「無題」
(四)―⑧
美咲は京都の大学に合格が決まって家を出た。彼女は私の娘の役
を演じていたが、遂には私の子にはならなかった。いや、私が彼女
の父親になれなかった。私が仕事ばかりであまり家に居なかったこ
ともあってその隔たりを埋めることはできなかった。やがて、彼女
も変な気を遣い始めて心を開かなくなった。互いが感情をぶつけ合
って怒ることも泣くこともなかった。そして、笑顔を作る余裕を失
くした時は私を避けた。理性でかかわっていても感情で繋がってい
なかった。ついには言いたいことがあれば妻を通して伝えるように
なった。私は理解のある父親であったかもしれないが、それが返っ
て彼女を迷わせる結果になったのではないか。本当の親なら自分の
子どもをたとえ間違ったことでも責任など考えずに押し付けること
ができるはずだが、私の場合はその責任という意識が先に立ちはだ
かった。そうだ、私はもっと間違いを怖れずに彼女を迷わすべきだ
った。迷いの中からしか自分の生き方は見つけられないとすれば。
(つづく)
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