昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

運が悪いことから全てが始まった(75)貿易会社(33)

2013-12-30 03:58:53 | 小説、運が悪いことから全てが始まった
「電話よ・・・」
 永野から言われた。
 ・・・どこから?
 確認しようと思ったがやめた。
 一瞬、ダルタニアンの幸子のことが頭をかすめたからだ。
 しかし、永野の表情はあのときと違う。
 怒った顔ではない。

「はい、司ですが・・・」
「おっ!久しぶりだな。声は昔のまんまだ」
 上から目線の言い方!
 すぐあの懐かしい顔が浮かんだ。
 藤原だ。元住吉の下宿仲間だった・・・。
「藤原さん? お元気そうですね。今何やってんですか?」
「今? あいかわらず学生だよ・・・」
 ・・・そうか、医学部は長いんだ。インターンかな?
「今、西荻の駅の近くの学生寮に住んでいるんだ。明日休みだろう?来ないか」

 学生寮は西荻窪の駅前の商店街を少し入った所にあった。
 
 門構えがある古い屋敷だ。
「一丁前になったじゃん。格好つけちゃって・・・」
 インターフォンを押すとあのころの気楽な格好で、冬だというのに半ズボン姿で現れた。 ・・・背広なんか着てくるんじゃなかった・・・
 大柄な彼に付いて薄暗い廊下を歩きながら思った。
 
「ここだ。入ってくれ」
 彼に言われて部屋の中を見回すと、四畳半ほどの和室に若い女性が膝頭をきちんとそろえて座っている。
「いや、友人の浅井さんだ。近所のK女子大学の寮に住んでいるんだが、たまたま今日遊びに来てくれたんだ・・・」
 藤原にしては照れた顔で紹介してくれた。
「浅井さち子です。よろしく・・・」
 ・・・友人? サチコ?・・・
 メガネをかけているが奥に光る目がかわいい理知的な女(ひと)だ。
 きゃしゃな姿に似合わず深みのある声。

「まあ、気楽にしてくれや・・・」
 彼はどんとあぐらをかいて座るとボクにも座るように座布団を勧めてくれた。
「司秀三です」
 ボクは曲がらない足を気にしてテーブルの下につっこんだ。
「こいつとはね、日吉の教養学部のころ下宿でいっしょだったんだ」
「・・・」
 
「なかなかこう見えても隅に置けないやつでね。下宿の奥さんと懇ろになっちゃって・・・」
「懇ろ? 冗談じゃないですよ!」
 ボクはあわてて否定した。
「いや、悪かった。そこまではいかなかったんだよな。・・・だけど浅草の酉の市に奥さんとデートしたんだぜ。下宿仲間が8人いたんだけど美人の奥さんとデートしたのはこいつだけだもんな・・・」
    
 いきなり何て話だ。
「魅力的な方ですね・・・」
 ボクをじっと見つめて、さち子さんまでくだけちゃって人を出汁(だし)にしている。

 ─続く─

 夏の間、あんなに長く咲き誇っていた百日紅の林も今はすっかり冬景色に変わっている。
 
 


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