「明けない夜」
(九)
年の瀬も押し迫ったころ、寛は半年ほど一緒に交通警備の仕事をし
ていた相棒が年内で会社を辞めるということを、人員を振り分ける担
当者から聞かされた。もともと彼は「何時までも続けるつもりはない」
とは言っていたが、もしも彼が居なくなればまた新しい者と気心を探
りながら付き合わなければならなくなる。さっそく仕事の合間に無線
で聞いてみた。
「誰から聞いた?」
「近藤さん」
「ああ、そうだよ、今週で終わりだよ」
「いい仕事でも見つかったんですか?」
なぜ辞めるのかとは聞かなかった。それは、なぜ辞めないのか言いた
くなるほど待遇は酷かったからだ。何よりも交通警備員を置かなけれ
ばならない道路関係の仕事はすべてが公共工事なので、新年度の予算
が議会で審議されるまでの四月からほぼ三カ月はほとんど仕事がなか
った。大概の者はこの時に辞めてしまう。さらに天候次第で作業が中
止になったりと、出てナンボの非正規にとって安定した収入が見込め
なかった。にもかかわらず建設業界のヒエラルキーの最下層に位置す
る警備業は、期限が迫ってくると元請けの無茶な要望を拒むことさえ
できずに労基法で決っている休憩時間さえも削らされた。そして土建
業界といえども、たとえば作業者が指を落とすほどのケガをした時も
、下請け会社の社長は元請けに監督責任が及ばないようにするために
救急車を呼ばずに自分の車で病院に連れて行き、事故などなかったよ
うに装うために一部始終を見ていた私にも堅く口止めした。そんな酷い
労働環境を放置したままでいくら公共工事をばら撒いても人手が集ま
るはずがない。潤うのは工事を下請けに丸投げして利ザヤだけを稼ぐ
ゼネコンだけだ。
「何をしたってこの仕事よりも悪い仕事なんてないさ」
「まあ、そうですよね」
「短い間だったけど世話になったな」
「あのー、吉崎さん。もしよければ一緒に帰りませんか?」
「ほおー、まさか君の方から声を掛けてくるとは思わなかった」
私は彼の誘いを何度も断ったままで会えなくなってしまうことに不義
理を感じていた。そして、私自身も年収にすれば生活保護費と変わら
ない収入にしかならないこの仕事に見切りをつけるつもりでいたので、
彼には先を越された思いがした。
(つづく)