「ザックジャパン 対オーストラリア戦(アウェー)」
(試合結果)
今日の試合のヒーローは主審だった。人は自分の中立性や公平性
を何によって測って良いのか実は誰も解っていない。我々の中立性
は何時だってブレまくっているのだ。恐らく、彼は少し厳しい判定
(レッドカード)を下したことをゲームの中で終始考えていたに違い
ない。そうでないとオーストラリアの人々に申し訳ないと。そこで、
埋め合わせするためのきっかけを日本のプレーに探していた。公平
性が求められる警察官や公務員が市民から見て身内の不祥事に甘い
処分を下しても彼らは決してそうは思わないのと同じだ。そこには別の
論理がはたらいている。更には、甘い言葉で誘ってその時になって裏
切る政治家やそれを伝えるマス・メディアを見てみろ。つまり、我々も威
張れるほど彼から遠く離れて生きている訳ではないないのだ。中立性と
いうのは仲間意識からは生まれてこない。我々だって組織(身内)の論
理に従うかそれとも自分の信念を全うすべきかで常に迷っているではな
いか。ただ、観客にとって、選手ではなく中立性を見失ってブレまくる主審
(権力者)がヒーローになるゲームほど醜いものはない。今の民主党政権
のように。
オーストラリア 対 日本 = ( 1 対 1 )
(追記)
それにしてもオジェック(豪監督)は何でケネディーを出さなかったのだろう