「天使が通る」

2018-04-10 04:54:36 | 従って、本来の「ブログ」

           「天使が通る」


 ある集りの食事会で、何度か世間話をした程度の顔見知りの人と

席を囲んだ。彼は元警察官だったがすでに定年退職をして、冬のこ

の時期は専ら好きなスキ―を楽しんでいた。彼曰く、警察官の年金

は平均的な民間企業の年金よりも多いらしく、悠々自適の生活を送

っていた。彼がスマホで撮ったゲレンデでの動画を見せられたりし

ながら、スキ―談義に花が咲いたが、私が開催中の平昌オリンピッ

クのことを口にすると、警察官独特の拒絶反応で突然「見ない」と

素気なく言った。どうも韓国で行われたことにこだわりがあったよ

うだ。他愛のない会話を期待していた私はどう繕っていいのか分ら

ず言葉を失って、それまで咲いていた花も忽ち枯れ落ちて、しばら

く二人の上を天使が通った。こういう思いは右翼思想の人と話した

時に何度か経験したことがある。軽々に口を開けない独特のリゴリ

ズム(厳粛主義)に圧倒され話が続かないのだ。かつて左翼思想家と

話した時にも同じ経験をした。平たく言えばヤクザと世間話をして

いるようなもので、余計なことが言えない。

 国防だとか公安の仕事に携わる人は、当然のことではあるがその

任務は守ることであり、守ることとは他から侵されることを防ぐこ

とである。侵されることへの警戒心から対立する相手を憎悪するの

は分らないでもないが、しかし過ぎるとどう対応していいのか分ら

なくなる。かつて左翼運動が現実離れした思想によって次第に過激

化して社会から見捨てられたように、右翼思想が現実離れした愛国

心を訴えても社会から見捨てられるだろう。私は母を愛しているが

それを他人に言いたいとは思わないし、同じようにこの国を愛して

いることを他人に公言したいとも思わない。そもそも公言したとこ

ろでどうなると言うのか。他人から母への愛を聞かされても対応に

困るように、いまさら改めて愛国心を求められても対応に困る。つ

まり思想は感情を支配できない。愛国心が他国への憎しみによって

しか語られないとすれば、国を愛する穏やかな心を見失う。私はあ

の国が嫌いだからこの国を愛しているのではないからだ。

 こうして会話は途切れたが、それにしてもどうして政治的な意見

は語り合うことが出来ないのだろうか?これはよくあることだが、

こと政治の話になると誰もが口を噤む。そして鬱積した思いがネッ

トに吐き出される。しかし右端と左端に別れて罵倒し合っていては

議論が進むわけがない。誰もが膝を交えてこの国の姿を語り合えば

、とんでもない国家が生れるわけがないと信じるのだが。甘い?

 私はもう一度花を咲かせようと思って、もう世界は限界に達した

ので好むと好まざるに関わらず北欧諸国の様な社会になるしかない

でしょと言うと、彼は黙って席を立って出て行った。

 彼にしてみれば、一生を費やしてやっと手に入れた既得権益を保

守しなければならない。そもそも政治信条なんて所詮自らが置かれ

た立場への依存からしか生れないんだから。

                        (おわり)



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