おてんとうさんのつぶやき & 月の光の思案 + 入道雲の笑み

〔認定〕マンション管理士/〔特定〕行政書士/知的財産管理技能士/国家試験塾講師が生業の巷の一介の素浪人の日常

ロンドン

2012-07-29 | ■エッセイコラム・ダイアリー


県から委託されている公益法人に関する相談会を
先週の27日につくば市で行ったが
その日も 猛暑日だった はず
本日の午前10時のわが事務所内気温 31度超え
しかし 原則 エアコン使用無しで
暑い暑い けど 季節の中で 夏が一番好き

汗だくで 野山川を遊びほうけていた小学校時代の夏休みの
なんともいえない 眩しさ けだるさ 狂喜するくらいの?ウキウキ感と 故郷の山の夏色と 入道雲の優しさ?が
未だに 忘れられない からか
けれども
一番の理由は たぶん 前にも記したかもしれないが
陽光の下 元気いっぱいの?家族の並んだ姿 猫の額のような庭でのポートレートが 脳裏に浮かんでくる季節 だからかもしれない






さて ロンドンではオリンピック
ロンドンといえば 今 読み返している漱石さんの『夏目漱石』
にも いろいろな場面で登場
《ロンドン・漱石・ターナー》のくだりなど
なにか高級推理小説を読んでいるような感さえ覚えてしまう

この評論ができたとき 江藤淳さんは たしか25歳くらい
信じられない 早熟 というか 天才 というか 博識にもほどがありすぎるというか
天と地の 月とスッポンの それの1000倍以上の違いというか
25歳の 甘ちゃんボンクラたる存在の自分のその頃を思うと
・・・グー の音も出ようがない という・・・
(もっとも このようなことを考えること自体が 超超超恥ずかしいどころではないことだが)
とにかく 世にはなんともスゴイ才能が存在していたわけであったのダ と思います
今だってどこかに・・・







というわけで サッソクサボっていますが
小学校時代の夏休みの宿題どころでないのもたまってしまっているし 学習も追いつかないし
これ以上 ボンクラ度が進まないように(というかオトロエ進度を少しでも鈍らせることができるように
努めます(努力だけは してみます が・・・・)



それにつけても 暑苦しい熱帯夜の連続
でも 枕もとでの夏虫の音も楽しく
これからは もっと もっと 多彩な虫の音が聴けるし
これも 私にとっては季節の楽しみの一つです

今年は カネタタキの音が聴けるか どうかな




  



組織の矜持と主観

2012-07-23 | ■エッセイコラム・ダイアリー

先日次のようなニュースが流れた

某オリンピック出場選手が 今回の大会が終わり それほど遠くない時期が来たら引退するとのコメントをした

オリンピック開催直前ともいうべき時に
日本選手団の出鼻をくじくようなことにはならないのかなー
と思ったのは 私一人ぐらいのものかな?
まったくというほど 雑音も出ず 批判ニュースにもならず
事もなく流れ去った
が 
私は いまだに違和感を持っている
単に個人コメントの問題にすぎない 一件落着とばかりとも言いきれないのでは・・・
そう考える 頑固爺さんが一人ぐらいいてもいいのでは 

引退は自由かもしれないし個人の勝手かもしれないが
なにゆえ ことが始まる前に ことさらのコメントなのか
所属組織あり方の事情があり やむを得ずコメントを発しなければならない時期だったのか
私には ヤハリ 不可解





私も 幾種類かの組織に所属している
プロ集団のなかで活動させていただいている場面もある
先日 その一所属員のコメントが ある意味 公の場ともいえる場に登場した
秘密裡の場での発言ならまだしも そうした場に
自らのミスを披露したものだった
ミスの内容は どのように解しても その職を得ている者が犯してはおおいに不味い 一般の方のなかでも多少のその方面の知識がある方なら携帯していさそうな おおよそ理解しているような知識であった
なんとなく 組織の一員として 複雑な心境を抱かざるを得なかった
その記載をご覧になる方は どのような感想をおもちになるだろうか
“率直に言って プロもたいしたことないんですね”



持たねばならぬ矜持と そこまでの矜持はいかがなものかといぶかられる矜持もある

組織としての矜持のためにも 
その発言や あの記事は世間に披露する前に 一考頂きたかったものだ と 感ずることがある
一度や二度ならまだしも 何度かそのようなことがあると
“知らなかった 理解していなかった 教えてほしい”という類の言葉も 内容の限度と 程度というものがあるのではないのか
プロとして 報酬をもいただける立場にいる以上は
と 言わざるを得ない


本日の記事は 自戒の意味を込めているつもりである
あえて 記してしまったのだが 自分の反省を込めてのものでもある 




素直なことも 時と場合によっては 困る素直さになる
プロの世界においては 素直さがいつも寛容の目で許されるとは思わないのだ
組織全体の矜持にかかわることもあり 場合によっては 程度によっては そこまでの公の場での逡巡は問題になり得ることも知ってほしいのだ

記したくない記事だが 知らんぷりですませないこともあり
こうして 記さざるを得ないようなことになってしまう
もっとも これも一種の要らぬ矜持から出た主観かもしれない が・・

まったくのところ 一介の素浪人としては 組織というものの難しさを ウルサク思ってしまうことがあり
ときには 自分自身を疎んずるようなことになるのを
寂しく思うのだが・・・・






さて ビジネス ビジネス

ビジネスをさせていただけることに 感謝しつつ・・・









数年前に尋ねたときの 
北の地にある
卒業した中学校のグラウンド

意がすこし萎えるとき
かの地にもそそぐ太陽を思い
背を伸ばします





少年

2012-07-21 | ◆ 業 務 エ ッ セ イ

自分の職業柄 仕事のためには できる限り広く浅く知識を蓄えておかねばならない(できれば 広く深くなのだが いかんせん力が及ばない)

少年法のことも まったく知識ゼロでは困る場面があったので
あらためて眺めてみた

なんといっても 全体像の理解に困難さを生じる理由は
保護事件と刑事事件の分断ともいえない かといって並立か
重層かなんともハッキリしないような体系にあるのかな?
(あくまで私の お粗末な感想ですのでご容赦を)

条文上も
第二章 少年の保護事件
第三章 少年の刑事事件

性格が違う兄弟をムリヤリ同室させているようで なんとも
窮屈運用


ザッと見ただけでも
この窮屈な部屋には
家庭裁判所
都道府県知事
児童相談所長
児童相談所
家庭裁判所調査官
警察官
保護観察官
保護司
児童福祉司
児童委員
少年鑑別所
少年院
付添人
児童自立支援施設
児童養護施設
検察官
等々が顔を出します




《一四歳に満たないで刑罰法令に触れる行為をした少年》
の扱いは それなりの配慮を持つべき世界かもしれませんが
今や 通常刑事事件でもさまざまな配慮・権利が被告人側にも
あるのであり ことさら 少年法絶対的存置論への本格的検討という段階も より近いような感じがあるのでは・・・(個人的感想)




それもこれも 近年の少年関係犯罪において
少年と成年の差のないような性格がうかがい知れるような
事態の影響
大人顔負けの組み立てをアッサリと?してのけるような・・・

難しい問題ですが やはり実情に合った法世界でないと
運用だけの操作では少年らの未来にとっても よくないかなとも

なんとも 難しい



“少年を裁くのに そもそも成人と同じ有責基準ではあり得ない”
という根本命題が絶対的なことなのか
実は 個人的には まだ確固たる理論を持ち得ていません

逆説的ですが
おとなより よほど哲学的な少年はタクサンタクサン存在し
少年をそれほど当初から勝手に軽く見すぎないで
それは一種の 大人の勝手な扱いでしょ
という声が どこからか聞こえてきているような気がするのです



いずれにせよ 
少年法上の少年 「二〇歳に満たない者」
刑法 第四一条 
一四歳に満たない者の行為は、罰しない

この 二〇 と一四 という数字
なんとも意味深長?


誤解を恐れずに言うと
つまらない大人?以上に自分の責の意味を理解できる少年が
この世にはワンサカいるのでは・・・
つまらない大人の一人かもしれない私が
勝手に言っていることです

更に学習を積んで 一応の意見を言えるくらいには そろそろなっておきたいものだと・・・(難しいことですが)



最近 少年や若人に向かうとき 
妙に 以前よりも緊張を覚えることがあります
おそらく いろいろな面で だらしのない大人の一員であることには間違いなく その立場から逃れられないから かもしれません






作文

2012-07-17 | ■エッセイコラム・ダイアリー

一気に暑さ全開
という感じになってきたが
まだ 梅雨はあけないのかな?
以前にも記したが 予報技術が格段と進歩していると思うのだが なんとなく 一昔前あたりまでのほうが 気象予報精度が
高かったような・・・ (あくまで私の感想   データ上は?)




さて 最近のマイブログは間が空きすぎ 週一という具合が
続いたりしている
文章を作ることに苦労するということは比較的無いほうだと思うのだが(小学校くらいまでは 作文は ヤヤイヤダッタ)
なんだかんだと時間を取られ“おてんとうさんのつぶやき”も
つぶやけなくなっている感がある
でも もう少しで一段落の仕事が多いので 以前の頻度で記していけそう かな・・


どのくらいの人の目に触れるのかは全然予想できないが
定期的に目を通してくれている方もおられるようで
なんとなく うれしい



心に浮かんでくることを 外に出すということが けっこう精神衛生上も必要だな ということは
なんとなく理解できる
『・・・とにかく 話してみてよ・・・』と声をかけてくれる者の存在
いかに大きな意味を持つものか
私のような年代でさえそうなのだから いわんや 幼少者においては である

イジメ
この言葉を いまだに よくは 理解できない
なにゆえ イジメ なのか?
どういった背景で どんな因果関係で ブクブク 醜いほどの図太さになっていってしまうのか
わたしなんぞの年代にも 学校に存在していたのだろうか


秋には 中学校のクラス会があり 北の地で 約50年ぶりに会える友もいる
イジメなどという なんとも不可思議な言葉の存在など
どうにも想定できなかった学校生活だったが
実態は ?  単に 私のボンヤリ眼に映らなかっただけのことなのか・・・
そうだとすると 奇奇怪怪たるイジメのことを
もっともっと 知り 闘っていかなければならない






さて 行動開始
9時から マンション関係の会議
その後も いろいろと お仕事があります
私ごときが 暑さになんぞ 負けていられません
もっともっと もっともっと 大変な状況で 日々汗だくの方たちが
たくさん たくさん 理不尽 不条理に立ち向かい 努めておられるのですから





言葉

2012-07-09 | ■エッセイコラム・ダイアリー

湿度はさほどでありません が
事務所内温度は 約27度 ただ今 12時40分
ブラインドで ほぼ 90%陽光遮断していると思うのですが・・・

外気の具合は いかがなものか
午後から 外出仕事なので 暑さ対策を そろそろ考えながら
行動せねばなりません
年齢が 年齢なもので 2・3日前の不注意による無理が 後日にマトメテ降りかかってきたりしますから



明日は 某弁護士事務所まで出向かねばならず
東京行き

いろいろと想定外の災害があったりするので 最近は
思っていること 気にかかっていること をあまり貯めないよう
お礼を言うべき時には その都度その都度のチャンスを大切に
心残りがすこしでもなくなるよう
“ありがとう” と 言葉に出すように心がけている つもり



この頃 頓に思うのは 昨年旅立った母に
“兄弟三人を育ててくれて ありがとうね”といい終えておけたこと
その頃は アルツハイマーと脳梗塞が やや進み
痴呆症気味であったことはあったのだろうが
「・・・タ イ シ タ コ ト シタワケデハナイヨ・・・」という言葉を
返してくれた
すくなくとも 感謝の言葉を息子はしているのだな
ということは察してくれていたと思うのだ




というわけで
明日の東京行きの玄関では 忘れずに
補助者さん(妻でもある)に 
ありがとう 行ってきます
と言おう




それにつけても コンクリートジャングル東京銀座
どんなぐあいの 外気なのかな?
体調がやや不安なので しっかり準備し 手筈を整えなければいけない





少し落ち着いたら
スカイツリー近くの水族館を訪ねてみたいものだ



5年ほど前に行った
沖縄の水族館 
楽しかったなー




人物

2012-07-03 | ■エッセイコラム・ダイアリー

ゆっくりと本を読めるということのシアワセは
なんともすばらしいことで 泣けてくるほどの感謝の心に
気付かぬうちなっていることさえ 
ときにはあります



いろいろ知りたいものだ
という歴史上の人物はすくなからずいるのですが
特に 従来から
森鴎外・ロンメル・西郷隆盛・ 最近とみに夏目漱石

極く アッサリ言うと
好きなのです

まず 名前がいい(ミーハーぽいもいいところ)
生き方 おおよそすべてが 大仰でない
粋だ
けっして良家出のエリート育ちではなく自身の努めで自己形成をした
有り余る才能があるのに ことさら外部の名声を気にせず
徒に個人的出世にこだわらない風
媚びない
風貌が いい(男として 安っぽくない《もっとも この点は要するに好き嫌いの価値基準なので・・・》 好みの問題なんでしょう)
生きざまに恥をのこすことを もっとも忌み嫌う気配がある
おおよそ 潔い死を迎えている と思える
安っぽい偽物の権威を とてもとても忌み嫌う気配がある
心の思い箱にしまっておいて 荷物にならない(失礼を承知の言い方だけど)
生きるということに厳しいほど真摯であるが 人間臭い優しさがどこかほのかに漂っているような・・・
人間の 人生の不条理をさえ 悲しすぎる心なんだけれどもやや笑いながら なでなでしているような・・・ 

天を仰いで偲んでみると なんとも いつも懐かしい



四人四様のところはモチロンあろうが(人間だものあたりまえか)
上にならべたことは 四人に おおよそあてはまるような気がするのです




あの時代 
国民というか民族全員というか 
自己陶酔し
自由からの逃走もとめるかのように 何が何だかわからぬような狂気の嵐の中で“ハイル ヒットラー” と叫ぶとき
群れに紛れての安易な道を踏むことなく
軍の中枢にある立場であるが 
絶対総統にも媚びずひるまず堂々と自分の意見を通し
自己の生きる主義にどうしてもそぐわない群れの名 ナチス党員 を拒み続けた ロンメル



自分の生きざまを思うとき たとえ千分の一ミリでも彼らに近づけるような人生を とは考えるのですが・・・





さて 七月突入

今日は 早いとこ仕事を一段落して
小津監督の DVD(麦秋)あたりでも 楽しませてもらおうっと




生まれ故郷 いわき市の 映画館
(小学校のころ行ったことがあって 
今も残っています
上映はしていませんが