おてんとうさんのつぶやき & 月の光の思案 + 入道雲の笑み

マンション管理士/〔特定〕行政書士/知的財産管理技能士/国家試験塾講師が生業の巷の一介の素浪人の日常

沈 思

2020-09-17 | ■ 生涯学習

 

 

人生においての 長い付き合いのある 身近な者について 

『・・・ナントナク らしくない な   変だな・・・』

と 思った折のことを それこそ 折りに触れて思い出し 悲しい

思いをしてしまう とともに 自身の対応の足りなさに ザンネンな思い 

と 深い反省に陥ってしまうということも あったりします

 

 

たまに電話を入れると トッテモ嬉しく思っている雰囲気が ある意味

喜びすぎだろう と思えるほど 熱っぽく 伝わってくる

その後 シバラクの間 盛んに 電話をかけてくる 

話し相手を渇望している様子が 明らかに感じとれることが いかにも

暇すぎて という雰囲気とともに 増えていく 

 

 

自身は 趣味が多すぎるほどの人間 かつ 一人部屋で 沈思することも

厭わないほう なので “ 暇で 一日 いや 半日さえ どのように時間を

費やしていくとよいのか どうにも策をたてることができない ” という思い

をしたことがない

 

 

「ときどき 外に出て 市民講座とかなんとか そんなところを覗き歩いて

自分がチョットデモ興味を持てそうなものにアタックしてみるのはどうだ」 

という類の言葉を 何度もかけたりしたが それ以上は 突っ込め なかった

のだった

 

 

自身の人生などは 資格との格闘みたいなものである こともあって

「興味を持てそうな資格をみつけて その学習をしてみるのも 案外いいかも

しれないぞ こんな資格もあるんだぞ」 と いうセリフを 言い出してみようかな 

どんなものかな ?? というシーンが 人生に 三度ほどあった

ダメもとで 声をかけてみればよかったのに・・・

 

率直に言ってしまうが なにかを目指しての 学習というものは たとえ 半日の

シーンの 15分であっても イインジャナイカ と 思えるのです

することもなく 一日の 長 ~ い 時間を費やすには・・・

生涯学習であろうが そういうものでなかろうが とにかく 何かを学ぶ ということ

を して みる

たとえ それが 3日に一度 であろうと 本の流し読み であろうと パソコンの

ネットサーフィンでのデモセミナーとの出会いであろうと・・・ CD教材であろうと・・・

 

もちろん 日常が多少なりとも充実していたなら介護を要する情況にはならなかった 

とか その要介護の進行の度合いとかに そうしたことはなんら因果関係がないこと

からの現在なのかもしれないのだが・・・

 

それにしても

≪学び続けてみる≫ というのも ひとつの 単なる暇つぶし かも

でも

それでも 好い のでは と 思えてしまえたりする

 

 

 

以前にも 本日の記事に関したことを述べさせてもらったことがありますが

実は 自身のホームページの生業欄の案内は そのような 自己の反省というか 

悔恨に基づいての内容にも なっているのです

 

                           http://toku4812.server-shared.com/      


実務にも関わるような ? 私的事項

2020-05-27 | ■ 生涯学習

 

 

私的 なことを ブログに載せるのは どうなのかな ? ということを ときに考えますが

私的なこと とはいっても 各自のスタンスというものがあり 自身は 業務上に少しなりと

関連してのものならば との命題みたいなものがあるので 実務のことにも関わるのでは 

というようなものは 私的な内容を含むものも ときには載せさせていただいています

( ただし 私的そのもの というようなものについては 記事の出だしに コトワリを載せ

  させていただいてはいますが・・・ )

 

 

『 どうしても 独学がしたい ということで 東京での新聞配達生活からが学習のスタート

という記事をみましたが さしつかえなければ その後の経過など 自分の参考に

したいので 教えていただけませんか ? 』

ブログを訪ねてくれている方から そのような話があったりしました

その方が必要としている範囲で 受験上・実生活上の糧となるのなら ということで 参考に 

述べたりしたのでした

 

東京日本橋本社で辞表を出し なぜ大田区蒲田で となったのか 今はもう ? 新聞配達生

活をしているうちに ある時 “ この地での独学スタートでも可 だろうが 家に戻って そ

の地での学習でもよいわけだ ”

ということで 北海道に戻り 公務員試験を受けまくりました

合格通知が 早かったのが 裁判所関係と 郵政関係 

裁判所関係は 調査の方が近隣に訪ねたりした というようなことも 極く近所の方から聞き

ました
いわゆる 採用決定時の身上・素行調査 とでもいうのでしょうか
〔今も そのようなことがある のかな?〕

とにかく 一日も早く 無収入状態から逃れなければならない身だったので 採用日が一番早

いところ

ということで 郵政貯金課勤務のスタート 〔その後 希望して外勤に移動させていただいた〕

司法試験一次・同二次〔短答〕合格後 弁護士事務所に勤め 諸々のことがあり関東へ移住し 

学習塾経営などを経て 現在に至っている というようなことを 話させていただいた

 

 

人生 思うところはサマザマあっても その折々 二つの道に 足を同時には 下ろせない

だからこそ できる限り その折の 自己の情況を可能な限り掴み 先の情況をも できるだけ

覗き

資格獲得目標を立てたのなら すくなくとも トテツモナイことにならないよう 配慮すべき

と 

自身にはナカナカできなかったことで 無謀とも言えそうな受験時代のことを 反省をおおいに

込め 

率直に話させていただいた

 

 

というようなことで 今までにはなかった日常でもあり 実務時間的にはユトリが生じているので 

本日のような記事も登場させていただいた

 

 

我が実務も 6月になると ようやく おおよそ 以前どおりに戻りそうな気配あり

それこそ 今後の流れを可能な限り覗きつつ 折々 検討しながら 実務に学習に立ち向かって

進んで行かなければならない              http://toku4812.server-shared.com/ 

             

 

 

 

                                   

                  

 


生涯現役

2020-05-10 | ■ 生涯学習

 

 

外出もしない 人とも会わない ということで 最近は 事務所内での調べものが

多いのですが そうした合い間 に サマザマなことが フト 浮かんだりする ことが・・・

 

『現役を続けることができるのだから とても うらやましいよ

 俺など 暇で 暇で・・・』

 

いろいろなことを勧めてみたりしたが もっと強く アピールしておけば と

とても悔しい思いをしていることがある

 

仕事がら タクサンの種類の許認可業務があるので そうしたものが話題に

なった折に 少しでも興味を示すようなことに それを切っ先として 資格試験

への挑戦などを モット ハッキリと アイツに奨めてみるのも よかったのだろうに・・

 

そんなようなことが しきりに思われ 遠い地にいる友の情況が気になってしか

たがない日々が続く

 

 

とにもかくにも 健康で 生涯現役を目指し 蠢きながらも 人生を全うできる

よう 日々を頂戴できていけるよう 努めなければ と 今の世の情況を思うと 

これまでの人生のうちで NO1クラスで 強く さらに強く 思う

 

世界規模の終息がなければ いつもの日常には戻れない ということなのだろうが

とにかく 負けないよう キチンと背を正して 歩まなければ と あらためて思う

 

<時間表> という 学校時代を思い出させる 懐かしい言葉

本日の 自身の それには 行政法関係の知識の疑問点を 実務につきあわせて

実用的に 読み直してみることが 一時間目

二時間目は マンション判例集の買い替えの検討

三時間目は 民法改正のうちの総論部の学習

とはなっているが どこらあたりで サボり始めるやら

 

 

 

それにしても 今さら何を ということだが・・・ 

サボリにサボった最終学歴時の5年間の教室で いったい ドンナ風なことを空想しながら 

毎度毎度 やり過ごしていたものなのか という疑問 が 尽きない

そんな ドウシヨウモナイ ような教え子だったが まさか自分のことなど 名前さえ

思い出せない 思い出すことなどもないだろう という雰囲気の教官が 

『トクオは どうしてる ?』 と 卒業後 そうとうな年月を経ているのに 級友に

訊ねたりしたそう 

 

ビックリするやら 感激を覚えるやら 

先生 という職業は そうしたものなのかな と 怪訝さ感 と 言うに言われぬウレシサ感

とに 包まれたことがあったりした

 

 

さて 一時間目の ベルがなったので お仕事 スタート

 

                

 

                         

 

 

                          

   

 

   

 


あこがれ

2013-04-03 | ■ 生涯学習


あこがれ

いい響きの言葉だなー



あこがれだった普通科高校の教科書を順番に読んでいる
主に 文系のもの

昨日 世界史を読み終えた
他の教科もそうだが 知らなかったことが次から次と登場しビックリ そうして 楽しい それとともに驚きも


ストーリー まさに ストーリー 
すべて真実かどうかは別にして
現実のストーリー
よくもまあ 何度も 何度も 争いごとの繰り返しのドラマ
ほぼ この星のあらゆるところで 大昔から延々と・・・とでも言えそうな

ひもじさが 人間の理性も プライドもなにもかも 吹き飛ばすのだろうか? どの国も どの民族も 清く貧しく とはいかない
食って生きながらえていく そのためには・・・・

ためいきがでそうな 記述の連続だが それが人類だったのであり 今も 人類なのだから 
でも めげてばかりでは いられない
そのことだけは わかっているつもり でも なかなか
どうしたらいいのかを ハッキリとは つかめない
この齢になっても 自分がなにをすべきか なにができるのか
グズグズ と ウロウロ と
なさけないことだが でも 生き続けてやるんだ
すこしでも この星のためにできることを見つけて なんとか全うできるよう 頑張ってみる つもり




すこしだけ スケジュールの隙間ができているので
映画をみた
我が家シアター DVD鑑賞
〈SECRETS & LIES〉 『秘密と嘘』
カンヌ映画祭で 最高賞を 1996年に得たもの
英国もの

いつも いつも いつも 泣いてしまう
幼い頃に出会って 人が生きていくうえで関わったはずのいろいろのものにまた会えるような気がして
それと おじさんや おばさんや おねえさんや おにいちゃんやおじいさん おばあさん 近所の人たちにも会えているような気がして 懸命に生きていた人たちに いっぱい いっぱい 会えるような気がして
人生や 人や 巷や 涙や 笑いや 悲しみや 嘆きや 愛おしさ・・・
などなどに たくさん たくさん 触れていられるような気分になって 
なんとも なんとも 愛おしさにくるまれたなつかしさを覚えてしまうのだ

特に ラストシーン これに会いたいばかりに
あのセリフを耳にしたいがために 観ているような気もする

『人生って〇〇〇〇』







さーて 今日も レッツゴー
今年こそ 英会話をなんとか仕事で使えるように
練習 続けるぞー





 

 

 

 

 


      

 

    

      

 
   

 


あこがれの? テキスト

2013-02-09 | ■ 生涯学習


ある試験の対策に 高校教科書を使用してみることに 決定

工業系の学校が最終学校だったので
いわゆる文系の授業は ほとんど 手に触れることも出来ずじまい
若かりし頃から それらの教科に憧れ?とも言える感情を抱き続けてきたが
なんのことはない 自身 学習すればいい それだけのこと

怠け癖で そんな自明の理?にも気付かずに
というか いい加減な答え先延ばし策でゴマカシテいたような気がする


というわけで
高等学校教科書 
新倫理
詳説日本史
新詳地理B
現代政治・経済
詳説世界史

それと 英語の教科書
をそろえました
さっそく 時間があり次第(なかなかとれないが・・)眺めている

特に 新倫理などは おもしろい 興味がつきない
他の教科も 楽しみ



大昔 ある試験で大卒並みの学力査定試験があり一応合格はしたが それは まったくの受験用の学習だった
その時ももちろん?独学
今回も 独学(というか そんなものであるか どうかなど
どうでもいいことだけど)

とにかく 実務・実学?・検定用に なんでもかんでも
楽しいこと やらねばならぬことには 挑戦 
とにかく 挑んでみる
これまた 楽しからずや


というわけで 明日の用意(日曜日だけど 県南のほうでマンション関係のお仕事があるので)をして 実務のことをすこしカジッテ・・
土曜日の午後8時 高校教科書も眺めてみたいけど・・・
すこし 眠たくなってきた・・・


こんなふうに 自分中心の時間を組めるときもある シアワセ
心から 感謝 感謝
・・・
でも やはり 今晩は 少し早めに寝よう
いろいろと業務が重なり 久しぶりに?肩が凝っているような
いないような・・・

なんとなく アクビ の予感

皆さん オヤスミナサイ





 

 

 

 

 


      

 

    

      

 
   


とても素敵な読書方法?

2012-11-27 | ■ 生涯学習


雨の月曜日の昨日でした
三連休後 晩秋のシトシト小雨からのスタート
なんとも気の重い方もおられたでしょうが
ご同輩 気を持ち直して とにかく 歩き出しましょう

なんて 語っていますが 私自身は三連休がとれたわけでもなく
雨がソボソボのシットリ気味の空気のなかでの仕事も嫌いではなく
若かりし頃の ずぶ濡れや猛暑の眩光や吹雪の中なかでの外勤時代〈 イロイロと事情があり 自ら直訴して外勤への変更を志望した結果でした 〉を思えば
昨朝 今朝も 天国 であります

そんなこんなも 今となっては貴重な経験・・・多くの方のご苦労を 少しは身をもって知り得る機会を得ることができたこともあるのでした



さて 話題変わって 近頃は 

“ 紙質ではなく 電子メディアでの事業知識集
そうして 一仕事後には パソコン画面での 小説など
いかがでしょう
本を携帯せずとも 好きなときに 好きな場所で 
お気に入りの作家さんと 会えますよ 
100冊でも 何冊でも 携帯したままで ”

といったお勧めが多くなっていますが
私の場合は おそらく この世とオサラバまで
多少重くても カサバッテモ 紙質のものでないと “本さん”とのお付き合いはできそうもないような気がしています

おもむろに 鞄の中から読みかけの本を出して できればコーヒーをいただきながら そのうえ 好みの曲など流れてくれたりすると もう 何もいらない?ような気分に・・・
電子画面を追う方法では どうも そうはいかない雰囲気・・
それと 目が弱いほうなので 電子画面では読み続けられそうもないのです



というわけで 気になる本を買い込むので ドンドンたまって
前にも記したことがあるかもしれませんが
この世とおさらばするまでに 全部の本さんに 挨拶を済ませることができるのだろうか? と 少々心配にも
でも そのときは そのとき あの世とやらで もしかすると
お目にかかれるかも・・・

生涯現役(能力的・体力的にお客さんに迷惑がかからない範囲で)の仕事を と思うので 今のところ 趣味三昧の数年さえをも人生の予定に加えられそうもない
そんなこんなで
笑われそうな 悩みを恥ずかしげもなく披露してしまっている
永遠ボッチャンの私メ であります

というわけで 天空の天子さんたちにあきれかえられないうちに
仕事 仕事 再開

 

 

 

 

 


      

 

    

      

 
   

 


思い出

2011-11-17 | ■ 生涯学習


学校時代の思い出
中学校時代のことを思うと
必ずと言っていいほど 登場するシーンがある

『・・・この子は 施設にまだいるのかな
それとも 普通の日常を送っているのかな?』

中学1年の国語の授業
先生は 授業終了後数人の級友を選んで?問うた
私も その中に
5・6人ほどだったか・・ 最後に私が答える番
それまでの答えは 一致 していた
「普通の日常を送っている子」ということだった
私は 内心では 
“この子は まだ 施設にいるはず
過去の懐かしさゆえ このような行動をしているのだ
優しい心を いまだ失っていない子なのだ”

ところが 私の答えは 皆に歩調を合わせるかのように
自分でも意外な 心と反対の答えを発していた
先生は いかにも残念そうに 
『そうかー そう思うか・・・』

先生をも裏切ったみたいな 妙な心持

どうしても忘れられない 
夢にも度々でてきた時期があった
なぜ 自分の意思・意見を信念を持ってこたえられなかったのか
皆に合わせていた方が 無難
一人だけ 目立つのがいや
皆を裏切るようなことにもなるし
とにかく 一人だけ違う存在になるのは 避けたい


その後 折に触れてこのことが思い出される
そうして できる限り 後悔の無いよう
自己の信念を表明することを第一とする
意思表明すべき時に あまり安易に 他とのからみからの状況配慮に力を注ぎすぎないようにする ということをモットーにしてきたつもりです

要するに自分は自分らしく(我がままにならぬよう注意しながら)


中学校の思い出
なぜか 国語の授業のことが多く
芥川龍之介のものだったと思うが
≪・・霧の中から牛が ヌーっと現われ 愛と嫌悪とを同時に感じた・・≫というような文章が 未だに忘れられません
たぶん 一番多感な時期にいろいろあり
自分の心情に グサッと突き刺さった表現だったのでしょうか?


中学校の思い出の代表選手
これも授業中のこと
英語の時間
<・・・has been lived・・>
頭の中では その言葉を思い描いて 口に出そうとするのだが
≪・・生きながらえて・・≫という言葉が いかにも
慣れ親しんでいないので 使えないというか 
使うことがおこがましく思えてしまうというか
起立したはいいが 答えようとしても どうにも口に出せず・・・
数秒 いや おそらく10秒ほど?過ぎ
たしか  先生から 『・・もういいから 座りなさい』
と言ってもらって? なんとも気恥ずかしいような
情けないような・・・



最近 この手の 過去のことの登場が目立ち
これも 母の状態が思うようでなく
母のことをいろいろ思い出すと 自然に 自分のいろいろな場面も つい 同時に登場するようなことのせいかな?などと

連日のように 補助者さん(私の奥さん)が病院に通ってくれて
様子を報告してくれるのです
一時より 元気そうで ホッとしているこの頃です
自分もガンバラネバ




さて 仕事 仕事

午後から ある事業の為に 県の方との打ち合わせもあり
準備もせねば
でも この方面は強力なスタッフを持てているので
安心 安心 ありがたいことです

私自身の
行政書士会関連行動も マンション管理士会関連行動も
強力なスタッフに おおいに支えられていて 感謝 感謝です
行政書士会方面では 相談会・セミナー・ヒアリングなど
マンションの方面でも セミナー・相談会
これからの時期 来春にかけ いろいろと続き
セミナーの講師も受け持ち分があり 学習 学習





今朝は 一段と冷え込んだ気がしますが
一日中 秋晴れ が期待できそう

今日も 一日 大事に 過ごせますよう
おてんとうさん お願いいたします




 


      

 

    

      

 
   


人類最大の疑問

2010-01-25 | ■ 生涯学習

気のせいか お日さまの輝度も ダンダンと強くなっているのが判る?ような・・・気がしますが
実際のところは どのような光量変化曲線なのか
景色の眺め具合から色彩の変化を覚え
今の季節になると例年私には気になる疑問点なのですが
人類最大の疑問は
まず
この世の スタートは?ということでは

おそらく もの心ついたころ頃からの 永遠の不思議です
私には


想像もできないような演算スピードのコンピューターが存在
するともいうのに おそらく 永遠に解けない魑魅魍魎の棲む世界にも答えは見出せないようなものなのでしょう
(ある意味 答えが無いからこそ 生きながらえることができているのかもしれませんが)

ときに幼子に問い詰められ
仕方なく “カミサマのようなものが 宇宙を造ってくれたのかな”
すると
『その造ってくれたカミサマは どこから来てくれて 誰が
こしらえてくれたの?』
こうなると
“そうだね 一生懸命勉強して ○○チャン 答えをみつけて教えて”
そんな風に 逃げ出すしかないことになり・・・

ときには 中学生にも 高校生にも はずみで問われたり
まったく 不思議な魅力的な?謎


そんなことばかり考えていると△△さんみたいに
なってしまうよ 答えなんぞないことを何時までも考えて
いると あんなふうになるんだからね
なんぞと言われたような幼い幽かな記憶がありますが
考え続けた△△さんを尊敬せざるを得ないような 妙な気分になった思い出があったような・・・


純粋すぎて 狡さがなさすぎる人は 答えの出ないことを
どうにもこうにも納得することできず 思索続けて 狂気を避けられなかったのか・・・謎 謎 謎


この年齢になっても 不意に
“存在しないということ しかし それを意識させる場というものが そこにはあるということで・・ つまり 無というものを意識するのにも場の存在が必要で ということは・・・
思考するに必要な場の存在が どうしても必要になるような・・・ということは 無という観念は存在し得ない??”

こういったことを 未だに捨てきれない・・・


精神的にも 全ての面でも 永遠に大人になりきれない
困った自分が存在している ということだけは
理解できているのですが・・・

まったく 困ったチャンです 

特に 中学生の頃 よく思ったものです
“世の大人は ちっとも不思議だとは思わないのだろうか
酒を喰らって ノホホントと 
まともにこの疑問に答えてくれる書物はあるようで無いし
直截訊きたくとも 答えてくれそうな人は周りに居ないし
皆は 友達は 
なにより自分より多く人生を過ごし
知識教養充分なはずの大人は 不思議に思わないのか
なー 
気になって 気になって 生きながらえてなんぞ
いられないと思うんだけど・・・高等動物たる人間に
答えの出ないことなんぞあるはずないし 想像もできない
博学知識の大人だって いるはずなのに 未だ解決できず
の状態を よくも 納得できるものだ”


こういう類のことを 今日も数分 断続的に考えるほど
暇なような そうでないような
大寒過ぎの そうして 立春まぢかの 困ったチャンの一日でした

それにしても なんと幼い疑問をはぎとることが未だに
できない自分なんでしょう
これがある意味 最大の疑問




級友を想いながら

2010-01-17 | ■ 生涯学習


友 といってもあまり付き合いは無いほうでしたが
50代で自ら命を絶った級友がいました

政治的活動を通した生き方を貫き 私などとは
価値観の築き方自体が 大いに次元の違いすぎる関係でしたが 折りにふれ偲ばれます

されど我らが日々

学生運動全盛期とも言えそうな背景の時を過ごした世代
おおいに その辺の生き様を各々引きずって生きている
とも見えそうな友も なかにはいます


20代に観た映画に どうにも忘れられない
強烈なシーンの連続の映画がありました
ナチス時代のレジスタンス運動に関わるストーリー

先日 ハードボイルドの巨匠 ギャビンライアルの
影の護衛を読んでいるうち どこかで
“なんとなく 記憶のある題名だな?
もしかしたら あの映画
ナチス収容所での場面・・・機関銃を背に対面の壁まで
突っ走る場面の主人公のプライドとの葛藤シーン
たしか リノ・ヴァンチュラ  シモーヌ・シニョレ などの・・
そうだ 影の ナントカ そう      影の軍隊

約40年ぶり?に猛烈に観たくなり 某レンタルを探しまくったら ありました
記憶に違わず 名作 だと私には思え 観終えたときは
暫し 膠着状態 (このような状況は久し振り)



日比谷公園での 友の焼身自殺
レジスタンス映画
“ハイル ヒットラー” という 忌まわしい 超世俗的
超虚無な権威形容
意味も無い 総立ち喝采
今もあちらこちらで続く 言論統制的な蠢き

そんなことが頭を駆け巡っていたとき 実り少なき
会合だったりすると
どちらかというと公的性質の強い ある程度の成果をもとめられてもよいはずのものなのに あの時間の意味は・・・
と落ち込み・・・
仮に 2時間の会合に 参加者が100人とすると
実に延べ200時間を講演者は捕獲していることになるのです

事の終了後 無性に 虚無感が走ったりする
ことが ときにはあります

まあ いわば 自己都合の不快感のようなものかも・・
あい変わらず 青臭さがこびりついている人間です
私という人間は



私にしても 進歩少なき人種の一人ですが
それにしても 世俗的権威主義のなんと多い世なんでしょう
あいも変わらず
戦後何十年経っても・・・


なにが嫌って 自分の心の色を 勝手に他に塗られること
尊敬もしてないことを尊敬しているように振舞わされること
思ってもいないことを 思っているように強制されること
思うことぐらいは 完全自由でいたい
拍手などしたくないのに 拍手などさせられるのは
マッピラごめん


スタンディングオーベーションは
自然発生的なものであればこそ 価値があるのです

本来は めったにお目にかかれないもの だと思うのです
多分

もうすこし重い行動を と思うときに あまりにも軽い行動を
見せられると 意気消沈してしまうこと多し です
そんな場面が続くもので・・・つい 愚痴もでてしまいました



サリゲナクも しかし まぎれもなき本物

ある 名も無きの方が言っておられた 
至極の言葉です わたしにとっては


結局何が言いたいの と 友に又追及されそうなので
言います

本物は 概して ひっそりとさりげなく
大仰では けっしてないなー

と 言いたかったのでした
今の世 ケッコウ周りで大仰が目立ちすぎますので

勝手にボヤキさせていただきました
ゴメンナサイ
(謝るのなら 書くな という声も聞こえますが
書いてしまいました)

                   
                    



内心

2009-10-18 | ■ 生涯学習

人は 思うことは 完全な自由
内心にあるうちは どのような規格はずれなことを抱えようと
一切自由 
無政府主義を信奉しようと
婚姻制度を否定しようと
狂気から逃避するため自己を神格化しようと
だれしもが崇拝する思想家を再吟味しようと
一切自由

そうなのです 誰も 内心は覗けないし
内心の様子に 干渉することは不当なのです
内心が内心にとどまるうちは 完全自由
内心を どのような配色でまとめようとも 各々の選択次第
その色にくるまれながら なんとか生きながらえているのが
人類だ とも言えそう 

過去の 狂気の密室のようないくつかの歴史の舞台でも
幾多の命は
こうした内心だけにあった完全自由にすがりながら
生きながらえ得た とも言えるのでしょう
漆黒の闇の中世の一時期も
ナチスの時代も
ポルポトの時代も
今もどこかにある 強制収容所といわれる幾重の狂気に
ガンジガラメの密室内でさえ
人は 自らの内心の色で自己の心を暖めながら生き延びて
いた あるいは いるのかも・・・・



同年代で生を繋いできた方の最終ページが 自決という形
で示されたりすると 
内心を覗けないということの不都合さが どうにもやれきれ
なく思えるときがあります
一片でもいいから 内心を超えられなかったのか と
周りの だれかにでも 内心の色の変わり具合を 
ほのめかすことのできる出会いは皆無だったのかと



自殺者の増加は 驚くばかり
異常なことなのに そうしたことにも慣れてしまうという 
人間の異常なまでの順応性?にも 
それこそ 異常を感じます




紙一重の生
とにかく生きて などと 本当は軽々しくは言えない
だろう

やはり こう言える 
いや 言わねばならない

どう考えても 生 は神聖なものなのではないのか


理由付けは 実は私には説明できそうもない
でも コレだけは言える

人間 生きている というそれだけのことでも 尊敬させていただくに
値することではないのか


私の持論です
自己の人生上の経験から 自然に思い至った言葉です





特にこの数年 どうにも理解できない自決を聞かされつづけ
このような記事になりました
もっとも 理解ができる自決というのは稀有のことでしょうが

それにしても ほんものの明るさは
この世のどこに 閉じ込められているのでしょう

子供たちの瞳の笑み
これこそ 絶対に守るべきもの


“自殺って どういうことなの・・・”
こんな疑問 子たちには モチロン不必要
絶対に その意味なんぞ 詮索して欲しくない

私に 三人の オセロとチェスと将棋の相手がいます

中学生一人 小学生二人

世界中の子達にも 自殺という言葉の意味なんぞ
辞書でひいてほしくありません

問われたくもありません


どうしても知りたいなら
ずっと ずっと ずっと ずっと あとで
ボンヤリとぐらいわかってくれれば いい
いっそ わかってほしくない



http://toku4812.server-shared.com/