「お父さん」は気を取り直して答えてくれた。

「グアム島へ行ってきました」

「へーっ、じゃ楽しかったですか?」

「否、実は観光じゃないんですよ」

「えっ?」

「グアムで死んだ戦友の慰霊にね・・・」

「ええ」

「恐らくもう訪ねることは出来ないから、もう最後だと思ってね」

「・・・」

もちろん、グアムやサイパンで激しい戦闘があったことは薄々知っ

ていたが、と言うのもホームレスの時ゴミ置き場の古本を漁ってい

ると、必ず派手な装丁の戦争の本がポルノ雑誌と一緒に投げ捨て

られてあったので暇つぶしに拾って良く読んだ。それでも私の頭に

まず浮かんだのは観光地としてのグアム島だった。

「それは、大変失礼しました」

「いやいや、何しろ随分むかしのことだから」

我々の歴史認識は不思議なことに現代に近づく程不確かなものに

な ってくる。最新の近代史は最先端の量子物理学と同様に、観察

する 者の認識によって事実は異なって現れるからだ。我々は昨日

のこと ですら事実の認識を共有出来ない。前提の認識から異なっ

ている。 結果、過去を遡(さかのぼ)り過去を頼って後ろ向きにしか

進めないの だ。我々は、失敗を怖れて来し方に拘り、行く末に背を

向けながら未来 を語っている。  老人はグアム島に眠る戦友への

慰霊を終えて、自らも砲撃と銃弾 と、そして絶望の中を必死で駆っ

た戦場の跡を訪れて、封じるには 凄絶過ぎる記憶が蘇えり、娘さ

んの制止を振り切って静かに語り始 めた。以下は私の記憶を基に

して纏めた、彼が語ったことである。

 グアム島を始め南海の諸島は近代になってから欧米列強に縦(ほ 

しいまま)に支配されてきた。日米開戦と同時にアメリカから奪い

取ったグアム島は、後にサイパンと共に本土攻撃を防ぐ絶対国防

圏として位置づけ、制空権と制海権を握る要塞であった。一方米軍

は、サイパンを陥落させ勢いに乗じてグアム島奪還を目指し総力を

結集し、グアム島での攻防が大戦の勝敗を左右する決戦場となった。

二十日間余りの戦いは物量に優るアメリカ軍の絶え間無い攻撃に立

ち向かってよく応戦したが帰趨は歴然であった。しかし撤退すれば

本土攻撃が避けられず愛でし同胞に戦禍が及ぶことも必然だった。

兵(つわもの)どもは勇猛に攻め果敢に防いだ。二万人を越える日本

兵のうち生還を果たした兵士はたった千数百余人という凄惨な抗(あ

らが)いだった。多くの指揮官も命を落とし命を留めた者も自決した。

彼も多くの戦友を失い、自分も戦車の砲撃を受けて右足を負傷した。

「気付いたら靴が脱げていて、靴を捜そうと立ち上がったら足も脱

げていた」

爆撃によって足首が吹っ飛んでいた。

「気が付かなかったんですか?」

「全く気付かなかった。そして気付いたら気を失ってしまった」

軍靴に詰まった彼の右足は、食物連鎖の下層で生息する昆虫や原生

動物への少し早い戦場のクリスマス・プレゼントになった。すぐに仲間

に足首を縛ってもらい止血したが、もはや戦場に戻れない。軍命を全う

出来ず置き去りにされ、死屍累々たる密林を独り彷徨った。内臓を裏

返しにして横たわる兵士の無傷の足元を見ては、何とか付け替えられ

ないものかと悔やんだ。恐らく次の戦争までには移植技術が進み、兵

士達にドナーカードを渡して、その屍の臓器を奪い合う日が来るのかも

しれない。屍の山が宝の山に変わるのだ。戦列を離れて幾日経っただ

ろうか、足はどす黒く腫上がり、やたらとハエが纏わり付き腐敗し始め

ていた。生き延びようとは全く思わなかったが、自決を試みたが果たせ

なかった。

「生きるということは本能なんだ。人間は理性によって生きている

のでは無いんだ」

ただ、今生の最後と網膜に焼き付けたグアムの景色は美しかった。

「今も目を閉じると甦ってきますよ」

そうだ!海中に身を投じれば願いが叶うと思い、そして海は父母や

兄妹が無事を願う日本とも繋がっているではないか。木を杖にして

浜辺へ辿り着いた頃には辺りは漆黒の闇だった。海中に身を浮か

べると天上には満天の星が燦然と煌めいていた。南十字星を確か

めて頭を北に向けた。

「グアムは本当に美しい島なんだよ。そんな処でも人間は殺し合い

を始めるんだからどうしようもない」

やがて意識を失った彼が目を覚ましたのはアメリカ軍の収容所の

ベットの上だった。

 彼が語った「生きるということは本能なんだ。人間は理性によっ

て生きているのでは無いんだ」という言葉は、「生きる意味」を探

し倦(あぐ)ねていた自分の後頭部を蹴り上げた。私は早速メモ帳

に「コピペ」して「マイドキュメント」に作った「あほリズム集」

に「お父 さん」という名前を付けて保存した。そして「理性から

は生命は生まれて来ない」という当たり前の事に気付かされ、「生

きる意味」を問うことの無意味さを知った。それはこの拙文の随所

にも彼の言葉を引用させてもらって、将に私を支えるアフォリズム

(箴言)の一つとなった。

 サッチャンは、何時の間にかイヤホーンを外して、お父さんの話し

に体を乗り出して聞いていた。ところが、彼が「足も脱げていた」

と言った時には大きな声で「キャ―ッ!」と叫んだ。

「ごめん、ごめん」

お父さんはサッチャンの肩を叩いて慰めた。そして、右足のズボン

を膝まで捲り挙げて義足を曝し、手摺に掛けてあった杖で太腿を叩

いた。「コツコツ」という音がして、彼は太腿部から義足であるこ

とを告げた。もうサッチャンは言葉を失くして大人しく泣いていた。

 彼は捕虜として扱われ治療を受けていたが、右足は腐敗が進行し

太腿部から切断しなければ治癒しないと告げられた。その夜はいろ

んな想いが去来して眠れなかった。消灯した仮設テントの裂け目か

らは海中から見た満天の星が、その晩も等しく煌めいていた。ただ

ぼんやり眺めていたら、何処からとも無くハーモニカの音色が流れ

てきた。それは聴き覚えのある旋律だった。彼はベットから降りて

杖を取り、音のする方へ歩いた。すると、一人の米兵が切り株に腰

を下ろしてハーモニカを吹いていた。

「確かっ、『星の界(よ)』だった」

「でも、どうしてアメリカ兵がその歌を知っていたんですか?」

「この曲は元々は賛美歌なんだよ」

彼はその場に立ち尽くして、そのアメリカ兵が吹くハーモニカの物

悲しい旋律に合わせて歌詞を口ずさんだ。   

  月なきみ空に 

  きらめく光   

  ああその星影  

  希望のすがた    

  人智は果なし  

  無窮の遠(おち)に   

  いざその星影  

  きわめも行かん

 日本から遠く離れた地で聞き覚えのある旋律に触れて郷愁が甦

った。ただ戦友を死に追い遣って自分だけが生き残ったことに耐え

られなかった。自分一人が取り残された。世界は言葉を失い時間

は止まっていた。感情が消え失せ感覚だけが辛うじて残った。その

感覚がもたらす足の痛みによって生きていることが分かった。そして

感覚によって世界に意味など無いと知った。ただ人間が意味を求め

ているだけだ。

   雲なきみ空に

  横とう光

  ああ洋々たる

  銀河の流れ   

  仰ぎて眺むる

  万里のあなた

  いざ棹(さお)させよや

  窮理(きゆうり)の船に

  (詞:杉谷代水)

「ただ、今まで言われるままに生きてきたが、これからは、たとえ

誤っていても自分の意思によって生きていこうと思った」

彼はそう言ってジャケットのポケットからハーモニカを取り出した。

「これはね、グアムに眠る戦友に聴かせてやろうと思って持って行

ったんだ」

そしてそのハーモニカで米兵が吹いていた曲を吹き始めた。何とも

切ない曲だった。すると、サッチャンが、

「あっ、なんかそれ『冬の星座』に似てる」

「お嬢ちゃん、良く気付いたね。私もずっと同じ曲だと思っていた

んだ」

「彼女、実は歌の勉強してるんです、歌しかないって、ねっ!」

「もうっ!」

「それはきっと上手くいくよ、美人だし、頑張りなさい」

「じゃあ、『冬の星座』とは違うんですか?」

「その曲は元々『モーリィ・ダーリン』って曲で、・・・」

そう言って彼は再びハーモニカを吹き始めた。終点に近づいていた

が凡そ半数以上の乗客が居る車内でハーモニカの音は乗客の注目を

集めた。子供が興味を示してやってきたり、遠くの方から立ち上が

って覗き込む人もいた。その中で学生グループの一人がサッチャン

に気付いて、 「あっ!サッチャンだ!」 そう言って彼女を指差し

た。するとそれまで避けていた人までが一 斉にサッチャンを捜した。

彼女はすかさずレジ袋の様な帽子で顔を 隠したが、逆に確信を与え

る結果になった。何事かと戸惑うお父さ んに、

「彼女は前にテレビにも出たことがあるんですよ」

「何だ、有名人だったのか」

それまで黙っていた娘さんが、

「お父さんがそんなもの吹くから!」

すると、さっきまで泣いていたサッチャンがスクッと立ち上がって、

席を離れ何処へ行くのかと思っていると、通路に出て、そして大き

な声で、

「皆さん!私はまだ歌の勉強中ですが、もし良かったら私の歌を聴

いて下さい!」

 「サッ、サッチャン!何を?」

私には止める猶予が無かった。事態が飲み込めない乗客もやがて近

くの席から拍手が起こり、退屈な乗車にウンザリした人々はこのハ

プニングを好意的に迎えた。何度も繰り返すが、彼女はかつてヒッ

ト曲を歌っていたアイドル歌手なのだ。しかも忘れ去られてしまっ

たが、地球温暖化の危機に誰もが絶望的になっていたあの頃、彼女

の歌は人々を癒してくれたのだ。一体我々はどうやって地球温暖化

の危機を回避したというのか?忘れることによって! 

かつてエコロ ジーガールとして持て囃されたサッチャンの「車両ラ

イブ」が始まった。

 「『冬の星座』を歌います!」

サッチャンはお父さんを説得してもう一度「冬の星座」を吹いてく

れるように頼んだ。お父さんは席に着いたまま通路に向かって得意

のハーモニカでイントロを吹き始めた。 サッチャンは目を閉じて聴

いていた、そして歌い始めた。

http://youtu.be/5R28KlYNwcI



     木枯らし途絶えて

     冴(さ)ゆる空より

     地上に降りしく 

     奇(くす)しき光よ

     ものみな憩える

     しじまの中に 

     煌めきゆれつつ

     星座はめぐる

 電車はその時トンネルの中に入った。彼女の澄んだ高音の清らか

な声に誰もが耳を傾けていた。私は、彼女がバロックと一緒に路上

で歌っていた時のことを思い出していた。

    ほのぼの明かりて

    流るる銀河    

    オリオン舞い立ち

    スバルはさざめく

    無窮を指差す

    北斗の針と

    煌めきゆれつつ 

    星座はめぐる

   (作詞・作曲:W.S.Hays、日本語詞:堀内敬三)

 サッチャンが歌い終えるとほとんどの乗客が立ち上がって惜しみ

ない拍手を送った。サッチャンの「車両ライブ」はアンコールの声

に促がされてア・カペラではあったが終点まで続いた。最後には乗

客に励まされて握手まで交わしていた。後にこの車内の出来事は、

人々の口で膨らまされては耳からこぼれ落ちを繰り返すうちに伝説

となり、今ではその路線を走る車両では、彼女に倣(なら)って突

然パフォーマンスを始めるミュージシャンや芸人が後を絶たず、連

日若者の人気を集めて鉄道会社は思わぬ利益を上げているという。

サッチャンはお父さんの言葉によって歌を続けていくことを決意し、

それじゃあ皆の前で歌うべきだと思ったらしい。ただ、彼女が「車

両ライブ」を行ったのはその時の一度きりだった。

 

〈追記)

「お父さん」が収容所で聴いた米兵のハーモニカの曲は、

恐らく『What A Friend We Have In Jesus』(讃美歌312番)


 で、作曲家チャールズ・コンヴァースの「Erie」という曲に、

ジョセフ・スクライヴェンの詩を付けた歌です。ただの賛美歌

ではなく広くアメリカ人の心に沁みる歌であることはこの映像

を見れば解かります。

 http://www.youtube.com/watch?v=jeeuSoES0kw

 日本には「星の界(よ)」という題名によって杉谷代水

(1874- 1915)が作詞して文部省唱歌として最初に紹介され

ました。「星の界(よ)」 


ついでに、日本語の賛美歌(312番)「慈(いつく)しみ深き」


 一方、サッチャンが歌った「冬の星座」は、ウィリアム・S・

ヘイズの「Mollie Darling」という曲に堀内敬三(1897-1983)

が作詞した歌です。

良く似ていますが原曲は全く異なっています。

                         (つづく)           

(百十)

2012-07-11 08:02:28 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(百六)
               (百十)




 「どうも、迷惑をお掛けしました」

 改札口を出てお父さんの娘さんが頭を下げた。私は手を振って、

「いえいえっ、何も迷惑なんてしてませんよ。逆にこっちがお礼を

言わなきゃならない位ですよ、貴重な話しを聞かせて頂いて」

 私とサッチャンは、彼女が言い出して二人を見送る為に改札口を

出ることになった。というのも、お父さんがサッチャンを甚(いた)

く気に入ってしまい、しつこく自宅に招こうとしたのでホームでは

別れづらくなってしまったからだ。サッチャンはお父さんと一緒に

彼の手を引いて遅れて改札から出てきた。

「これからじゃあ遅くなるぞ。泊まっていけばいいじゃないか」

「いえっ、友だちが待ってますから」

「サッチャン、泊まっていけばいいじゃん。バロックにはちゃんと

言っとってやるよ」

「もうっ!」

「ああ、わかった。もし間に合わないようだったら電話をしなさい。

田舎で何もないが君達が泊まる部屋くらいはあるから」

私は頭の中で「田舎に泊まれ!」というタイトルのテレビ番組を思

い浮かべていた。地方に住むファンの方から好きなタレントを指名

して無理矢理家に泊まってもらう企画だ。もし実現されたらぜひ第

一回目はお父さんと再起を誓ったサッチャンに決めてもらいたいと

思った。

「それじゃあ、ここで失礼します。ほらっ!サッチャン」

「また必ずお伺いしますので、その時まで、お父さんお元気で!」

我々には乗り継ぎの時間が迫っていた。それを逃すと最終のバスが

出てしまう。私はサッチャンを急かして頭を下げ、

「ありがとうございました」

と声を揃えて言った時、駅舎が「ガッガッ!」と大きな音を立てて

地面が大きく上下に揺れた。悲鳴を上げて走り出す人もいたが、地

震に気付いて何かをしようと思う頃には元の日常に戻っていた。杖

を突いていたお父さんは後ろへ仰け反って危うく倒れそうになった

が娘さんが支えて、すぐにサッチャンも介助した。揺れは一瞬だっ

たが天井のシャンデリアは激しく振れていた。

「大きかったね」

私はサッチャンの言葉に頷きながら、シャンデリアを見上げて、乗

り継ぎの電車が遅れないことを祈っていた。

                               (つづく)