ツトムさん家の写真日記。

写真いっぱいの楽しい日記です。(全面表示でご覧下さい)

第714回 白雲山 鳥居観音 上。

2012-08-31 19:15:00 | 旅行

2012 08 16(木)

お盆の行事「灯篭流し」を探して埼玉県飯能市の山奥へ・・・。
辿り着いた場所は飯能市上名栗3198、清流“名栗川”の上流に位置する名刹・白雲山 鳥居観音

到着した時刻が午後5時45分、「灯篭流し」までの間、金比羅山(660m)尾根にある救世大観音へ車で登坂見物です。(通行料500円)

登る途中で見えてきたのは「玉華門」、中国風で竜宮城に出てくる様な楼門。(高さ11m 昭和44年建立)

狛犬でしょうか?仁王様の代わりでしょうか?ユニークな番犬のレリーフ

玉華門」の裏側上部。 屋根の宝珠を守るの姿形が面白い。


山上への道路わきに建っていたのは「蛇の目傘東屋」とタイ国風の大鐘楼
 

急傾斜の坂道を暫く上がると広い駐車場に到着。

その場所には建っていた白亜のお堂は“玄奘三蔵塔”。
塔内には仏典を求めて天竺まで旅した名僧“玄奘三蔵”の霊骨が収められているそうです。
 
この塔は一階が四角形、二階は八角形、三階が十六角形の珍しい構造、一階は日本、二階は中国、三階が南国(インド)を表しているそうです。(高さ33m 昭和35年建立)

玄奘三蔵塔の前に置かれた大香炉はペルシャ風な装い、飾られた諸像は世界各国の良いとこ取りの感も・・・。


小窓から見た一階内部。 正面には金色のロウソク立て、壁面には天女・鳳凰など描かれていますが暗くてよく見えません。


塔の手前には艱難辛苦の修行旅姿の“玄奘三蔵”銅像。
  
駐車場の脇に建てられていた石碑は白雲山鳥居観音を創建した“平沼彌太郎夫妻”の頌徳碑。

更に大観音を目指して上る途中に「満蒙開拓青少年義勇軍 昭和16年 埼玉郷土部隊第一中隊之碑」、五族協和・王道楽土の美名の下、満蒙開拓に夢を託して散った人々を祀った石碑なのでしょう。

玄奘三蔵塔前のの駐車場広場から谷越え向かい側の尾根を展望。
パゴダのような仏塔と最終目的地の“白雲山 救世大観音”像が鮮やかに見えます。


望遠でUPした画像です。
 

車を駆って近くから見上げた画像です。
一万巻の般若心経や多数の写経を収める“納経塔”は色鮮やかなガンダーラ形式の仏塔。(高さ15m 昭和48年建立)
 
横から拝見した大観音像、後ろ肩のケージは展望台か?

金比羅山の尾根道を車で登り、無事に到着して仰ぎ見た白く輝く“救世大観音”。
中央の大観音は高さ33m、左右の小観音は23m。昭和46年の建立。

肩越しに見える金属籠が雰囲気を壊しますが、穏やかな御尊顔に神々しさを感じます。

救世大観音像の基壇部(高さ10m)を兼ねた観音堂の入口は閉鎖され内部を拝観できません。
入口の柱はギリシャ・クレタ島のクノッソス宮殿の逆さ柱(白い柱)と6匹のライオンが堂宇を守っています。
 
大観音の基壇にあたる堂内には御本尊の阿弥陀如来像をはじめ、多数の仏像や33cmの観音像が一万体祀られているそうです。
堂内を拝見して大観音頭部の展望台(27m)から奥武蔵の風景を楽しみたかったのに残念・・・。(修復工事で暫く入場禁止中。)

大観音基壇の外周を見物。壁面には「観音三十三応身のレリーフ」が観音の説話を見える形で表現しています。
 
基壇の上には大救世観音を守護する四天王像が睨みを効かせていました。

大観音像の直下の張り出し舞台から心願成就を願って「輪木り飛ばし」が行われるそうです。
カワラケ投げと同じですが、輪切り材ですから朽ちて自然に帰るエコなもの。
 
遠くに見えるのは地球儀の上で祈る世界平和観音と来る時の立ち寄った大鐘楼

輪木り飛ばし」舞台からの遠望・・・・・爽やかな微風を受けながら緑濃い奥武蔵の山々のパノラマが楽しめます。


飯能市の山深く、霊峰・金比羅山の山頂尾根に造営した数々の霊塔・霊像、創建した平沼彌太郎翁の偉業に感服しました。

次回は鳥居観音本堂と境内を御案内。


2012 08 31(金)記。    前橋市    最高気温35.4℃    最低気温25.8℃


竹島は日本領!動かぬ証拠「ラスク書簡」。
http://news.livedoor.com/article/detail/6904588/

慰安婦の強制連行は事実無根!
http://agora-web.jp/archives/1483616.html


おまけコーナー。

川で仰向けになって40分間寝ていた女性を溺死体と間違えて収容。 中国 山東省。


流れて来たダッチワイフを人と間違え、一時間かけて救助した中国警察。 中国 浙江省。


二足歩行で手押し車を押す猫


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