おてんとうさんのつぶやき & 月の光の思案 + 入道雲の笑み

〔認定〕マンション管理士/〔特定〕行政書士/知的財産管理技能士/国家試験塾講師が生業の巷の一介の素浪人の日常

資格と組織

2013-08-31 | ◆ 業 務 参 考( 総 合 )

昨晩の当地の暑さは おそらく 日本一にほぼ近い?
状態だったのでは
なにしろ 薄暗くなってきた段階でも 事務所内は34度ほど?
夕闇一色になっても 33度ほどはあったような感じ
もっとも日中 ほぼ37度
たしか 館林とともに 全国ニュース級の気温だったような・・・
一等級熱気そのまま持ち込んだ夜とはなってしまったのでした
秋めいてきていた最中のカウンターパンチのような フェイント
の効いた ブスッとくるような暑気だった

今日からは また 秋めき度が戻ってきそうだが・・・







さて 今 某国家試験の今後のことで いろいろと自分なりの
行動指針を考えている(もっとも 自身の考えなど まったくの個人の興味のこと? 組織には ほとんど影響力などないが 
意見をまとめておく必要はありそうなので)




日本における 国家試験は おおよお 1200種ほどといわれる
主管は まちまち(資格の内容上 そうならざるを得ない?)
知名度の高いものとして
弁護士なら 法務省
税理士なら 財務省 
だが 公認会計士は 内閣府
行政書士は 総務省

たった4個並べただけだが
内容からして 区別の意味がわかりやすいとは言えないところがある



管理技能士 たとえば 私も有しているところの知的財産管理技能士
内容からなら著作権がらみなので おそらく経済産業省あたりが妥当となりそうだが  厚労省扱い
これは職業能力開発局の技能検定試験関係だから

こうなると 主幹の基準もハッキリしない
サマザマな沿革などあり なんとも複雑

今はこのあたりは さておいて
さしせまってのことは 組織のあり方のこと
試験自体は どの国家試験も
≪その業を営むための基本的な資質があるものに任せるための仕組み≫というのが最大のポイントだと思われるが
合格後の人的組織のあり方については 
原則ノーコメントがほとんど

つまり 資質面については国家は関与することがあるが
組織・実務上の運用指針 などは 基本的に各個自主的に任せるべきものという姿勢(そこまでは かまっていられない むしろ関わるべきではない ?) のような・・

基本的に 各個人・各個組織の自治に任せるということか?
しかし 場合によっては試験制度発足時にさえ そのあたりの多少の関与があってもよさそうだが
おおよその組織は 合格者がある程度の数になってボチボチ統一性を持った組織になってほしいなー と思う頃には 極端な場合戦国時代の群雄割拠のような具合になっていたりする
とある行政単位区域には 一国一城 どころでなく 一国四城
そういった単位地域がワンサカ
こうなると タイヘン
統一性を持つ 一元化組織の構築に 二苦労も三苦労もしなければならない
時はドンドン過ぎさっていく その過程にも その国家試験を設けた切っ先に関する 地域的・国家的な難題が山積


そういった 先の想定も窺え見え 制度の主旨からして一匹狼状態での業には限界も 問題も散見される 
せっかくの国家試験創設の主旨からして 業の指針として全国統一運用が必須
と判断されるようなものについては
例えば 合格者は 
【 事務所を持つ県内の 県〇〇会に所属しなければならない
この県組織は全国組織として全国〇〇会連合会を組織する 】
といったような 一般法的な法を国家自体が持つべきと思うが・・

こういったあり方が 個々の資格取得者の営業の自由を奪うものとまでは 言えないように思うのだが
その最大の理由は 国家試験の最大の眼目
つまり ≪その業をなすための基本的な資質を見定めること≫に相反することではないようなことであると考えられるから


というようなことで 自分なりの考えを纏め
ことにあっていこうと思っています

とにもかくにも
一番大事なことは 国民の利益のため
一日も早く 相応の力を発揮できる組織になっていくこと
個々人の思想の束縛は 元来好ましくないことですが 技術的な統一規準を持たねばならない範囲で 思想の自由の枠を やや制約することがあったとしても 止むを得ないことである
と そのように考えているのですが・・・



さてさて 本日も 事務所内気温もはや30度

大好きな夏だけれど 敵?も容赦なく熱気攻撃
でも まけていられないゾ







夏のオリオン

2013-08-26 | ■エッセイコラム・ダイアリー

やや 涼しく なりつつあり
当地の朝などは 秋の気配 濃厚?
私の第二の故郷 北海道は もう 完璧に?秋の気配 のはず

お盆が過ぎると ほんとうに 一気に秋へ というのが常でした
北の地を離れて はや 30年ほど
あの感触は 忘れられません
海水浴などのチャンスは 私が住んでいた道南地方でさえ
せいぜい2週間
まして サラリーマンでしたので 土日 つまり 年間四日ほどしか子たちと海の中で遊ぶことはできないのでした
家族で過ごした北の海の記憶 とても とても貴重なものです





さて 昨日 星座の話をさせていただきましたが
本日早朝 ほぼ4時頃のほぼ南東?の空

夏のオリオンが スッキリと姿を見せてくれて
久しぶりの星空
(当地の星座の舞台は うす雲の連続のようなこのひと月だったような感じです)
これから 時を経るごとに 冬のオリオンの出番 夜8時頃への主役としての登場となるのですね
それにしても 至高の存在さんの作品群は天空の世界でも
なんとも妙なるものを見せてくれます
不思議 としか 言いようがない・・・





明日は 東京行き
マンション会の 全国的な定期総会
茨城県マンション管理士会の一員として 参加
昨日は 県の定期総会と理事会
もろもろの懸案について 前を見据えて歩むことの再確認をしました
その分 今日は 他の仕事関係を進めなければ
というところですが 本日の事務所内気温はありがたい
只今 27度
エアコンは苦手なので(お客さんとの応談のときは ご希望をうかがっての利用ということはありますが・・・)



まだまだ 体力に注意しながらの夏との付き合いが続きます
皆さま おからだにお気をつけられますよう



前期高齢者の夏
さすがに 独特の疲れ?を少々感じています
が ガンバラネバ 



そうそう
なんとも活気に乏しく悲しすぎる感じの昨日の土浦駅前のビルでしたが 
その一室 図書館風の学習室では 受験生とおぼしき若人がたくさん集っていました



タイヘンな時代の若人 
再活性化のため(経済的なことだけではない)に次の一手は?
地方一都市のことだけではなく この国全体 
そうして この星全体のこと・・・


いろいろ 考えさせられます







夏休み

2013-08-25 | ■エッセイコラム・ダイアリー

THE GRAPES OF WRATH
怒りの葡萄
ヘンリー・フォンダ 主演 ジョン・フォード監督


中断 中断の鑑賞(観賞 という文字でも 不可ではないのでしょうが・・・)でしたが 一昨日完了
これで 今年の 夏休みも終了 というところでした


この映画は 1940年のもの
背景に あの当時 おおよその国にみられた 農家の疲弊がありますが その一因に 異常天候 というか 自然とのかかわりのなかの 人間の無知 というか未知によるトラブルでもある という面があった という理解もあります
あの映画の中では 本来 牧畜向きの草原を 農耕用に変えていこうとした過程で自然との折り合いがうまくなく 
つまり 異常天候だけの要因ではないことによる 営農不能に陥っていった・・とも見え・・・もちろん 小作体制?的なこと
世界的な規模の政治的・経済的不安定などなど
もちろん 急速な 資本主義という猛威に蹴散らされていった社会 という面が大きいとは思われますが・・
とにかく 同じような道を おおよその国はたどっていた
その あげくが 戦いへの道だった 

どの国にも おおよそ あの一家のような悲哀が 巷に転がっていた
そうして ある意味 いまだに・・・





ジョン・フォードという監督さんは ある場面では 日本人以上に
 の表現に長けた方 という印象があります
安っぽくない  
誤解を恐れずに言うと 粋 な 扱い
この映画の中でも 旅の途中 雑貨屋兼軽食堂での子供たちへのキャンディーを購う場面でのやりとりに それが見えるような気がしました


ということで こうした先人の営みを参考にしながら
自分も 人生 なんぞととても表現できそうもない生きざまを
すこしなりとも 人生 に近づけられるよう 努めないとなー
なんぞと 思っているわけですが・・・
思うだけで なかなか なかなか



それにしても 今年の夏も 災害 特に水害が多すぎる
長期的な 自然の変化の一環?
映画の中にも出てきていたことですが 自然との協調
心すべきことであること 今さらながら ですが




話は変わり
本年度は 業務範囲を もう少し広くしておこうということで
9月に 某資格に挑戦 
なんとか手に入れておきたいもの
二月 八月は 昔から 自営者を泣かせる 暇が多すぎる時期
とは言われますが 当事務所も やや ご多聞にもれず というところ
で  今 渡りに船 で 集中して受験準備中 
これからの われわれ士業世界も どのような展開が待ち受けているやら想像困難
すこしでも門戸を広げておきたい
以前から 少し興味があったので 実行 というわけです
結果を恐れず とにかく 挑戦 というところ
この心意気だけですが とにかく やってみようと・・




さて 本日日曜 ですが 県マンション管理士会の総会
27日には 東京で 全国組織である連合会の総会
正確には まだまだ 多くの他士業のごとくには正式な法的組織ではない のですが? とにかく 実のより多いものにまとめていかなくてはという段階 
一元的な全国組織には未だなり得ず
という状況 もちろん資格は 国家試験資格 なのですが・・・
しかし やるしか ありません
広い意味で 国民のためにも いわゆる多数者の実質的利益の擁護のためにも 一日も早く 名実ともに一元的な組織づくりを

マンション管理士 という国家資格ができ おおよそ10年
このような道を おおよそ どの専門資格界も辿るようです






それにしても 今朝は涼しい 当地は 22度くらい?
秋 という感じ
暑さの一休み ということでは 有り難い気もするが
少し 淋しい ような・・・

今晩も 枕もとでの虫の音が楽しみ
いろいろな演奏を楽しめます

星座のほうは いまひとつ 楽しめていません
どうにも 夜は曇り空が多く 姿をなかなか現してはくれません







人選

2013-08-19 | ◆〔認定〕 マンション管理士業務


暑さきびしい折 いかがお暮しですか
お盆の行事で 特に忙しいのは どの家でも 女性連
でしょうか ?
人の集まりで 多少なりとも 飲み食いの場を設けなければならないときの女性のタイヘンさ
少しは理解していたつもりですが 思えば思うほど 男というものはそのあたりを知ってか知らずか・・・

と 自分も 反省を込めながら 女性陣(それと 不思議とどの集合体にも おおよそいてくれる? まめに動いてくれる心優しい男性陣)に
感謝 さらに感謝

ということで お盆をすごしていますが
お仕事もオヤスミ というわけにもいかない事情もあり・・




マンションにおいて およそ20年周期の大修繕は それこそ 管理組合(法により強制組織されているところの マンションにお住みの方たちで作られている団体)にとっての 最高級 ビッグ行事
そこに 工事実施において 理事会の諮問に答申する機関として活躍しながら 大規模修繕の円滑適正な執行を支える大切な組織として 専門委員会 と呼ばれるものが設けられる場合が多いのです
この時の まずは 大きなポイントが 人選
誰に この役目を担っていただくか
選出を どのような手法でするか
(なにしろ 場合によっては5億以上ものお金も関係することに
間接的とはいえ 多少なりとも?関与することさえあるのです)



考えられるのが
☆ 理事会での人選
☆ 公募(すなわち自薦)方式
☆ 組合員からの推薦(最少推薦人数を設定すること多し)を絡める方式
等々

で 候補者を定め 
最終的に 理事長が理事会の決議を得て選任する



ここで 一番ヤッカイなのが? 公募方式 であろうか
なにしろ 自薦  自分を推すのです 
なので とてつもなく個性的な方が登場
ということさえあり いったん公募(自薦式)で可 ということを表明してしまうと 仮に理事会の網が設けてあったとしても その扱いが難しい
なにしろ 日常を共にする住民さんへ お断りの辞 を伝えなければならないこともあり得るので(物事には 理由付け というものがあり ナントナク ヤミクモに 断らせていただく というわけにもいかない)




このあたりのことは もちろんマンション運営に限ったことではなく 広くは 一国の政治の場でも
あるいは大小諸々の公的・私的集合体であり得ること

某組織において 準公的な集まりの中間単位の場面でこのようなことがあり 選出場面でおおよその顔ぶれが固まりつつあり でも 面々がやや渋っていたか 互いに遠慮していたか というときに “私やります” の金言? で 一発決定の扱い
決定規準が曖昧だったこともあり・・ある御仁が重要役員に決定

さて その後の事は 想像に任せますが・・・



ハッキリ言って それなりにこなせていただける方だと問題なし
なのですが これが あちらこちらで 特に対外的場面でいかがなものかという行動をとられてしまったような場合の善後策が
タイヘンダー ということに・・・


まことに 組織における人選 とうものは一つ誤ると 魑魅魍魎の魔界に ということさえ
“・・・あと 3年・・ どうやっていけばいいのやら・・・・・”
というような嘆き節 


ということで マンション顧問の立場では 参考意見を求められると “・・できれば 公募方式は より慎重に・・最後のあり方として残しておくべきか あるいは 採用しないのが得策かと・・”
という答えになってしまうこと多し
もっとも 断言的に言えない
というのは それぞれのマンションさんの 個性というものがあるから
(私の仕事は 法的な 顧問 なのですが なにもかも一刀両断といかないこと多しが 法の世界
情 と 義 と 理 の尺度があるとして こんがらかった場面でけっこう力を出しそうなのが  だったりしますネ)




さて 家のこともあるし 
通常の仕事もあるが お盆なので ご先祖さんとすこしはオヤスミをとらないと・・
ということで 昨日は 貴重な合間をいただいて
≪誰がために鐘は鳴る≫
FOR WHOM THE BELL TOLLS
                      
1943年/アメリカ
  ゲイリー・クーパー  イングリッド・バーグマン ら
を観させていただいた  
(特に母は 洋画が大好きだった)
イングリッド・バーグマンを観た途端 グッときてしまって 涙
(理由は自身にも よくわからない)
途中 何度も 涙
ラストシーンあたりは ぐっしょり涙
まいったなー

スペイン戦争の内実は いまだに よくわからない
フランコがクーデターで 独裁軍事政権を・・・その他もろもろ
もろもろ もろもろ
などなどあるが そのずっと前 その後の事
あの時代 あの争いの あの世界情勢の なんとも 複雑怪奇すぎること

ただ言えることは 太平洋戦争中の映画
でありながら
複雑な思想界を背景にしながらも あの内容のものの制作を許容する国家の幅 のようなものは感じ あの当時 どこかの国とはあきらかに いろんなものの大きさも厚さも違いすぎていたな
ということは わかるような気がした


さて 本日は もし 合間ができたら
≪怒りの葡萄≫ ジョン・フォード監督(1940年) 観賞 だー

【 お盆中の記事でしたが 誤字があったり(まだあるかもしれませんが)
 訂正しました
そのため 本日初出のごとく になりました  ゴメンナサイ 

 


2013-08-13 | ■エッセイコラム・ダイアリー

お盆の時期
盆 と聞くと 
 と  の字を連想してしまいます
特に 後者を


私の場合は いつまでたっても 
の字がしぶとく 後ろからくっついてきて 煩わしいし 煩い(うるさい)し 

梵  もともとは けがれの無いことの意 らしいですが
この文字にも 複雑なイメージを 抱いてしまいます



でも さすがに ? この年齢になって 煩 を一時に浴びすぎないよう 少しずつ 分けてきてもらったり 一時に襲ってくるのを
少しずつ かわしかわししながら なんとか かんとか
生きながらえさせてもらっていますが・・・


若い頃は なんでもかんでも ほぼ真正面でドンと受けてしまったりしたので その衝撃に まず 負けそうになってしまいましたが 人生 こんなもんかも と 少しは うまく?立ち振る舞えるようになってきたかも というこの頃です




さて さきに逝ってしまった多くの人を偲びながら 
この数日は 特にシンミリ けれど シンミリしすぎず 日々を
過ごせればさいわい と 思っています

ともに人生を付き合ってくれた 多くの人の 夏の日々を思い出してみようと考えています

アルバムの中の 笑顔も 神妙な様子も さすがに 懐かしい




皆さまも 猛暑の折 ご自愛のほどを


北国の方 盆が過ぎると一気に 秋の気配到来
今年の晩夏を できるかぎり穏やかにすごされますことを祈っております・・・








今年の夏

2013-08-12 | ■エッセイコラム・ダイアリー

夏も盛りをむかえ 楽しみであり つらさ?でもある手ごわい暑さとの格闘の日々
当地でも 37度ほどの日々が続き 寝苦しい というか団扇をあおぎつづけ 眠れないときも
でも これが夏 
こんなふうでも この季節が好き



さて 盆が近い
いや もう それがやってきた(このあたりのことに とても疎い)
地方によって けっこう 行事日程(大仰な言い方だが) 段取りがちがっていたり 実際に各家庭でするところの形が独特だったり・・・


そうだこうだする夏
さすがに この年齢になると そうしてこの時期は特に 死生観を思ってみたりする



何人かの人たちの 最期をみとったりして 
その直近の様子などを思うとき そうして その前後の自分との会話などを思い返してみるとき
おおよそ 次のような言葉が 私には残っている


≪・・もう欲しいものなど なにもないなー 特にはさ・・≫




最愛の人に先立たれた人たちの多くから 特に この類の言葉を聴いたような思いがする

何が楽しみで もしかすると思いはお金だけ と おおよそ誰からも 吝嗇といわれるような雰囲気で括れる人生で過ごしてきて? あの世にも 金利にこだわる金貸しの街並みがあると信じているようだなと思えるほどの人からも そんな言葉を聴いたりすると
なんとも表現のしようがないような感慨を覚えたりした




この世で切腹をしても あの世でも切腹をせねばと思うほど 反省点(後悔は ほとんどしていないのだが)が多い人間だが 
自分は どのような思いをこの世に残すことになるのだろう 
なんぞと 
入道雲を眺めながら 庭の緑に眼を休めながらの団扇使いの合間になど ごくまれには 思う

そうして 長く暑い夜 などにも・・・






さて いろいろなすべきことも多いが お盆くらいは
と思えど 今日の仕事かな
である

まさしく これこそが私の生き方 自分の流儀 なのか
思えば そうやって生きていられる贅沢

感謝せねば




自分の選択でなく 不条理無慈悲きわまりないことで自分の人生の結着を勝手に差配されてしまい 
自分を生きながらえることかなわなかったすべての人々に
ここに 心からの
・・・黙とう・・・









アレコレ

2013-08-10 | ■エッセイコラム・ダイアリー

結果的には 当然 ということになるのでしょうが?
物事は つまるところ すべて 個々人の 
その人の その時の基準で 判断されることとなる
その人の心に思うことに だれも 最終の色付けはできないだろう

人生において 勢いばかりがドンドン進んでいるような時期には
≪・・死にたいなんて そう簡単に 思うなよ 
まったく 理解できないな・・
自分のことは 自分で処理 それ基本でしょ・・
死にたいなんて それって 一種の甘えかもよ・・≫
というわけで 特に若人の自殺についての理解に おごり?とでもいうようなところがあったことを 反省している自分がいる



これからの世 自分は仕事を持てるのだろうか
貯金なんぞ夢のまた夢だろうな
心に思う人ができても 一緒に暮らすことなど 出来そうもない
そもそも 未来に 夢とか希望とか そんな霞のようなものを眺めていられるような世界じゃないよな どうみてもさ

あっちで 戦争 こっちじゃ 生活ボロボロ 宗教ってなんなんだ戦争の原因を作るものなのか ほんとうは人を安らがせるものなんだろう でも もしかすると 一番安らがせてもくれないものだったりして・・・ なんか ヨクワカンナイ

たよるべき 道を教えてくれそうな大人も見当たらないし
友も いるようないないような 親友 そんなもの これからだって現れそうもない 学校 勉強 こんなつまんないもんだとはそれこそ夢にも思わなかったな アイウエオをお父さんお母さんから教えてもらっている頃はさ なんか 楽しいものだと思って
早く 学校に通って 楽しいだろうなって 別に工夫なんてものなくたって友達もたくさんできると思ったのに・・
つまんないも いいとこダ

先生の魅力の無さ サラリーマンみたいな先生が増えて あとで
懐かしく思う先生なんか いるんだろうか ?
お父さんは ≪昔の先生は なんかちがった眼をしてたと思うんだけど≫なんて 妙になつかしそうに比べて話したりするけど
たしかに 妙におどおどしてて 肝心なときにまっすぐ顔を見てくれない先生が けっこういるような気分

アーア
信じられないような光景が 人々の争いが 現実に起こり得てる
というか ある意味 感覚がマヒするほど 世界にころがっている この地球という星
もう 考えるのもイヤ 興味を持ち得るものもなし
ゲームも なんとなく もう飽きたような

アーア 今晩も 熱帯夜というやつか
昔 どっかの古びた映画ポスターを雑誌で眺めていて
自分の心に 似合いそうな 題名だなと思ったことがあったな
「長く熱い夜」「熱いトタン屋根の猫」

どんな映画なんだろうな・・・

そういえば おじいちゃんが 話していたことがあったな
「映画も 本も 音楽も 毎日も なんか じいちゃんの頃とは 匂いが違いすぎるんだよ・・・ 」なんて 言ってたっけ・・・・






自分も 20年ほど前? 人生の難題が 7つばかり
それも 重なってドッと襲ってきて さすがにゲッソリ?してしまったことがあったが 幸い 一度たりとも 
この世を去ってしまいたい
と思うことはなかった
周りに救ってもらっていたということだろう


自分の頃とは 相当違う 世の在り方
特に 若人の苦悩にも気付けるよう アンテナをはり
自分でよければ 話し相手に と この頃 ときどき 強く思う

いつだったか 極く身近な少年が 性に関する悩みをぶつけてきたことがあったっけ
率直に 自分の考えを披露させてもらった
ごくわずかでも 参考にしてもらえるのなら という心もちだった

明るく元気に
なんぞと安易に言葉にだせそうもない雰囲気の少年少女が多いとは思うが いざとなったら 言わないより 言うほうがよいかな とも思う

「中学校時代 最後の夏休み 明るく元気に
とにかく じいちゃんは それしか言えないな」
≪さて 今日の 人生のハテナ ワケワカンナイ は 
なにかな?
じいちゃんも答えなんぞもってないけど とにかく よかったらシャベッテみて≫




というところで 今日も 暑く 手強い夏と 勝負 勝負

20代の頃 ヤング101というグループのテレビ番組があって
ほとんど オリジナルが流れ
そのなかの ≪・・明日には 新しい夢もあるさ 
なにかが始まる 明日がある・・≫という歌詞に元気づけられたことがあったな

よーし
元気な少年少女に大差をつけられないよう
楕円形トラックを精一杯 今日も走ろう 
と 想像の世界で事務所内ランニングしています



それにしても 昨晩も寝苦しかった
今晩も 覚悟 覚悟


おてんとうさんのつぶやき
なので
いつものごとく 乱筆乱文 ごめんなさい)


災害で苦しんでいる方 一日も早く いつもの生活に戻れますように・・・





突然で スミマセン

2013-08-08 | ■エッセイコラム・ダイアリー

本日のブログは やや どころじゃなく 大幅にJUMP?
している内容なので ご注意を?
率直に言って 人間の性 の不思議さに関することなので
その方面に嫌悪感というか できる限り関心を持ちたくない
という方は 読まずにお願い申し上げます




今 漱石先生の 行人 を読み直しているのですが
前半部 自分と 兄と 兄の嫁 との関係あたりの記述のなかに

≪・・・自分は女の容貌に満足する人を見ると羨ましい。
  女の肉に満足する人を見ても羨ましい。・・・≫

という一節が登場します





30歳代頃? ある小説を読んでいて 人間の性的な欲望に関わる言葉として(私は そのように理解したのですが) 「・・肉欲・・・」 という言葉が登場して 思わず 気になって 何度もそのページを 捲り直した記憶があります
なんと 率直に 性の不気味さ とでもいうところを 
でも ある意味インパクトのある言葉での表現なんだろう
と 感じたのでした

ところが 明治の文豪 漱石先生の文章にも それに類する言葉を見て 以前から思っていたことに あらためて賛同したのでした

武家社会までの日本はともかく
明治期になると 現代人が思う以上に 日本人は≪人間の性≫について 単に扱い難き 忌み嫌うもので汚らわしいもの 人をどちらかというとおとしめるもの と単眼的にではなく むしろ 率直に向き合って より大人だった? というような感想
徒に 引き回されて かたくなに 避けるようなことではなく
必要以上に忌み嫌う意味で 妙にかしこまるわけでなく むしろ奥深い本質をじっと見つめ むしろ ある意味 おおらかに(ふしだらにということではなく)付き合っていた 
そんなふうに思うのです
もっと 簡裁に言ってしまうと

≪粋に 付き合っていた≫
という印象


鴎外先生なんかも いわゆる硬い文章という意味合いの中で
けっこう さばけた感じで? 性を あつかっている感じもあるし・・

現代人よりも そういう意味で 性を独特な雰囲気で丸みながらいざというときは なんとかかんとか工夫しながら付き添っていながらまとめているようで 包みこみかた 見極め方がなんとも潔いような つまり付き合い方が大人で 粋なような感じがして



連日のようにマスコミをにぎわす いい年齢の それもなぜにという位置の人間たちの犯罪にまでいってしまう所作
若人の 無知すぎるともいえる 性との触れ合いを思うとき
今日のようなブログになってしまったのでした




さて 超個人的な ある意味 超マニアック?とも言えそうな話題は このあたりで 幕にして
お仕事 お仕事




それにしても
薄暗くなってから アブラゼミが鳴きだしたり
時期を少々勘違いしているように ヒグラシが それに付き合っていたり ミンミンゼミは 二三日前 一度だけ?だったり
アブラゼミって 昼 陽光ギラギラのなかで 鳴くものだと思うんだけど? すくなくとも 薄暗くなってから やおら鳴きだす
というのは ン? という感じ

やはり 変な感じだ

それと あおすじアゲハには全然会えてない
あの素敵な ブルーに 出会いたいなー
今までは 我が家の裏庭なんかででも 会えたんだけど
オスの シオカラ・ オオシオカラトンボの 青白色っぽいのにも会いたいな

というところで 今日もまた 陽光さかんな時間を避けて?今一七時 アブラゼミ 活動開始しているぞ 
短い命だ ガンバレー 精一杯 鳴いてね




相互理解

2013-08-08 | ■エッセイコラム・ダイアリー

夕方 今年一番の ヒグラシを聴く
子供の頃の記憶の中のその声は おおよそ晩夏に聴いたものだったが?

これも 気候の変化によるものなのか?




さすがに 暑い というより 蒸し暑さが続き
少々 疲労が
などと言っていては もっともっと高温多湿の地方にお住みの方には笑われそうですが・・・
大好きな夏ですが ボディブローをくらっているようにジンワリ
体力消耗?かな 
でも もちろん 負けてなんぞいられない


それにしても 梅雨の残りがまだまだあるように
毎日のように 雨タイムがある
梅雨本番の時の 当地方の雨不足を補うかのように
短時間降るような感じ


皆さんのところは いかがですか
日本列島各地で 大雨の被害が続いているようで 心配は尽きませんが・・・






さて 私の年齢になると 集まりが増え
同窓会 学級会 学年会 等々
それも 中学校 その上のとき などのが集中して秋口に
ということで 日程が心配
できる限り 多くの友の顔も見たいし
監事を担当している集まりもあって それは欠席できぬし
ほのかに心に秘めていたマドンナさんたち?と50年ぶりの再会を期待できるところもあるし・・・
ほとんど 男ばかりの集いでも 悪友たちの悪友ぶりを確認の晩餐会
それはそれで 楽しみだし・・・

そんなときに ケッコウな率で話題に出るのが 
学校生活を絡めて
第一の故郷
第二の故郷 そうして 地域性 県民性 の類の話題

“関西は いろいろあって なかなかネー”だとか
“まだまだ 〇〇県なんぞ 気性の点では おだやかなほう
△△県で暮らしていたときは 太れなかったなー”
といった類い


わたしも 当地に来て ほぼ30年になるが
いまだに どうにも理解できない点があったり・・・

私の第二の故郷 北の地のおおらかさ というか 開放的な思考方法を思うと いまだに懐かしい
なんといっても せいぜい二代目 三代目という集合体なので
それほどの決定的な価値観で固まっているわけでもないし
閥が出来上がっているようなわけでもないし
こだわるべき地位も 家柄類の煩わしさも こだわりなんぞもないし・・・つまり 付き合いのスタイルがほぼ一定していて
ほぼ駆け引きが要らず 昨日の笑顔と 今日の笑顔が 同じ尺度で判断できる とでもいうような・・・
おおよそ 自由に自分の意見をぶつけ合い 結果が出れば
ノーサイド 事がいったん収まれば 敵も味方もない


40年以上全国を転々のサラリーマン生活を終え北海道に戻った中学以来の友などから そのあたりの事情は昔の北の地のまま
ではないか というような感想を得てホッとしたことなどあったが・・・


もっとも 当地の人たちから見ると 私ごとき者には どうにも理解にできにくいそれこそ今までに暮らした地方の県民性など多くこびりついていて 扱いもたいへん?なのかもしれないけれど・・
けっこう私も個性が強いほう?ですからネ




こんな狭い 日本という国でさえこうなのだから
世界単位で考えると どうにかこうにかでも 一つの星で暮らせていけていられるのは ある意味驚異なのかも?
そうとうな数の民族が共存している星 地球
ある意味 莫大な人たちが酸素呼吸している 地球
あの ヨーロッパなんぞ あの狭いところに? なぜにあれほど異なるのか理解に苦しむ言語が群れていたり
フランス語とドイツ語のあの違いは なんなのだろう
たった〇〇キロしか離れていないともいえる 隣の国同士なのに


と また いろいろと  言いにくいことも言ってしまっている
おじいさんの ツブヤキの巻 でした

本日は 早めに寝て コオロギの声を楽しみたいと思います

それにしても 最近 夜も空が澄まず 星座に会えないなー

淋しい

明日こそ 疑問点の整理を済ませなきゃ

保険法も 独特の世界だなー


オヤスミナサイ







言うまいと思えど

2013-08-05 | ◆ 業 務 エ ッ セ イ

言うまいと 思えど今日の暑さかな
とういうほどのことではないけれど
それなりに?蒸し暑い 本日

日曜ですが 私は お仕事
定例の 某マンション理事会出席で 任務を終え 事務所に戻り一休みというところ



そうそう 言うまいと 思えど・・・
で思い出してしまったこと

我慢していたのですが でも・・・
それほど思ったことなら その場で 当人に 直接言え というところですが
当地においては そのような手法を用いて 首尾よくいったことがほとんどないもので

素敵な方も おられますが・・・

とにかく どちらかというと怒りっぽい というのも 〇〇性の表れだそうで・・・一応の説明が何とか済むようなところまで 冷静さを保っておいていただけない こと多し
もっとも その方の生まれ故郷までは存じませんが
そういえば あまり お目にかかった方ではなかった
というより おみかけしたのは おそらく 初めて・・



士業者間の率直な意見交換も いつかしら なんとも曲がりくねってしまっていたり
話を聞いていただく前に どうにも 後戻りできぬ嫌悪感をいだかれてしまっていたり
そのようなことが要因で? 以後 一生恨みに思われてしまいそうな雰囲気があったり で( かといえば 意外にケロッとしていたり よくわからないところあり )

さすが この年齢になって より ズルさも生まれ(以前より そういったことへの対応が面倒になってきたことは確か?なよう)
ということで 残念ながら 直接交渉断念
というより もともと 小生には 何の権限も 義務もなし?ということもあり
“ 何様のつもり で私に説教を ” なんぞと言われそうだし・・

アーア

つくづく思うことは 
こちらの言い分を聞いていただいて 
“ たしかに講師の方たちにも失礼なありようだった かもね ”なんぞと 一応聞く耳をお持ちの方は そもそもそのような礼を欠くようなことはしない だろうなー
ということ



本題に入りますが
担当講師の方々が正装(格式ばったものではないが要するに一般的なビジネス風であるという意)で もはやおそろい でおならびのところの研修室に
その御仁は ほとんど定刻間近 どこか気楽に遊園地に出かけるようなおもむきの形振りで 到着
“アレっ 場違いの格好すぎたかな?” とでもいうような 少しは気にするようなそぶりでもあるなら まだしも 
そんな気配はどこにやら

しかも 野球帽風のものを 入室して 講師の方々の真ん前にやおらたどり着くまで どうということなく 頭に載せたまま 
そんな様子を 唖然として眺めさせられた? 同室の受講者 数十人
私は 恥ずかしいやら なんともむなしい心で意気消沈してしまうやら
マナーの欠片もないような これが士業の仲間なのかと思うと 情けないやらで・・・

ゲンナリ

これと同様のことは 以前にもあって それなりの対応をとらねばならぬ立場と思われるときや どうにも我慢がならず 客人にしつれい極まりないようなときは 止む無く 一言 言わざるを得ないこともあったが
最近は どうも 情けなさすぎる との心が そのような行動を逆に抑えてしまうようなことで・・・


一応 半公民的な業務にも関わる 街の法律家 などと
こそばゆい呼ばれかたさえ受ける身なのだから
それくらいのことは ワキマエテ
一般常識的なことを イチイチ 言わせないでよ
というところなのだが・・


アーア


ごめんなさい ある意味 恥
ある意味 超個人的つぶやき で

でも ほんとうにナサケナイ
小学生でも判る(といっては小学生の方に失礼ですネ)といった礼儀を どうみても 60過ぎの御仁には ワカランノカー

こんなところで
本日は “ 言うまいと思えど近頃なさけなや ” の巻の小噺
でご機嫌伺い というお粗末でありました


というわけですが 自分自身も モチロン 
言動に最低のマナーはなされているかな と 自問しながら
巷の男としても それなりの注意をしながら生きなきゃ・・




さてさて そうだこうだで 愚痴ってばかりもおられず
学習事項 次から次と登場
日曜日くらいボンヤリ ユックリ夏草でも眺めていたいけれど
明日も 来客予定 そうもしていられません

準備 も一つおまけに 準備 それと 手はず
これが怠り諌める 夏の肝心 かな?

さて ヤルゾー